第65話 国境警備隊の人々

「やっべぇ…飲みすぎた…あ、ノベルさん、おはようございます」


「おはようナバル君。出発は明日だからゆっくりしてても大丈夫だよ?」


「あ~ぼちぼち気合いいれます。ん?テリオのヤツ、どうしたんです?」


 俺が二日酔いでフラフラな状態で起きるとノベルさんは既にビシッと着替えて朝のお茶を楽しんでいた。…部屋の隅ではテリオがいじけて丸くなっている。


「う~ん、昨日、気になる娘がいたらしいんだけどね。どうやら既に結婚してたんだって」


 ああ、そういや屋台の娘がどうとか言ってたな。


「なんだ、何時いつもの事じゃねぇか。元気だせよテリオ」


何時いつもあってたまるか!」


「バカ、叫ぶな。頭に響く…」


 俺はそのまま枕に頭を埋めた。ナナイに見つかったらまた小言を言われるなぁ。でも何だかんだで気にかけてくれてるからな。見られる前にしゃんとしよう。俺は魔法ポーチに手を伸ばすと中にある酔いざましのポーションを取りだし一気に飲んだ。


「!~きっつぅ!相変わらず苦げぇ。…なんとか改良しないとなぁ」


 そんな俺をノベルさんは笑顔で見て


「そんな時、薬師って便利だよね」


「あはは…」


 俺は笑って誤魔化した。さて、今日はどーするかな。


……


 ナナイたち3人は部屋にも食堂にも居なかった。


「アイツら何処どこに行ったんだ?」


 一緒に買い出しでもするかと思っていたのに出遅れたらしい。…二日酔いって強敵だよね。コイツとは長い付き合いになるから上手くやっていかないと。以前そんなことを言ったらナナイに「兄さん、トラン君に似てきましたね」とあきれ顔で言われた。隣に座っていたトランは泣きそうな顔をしていた。

 特にすることも無いから村の市場を見てまわるか。昨日のツマミもそうだが飯も凄い旨かった。ホルンじゃないけど俺もリアリーさんやウィルに土産のひとつも買うかね。師匠には昨日と同じ酒を買っておいた。宮廷魔術師のエルメさんは何が喜んでくれるかな。そんなことを考えてたらふと耳に馴染みある音が聞こえた。


「コイツは…木剣の斬撃音か?」


「兄ちゃんも『剣士』だから気になるか?」


 土産みやげによった燻製屋のオヤジに呟いたのが聞かれたらしい。オヤジは丘の上の少し大きな建物を指差して


「あれが国境警備隊の宿舎で今頃いまごろ訓練でもしてるんだろう。今の隊長さんになってからはよくあることさ」


「以前はそこまで訓練してなかったのか?」


「そりゃ、こんな辺鄙へんぴな村だからなぁ。なんか問題起こした奴らが送られて来るのが普通だったから全くなかったよ。あ、でも先代のじいさんはただの隠居で飛ばされてきたって言ってたなぁ」


 それはそれでどうなんだろう。ともかく今の隊長は真面目な男らしい。俺はいくつか燻製を見繕って買ったあと警備隊の宿舎に向かった。


…正直言うと斬撃音を聞いた時から体がうずいていたんだ。『コイツは強い』って。



 建物に近づくにつれて独特の覇気が強く感じる。今さらだけど勝手に入っても良いのか?そう思ってると裏手の方から洗濯籠を抱えた村娘さんが通りかかった。


「あら、お客さんですか?ちょっと待っててくださいね」


 娘さんは笑顔でそう言うとトトトと建物の中に入って籠を置き俺のところに戻ってきた。…特に用もなかったからなんか悪いなぁ。


「すまないなお嬢さん。警備隊の宿舎だって聞いてつい寄っただけなんだよ」


 申し訳なくなって最初に謝罪をした。仕事の手を止めさせちまったもんなぁ。そんな俺を笑顔で迎えてくれる村娘さん。


「そうだったんですか?でも久しぶりのお客さんだから嬉しくって♪」


 なんだろう。凄い眩しい笑顔。『暇潰しでした』なんて絶対言えない。

 内心びびってる俺をよそに村娘さんは俺を中にいれお茶まで出してくれた。


「旅の剣士さんですか?それじゃあ昨日から始まったお祭り目当てかしら?」


「いや、近くを通りかかったらなんか騒がしくてさ、盗賊団にでも襲われてるのかと慌ててきてみたら祭りだったってオチなんだよ」


「そうだったんですか。助けようとしてくださったんですね。フフ。ありがとうございます」


「あはは…。まあ、俺たちも祭りを堪能できて良かったよ」


 そこへ扉が開き、先程まで木剣を振っていたと思われる男が汗をぬぐいながら入ってきた。


「珍しいね。お客かな?」


「あ、隊長。こちら…」


「突然すまないな。俺は旅の冒険者のナバル・グラディスだ。ここに真面目で腕の立つ隊長殿が居るってんでつい来ちまったんだよ」


「真面目で腕の立つ二枚目?そうかな。エヘヘ」


 俺は挨拶をした。何故だろう。さっきまで本当に真面目そうな好青年に見えたのに今はトランを相手にしてる気分だ。


「隊長、グラディスさんは二枚目までは言ってませんよ」


「え?あ、そう」


「あ~俺が聞いたのは燻製屋の親父だったからなぁ。他の若い娘からなら二枚目は付いたかもしれん」


 見るからにションボリしていたからつい余計なことを言ったら警備隊の隊長は『そうかな?』とやけに元気になり「ロロ君、お客さんに良い茶葉のお茶でも出して差し上げて」とやたら上機嫌になる。


「あの~隊長、うちにある茶葉は一種類しかないです…」


「…そうだったね」


 今度は二人ともションボリしてしまった。…俺にどうしろと?

 そこへ今度は男が飛び込んできた。


「た、隊長さん!大変だ!

サトナとアルルのチビスケ二人が見当たらないんだ!泣き声が黒の森から聞こえるって奴らもいて…どうしたら…!」


「ロロ!森に行くぞ!すぐに準備を!」


「はい!」


 先程のホンワカした空気が一瞬で引き締まる。隊長の目は戦士の目になっていた。よし、決まりだな。


「隊長さん、俺も手伝うぜ」


 俺の言葉に戸惑う三人。


「グラディスさん、ありがたいんだが黒の森は…」


「ああ、ヤベェんだろ?だが人手も欲しいはずだ。それにこれでもあの『魔の森』で多少は鍛えてるんだぜ?足手まといにならねぇよ」


「「「は?!」」」


 あ~『魔の森』は言っちゃ不味かったか?でも話の流れじゃ子供が二人、ヤバイ森に踏み込んだんだろう。四の五の言ってられねぇしな。


「…わかった。正直助かる。ロロ、3人分の準備を頼む。俺も装備を整えて直ぐに行くぞ!」


「はい!」


……


 なるほどね。『黒の森』と言われるだけあって昼間なのに中は薄暗く視界が悪かった。それに魔物の気配が色濃く感じる。


「確かに危険な森だな。魔物どもの気配が強い。何時もこうなのか?」


「いや…ここまで酷くはなかったぞ。二人とも気をつけてくれ」


 前衛に隊長、中衛に俺、後衛にロロさんという布陣で森に入る。何時でもいけるようにルナを抜くと隊長が『おお…』と声を漏らした。


「隊長?」


「ああ、すまん」


 不思議そうなロロさんに気まずそうな隊長は気持ちを切り返すように『行くぞ!』と発破をかけた。


「おーっ!」


「…おーっ」


「「ふぇぇぇん!」」


「「「…は?!」」」


 ロロさんが元気よく言うものだから俺も流に乗ったら上から子供の泣き声が聞こえた。ふと見上げれば小さな子供が二人、木の上で幹にしがみついて泣いていた。


「…あの子達か?」


「…うん。解決したね」


「待っててね!二人とも。今行くからね」


 なんだか気の抜けた俺と隊長を残しロロさんはスルスルと木を登っていく。弓と矢筒を背負っているのにあの身のこなし、ただの村娘さんじゃなかったのね。そんな風に彼女に感心していると嫌な気配が急速に近づいてきた。


「どこだ!」


「上か!」


 俺と隊長がほぼ同時に空を見上げると7mはあろうかという巨大な鳥が2羽、こちらに突っ込んできた。

 ヤベェ!狙いは子供たちか!


「ロロ!」

「はい!」


 隊長の声に即座に答えると同時に子供を両脇に抱え飛び降りたロロさん。着地に会わせるよう受け止める隊長。そのまま彼女たちを後ろに回し、その勢いのままに突っ込んできた怪鳥に斬撃を撃つ。って距離がありすぎるぞ!

 だがその心配は杞憂に終わった。隊長が放ったのは飛ぶ斬撃だった。怪鳥はモロにくらい、そのまま落下した。


遠当とおあてかよ!」


 昔、師匠が幾つか見せてくれた技のひとつだ。それは魔術ではなく『技』のみで繰り出す斬撃。よほどの技量がなければ放つことはできない。

 …俺はまだ撃てた事はない。しょうがないだろ?つい魔法剣をぶっぱなしちまうから。まあ、なんだな。この隊長は技において俺より優れてるってことだ。おっと、もう一匹が俺に狙いを定めやがった。…コイツ食ったら旨いかな。


『ギェエェェェ!!』


「コルクドスだ!力で押しきってくるぞ!」


「ハッ!上等!」


 魔の森じゃ見たことない魔物だからどこの素材が売れるか分からない。皮膚をむやみに切りつけるわけにはいかないからくちばし攻撃を交わし左拳で顔面を殴り付ける。


バコォォン!!


 鳥はキリモミ状に吹き飛んで岩に激突した。俺はそのまま追い討ちに首を跳ねた。


ブン!


 そのまま崩れ落ちる怪鳥。2匹目が硬直している。丁度良いね。ソイツも首をきりおとして討伐は完了した。


「…コルクドスって凄い力ですよね?」


「そうだね。熊型魔獣のドレイドベア並みじゃない?ロロは真似しちゃダメだよ?」


「しませんよぉ~」


 何故だろう。俺がオカシイみたいな流れに感じるのは。まあ、いいか。


「なあ、この鳥って食えるかな?」


「「「「食べるの?!」」」」


 さっきまで泣いていた子供にまで驚かれたんだけど…。魔獣の肉って旨いの多いじゃない?俺は変じゃないよな?







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