第108話 逃走

拳次郎へと名前の変更をしました。



………………………………

  トイレで用を済ませた少年七星ななほし拳次郎は洗った手を見つめるとつぶやいた。


「ステータスオープン!」


 しばらく待っても何も起きない。ムムムと唸ると鏡に向かい手を広げ叫んだ。


「我が前に真実を映し出せ。ライブラリー」


 何も起きない。「解せぬ」とボヤく。クッキリとハの字を描くマユゲが目の前の鏡に映っていてなんとも物悲しい。


「魔法陣があったり怪しいローブ姿や騎士甲冑の奴らがいたんだ。この世界は『剣と魔法のファンタジー』に間違いないはず。にもかかわらず何も感じないってのは…貧弱主人公系か!それは不味いな。

 とにかく一度戻って…も嫌だな。初めにちらっと見た感じ、あのチンピラたちが目当てっぽいし、アイツラと旅とかクソ過ぎる。なんとかあの魔術師をだまくらかして逃げ出さないと…」


 気落ちした彼が廊下に出ると、メイドに取り押さえられた魔術師の姿があった。メイドの手にはナイフが握られており、いつでも魔術師の首を切れる格好でだ。


「…間違えました。失礼します」


 彼の判断は早かった。まわれ右をして逃走を計る。こんな事まえにも無かったか?と思い背を向け1歩踏みだす前にメイドに肩をつかまれグンッ!と引かれる。その力の強さに倒れ込みそうになると、またグンッ!と押されバランスを取らされる。

 メイドはどう見ても華奢な少女で、年齢も自分と同い年か下だろう。


(え?ナニコレ?俺ヒョロいって言っても女の子1人の力じゃなくね?え?

異世界って皆こんなにパワフルなの?)


 混乱する少年の疑問に答えたのは魔術師だった。


吸血鬼ヴァンパイア…本物なのか?」


 その呟きは蒼白な顔とともに死を覚悟させたようだ。肩をつかむ少女は長い金髪、赤い瞳と特徴的な犬歯が光って見える。その少女を見た魔術師はギュッと目をつむり『一思いに殺してくれ』と言わんばかりに頭を垂れる。それを見た少年はますます困惑した。


(あの場面でトイレ案内は死罪なの!?)


 という疑問を抱くほどに。

 少女はというと少年をじっと見た後『ヴォトゥム』と呟いた。「いや、俺はそんな名前じゃ無いっス」と返す少年を無視する少女は憐れむような目を向けそっと肩から手を離した。


「失礼いたしました。私はラウラと申します。

 貴方様は異世界から拐われた七星ななほし健次郎様でいらっしゃいますね?」


「え?!…俺、まだ名乗ってないですよね?

あ!そういう事か!」


 メイドに答えることもなく自分の手のひらを見つめ「ヴォトゥム!」と呟く少年。その顔は驚きから笑みへと変わった。



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名前 ;七星ななほし拳次郎けんじろう

種族 ;人間ヒューム

状態 ;ー


戦闘能力;F-

保有魔力;C

保有能力;火属性魔法

    ;風属性魔法

    ;土属性魔法

    ;装具錬成(初歩)

    ;空間干渉(微弱)


称号 ;異世界人

   ;魔術師見習い

   ;人形師見習い

   ;不動なる者 (精神系呪詛無効)

   ;空気なる者 (存在感の薄利)


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「…クックック。

 ついに来たぞ!俺は本物の魔術師になったんだ。チートは無いが…怪しいのはあるが全体的に鍛えがいのある能力じゃないか。

 伊達に “年齢=彼女いない” を過ごしていない!そのうち魔術師から賢者も夢ではないな!


 …あれ?目の前が滲んで見える。

 これは…涙?

 俺は泣いているのか?…」

 

 突然泣き出す少年に困惑を浮かべる魔術師。平静を装うメイドだが内心の驚きは大きかった。


(私の反応だけで魔術を見破り実行した!

本来なら馴染んでいなければ正式な詠唱と確かな知識がなければ発動しないのに!

…まさか想像力を創造力に変えた?!そんなことが本当に可能なの?でも、そうでなければ説明つかない…)


 目を押さえ「一般的な青春だと!俺には無縁のものだ!手に入らなかったんじゃない、自ら求めなかったんだ!…」とおかしなスイッチが入った少年を他所にメイドの顔は一気に緊張が走った。

 ひざまづく魔術師の襟首を掴み少年の身体を荷物を担ぐように抱えると「少し静かにしてください」と言うや駆け出し、その姿はフッと消えた。

 一拍遅れてやって来たのは聖堂騎士団副団長デルフィス・サンドラゴだった。


(…遅かったか。もう気配も感じぬか。この手際の良さ、反応速度、人間ヒュームでは無いな。だが、エルフやドワーフでも、ここまで迅速ではあるまい。となれば…。


 獣王国フェルヴォーレ…ではない。奴らなら派手に暴れる。残るは龍王境ローゼンハイト魔王都ギルドラン。どちらにしろ厄介な相手だ。どこまで嗅ぎつけたかは不明だが一応、アイツに報告がいるな)


 しばし辺りを確認するとデルフィスは実験場へと踵を返した。


………

……


 時は少し遡り、少年たちが召喚された場面へと戻る。


 魔術師ハイドラにとっても異世界召喚は初めての体験だった。合法、違法関係なく経験した彼であったが “異世界への干渉” など、正直眉唾まゆつばとさえ思っていたのだ。それが今、目の前で起きたことに少なからず感動もしよう。

 魔法陣の中央に出現した3人の少年にすかさず “ある魔術” をかける。それは冒険者の間で密かに広まった術であり、情報元は雇い主のダートであった。 


『…ヴォトゥム』



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名前 ;赤戸あかと陽三ようぞう

種族 ;人間ヒューム

状態 ;怨嗟のくさび(特大)


戦闘能力;E- (B+)

保有魔力;G- (C+)

保有能力;剣術  (初歩)

    ;拳闘術 (初歩)

    ;凶暴化 (特大)

    ;火属性魔法(初歩)

    ;光属性魔法(付属)


称号 ;異世界人

   ;破壊者

   ;略奪者



■■■


名前 ;青沼あおぬま権悟けんご

種族 ;人間ヒューム

状態 ;怨嗟のくさび (特大)


戦闘能力;E- (C)

保有魔力;G- (E)

保有能力;剣術  (初歩)

    ;拳闘術 (初歩)

    ;凶暴化 (特大)


称号 ;異世界人

   ;戦士見習い

   ;略奪者




■■■


名前 ;渦田うずたふとし

種族 ;人間ヒューム

状態 ;怨嗟のくさび(特大)


戦闘能力;E- (C)

保有魔力;G- (E)

保有能力;拳闘術 (初歩)

    ;凶暴化 (特大)

    ;土属性魔法(初歩)


称号 ;異世界人

   ;戦士見習い

   ;略奪者



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(通常の戦闘能力で訓練を経た一般兵

の戦闘能力;E〜D、一般的な戦闘特化の魔術師の保有魔力;E〜Dだったはず。

 しかし彼らの身なり、身体の作りから多少の荒事は慣れていても実戦の経験は無さそうですね。それゆえの『怨嗟のくさび』ですか。

これで強化されている。なるほど、その為の “生贄” でしたか。

 この呪いとも言える状態による身体強化、そして…どうやら “精神に異常” をきたしているようですが、それも予定の内なのでしょう。怖い怖い)


 ふと見ると件の少年たちは何か騒ぎ出し、あっという間に副団長にねじ伏せられていた。恐ろしく速い捕物に何人が目で追えたのだろうか。


「…という事だ。君たちは確かに腕は立つかもしれない。だがこちらに来てまだ間もないのだ。しっかりと修練を積み個人で危機から脱する事ができなければ、無駄に命を散らす事になる。我々もそれは望まない」


「…わかった。だが、今後は “俺たちの判断” は “俺たち自身” で決める。アンタたちの道具になる気はサラサラ無い」


 睨むように副団長を見上げ言い放っだのはリーダー格の少年だった。それに答えるように枢機卿が1歩踏み出す。


「勿論だ、 “異世界の勇者” 殿!

あなた方の自由を侵害するほど、我々も愚かではない。こうして呼ばせていただいたのも『我々を助けて欲しい』からだ。むしろ貴殿らを害するものがあれば我々が殲滅してみせるとも!

 …だが敵も巧妙だ。どんな卑劣な手で来るかわからんのだ。だからどうか我々の『提案』に乗っていただけないか」


  “異世界の勇者”  そう言われて満更でもなかったのだろう。リーダーの少年の鼻はヒクヒクと動き、その目は値踏みするように動く。およそ “勇者” とは程遠い姿だが、そう思う者はいなかった。

 少年たちは、互いに視線を交わすと「わかった」とだけ告げる。その反応に周囲は『勇者が戦列に加わった』と、このまま宴でも催すのではという賑わいを見せたが、副団長デルフィスだけは無表情のまま視線を宙に彷徨わせていた。しばらく辺りを見回すと、ここ実験場から出ていってしまう。


(…何ですかねぇ?魔力の反応もありませんでしたし。とと、実験場ここでは外界と魔力を遮断している造りだから内側からも外を感じ取れないのでした。…では何でしょうねぇ。

 まあ、どのみち『出て行く』なら今のうちですかね)


 違和感を感じたハイドラは『自分はもう関係ない』と言わんばかりに、そっとこの場を後にする。幸運なことに『少年と魔術師』が消えたことに気づいたものはいなかった。






……………………


称号 ;不動なる者

  (クリスマスを1人で乗り越えた者の称号)


私も持ってますが何か?


ここまで読んで下さりありがとうございました。



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