第80話 勇者VS 魔王のカケラ

 響き渡る魔獣の咆哮、爆音と怒号が辺りを埋め尽くす。魔獣に斬りかかる者、怯え逃げ惑う者、町の中は突如現れた魔獣の襲撃で地獄絵図と化していた。そしてまた1つ炎に焼かれ家屋が崩れる。命からがら逃げ延びた母娘おやこもまた絶望の中にいた。少女は子犬を片手で抱え母に手を引かれ、やがて同じように逃げ惑う人々のなかへと飲まれていった。


「あっ!」


 少女は転び母親の手を放してしまい二人は一瞬で離れ離れになる。


「痛いよぉ…」


 今にも泣き出しそうな少女に子犬は小さく鳴いて膝を舐めて癒す。少し励まされた少女は子犬を抱き抱えようとして…ビクッ!と仔犬が震えた。驚いた少女は唸る子犬の向いている方へ視線を動かす。そこには崩れ落ちた家々と燃えさかる炎、そして半壊した壁しか見えない。そこに向かって子犬が駆け出してしまった。


「ダメよピッピー!」


 慌てて掴もうとするがどんどん奥へ駆けてしまう。立ち上がり急いで追いかけた少女は、気がつけば壁の外へ出てしまった。息を切らせながら見回すと子犬は一点に向かい必死に吠えていた。足を小刻みに震わせながら。


「ダメよピッピー、はやくいこ?」


 子犬を再度両手で抱え、何気なく吠えていた先を『見てしまった』。


 全身から立ち上る瘴気、発達した筋肉、頭部に雄々しく生えた2本の角、鱗に覆われた両腕。その手には丸い『何か』を掴んでいた。

 赤い瞳が少女を捉える。


『グゥアァァァァァ!!』


 その咆哮に当てられ、ペタンと腰を抜かしてしまう少女。魔人は一歩、また一歩と近づくと少女へ喰い千切らんと襲いかかり…。



「おぉぉうりゃぁぁぁ!!」


ドォォン!


 弾け飛んだ。

 ザッと土を踏む音がした。風になびく黒いマント、黒い刀身の曲刀と黄金の直剣を手にした青年が魔人と対峙する。その背中に少女は物語の『勇者』を見たのだった。



 トランと別れてすぐに獣王のダンナに会った。


「おい!ナバル!なんでお前がこんなところに…」


 獣王が言いかけた時だった。辺り一帯に異常な気配が漂う。俺はこの気配の発信源を探った。…壁の向こう側だな。ガチャリと音がして振り向いてみると獣王が険しい顔でハルバードを手にして発信源を睨み付けていた。


「お前ら、ここはたの「待ってくれ!」」


 部下に指示する獣王の言葉を思わず遮ってしまった。でも何故か『そうしなければならない』気がしたんだ。


「ダンナ…あれは俺が相手をする」


 俺がそう言うと獣王はカッ!と目を見開き怒りに満ちた顔で俺を睨み、


「バカ野郎!お前も感じただろ!あれは…!」


「わかってる!…でもよぉ、俺もなんでかわからねぇがアレは俺が相手をしなくちゃならない。そんな気がするんだよ。それに見ろよ。あの気配に触発されて魔獣どもが活性化しやがった。ダンナが離れるわけにいかねぇだろ」


「チイッ!」


 今この場を離れるわけにはいかない。それは充分わかってるんだろう。獣王のダンナは近くに控えている豹獣人のベルヘルトさんに声をかけた。


「おい!ベルヘルト!何人か連れてコイツを手伝ってやれ!」


「おう!」


 ベルヘルトさんが何人かに声をかけていく。俺は自分が向かう先を見て…全身に電気が走った、気がした。


「ダンナ、わりい!先にいくぞ!」


 俺は風を纏い飛び出した。後ろで獣王ダンナがなにか言っているが…。俺はそのまま走り出した。

 トランに教わった『空気を足場に空を駆ける』技はこういう時すごい便利だ。なにせ地形を気にせず屋根ほどの高さを直進で進めるから。そして進んだ先、壁の向こうに見えたのは元凶の魔人と…座り込んでいる少女だった。


『グゥアァァァァァ!!』


 魔人の咆哮にヘタリこんでしまう少女。ヤバイ!あれじゃ餌食になっちまう!俺は足にかかった魔力を増幅させる。魔人は何かを掴んだまま襲いかかった。掴んでいるのは…人の首だ!

 少女の姿が幼い頃の『拐われたナナイ』と被った。


「ッざっけんな!!」


 抜き放ったルナ・ア・カーデに土属性の強化を、アルン・グラムには爆発力のある風の属性を纏わせ魔人を吹き飛ばした。


「おぉぉうりゃぁぁぁ!!」


ドォォン!


 弾け飛んだ奴に気配を合わせたまま後ろの少女に声をかける。


「大丈夫か?ここは危ないから母ちゃんところに帰りな」


「あの、あの、…」


 座りこんだまま戸惑う少女の後ろからベルヘルトさんが数人引き連れてきた。全部で8人?結構多いな。まあ、ヤバイってのは獣王ダンナも感じていたからな。ガサリと音をたてて魔人が立ち上がる。


「ベルヘルトさん!この子頼む!」


 そう叫ぶと同時に鍔ぜりあう。くっそ!なんて力だよこの野郎!右手のルナを軸に左のアルンで強襲をかける。魔人は避けることも防ぐこともせず綺麗に決まった。沸きあがる違和感をよそに数度ラッシュを叩き込む。その殆どが的確に決まった。決まってしまったんだ。

 魔獣でも防御に自信があるものは回避やガードを疎かにする傾向がある。コイツもそれかと思ったが何かおかしい。まるで何かに『動きが阻害』されているような…。

 2度目の吹き飛ばしも綺麗に決まる。後ろから『おおー』と喜びの声があがるが俺は不安が強くなった。これほどの魔力と瘴気の塊がこの程度なんてあり得ない。ヤツは立ち上がると動きを止めた。そして…皮膚に亀裂が入る。


「お前ら逃げろぉぉぉ!」


 叫ぶと同時に魔法剣を切り替える。


顕現する覇王の息吹スピリスト・ラ・スパーダ


汝、安息と終焉をクインテッド・ディメンション!!」


 光と闇の二剣を展開すると同時に繭から孵るかのように魔人は真の姿をさらけだす。



『ッアァァァァァァァ!!』



 この日、戦場は本物の地獄となった。




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