第116話 予感

「でっかいニャー」 

「そうだね…」


 ホルンとナナイは北の港町で巨大帆船を眺めていた。そこから運び出された物を見て、更に驚く2人。

 魔の森では珍しい5メートル級の黒紫色の翼竜が数体、運び出されていた。その隣には獣王の側近、豹獣人ベルヘルト・シェナーザルの妹レレイ・シェナーザルが案内をしていた。


「ここから運び出されるのは龍王境ローゼンハイトから輸出された物なのよ」


龍王境ローゼンハイトですか。…船で行けるんですね」


「ええ、移動だけを考えたら陸路よりは時間がかかってしまうのだけれど、獣王国ここには、こういう大型帆船が数台あるから大きいものを運ぶのには良いらしいわ」


 レレイは端折ったが、実は陸路で経由する国、聖国アクアリアが問題であった。

 大三角を描くように『三厄の王マルムレクス』の本拠地が囲む中心にある国なのだが、じつは連合諸国の中で人間族至上主義ヒュームニストが最も多いと推測される国でもある。

 周辺諸国が王政に対し聖国では国主=教皇という図式である。よって血統による王国よりも主義主張が180度切り替わるのが多い国柄であるため選民思想が残りやすいと思われる。

 国の特色としては、国の中心にある首都『聖都アクア』の更に中心にあるアクアリア聖堂教会本殿、その巨大な建造物は綺羅びやかというよりは歴史を感じさせる建造物であり、人々の心の拠り所となっている。

 ある意味、観光地化している為か領土そのものは小さいが連合王国の中心にあるため非常に栄えている。


「素敵な場所らしいんだけどね…私達には、ほんの少し居づらい場所なのよね」


「…聞いたことあります。『人間族至上主義ヒュームニスト』でしたっけ。種族間に優劣をつけたがる『お馬鹿』な人達ですよね」


 海を見つめるナナイの言葉の端々には、小さな苛立ちが見える。彼らの掲げる。『人間族至上主義ヒュームニスト』は、これまでナナイが世話になった数多くの亜人と呼ばれる他種族の者たちを排斥する思想だ。彼らを愛する彼女に、その思想は到底、受け入れられるものでは無かった。


「そうね。困った人たちよね」

と、そんなナナイの気持ちを知ってか彼女は続けた。


「でもあの国の全ての人たちが悪い人たちばかりではないのよ。私達と手を取り合う事を選んだ商人さんや、友好を訴える神父さん達もいるしね。今の教皇様も獣王国フェルヴォーレとの交易を検討してるって兄さんが言ってたわ」


「ここのフルーツは絶品ニャ。キョーコー?はわかってるニャ。


…食いしん坊かニャ?」



 ホルンのトンチンカンな回答に「そうかもね」と答える2人から先程の陰鬱とした空気はどこへやら晴れ渡っていた。


「ありがとね、ホルンちゃん」


「ニャ??」


 レレイの感謝に首を傾げるホルン。そんな2人を見つめるナナイの先に見なれた小グマが見えた。


「あんれ?ホルンにナナイさんでないかね…!!」


 屋台で買ったと思われる紙袋から豆?をパリパリ頬張る小グマはレレイを見て驚愕した…と思ったら豆袋をリュックにしまい何処からか出したベストを着込み蝶ネクタイを締めることわずか0.5秒。


「ああ、美しきレディ。またお会いしましたね」


ナナイの半目もなんのその、レレイの手を取るや口上を述べる小グマバカ。次のゴタクを言う前にホルンの牙が炸裂した。


「ノォーー!

ホルンさん!ギブ!ギブ!」


「イラッとしたニャ!さっきの豆よこすニャ!」


「あっれぇぇ?!物騒な方向に育ってらっしゃる!」


 子猫娘に耳をかじられグルグルかけ回る小グマ。思わず吹き出すレレイと大きなため息をつくナナイ。


「そういえばトラン君、兄さんたちと一緒じゃないの?」


 リュックから豆袋を取り出す小グマと小グマにしがみつきながら不愉快全開で豆をほおばる子猫娘に、どこか居心地良さを感じるナナイ。

 そんな彼女の心情も感ずることなくアホ丸出しの小グマは「ああ、アイツラね」と港の1箇所に指を指して…。


「アホのテリオはいつもの事として、ナバルちゃんは何故か黄昏れてる。理由はわからん」


「「「???」」」


 見れば確かに、腕を組みジッと海を見つめるナバルの姿が。その顔が戦闘前の険しさに似ていると感じたナナイは自然と近づいた。

 初めに声をかけたのは小グマにしがみついた子猫娘だった。だが、相手はナバルではなく、その脇で膝を着いてシクシク涙流すテリオで。


「テリオさんニャ、豆でも食って元気だすニャ」


「う、う、ありがと…ホルンちゃん…」


「きっといい事ある…かもしれニャいかニャ?…無いかもしれないニャ」


「無いかもしれないのぉ!?」



 無垢とは時に残酷なのだと小グマは知った。トドメ刺す気まんまんだった小グマも不味まずいと感じたのだろう、キザ風に足を組み(チョンと乗っかってるだけ)無い前髪をかき分けテリオを励ました。


「なーに、人生なげぇんだ。1個くらいはあるってことよ」


 そんな3人に視線を奪われるレレイ。

(この人たち何時いつもこんなに愉快なのかしら?)


 コントに目を向けずにナナイはナバルの隣に並ぶ。


「どうしたんですか?兄さん」


「ナナイか。まぁ…な」


 その瞳は海を向いたまま、微動だにしないナバル。


「別に戦場の匂いがするわけじゃない。魔力を感じたわけでも無いんだがな」


「…ええ。私も特には感じないですね」


 先程から魔力探知を海の向こう、視線の先へと広げていたナナイが答える。


「だがよ、さっきから駆り立てるんだよ。胸の奥の聖剣アイツがよ…」


 同時刻、奇しくもデルマイユ公とその娘アイリス・フォン・デルマイユへの襲撃があった。

 その事を知るのはあと僅か。







……………………………

待ってくれてた方、ごめんなさい。

次回も頑張ります

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