第62話 出発前の騒動

「ああ、俺が知ってるのはそこら辺までだな」


 孤児院襲撃事件で暴走した男はまるで付き物が落ちたかのような顔をし、スラスラ答える。ときたま後悔を滲ませる顔をしながら。


「今まで何をこだわってたんだろうな。意地になって悪事を重ねてたのがバカらしくなっちまってよぉ。こんなにスッキリしたのは初めて…いや、ガキの頃は何時いつもこんなだったなぁ。…何でこうなっちまったんだろう…どこで間違っちまったんだろうなぁ…」


「お、おう…そうか」


 戸惑う衛兵を余所に別の牢獄では濁った目つきの奴隷商が何やらぶつぶつと呟いている。


「もう少しだったんだ…アイツらが来なければ…あの女も来なければ…」


その男の指輪から黒い瘴気が徐々に男を侵食していく。


……


~い~ひぃ~、旅~立ち~

タララララ~ラララララ~

(歌詞がわからないから誤魔化してる)」


哀愁あいしゅうが漂うリズムだな」


「ラが多いニャ」


歌詞かし思いつかなかったんじゃない?」


ナナイの突っ込みに冷や汗をかきながらトランは空を見上げる。


「時間たつのは早いよなぁ」


「それは良いけどよ、出発の準備はいいのか?」


「オレたちは万全だぜ。ノベルさんたちギルトチームの引き継ぎ待ちだな」


「ってことは最後の確認か?」


「…えっと、ノベルさん、魔王都あっちの人達からお土産リストを渡されて顔がひきつってましたよ」



 トランとナバルは大きなため息をはく。

((魔王ウィルとギルマスが絡んでそうだよなぁ))

 と、いう思いのこもった盛大なため息だった。一番の問題児が国のトップクラスなのはある意味魔族らしい…のか?とも思わなくはないが配下の気持ちもさっしてあげればいいのに…あ、リアリーさんが黙ってないか。と思い二人はニヤリと笑う。


「っにしてもなぁ、アイツら良いよなぁ」


「昨日の話か?」


「ああ。ガキの頃に聞いたおとぎ話の

巨翠亀ミリディエット・テスタが、あんなにオイシイ魔物だなんて思わなかったもんよぉ」


「オレは一般に配給されてる素材の金額にビビったわ」


 ナバルたちは昨夜の夕食の席で巨翠亀ミリディエット・テスタが再び訪れることを聞いたのだ。開戦予想は1週間後とかなり早い発見だったがその情報が広まると魔王都ギルドランはまたもお祭り騒ぎとなったそうな。反対にナバルとトランはくやしそうに項垂うなだれていた。テリオだけが異なる反応だった。


「え?あの昔話の魔獣だろ?巨翠亀ミリディエット・テスタって。何でお前ら悔しそうなんだよ。国崩しとか言われてる伝説の怪物よ?『助かった~』なら分かるんだけど」


「オレはそのおとぎ話は知らんけどよぉ。ヤツは稀少な素材の宝庫なのよ。お金もガッポリなのよ。これが悔しく無いわけ無いやん」


「まあまあ、伝達ではここの皆には正規の分配がされるそうですから良いじゃないか」


「ノベルさん、それってどれ位?」


「純ミスリルの剣で1本分」


ドン!

ガン!

ぶぅ!!


 トランが周りを見たときには…


 宿の娘は鍋を持ったままズッコケ、

 マスターは樽ジョッキを落とし、

 テリオは鼻からお茶を吹いた。


「お、お、オカシイダロ!何だよその大盤振る舞い!」


「え?そうなの??」


 聞けば人間側こっちでは混ざり物のミスリル銀の剣1本辺り日本円で2000万円相当の金額らしい。純ミスリルなどお目にかかることがないため金額がわからないらしいが。それを聞いたトランも鼻からお茶を吹いた。それも盛大に。


「クマてめぇ!俺に吹きかけんじゃねぇよ!」


「すまんテリオ。現実があまりにも容赦ようしゃ無いものだったから」


 ぶつぶつ言うテリオにそっとおしぼりを差し出すナバル。受け取り顔を拭きながらふと気になってナバルたちに問いかける。


「って事はよお、お前ら前回はどれ位稼いだんだよ」


「金額は知らん」

「うんっまいもんたくさん食べたニャ」

「うふふ」

「…テリオ、強くなればお前も来れるで」


「…マジかぁ」


 実際、トランたちはレンタルの獣車(平均的な6人乗りの馬車相当)にめい一杯の稀少な素材をもって帰ってきたのだ。それもミスリルどころかオリハルコンやアダマンタイト、伝説級の魔石、幻魔石や聖霊石などだ。

 しかしこれらは当時の巨翠亀ミリディエット・テスタが希少種だったのが大きい。さすがの巨翠亀もそこまでの素材が手に入る確率はぐっと減る(ミスリルや魔鉄クラスならば普通に入手可能)。だからこそ現時点でのナバルたちの装備も規格外な訳だが。



 アイリス・フォン・デルマイユは孤児院に行く前に市場を観てまわっていた。何時もの庶民に紛れこめる衣装だがその隣には高級な軽装に身を包んだ女剣士がいるために違和感があった。


「お嬢様、今日こそは私をけると思わないでくださいね」


 そう言う女剣士は『今日は鋼鉄の鎧ではありませんので』とアイリスに真剣な眼差しを向ける。


「しないですよ…ノイエ」


「今後もしないで下さ…」


「?…どうしたの?」


「お嬢様、私のそばから離れないで下さい」


 そう言うと右手を剣の柄にそえて抜刀の構えをとる。彼女たちの視線の先には瘴気を纏った男が立っていた。


(ここは不味い、市民が多すぎる!)


 人が行き交う市場の真ん中で騎士ノイエ・ウェリッジはこれから起こる惨劇を回避するため動き出す。



 出発を待つトラン一行。彼らは今森の反対側、衛兵詰め所のそばの門の前で待機していた。ボンヤリしていたトランは聞きなれた斬撃の音を捉えた。


「ナバル!」


「ああ!何だこの瘴気、のろいの剣の比じゃねぇぞ!!」


 飛び出しかけるトランを制止するナバル。


「こないだの奴らの罠かも知れねぇ。俺が行くからトランは皆を頼む!」


「兄さん!一人は無茶ですよ!」


「そうでもねぇぞ?同じ場所に『中々の剣気』を発してるヤツがいる。ただ瘴気のヤツも一人じゃなさそうだからな。手を貸してくるわ」


 言うやいなやすぐに駆け出すナバル。その後ろ姿に小さくため息をはくとナナイはトランたちに向いて。


「探知のお願いしても良い?魔力ならともかくただの瘴気ならとらえきれないの」


「まかせるニャ!」

「おうよ!」


 元気よく答える二人にようやく笑顔を見せたナナイだった。





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