第79話 最悪にして最凶

「こんな時でも店ってやってるんだな」


 宿の一室でテリオがそんなことを言いながら真新しい道具で剣の手入れをしている。


「そりゃこんな時だからだろ」


 テーブルに粉末の入った袋やら、謎の液体やらを広げて答えているのはナバルだ。何でもポーションが無くなったから作るんだとか。


「でも本当に俺たちは何もしなくて良いのかね?」


「…国同士のイザコザに第3者が首突っ込むとろくなことにはならねぇってウィルも言ってたしな。獣王のダンナが良いって言ってんだし良いんじゃねぇか?」


「そんなもんかねぇ…」


 続けて防具の手入れを始めたテリオはナバルの答えにイマイチ納得出来てなさそう。かといってどうしたら良いかわからないんだろうけど。

 そんな二人を見ているオレに寄りかかって寝息をたてているホルンを優しく撫でるナナイも少しばかり不安そうだ。オレたちは魔獣相手のドンパチは慣れてるけど戦争は経験ないもんな。

 ボーっとしてると突然ザワッとした感じがした。同時にホルンがガバッと起きてキョロキョロ見回す。…なんだこの感じ。オレたちが異変を感じているとナバルは立ち上がり部屋の窓から外を見た。


「何だ今の…」


「どうした?」


 ナバルの呟きに警戒しながら外を見るテリオ。


「…特に何もなさそうだけどな」


 ナバルは武具を身につけて外に出る準備をする。出来たてのポーションを仕舞い支度を整えると、


「俺は少し見回ってくる。ナナイは一応、結界の準備を頼む。皆はナナイのガードを頼むわ」


「わかった。無理はするなよ」


 テリオも装備を整えながらナバルに答える。何だろう、や~な予感がするんだよなぁ。



「待ったナバル、オレも行くよ」


「む?そうか?じゃ、行くか」


 一人より二人のほうが何かあったときに対応出来るからな。そう考えオレはついて行こうとすると服を引っ張られた。なんだ?


「待つニャ、ホルンも行くニャ」


 珍しくホルンがそんなことを言う。ナバルを見ると『どうする?』と視線をぶつけてくる。戦力だけならぶっちゃけ問題ないんだけどね。心は子供っぽさが残りまくりだからそこが心配。


「よっし、行くか!…でもオレから離れるなよ?」


 オレがそう言うと嬉しそうに抱きついてきた。


「わかったニャ!」



 宿の外に出ると遠くの方から怒号と剣撃、爆発音が響いてくる。音の響いてくる方をしばし見つめるオレたち。苦い顔をしているナバルは切り替えるように左右を見回した。


「あの嫌な感じは何処からだろうな…」


「一瞬だったからな」


 そんな話をしていると一人のオッサンが駆け寄ってきた。あれ?オレたちが買い物した商人のオッサンだな。


「おいおい!兄ちゃんたちも逃げた方がいいぞ!壁の内側から魔物が現れたんだ!」


「「はあ?!」」


 進入じゃなく突然?…やられた!潜入部隊に召喚術を持ってる魔術師がいやがったな!すぐに駆けつけようとしたとき、何故か逆方向からゾワゾワする感じかした。


「わりい、ナバル。オレはアッチに行っても良いかな」


「何か感じたのか?…そうだな。どのみちバラけた方が良さそうだ。頼んだぜ!」


「おうよ!」


 そうしてオレとホルンはナバルと別れべつ方向へ走り出した。特別な気配や魔力は感じないのに不安は消えない。獣の勘かな?

 そうしてたどり着いた場所は小高い丘だった。見事になんにも無いな。勘違いだったか?そう思い丘を進む。その先にポツンと人影が見えた。

 見た感じ20代後半から30代前半だろうか。頭髪と皮膚の色が茶褐色のインド風の衣装を着た男が一人立っていた。

 …アイツだ。このザワザワする感じの元凶の男は腕を組みじっとオレたちにを見ている。まるで品定めされてるみたいな視線に正直イラッとする。


「ほう。この様なまがい物までいるのか。全く…飽きはしないが些か不愉快だな」


 いきなり喧嘩売ってきやがった。出会って初めに『紛い物』って何だよ!失礼な奴だな!…紛い物?オレがキメラって見抜いた?いや、鑑定魔法のヴォトゥムを使った形跡は感じなかったぞ?オレの隣でホルンは男をじっと観察している。


「トラン!こいつワケわかんないけど無茶苦茶強いニャ!」


 ウッソ!マジで?ホルンが強いって言うって余程だぞ?ホルンはヴォトゥムこそ未だ使えないが敵の本質を見抜く目と鼻は確かだ。でもワケわからないって何だ?オレは男にヴォトゥムを使い見抜き返してやろうと思った。





■■■■■■■■■■■


名前 ;シャクラ・ヴリシャン / 帝釈天

種族 ;上位キメラ

モデル;人魔混成体

状態異常;身魂不一致による肉体破損

    …による汚染


戦闘能力;SSS

保有魔力;SSS

保有能力;…の雷

    …

    …


称号 ;異世界の闘神

   ;帝国軍大将

   ;…の眷属


■■■■■■■■■■■



 …まって。ちょっと待って。一瞬でフリーズするオレ。

 帝釈天?どういうこと?普通キメラには精霊や悪魔を憑依させて使役するものだって昔バアちゃんに教わった。それがなに?異世界の神?

 目の前の男が帝国軍大将であることより自我を持ったキメラであることより…。

 かつての世界の神が今、オレの前に立ちふさがっている。その事実にオレは怖れちまった。

 男はそんなことお構い無しに魔力を全開に解き放って襲ってきた。アホかオレは!敵の前で惚けるなんて!


 男のジャブをすんでで躱す…が、1発で済むはずも無く無数に撃ち込まれる突き。捌ききれずよろけるオレにストレートが顔面に決まる!…あと一歩のところでホルンが脇腹を強襲した。当たるすんでで避けながら忌々しそうにホルンを睨むと男はサッとオレたちとの距離を開けた。

 …強えぇぇ!オレが油断したからってのを差し引いても強えぇわ。

 だがよく考えてみると付け入る隙はない訳じゃない。ヤツは『身魂不一致による肉体破損』ってのに陥ってた。おそらく魂に肉体がついていけてなくて全力は出せないんだろう。最も『神のよりしろ』なんて、そうある訳じゃないしね。

 ただ気になるのは『…の眷属』ってヤツだ。『…の汚染』といい、コイツを呼び出したヤツは『帝釈天と同等、もしくはそれ以上』の怪物の可能性がある。…そんなのいるのか?



 お互いに構え動きを探っているその時、


ゾワッ…!


 強烈な寒気が体を駆け巡った。コイツの攻撃?そう思ったが発信源はどうやら別のようだ。男の視線もそっちに向いている。


「クックックッ…みあげた奴よ!まさか己をも『供物』にしたか!」


 男の視線のずっと先、そこから何とも言えない『気持ち悪さ』が体にまとわり着いてくる。


「おい!オッサン!何しやがった!」


「無礼な毛玉め。…まあよい。あれは俺の手柄ではない」


 ぶちギレるオレにニヤつきながら答える男。その時オレは『気持ち悪さ』の先にナバルが駆けていったのを思い出した。焦る心を落ち着かせるようにオレは男を睨み付けると問いかける。


「…あれは何だ。供物とか言ったな。何を『召喚』しやがった」


 オレの問いに男は何故か満足そうな顔を浮かべる。


「ほう。ただの獣と思いきや、中々に知恵が回るようだな。あれは人の業、執念が呼び起こしたものだ。まあ、それでも『カケラ』に過ぎぬがな」


「わからねぇな。執念?カケラ?なに言ってんだ」


 臨戦体制をとりながらも聴かなきゃいけない気がした。本能が叫んでいるんだ。『あれはヤバイ』って。


「…やれやれ。この『気』を感じてわからんとは…いや、本当に知らんのか?」


 そう言うと更に愉快そうに顔を歪め告げた。


「あれこそ我が同郷の者にしてまことの魔王、ニーズヘッグのカケラである」



 この日、オレたちにとって最悪の敵が牙を剥いて襲いかかってきた。



……………………


ここまで読んでくださりありがとうございました。

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