第34話 異質なるもの

「何事だ!」


 魔族の陣営に地鳴りが響く。

「ベヘモスどもが南へ移動を開始しました!」

「…遺跡か」


 そう呟くと南西を睨み付けるガド。黒刃熊ニグレドラベアに何か動きがあったのだろう…もう、どう転んでもおかしくはない。


警戒けいかい度を引き上げる。いつ此方こちらになだれ込んでくるかわからんぞ!」


『『オオゥ!』』


 と、そこへ補給物資を載せた獣車が到着する。護衛が大急ぎでこちらに駆けてきた。


「大変です!護送の途中で黒刃熊ニグレドラベアに遭遇、ナバルたちが足止めしてます!至急援軍をお願いします!」


 ぎょっとする兵士たち。しかしこれで合点がいった。ナバルたちとの交戦で戦意が刺激されたのだろう。魔獣は戦意に敏感なのだから。




 そこへ一人の魔術師がガドの前に立つ。


「か、か、か閣下、わ、私が援護に参り、参りましょうか?」


ガドの前に現れたのは魔王軍宮廷魔術師エルメ・ディアブだった。

 彼の挙動きょどうに冒険者たちは不安な顔をする。しかし兵士たちは尊敬の眼差しでかの魔術師を見ていた。当の本人は高揚こうようして『何時いつでも出撃できる!』といった気合いさえうかがえる。


「ディアブか。よし、頼むぞ!」


ガドの命令に、嬉しそうに敬礼をするエルメ。


その瞬間、彼の姿は消えた。


「なるほど、すげぇ術者だ。軍の奴らの羨望が納得できるわ」


 一人の冒険者の呟きに他のメンバーも認識を変えたようだ。その中で助けられた人間ヒューマンの男は


(何なんだここは~!)


 脳内のリミッターの限界をとうに振り切った彼に、平穏が訪れるのは当分先になる。


……


「ずいぶん引き離されたな!」

「道は間違ってねぇはずだ!車輪の跡もある!」


 ナバルは全力疾走、オレとホルンは風でブーストを駆ける。

ナナイは杖に腰掛け低空飛行で移動していた。


「ナナイさんや、それって少しの魔力でやってんの?」


 全く疲労してない顔のナナイに思わず聞き出した。明らかに便利だもんよぉ。できるなら真似まねしよう。


「ちょびっとだけ使ってるよ。

風の精霊さんにお願いしてるの」

(精霊魔法か…オレには無理だわ)


 突如、前方の空間が歪む。

 警戒するナバルをよそに気の抜けた声の主が現れた。

「や、やぁナバル君。あ、あれ?黒刃熊ニグレドラベアは?」


「「エルメさん!」」

「誰?知り合い?」

 ヒョロイ兄ちゃんが現れた。ホルンを見ると首をかしげる。ってことは城の人か?


「ああ、この人は魔王軍の宮廷魔術師エルメ・ディアブさんだよ」

 兄ちゃんは笑顔で手を上げ


「え、エルメ・ディアブ、ぶです」


「はぁ」(キャラの濃い兄ちゃんだなぁ…)

「ま、魔術師で、で、きゃ、キャリバンヌせ、先生ので、弟子です」

「はぁ!バアちゃんの弟子ぃぃ!!」


 目の前の彼はせ細り、目の周りはくぼんでくまが出来ている。顔の作りは《平凡》だった。

だだ、何故なぜかやる気に満ちている。

…ああ、援護に来てくれたのね。どうしょう。くま野郎は逃げた後だわ。


「エルメさん、来てくれたのにワリィ。逃げられたから俺たち獣車を追っかけてたんだわ」

「あ、そ、そうなの?

…うん、うん。ただ、正しい判断、判断だね」


 神妙な顔をして何度も頷く魔術師。



 その時だった。突如、重苦しい空気がオレらを襲う。やな予感がビシビシするな。


「なんだこの感覚」




 そいつは南西からゆっくり歩いてきやがった。



 先程の黒刃熊ニグレドラベアが1体出現する。その後ろに《異質》な黒刃熊ニグレドラベアが現れた。どうやら嫌な気配の元凶はコイツだな。

 異質なそれは大きさは3m 程と他の熊よりも小柄だった、しかし顔半分が《うろこ》でおおわれている。顔だけでなく肩、腕、胸部などが。そしてなによりその剣爪は《黄金》に輝いていた。



「あの野郎、さっきの黒刃熊ニグレドラベアか?…援軍呼びにいったのかよ…にしてもまた変なの連れてきやがったな。ありゃ変異種か?」


 聞いた話じゃ変異種は極端に弱い

しくは…



 異常に強いという。



「それに何だ?足元の黒いモヤ」

 鬱陶しい事にススだか煙だかが足に絡み付いてくるようだ。それもまるで森全体を覆っているかのような…


『ガァァァ!』


変異種が吠えた瞬間、

ナナイの前に立っていた。


!!


コイツ速い!

飛び出すナバルとオレたち。

変異種の黄金の剣爪がナナイを襲う。


ガァァァン!


 が、エルメの結界がナナイを護る。防いだ衝撃波がオレたちまで届いた。なんつう威力だよ!


「つ、つょ、強い!破ら、」


 結界に亀裂が入る。

だが


「充分だ!エルメさん!」

ナバルの剣閃、ホルンの拳撃、オレの剣爪が間髪いれず変異種に襲いかかる。と同時に


キィーーン!

『グゥア!』


 変異種の足が氷で被われ固定される。ナイスですよナナイさん!しかし通常種がオレに襲いかかって来た。チィッ!鬱陶しい!みんなの意識が一瞬、通常種に移る。その隙をついて変異種は足の氷を無理やり引き剥がし、強引にオレを襲いだす。って2匹がかりかよ!

 ナバルとホルンが変異種に飛びかかるが通常種が二人に狙いを変え、妨害する。ナナイとエルメは二人のカバーで精一杯だ。


 オレに向かって黄金の剣爪が下から来た!一緒に土を飛ばして。バッチいな!

 意識が土にそれる、それが不味かった。2発目のヤツのフルスイングをマトモに食らっちまった。


グウワァァン! 


「うわぁぁぁ!」


 エライ勢いで上空に吹っ飛ばされたオレ。野球のボールじゃねぇんだそ!!


「トラン!」


 ナバルたちが遠くに消えていく。森の地平線が見える。ってえらい高く飛ばされたなオレ!マジかよ!


ッッゥガガン!

ドンドンドン!


「…痛ってぇ。何処どこだここ?」

随分ずいぶん飛ばされたのはわかっているが…周りを見ると石造りの建物が見える。とりあえずそこに向かって歩いていくと


コツン

「?なんじゃこりゃ」


 変な形したランタンが落ちている。中からは黒いモヤが溢れだしていた。


「悪い予感しかしねぇ。とりあえず壊すか」


バリン!


 うん。モヤは止まったね。何か嫌な予感がするなぁ。一応ギルドに提出するか。オレは破片を集めると遺跡を眺めた。これが白虎のじいちゃんが言ってた遺跡か?

 遺跡を見て回ってると急に背中が『ゾワリ』とした。咄嗟に構えるとオレの目の前には30m の超デカイ黒刃熊ニグレドラベアがオレを見下ろすように立っていた。


「ないわぁ」


 存在が乱暴ってこと、あるんだね。オレ、帰っていい?



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