第63話 呪術の可能性と出発
町の入り口近くに衛兵詰め所はあった。普段は行商人のチェックだったりとそれなりに人の出入りがあるのだがその日は誰も顔を青くするばかりで中に入ろうとはしなかった。
「おい!何があった!」
見回りの衛兵が詰め所に戻って最初に見たのはひしゃげた鉄格子と半壊した部屋だった。
「クソッ…突然フードの魔術師が現れたんだ。捉えようとしたら吹き飛ばされて…そしたら牢の囚人どもがおかしくなったんだ」
「守護と防音の結界が仇になったな。外からじゃ全然わからなかったぜ」
「すぐに部隊を編成して追撃するぞ!」
詰め所のなかでこうしたやり取りをしている同時期に市場周辺では戦闘の口火を切っていたのだが今の彼らがそれを知るのは少し後になってからだった。
…
…
市場の外れで激しい剣撃が鳴り響く。3人の襲撃者に対し騎士ノイエ・ウェリッジが前衛、後衛にアイリスで相手をしていた。
(コイツら…重い!
それも3人か…おのれ!)
見た目雑兵の彼らの攻撃は呪詛により何倍にも跳ね上げられていた。だが驚くべきはその攻撃を受けつつ衛兵詰め所へと誘導している騎士の方だった。後方のアイリスによる魔術の防御も効をそうしていた。
「お嬢様!無理はしないで下さい!」
「ええ!ノイエ、もう少しよ!」
詰め所が見えた矢先、二人に円錐形の火の玉が2発降り注ぐ。
ババァン!!
「ぐぅっ!」
「お嬢様!」
「っ…平気よ!」
間一髪、両手で防御術式を展開したアイリスだったが撃たれた魔術が余りにも高火力で貫通力もあることに冷や汗をかく。
(なによ今の!あんなの次また撃たれたら守りきれるか…)
唇を噛み締める二人の女性に聞きなれない男の声がかけられる。
『やれやれですね。次いででこんな面倒な相手の抹殺とか…《あの御方》は何を考えているのか』
「誰だきさま!」
『申し訳ないのですがね、時間も惜しいのでさっさと終わらせますよ』
男がそう言うと先程の火の玉より大きな火の槍が5発、虚空に浮かぶ。驚愕するアイリス。ノイエ・ウェリッジの叫びが響く。
「お嬢様!」
ドドン!!!
空気を歪めた炎の槍が襲いかかる。その槍の中腹に食い込む黒と銀、黄金の剣閃。5発の槍は爆炎を上げて消滅した。煙の中から現われた一人の剣士。
ブン!
男は残りカスを払うかのように剣を振るいルナ・ア・カーデを肩にかけると空を睨みつけた。
「また隠れたままか。お前!こないだの魔術師だな!!」
大音量のナバルの怒鳴り声が辺りに響く。見えない魔術師は大きくため息をはくと呆れたように告げる。
『また貴方ですか。いい加減、私の邪魔をするのはやめてもらえませんかね。これでも仕事なんですよ。ただでさえこの後が立て込んでるのに…』
うんざりするような魔術師の言葉に『ああ、』と呆れ顔をするナバル。
「ブラック企業?だったか。そんなにこき使われてんなら転職しろよ。良いとこ他にもあるぜ」
予想もしないナバルの言葉に思わずポカンとするアイリスとノイエ。当の魔術師は一瞬あっけにとられた後に大笑いした。
「あっはっはっはっ!転職ですか!
全くもって面白い方だ。…今後のために参考にさせていただきましょう」
何が気に入ったのか魔術師は上機嫌にそう告げる。雑談をふりながら気配を探るナバルは正直焦っていた。
(参ったね、声がするから特定は楽かと思ったけどジャミング…だっけ?そいつが邪魔してさっぱり分からん。っにしても上手く隠しやがる)
ノイエは感心していた。瞬時に現れた機動力、高火力の魔術を斬り伏せる腕前、体さばき、騎士としても優秀な部類の彼女をしてもこの剣士は名が知れ渡っておかしくないほど一流のレベルだった。しかも見た目は
『全く…貴方の様な方がいれば噂にならないはずがないのですがねぇ』
(そうだ。しかし、そんな噂は聞いたことが無い)
魔術師の疑問にノイエも心のなかで同意する。彼女が所属するのはこの国の最上層に近い《公爵家》だ。どんな情報も入ってくる。その《公爵家》ですらこの青年の情報は掴んでいなかった。そんな内情を知らないナバルはこの会話に乗ろうか思案する。
(…ダメもとで油断を誘うか?)
「へぇ~、スゲェ奴らは噂になるのかぁ。どんな奴らがいる『ヴァァァァァァ!』んだ?…って
うんざりするナバルに魔術師は申し訳なさそうに告げた。
『すみませんね。その呪詛をかけたのは私じゃないんですよ。…まったく。相変わらず空気の読めない術ですね。だから程度が低いと言ってるんですよ。だいたいセンスも最悪、本当にあの馬鹿、そろそろ死んでくれませんかねぇ…』
同業に対してか魔術師の言葉は段々と愚痴になってきた。だがナバルたちは悠長に聞いている暇はない。
と、言うのも3人組はバキバキと音をたて徐々に肥大化していったからだ。
「はあ?!人間の魔物化だと!」
ナバルたちの驚愕に魔術師は忌々しそうに呟いた。
『なるほど。私を当て馬にしてくれたわけですか。もしくはコレをただ見せびらかしたかっただけか…急用が出来ました。お詫びにソレ、殺してくれて構いませんよ。では失礼します』
魔術師がそう言い終わると同時に気配も
「あの野郎、逃げ足が速えぇ!」
ナバルがそう叫ぶと同時に魔物化した二人が襲いかかってきた。ふと横を見れば女騎士と残りの一人が打ち合っているが騎士の剣が徐々に刃こぼれしていた。
「おい、姉ちゃん!それただの鉄の剣か?!」
「ただの鉄では無い!グーツ鋼の業物だ!…高かったのに…」
最後の切なそうな呟きに気の毒になったナバルは(どのみち武器破壊されたらこちらが不利になる)ポーチにしまってある予備の武具(魔王とボードゥが調子にのって色々作った代物)に丁度良さそうな剣があったのを思い出す。
打ち合いながらポーチをまさぐりソレを抜くと女騎士に投げた。
「そいつを使え!」
受け取りすぐに抜刀、攻撃を弾いた流れはさすがの一言だったが一番驚いたのは女騎士だった。
「こ、この剣は?!」
驚くのも無理はない。彼女が今、手にしているのは純ミスリルの剣だからだ。
(あれなら競り負けることはねぇだろ)
「あんまり目立つのは好きじゃねぇんだが仕方ねぇ!
『
なんだと!」
光の剣を展開しようとした矢先だった。魔物化した一人から目映い光が輝き始めると男を包みこんだ。
「…光の障壁かよ。作ったやつは良く分かってやがる。が、趣味が悪りいな」
「どういうこと?」
ノイエの後ろで彼女を援護しつつ、その異変に気づいたアイリスはナバルに問いかける。
「光の属性ってのはよ、浄化と思われがちだが本質は『反射』なんだよ。『拒絶』でもあるかな。だから呪術を晴らす原理は『拒絶』して浄化するって理屈らしいからよく誤解されがちなんだとさ」
「ちょっと待て!それじゃ…」
「ああ。互いの威力もあるが基本、同じ光属性の技をぶつければ相殺できるだろうな。だがそいつはお勧めしない。互いに反発し合って下手すりゃ大爆発するぞ」
「そんな…」
「安心しな。もう1つの手であの障壁を『喰い破って』やるよ」
そう言った瞬間、ナバルは左の黄金の剣で相手を吹き飛ばすと一気に距離を詰める。その際小声でなにかを呟いた。
「…クインテット・ディメンション」
右手の曲刀が黒く染まり黒水晶の様に輝くと一閃、魔物化した男の光の障壁が『パリン!』と甲高い音をたてて消え去った。
…
…
追撃に出た衛兵隊が見たものは倒れこんだ3人の脱走者と3人の人影、そのうちの二人は彼らのよく知る人物だった。
「!…アイリス様、ノイエ殿もご無事でしょうか?」
「ええ」
「よく来てくれた。そこの3人を頼む」
二人が衛兵に話しかける。そんなやり取りの中で固まるナバル。
「アイリス…え?…まさか…え?」
戸惑うナバルにアイリスは笑顔を浮かべナバルの前に立つと
「また助けてもらったわね。久しぶりね、ナバル」
「え、え、えええええ~~~!!」
…
…
…
なんだコレは。オレがホルンたちと待ってるとノベルとテリオの二人とはすぐに合流出来た。ナバルが飛び出して行ったことを説明して(その最中にもなんか騒がしかったがナバルが暴れてるだけだから放置してた)
何故かキレイな姉ちゃんを二人もはべらかしてやがる。
「…しかしな、少年。こんな高価なもの、受けとるわけには…」
「さっきも言ったろ?俺にとっても戦えるあんたに持っててもらった方が良いんだって。その代わり二人を頼むよ」
「それは言われるまでもない。
「もう…またそんなに固くならなくても…それよりナバル?さっきからノイエと話してばかりで私、つまらないわ」
「いや、そういうつもりじゃ…」
「お嬢様、珍しいですね。そんな年頃の少女のようなことを
「それはどういう意味よ!」
「なんだかな~」
面白くないね。なんだこれ。ハーレなんとかか?そんな展開、オレが許さんよ?…オレの隣ではやはり不愉快そうな顔をしているテリオがいる。
「テリオ君や。あれはなんだ?」
「なんだろな…(俺だって…)」
「二人とも、兄さんの邪魔をしないでね」
何故かナナイに釘を刺された。そのナナイは小声で
(兄さん!頑張れ♪)
と応援してる。訳がわかりません。
なんかムカつくなぁ~!!
「トラン、ココロが狭いと嫌われるニャ」
ホルンの一言はオレの心を抉るのに十分な威力を発揮した。隣のテリオにも被弾したらしい。丸くなる
出発の日の空は突き抜けるような青空だった。
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