第115話 チートの魔術師

 よく晴れた午後の陽射しを受けて、街道からわずかに逸れた場所で昼食をとっている3人組がいた。

 メガネをかけた魔術師の少年は同い年くらいのメイドから今後の予定を聞いていた。顔を紅くしているのは女性に免疫がないだけでは無いだろう。


「じゃあ、僕達はそのゴツい冒険者と合流すれば良いんですね?」


「ええ。ただ、あちらは未だ任務がありますので暫くは先になるでしょう。ですからケンジロウ様はそれまでご自由にされても構わないのですが…何か希望はありますか?」


 ラウラさんとデートがしたいです!!

 と、秘めた思いを口にする度胸があるわけもなく、モゴモゴと口ごもってしまう若き魔術師の七星ななほし 拳次郎けんじろう君。美少女を前に声をどもらせなかったのは賞賛に値すると自己評価をつけた。そんなアホな思考を誤魔化すためか空を見上げて考えるふりをする。

 どこまでも続く青空を遮るように広がる枝が良い日除けとなって心地よい。昼寝をするなら最適だろうなと巨木に寄っかかった。

 ふと思ったのは合流予定の冒険者 ナバル・グラディスという人物だった。ラウラが言うには19〜20才、筋骨隆々、引き締まった体躯から繰り出される二刀にてあらゆる魔獣を駆逐する凄腕の剣士。伝説の邪竜を彷彿とさせる魔人までもを単独で撃破。まるでおとぎ話かゲームの主人公だ。怖い人ですかと聞いたところ。


『人によっては怖がられる顔かもしれませんが、結構整った顔をしてますね。普段は冷静で気さくな人物です。まぁ、私達にとっては手がかからなくなった弟のような子ですけど。それに小グマのお友達と歩いてる姿は…ちょっと可愛く見えますしね』


全然ぜんっ…ぜん想像つかないや。おっかないのか、そうじゃないのか。それに小グマ??使い魔か何かか??)


 トランと歩く姿がナバルの “モテ” にブーストをかけていたとは。例の小グマが聞いたならば発狂間違いなしの案件だろう。


 それは突然だった。ゾワリと悪寒が体を襲う。キョロキョロと視線を彷徨わせると『ソレ』があったのは自分たちが進む道の先だった。

 無数の黒い点が空を覆っていた。

 (駄目だ!距離がありすぎる!)

 拳次郎けんじろうは懐から作成したての望遠レンズを取り出した。元は『スナイパーライフルとかあれば凄くね?』と世界のバランスを崩しかねない事をサラッと思い作成した物のオプションパーツである。なお、本体は火薬を作り出せないため発射機構に難儀している。

 スコープを覗き対象にピントを合わせる。点に見えていたものは針の様な形をしていた。拳次郎が首をかしげると後ろから声がした。同行者の魔術師だった。

「この魔力…グヴェートの大虐殺!」


「何すかその物騒な名前!」


「…ある魔術師の通り名ですよ。

帝国の頭脳とも呼ばれる怪物、

大魔導師 パクシャール・オベントス」


「帝国って…北にあるヤバい国でしたっけ?」


 怯える拳次郎へ答えたのは後ろから近づいたラウラだった。


「兵力や経済力が世界の半分を握っていると自称する自意識の高い国ですよ」


(ラウラさんが怖い…)


 怯える拳次郎をよそにラウラはスッと立ち上がり2人を見る。


「私は様子を見てきます。お2人は…そうですね、あの大樹のそばで隠れていてください」


 そう言うと2枚の護符を2人に渡した。


「あまり効果は高くありませんが、気配を遮断できます。外敵の目くらましにはなるでしょうが警戒は怠らないように」


「一人じゃ危ないですよ!」と声をかけた時にはラウラの姿は掻き消えていた。見るからに項垂うなだれる拳次郎の肩に手を添える魔術師。


「残念ですが今の我々では足手まといですよ」


 そう言葉をかける魔術師の瞳は悔しさと恐怖が混じっていた。



 気配を遮断し高速で移動するラウラ。視線の先には既にパクシャールの姿はなく、しかし近づくにつれて魔力の濃度は高くなる。


(この濃度、魔の森うちと大差ないじゃない!あの老人は本当に人間なの?!)


 見た目幼さの残るラウラだが、その戦闘力は決して低くは無い。リリナリア率いる魔王直轄近衛部隊、通称『影炎かげろう』の戦闘員である。最も現在は万年人手不足の諜報部隊『夜天』に派遣されているが。

魔王都ギルドランの人達は戦闘力は高いが、諜報という分野では落第点のものが多い。トランいわく

「アイツ等、基本的に脳筋だろ?」)


 ラウラが到着した頃にはパクシャールは疎か生物の気配が消えていた。代わりに魔術師がもたらした破壊の痕跡がくっきりと残されていた。


(あの老人の特技は巨人を操る、だったかしら)


 視線の先、地面に一直線に延びるくぼみ。現代人が見たならば、巨大な砲弾が通ったと思うだろう。

 そのくぼみに沿って歩くラウラ。その途中で大量の木片を見つけた。


(小屋でも破壊した?なわけ無いわね。…相手は馬車かしら)


 装飾と思われる木片を拾うと周囲を観察する。


(目視じゃ大してわからないわ。魔力を手繰れば何かわかるかしら?)


 大きく深呼吸すると腕から力を抜き自然体で周囲の魔力に同調する。本来であれば何処に何があるかわかるのだが、この場所は、あの老人が散々暴れまわったあとである。ラウラの顔が引きつり始めた。


(ほんっとうに邪魔ね!)


 パクシャールの放った霧のような魔力の渦の中、ラウラは異なる一筋の魔力を感知した。


(崖へと続いてるわね。1番魔力濃度が高いから、狙われた本人かしら?)


 そう思うや崖へ飛び降りるラウラ。

 羽が舞い散るように華麗に降りると、更にその下は流れが急な川へと続いている。丁度よい岩場に着地をすると、そっと水面へ手を触れた。


(駄目ね。流れが急すぎて魔力を感知できない)


 追跡は諦め対岸を見ると、数名の騎士たちが互いを手当していた。


(驚いたわね。あの高さから落ちて、まだ生きていたなんて。

 …よほど強力な補助魔法の使い手でもいたのかしら?)


 視線を向けられた騎士たちはようやく気づいたのか、バッと剣、短剣を抜き、こちらへと向いた。


「何者だ!ここまで降りるなど只者では無いな」


「…まて!彼女は吸血鬼ヴァンパイアだ!」


「何?それじゃあ…」


 騎士たちに同様が広がる中、中央から手当を受けていた女騎士が前に出てきた。


「私はデルマイユ家の騎士ノイエ・ウェリッジ。貴殿は魔王都ギルドランの方とお見受けするが相違ないか」


 知っている。魔王都ギルドランを出る前に何度か冒険者ギルドで見た顔だった。夜天の情報にも『協力者サイドの人間ヒューム魔王都この街に来ている』とあったからだ。だが、それがデルマイユ家の縁のものとは思いもしなかったので少し驚いた。それに『表向き』の素性を話しても問題ないと判断すると『冒険者カード』を掲げ騎士たちに見せた。


「私は魔王都ギルドランの冒険者ラウラよ。激しい戦闘が見えたから来たのだけど、魔王都ウチが懇意にしている側の騎士が襲われるなんて穏やかじゃないわね。何があったか話してもらえるかしら」


魔王都ウチが懇意にしている…』辺りから騎士たちから緊張が和らいだ。余程消耗していたのだろう、何人かは崩れ落ちるように膝をついた。1番重症に見えるノイエは立っているが、『あの街』で冒険者を経験してしまえばさもありなん。

 彼らの説明では、身分を隠したつもりの帝国の魔道士パクシャールが強襲してきたこと。召喚された?巨人の攻撃を受けて護衛対象の公爵本人が崖に落下、川に流されたこと。無事な騎士数名が既に追跡している事。などを聞いて内心冷や汗のラウラだった。


「ねぇ、最悪な事態として、公爵が亡くなったりはしてないのよね」


「我々にかけられた補助魔法は現在も継続中です。亡くなったとすれば…」


「そっか。術者が死ねば魔術も解けるわね」


「そういうことです。確認できるだけでも負傷者こそ多いがそれだけだ。

 必ずや閣下を見つけてみせる」


「は??全員いきてるの?あなた達人間ヒュームよね?!」


 冷静に聞いていたラウラに戦慄が走る。あれだけの魔術の攻撃を受け、これだけの谷底へ落とされてなお死者がゼロなど、到底信じられない。見れば騎士たちの顔にも苦笑が見えた。そう、自信ではなく、どこか困ったような笑顔だ。それに答えたのはノイエだった。


「その事ですか。それについては理由がありまして…。お嬢様が幼少だった頃に、公爵閣下が大型のアドレティドッグに襲われるという事件がありまして、その際に1人の少年に助けられたことがあったのです」


「少年?」


「ええ、魔王都ギルドランの方なら、もしやご存知かもしれませんが、その少年こそ剣豪、ナバル・グラディス氏なのです」


 ここに来てまさかの名前を聞いて「そうなの」と返すラウラ。しかし弟分の活躍に自分の知らないエピソードがあったとは。(城のみんなに知らせないと)と、後にナバルが悶絶するのは先のお話。


 ナバルに助けられた公爵は自身とその騎士たちの練度に疑問を抱いたそうな。そこで鍛錬を見直し、近年では魔の森の堺から浅い部分にかけて魔物討伐を行ったとの事だった。それを聞いたラウラは(それでよく死者が出なかったわね)と若干呆れが入っていた。だが、それがナバルの活躍からと思うとどこか誇らしくも思った。


「それじゃ、あなた達は主である公爵を追うのね?」


「ええ、ですが損耗も激しく、戦闘不能の者達もいます。館への連絡もあるため部隊を分けるのですが、すみません。代価は払いますのでポーションをお持ちであれば譲っていただけないか」


「それは構わないわ。それよりここから上がらないとね」


 1人ずつ上げるしかないかと、どうしたものかと上を見上げると、奇妙なフックに吊るされたかごが降りてきたではないか。かごの中には|拳次郎が奇妙なレバーを操作していた。


「良かった〜。やっぱラウラさんだった。あれ?その人たちは救助してもいい人?」


 どこかゆるい拳次郎とは反対に唖然とするラウラと騎士たち。この世界にクレーンもゴンドラもないわけで、そんな物をあっさりと作ってしまう拳次郎は正に『チート オブ チート』なわけで…しかし本人にその自覚はなかった。








……………………………

大変おまたせして申し訳ありませんでした。

未だ身の回りがゴタゴタしてますが失踪はしておりません。

ここまで読んで下さりありがとうございました。

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