第78話 懸念と予兆

 月の光に照らされてバルコニーから遥か東を見つめる男がいた。この城の主、魔王ヴィレント・イル・ギルドラン。彼の後ろには何時からいたのか一人のメイドが立っている。


「…リアリー君、お茶の準備を頼むよ。出来れば君も付き合ってくれると嬉しいかな」


「…かしこまりました」


 彼女を見送るとヴィレントは椅子に腰かけ、先ほど見ていた夢について考える。


「昔の事を夢に見るとはね…あれから千年もたつのか」




「ウィル、まだ夜よ?…それとも眠れないの?」


 銀色に輝く髪が風に揺れる。その少年に声をかけたのは少年より僅かに年上の少女だった。黒いローブに黒い三角帽子、赤い三つ編みが風になびく。ここまで少年と旅をして来た少女、キャリバンヌ・ノーチェスは勝ち気な瞳で少年を見つめる。やや心配そうな顔をして。


「大丈夫だよキャリィ。勝つのは僕たちだ」


 少女の不安に答えるように少年は告げる。それを後押しするように「その通りだ」と答えたのは空色の体毛の狼の獣人だった。


「キャリィよ、ウィルの言う通りなにも心配はいらんぞ?」


そう言い彼女の頭を撫でる。


「もう!ガラったらそうやってまた子供扱いする!」


「ガッハッハ!頼もしい仲間と思っておるぞ?」


「その辺にしておやりな、ガラ」


 止めに入った女性に肩を竦めるガラ。 黒い髪と黒い瞳、陶器のような白い肌に黒いローブを纏っている彼女は金の装飾が綺羅びやかな白い杖を手にやって来た。


「それよりもキャリィ、本当に私が使ってもいいの?」


 そう言って杖を見せる。己の強さには自信はあるが、こと魔術においては彼女、キャリバンヌの方が優れているのを誰よりも認めていた。


「良いのよ。私は『万能型』よ?その子の『風』は強すぎるわ。それに風なら貴女の方が扱いやすいでしょ?レディナ」


 言われた彼女、レディナ・グラン・ローゼンハイトは嬉しそうに杖を抱き締める。何だかんだでその杖を気に入っていたのだ。


「そうね。たしかにこの子『ガ・レグント』の起こす力は龍人族わたしたちのブレスを何倍にも跳ね上げてくれるわね」


「だが良いのか?此度の戦のためにウィルが用意したこの『夜月』も含め今までのどの武器よりも優れておるぞ?」


「わかってるわよ。いつか『伝説』と呼ばれるほどぶっ飛んだ性能だってことくらい。なにせ『原初の属性の具現化』なんて馬鹿げた武器よ?…ホントよくよく考えたらふざけているにも程があるわね」


 呆れ顔の少女に銀髪の少年は不満そうに抗議する。


「キャリィ、仕方ないだろ?僕らが相手にするのは何百年も暴れまわってるあの『魔王』なんだから。アイツのお陰で人間ヒュームは勿論、僕ら悪魔種や獣人や亜人、全ての人たちが滅ぼされかかってるんだから。あんな馬鹿げた魔王に立ち向かうには馬鹿げた武器は必要だろ?」


「馬鹿げた武器は認めるのね…。でもそうね、存在が最悪の魔王アレに対抗するなら同じくらいふざけた物は必要よね」


 そうして彼女はこれから自分達が行く先を見つめる。そこには湖だったものが干上がり森だった場所が焼け野原となって…幾重もの爪痕が大地を大きく割っていた。このいずれもがたった一人の魔人によってもたらされたものなのだ。


「そうだね。異世界より呼び出され進化した魔人…









魔王ニーズヘッグを討つ為に」



「ええ、今は亡き兄より形見となったこのノワールフランムと共に聞かせていただきましたわ」


「そっか。早いね、時間がたつのは」


 一言呟くと彼女が入れてくれたお茶を楽しむ魔王ウィル。だがその顔は曇ったままだ。


(ただの夢ならいいんだけど。まさかあの女、アレの復活を企んではいないだろうな)


 魔王が見つめる先、そこはナバルたちが向かった獣王国フェルヴォーレの場所だった。


(…保険を打つかな。)



「ほぉ、その魔人がこれで呼べると?」


「ええ、そうです将軍!この作戦、我々の勝利です!」


 そう嬉しそうに語る魔術師を将軍と呼ばれた茶褐色の男は冷ややかに見つめる。


「その魔人の能力を考えると贄が些か足りぬ気がするが?」


「ご安心を!その為の戦場ですので!ああ、忙しくなるぞぉ…!」


 満面の笑みを浮かべてせかせかと退出する魔術師。その場には死体に囲まれた魔方陣と茶褐色の男だけが取り残された。


「…まあ良い、失敗したところでどうにでもなる。それに…」


 腕を組み死体を見下したまま男は薄く笑う。


「どうせなら俺を楽しませろ。『同郷の者』よ」





…………………………………………


壮大な話って難しい(泣)

ここまで読んでくださりありがとうございました。

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