第64話 国境の村

 トランたちが魔王都ギルドランを出発してから3週間が経っていた。彼らが最初に訪れた町からは特に問題もなく進んでいた。その間にあったのは小さな村々で、わずかの補給か素通りだった為、とくに問題もなく日々が過ぎていった。



「若さ♪若さってな~んだ♪

チャララッチャララッチャ~ラ♪


振り向かな~い、事さ~♪

チャ~ッチャ~♪


愛~ってな~んだ♪

チャララッチャララッチャ~ラ♪」




「お前が知らないものじゃね?」


「ぶっ飛ばすぞクソテリオ!」


 オレが気持ち良く歌ってるところにアホがチャチャ入れてきやがった!失礼なやっちゃなぁ! 


「知ってるわ!愛ってのはなぁ…

 愛ってのはなぁ…」


 …あれ?何故だろう、目からショッパイ何かが溢れてきたよ?


「トラン、元気だすニャ」


 やめて!こんな時に優しくしないで!そう思うのとは反対にホルンにしがみついてしまった。ナバルとナナイはお昼寝してる。マイペースやね君たち。


「そろそろアルセイム王国の国境沿いの村が見えるはずですよ」


 何事もなかったようにノベルさんが教えてくれる。空気の読める男って素敵だよね。あ、だからこの人結婚出来たのか。…テリオには一生縁の無いものだな。そのアホの子テリオは手綱を握りながらちらりと後ろのノベルに視線を向けると


「次はなんて国なんです?」


「確か…ネシア王国だよ。海が近いお陰で海産物が名物だったはずだね。獣王国と隣同士だからそっちとも交易があったんじゃないかな?お国柄も自由な国だね。…良くも悪くも」


 へぇ~良くも悪くも自由なのね。スッゲェ不安になるがまあ、通りすぎるだけだし大丈夫だろ?

 そうこうしてると前方にいくつもの小屋が見え始める。あれがその村か…ん?なんか騒がしくね?


「なあ、煙が上がってね?」


 オレがそう言うと後からナバルが体をのり出してきた。その目はバリッバリに戦闘モードで。同じように緊張が伝染したのかテリオが真顔で叫ぶ。


「とばすぞ!しっかり掴まれ!」


 テリオが鞭を打ち馬車は加速する。何時いつもはギルマス自慢のサスペンションが馬車の振動を吸収してくれるのだがこの時ばかりは激しく揺れた。


「叫び声だ!襲われてるのか?!」


 手綱を握りながら焦った声で問うテリオ。…なんかおかしいなぁ。空気もピリピリしてないし…なんだろ。


「なあ、違うんじゃねぇかなぁ…」


「飛ばすぞぉぉぉ!」


 テリオの野郎、オレの話を聞きゃあしねぇ!そうしてオレたちが見たものは…





「やあ!旅人かい?ゆっくりしていってくれ!」

「ひゃっほぉぉぉ!」


「アンタ!ちょっと飲みすぎだよ!」

「かてぇこと言うなよぉ。せっかくの祭りなんだからよぉ」


 この日この村では年に一度の収穫祭が開かれていた。


「…あっれぇぇ」


「あれ?じゃないわ。オレの話聞いてれば…」


「な、何も無かったんだから良いじゃねぇかよ! そんな細けぇこと言ってるからモテないんだよ!」


「『モテない』は関係ないだろ!

…ってかモテ無くなくもないわ!お前と違ってな!」


「バッカ!お前…マジでバッカ!俺スゲェんだせ!」



「…何でこいつらノーガードの撃ち合いしてるの?二人とも泣いてるし」


「「泣いてねぇし!!」」


 オレたちが騒がしくしてると陽気な村人がやって来て


「おお、旅人さん、楽しんでるかい?こっちにも旨い酒や飯があるんだ。どうだい?」


 村人の男が指さした先には屋台が並んでいて旨そうな匂いが鼻をくすぐってきていた。


「商売上手ですね。どうです皆さん。ここで一休みしましょうか」


「やったニャ!」


「良いですね」


「…さっきから気になってたんだよ」


 ノベルさんの一言にナバルたち3人は嬉しそうに賛同した。ノベルさんは今だ項垂れてるテリオの背中に手をおき


「まあまあ、テリオ君。あっちの屋台なんてどうです?」


 ノベルさんが指し示した屋台はコッコ鳥の串焼きの屋台だった。そういやテリオはコッコ鳥の串焼きが好物だったな。…それにしてもノベルさん、こんな野郎の好物まで把握してるとは…出来る人だわ。

 テリオはムクリと顔をあげると屋台を凝視して…


「確かに…あの売り子の娘、可愛いなぁ」


「え?そっち?!」


 予想外だよねノベルさん。テリオのバカは急に元気になると

「とりあえず馬車を宿かどこかに止めてから散策しようぜ!」

と皆に声をかける。


…オレも『あの売り子の娘、可愛いなぁ』と思ったのはナイショの話だ。





「この酒、旨いなぁ!」


「兄さん、飲みすぎて明日ヒドイ事になっても知りませんよ」


「ナナイ、ナナイ!このチーズすんごいウマウマニャ!」


「あ、ホントだ。美味しいねホルンちゃん」


「バアちゃんとコルネのお土産に買ってくるニャ!」


「ホルン待って!オレも付いていくから!一人だと迷子になるでしょ!」


 村で唯一の宿(辺境の村にしてはちょっとデカイ宿だった)に部屋をとるとオレたちはさっそく広場に出かけた。そこにはいくつか丸太を削って造られたテーブルとイスが用意されていてそこで食べた。周りには仲間同士で酒盛りを始めてる人、家族で来ている人など様々で、どうやら近くの村からも来ているらしい。


「ねぇトラン。チーズの他にお土産、何がいいかニャ?」


「そうねぇ。魔法袋は時間か止まってくれるからその辺便利だからなぁ。食ってみて旨かったら何でも良いんじゃない?」


「う~ん。迷っちゃうニャ」



「やあ、君たち獣王国からの旅行者かい?」


 ふと声をかけられ振り向くとそこには…一人の男の剣士が立っていた。

 腰の剣は…見た目じゃわからないがそこらの剣より魔力保有量がデカイな。魔鉄製か。鎧は見た目ただの革鎧だが…こっちも魔獣の革だな。恐らくアドレティドッグの革だろう。あれ?それって人間サイドじゃ凄い高級品なんじゃ…そう思ってたら男から自己紹介が始まった。


「ああ、失礼。俺は国境警備隊のリョウ・アンダーソンだ。よろしくな」


「オレはトランだ。こっちはホルン。旅の途中に立ち寄ったんだよ。結構な人が来てるんだな」


「ここまで賑やかになったのは2年ほど前からなんだけどな。君たちはこの村は初めて…」


「隊長、ここにいましたか」


 男と話していたら若い娘が話しかけてきた。娘は背中に弓を背負い大きめのダガーを腰に指している。しかしこの、おっとりしてる感じだから武装してなきゃ『村娘さん』にしか見えないなぁ…。そしてこの兄ちゃん、警備隊の隊長だったのか。…オレらたち不審者と思われたのか?


「オレらあそこのデカイ宿に泊まってるからさ、なんか用があれば来てくれよ」


 『怪しくないぜ』とアピールせねばな。男は困った笑顔を浮かべたあと娘と離れていった。


「トラン」


「なんだ?」


「あの兄ちゃん…すんごく強いニャ」


「だね。なにもなければ良いんだけどねぇ」


 立ち居振舞いから察するに魔王都ギルドランでも通用しそうな程、強い剣士だった。少なくとも魔の森の東側なら余裕で生きていける強さだと思ったよ。そんなのが何でこんな辺鄙な村にいるんだ?

…へんぴだけど重要な村とか?

 何だかモヤモヤしたがその日の夜は無事に過ごせた。






 

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