第36話 勇者

 トランが飛ばされた直後、変異種はすぐにナバルへと襲いかかった。


「邪魔すんじゃねぇよ!」


 幾重にも交差する黄金の剣爪、銀と黒の剣閃。


『グヴゥゥゥ!』


 変異種は不意を突いたつもりだったが成果はかんばしくない。この相手は相応に相手をする必要があるとふむと黄金の剣爪に黒いオーラをまとわせる。


「チッ!」


 さっきまで本気ではなかったと言わんばかりに剣爪の勢いが増し、怒濤の連撃が幾度もエルメの結界を破壊する。


ガガガガァン!!


 破られては即座に展開する結界。しかしそれを上回る速度で振り払われる剛腕。ついにその均衡が破られ、僅かに体制を崩してしまうナバル。『捉えた!』とばかりに左の剣爪が上段から迫ってきた。


!!


 咄嗟に小太刀で受け止める、が


ピシッ!


小太刀に亀裂が入り


『ッガァァァ!!』


 強引に降り下ろされ小太刀は無惨に砕け散った。

直撃は何とか回避はしたものの左の小太刀では最早もはや戦闘は不可能だった。


(大分だいぶ無理させたからなっっ!

…すまねぇ)

小太刀を納刀し曲刀の両手持ちに切り替える。


そしてここにはいない仲間に向かってあらんかぎり叫んだ。



「おい!トラン!どこまで飛ばされやがった!」


 僅かに魔力は感じる。ただナバルでは距離やその他状況が全くわからない。あせっていた。それでもなんとか凌(しの)げているのはエルメの支援が有ったから。


 それでも

 じわりと追い詰められて


そんな中、小熊の魔力は完全に途絶えた。


『だから言ったじゃん!鹿はまだ早えぇって!』


狩りのとき何故かムキになっていて結局巨大な鹿に追い回されるはめになった。



『切り落とすんじゃなく氷で閉じ込めちまうってよく考えたな』


初めて狩で自作の技を披露したとき、なんか認めてもらえた気がして嬉しかった。




『お兄ちゃんよぉ、今度はオレらの番だな!』


ナナイがすごい魔術を撃ったとき、今度は俺たちが共に上に駆け上がろうと思った。


たくさん修行して

たくさん狩りをしてきて

たくさんおバカな企みに付き合わされて


でも…まだなんだ。

俺たちはこれからなんだ。

俺たちはまだ途中なんだ。

何もかも。

だから



「そこをどけ!俺たちはまだ始まってもいねぇんだ!」


 曲刀に全てをのせる。



 足りない。

 今のままでは変異種コイツにはとどかない。


 光でも闇でもない。

 その先にあるもの。


 以前森の魔女が見せてくれた…『確かにそこにある』もの。『かの魔女』はこれは鏡だといった。自信の中にあるものを写しているに過ぎないと。ならば…


 必ずあるはずだ。


 魂を揺さぶる《何か》が。




 剣爪と曲刀が激突する。

 瞬間、ナバルの視界は真っ白な世界へ飛んだ。



……

………


『私は…救えるなら

全ての人を救いたかった』


 戦場 あとだろうか…


 屍の山の中で一人の女性がつぶやいた。

 悔しそうに唇を噛みしめて…



……

………


『アタシは 

自分が信じた道を突き進むよ』


 裏切られ 利用され


 それでも走り続けたアマゾネスが


 悲壮感を飲み込み『それでも』と


 足を止めない覚悟を示した



 知らない人たちだった。

 知らない人たちなのに…



 どこか懐かしく…


 どこか悲しい…


 彼女たちは『一人』だった。





…『始マリニシテ終ワリナルモノ』


あの声が聞こえた。まだ何もわかってねぇのに


『我ハソノ欠片ニシテ全テナルモノ』



 突如 先程の女性たちがフラッシュバックする。


 そして…

 いつも陽気な小熊の姿が浮かんだ。


『我ハ汝ノウチニアルモノ』


 初めて聞いた詠唱だった。


 目の前は真っ白な世界。

 その中央に『美しくも力強い直刃の剣』が白の大地に刺さっていた。



 柄を握るとどこか懐かしく感じた。


 お前は…



 そうか。おまえが…


……


 視界が元に戻る。降りかかる剣爪、それは凶悪なまでに苛烈。

 欠ける曲刀。


 とっさに左手で『風の剣』を破裂させ距離をとる。


「すぅーーっ、はぁーーーっ」


 息を整え敵を見る。


「待たせたな。出番だ!」


 曲刀を納刀し無手になったナバルはそのまま右手を掲げる。



「来い!『勇者ブレイブブリング』!!」



 瞬間、光が破裂した。


 その光は天を穿うがち、その姿をこの世にあらわす。


 『世界』に『勇者』が現れた瞬間だった。



「ナバル、遂に手にしたんだね」


 魔王都の東側、恐慌きょうこう状態の魔獣を駆逐していた魔王は『天駆ける光の柱』を見て寂しそうに呟いた。


……


「ほう、もうそんな『時代』かのう」


 塔の上からそう呟く老人。付き人の龍人族ドラグーンたちは訳がわからず互いを見る。


……


「ガハハッ!こりゃすげぇ!ウィルの兄じゃのいう通りじゃねぇか!」


 巨大帆船の船首で異様なハルバードを片手に空を眺め陽気に笑う獅子の大男。


「陛下!敵が未だいますって!」


 周りの獣人たちは巨大な海の魔獣と戦っていた。


……


「遂に来たのか!」


 手を震わせ神に祈る仕草をとる教皇。


……


 虹色の剣が変異種を袈裟斬りにする。


 その瞬間


ドゴォォォン!


 大地は唸り大気はぜる。


 一撃だった。

 変異種は何一つ抵抗出来ず絶命した。


 しかしナバルの心は虚しさだけが去来きょらいしていた。



「あのバカ野郎…」



 突如、トランが飛ばされた先にとてつもない魔力が立ち上る。


 顔を青ざめたエルメは思わず呟く。


「こ、こ、の…きょ、巨大な魔力…」



「だれ…なの?…」


 同じく青ざめたナナイの言葉が宙を舞った。




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