第35話 白き閃光

「クソッ!いきなり何だってんだ!」


 南下していたベヘモスに突如2体の黒刃熊ニグレドラベアが強襲をかけてきた。反撃するベヘモス。戦局は魔王軍を巻き込んでの大乱戦へ突入したのである。


(なんだよ!何なんだよ!)


 荷物に隠れて震えているテリオ。そこへ魔族の冒険者が駆け寄ってきた。


「ワリイな兄ちゃん。このまんまじゃ此処ここもどうなるか分からねぇ。今なら俺らの陣営の裏からならまだ助かる。早く逃げとけ」


!!


 人間ヒューマンの世界ではいまだに魔族は邪悪で残忍な者たちである、という認識がかなり深く根付いていた。この青年テリオもそう言われて育ったため、聞いていた話と実際とのギャップに戸惑っていた。しかも本人は『魔物を呼び込んでしまったのは自分なのでは』という実際には少し違うのだが、そういった後ろめたさもある。だが誰一人として彼を攻める者はいなかった。

 そんなことを考えていると突然巨大な影が冒険者を襲う。


『ガァァァ!』


 目の前には自分を気づかう魔族の冒険者。

 その背後には死を撒き散らす怪物。

 テリオの中で何かが弾けた。


(やめろぉぉ!!)


 テリオは冒険者にタックルをした。

 転がる二人。

 冒険者のいた場所は大きくえぐれていた。


「おい兄ちゃん!」


 助けられたことに驚く冒険者。



 守られてばかりいる自分。そんな自分と理不尽な暴力を奮う魔獣にテリオは段々と腹が立ってきた。


「お、お、俺だって!」


 怒りに任せナイフを構える。しかし巨大なベヘモスの凶悪な瞳を見るとその怒りも急速に萎えていき、


(あ、怖い!ヤバイ!どーしよー!俺、オレ死ぬーー!)


 涙目でビビりまくるテリオ。しかし助けられた冒険者はそんなテリオに共感めいた感情を抱いていた。


(人間ヒューマンからは嫌われていると思ってたんだがなぁ)


 魔族もまた、自分たちがどう思われているのか知っていた。だからこそテリオの行動に心打たれていた。


「いょっしゃあぁ!

死なない程度に頑張れよ!兄ちゃん!」


(ぎゃー!参戦決定したー!)


 泣きながら戦列に加わるテリオ。

 魔族の軍勢は己を鼓舞し、迎撃す。


 一人の青年の心情とは真逆に戦場は苛烈を極めていった。


……


「おい!トラン!どこまで飛ばされやがった!」


 剣撃を重ねながらも焦りを押さえられないナバル。それは他の二人も同じだった。


「オマエあっち行けニャ!」


 何とか突破を試みるホルン。合わせるように立ち回る黒刃熊ニグレドラベア。援護するナナイの奮戦も虚しく失敗し続けてしまう。


 戦局は変異種にナバルとエルメ、通常種にはホルンとナナイへと自然に別れた。


 通常種の剣爪がホルンを襲い、回避するホルン。その僅かの隙にナナイに狙いを定める。阻止せんとホルンの拳が黒刃熊ニグレドラベアを狙う。カウンターとばかりに剣爪がホルンを襲う。その繰り返しで全く先に進めない二人。


「んもー!ホルンはトランのとこに行きたいニャー!オマエ邪魔ッケだニャー!」


 地団駄を踏むホルン。


「もう怒ったニャ!あれ行くニャ!ナナイ!」

「うん!」


 ナナイは熊の直前に範囲の大きい衝撃波を放ち距離を稼ぐ。そして二人は詠唱した。


「《開放リミット・ブレイク相乗ラミナ・ジェミニス》」


 チョーカーから放たれる淡い光にホルンの身体は包まれていく。

 危険を察知した黒刃熊ニグレドラベアはその『何か』を阻止せんと両手の剣爪でホルンを襲う。が、どういうわけか『其処にいるはずのホルン』が側面より攻撃を仕掛けてきた。間髪いれず、その拳が黒刃熊ニグレドラベアの頬に当たる。今度は後頭部を打ち、右脇、左下の腹、首と『明らかにあり得ない立ち回り』で攻撃が続く。何処からでも飛んでくる打撃に思考が追い付かない黒刃熊ニグレドラベア


 そして、黒刃熊かれが見たものは10人のホルンだった。


 それを端から見ていた変異種は『あれは危険だ』と本能が警鐘を鳴らすのを感じた。しかし援護しようにも目の前の二人組は存外に手強くそれどころではない。しかも自身の攻撃は見えない壁で何度も邪魔をしてきて、それが更に彼を苛立たせた。


 そこへナナイの詠唱が響く。


「《開放リミット・ブレイク複製ラス・ヒエムス》」


 ホルンが作った時間を無駄にせまいとナナイは更に詠唱を重ねる。


(あの皮膚は硬い。貫けないとするなら…『貫かなければいい!』)


覇王マレィウス鉄槌ラ・スパーダ


 通常種の前からホルンが消えた。思わずホッとした黒刃熊ニグレドラベアは直後、身体を『何かが』貫いたのを感じた。しかし上を見上げても身体をさわっても『何もない』。その『見えない』何かは何度なんども、それこそ雨のように降り注ぎ、さすがの黒刃熊ニグレドラベアの身体にも痛みが身体の中を駆け巡るのを感じた。足掻くように剣爪を何度も振るい出鱈目でたらめに暴れまくる黒刃熊ニグレドラベア


「これで終わりニャ!」


 腰を低くし右手にありったけの魔力を込めるホルン。


 瞬間


 地面を爆発させて飛び出すホルン。


白王壊刃アルベドラ・パデッド!!』



ゴゴォォン!!


 一陣の光は巨大な白虎をかたどって黒刃熊ニグレドラベアに喰らいつく。

苦悶の黒刃熊ニグレドラベア

止まらないホルン。

幾重も木々を薙ぎ倒し、勢いが収まった時、大地は直線に大きく抉れていた。


プスプスと煙を吐く黒刃熊ニグレドラベア


 突如爆音と閃光が辺りを揺るがし、一条の光が柱となって天に昇る。


「兄さん!」

それはナバル渾身の一撃だった。


そして顔を青ざめるホルン。

「トランの魔力が消えたニャ…」



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