第111話 強襲
大変、大変おまたせいたしました。
…………
「今日も勝てなかったな」
「クソ!あのオヤジ強すぎ!一発当てるまで外室禁止とか嫌がらせじゃね?マジウゼェ」
「……」
「おい
「…あ?…なんでもねぇよ」
普段であれば短気だが計算高く、何事にも物事の中心にいなければ気が済まない。そんな性格の彼をよく知る2人は打って変わって静かにしている少年の変わりように戸惑いを隠せなかった。
「なぁ
「…もうちょい辛抱しようや。あのオヤジはガチでヤベェ。先公共や
「マジかよ」
他力本願が潰えた
外を見ていた赤戸
「よ、
「何やってんだ?」
困惑する二人に見向きもせず外を凝視する少年。
「…なんだよオイ。随分と楽しそうな事してんじゃねぇかよ」
他の2人には無駄に広いだけの草原。その先をジッ…と見ていた少年は羨望を込めたかのように小さく零した。
「ああ…俺もあんなふうに『力』を振るいてぇなぁ…」
…
……
………
「ぎゃあァァ!」
「なんだよこれ!け、剣がすり抜ける?!」
1台の豪奢な馬車を護るように8人の騎士が周りを囲む。その周りを倍近い人影、それこそ『黒』としか言いようの無い『
「『
術者を探せ!」
■
闇魔術の一つ。影そのものを具現化し操作する魔術。
同じ系統の
■■■■■■■■■
護衛の指揮を執っている女騎士、アルセイム王国 デルマイユ公爵家近衛騎士隊ノイエ・ウェリッジは浮足立つ部下と己の心をを叱咤し敵勢力の分析に務める。
(落ち着け!リョウ殿たちとの魔の森の経験を思い出せ!
この程度、絶望には程遠い!
…うん。ホントにヌルいな)
冷静にはなれたが気落ちしていくノイエ嬢。共に行動していた
冷静なった彼女の視界に、離れた林の
「なるほど、制御が難しいため、わずかでも集中力が切れると術が保たないのですね」
やや大きな声で挑発するノイエ。
影に紛れるフードからは男か女かわからないが舌打ちのようなものが聞こえる。突如、彼(彼女?)の背後に巨大や影が浮かび上がった。形から察するに筋肉質な大男のようだが、声を上げるでもなくジッ…とこちらを見る姿に気味悪さを覚えた。
大男が2歩、3歩と近づいてきたと思うと『ダンッ!』と大きく踏み出し一瞬でノイエの前に立つ。同時に振り下ろされる大上段からの大剣の1振りにノイエはタイミングを合わせ右へといなし、空きだらけになった体に一撃入れる。が、その皮膚はまるで厚いゴムかのような弾力で剣が押し返された。
達人級の彼女の技も異様な男には傷一つ付けられない事に周囲は驚きと畏怖ですくみかけているが、当の本人はあくまでも冷静に観察する。それほどに魔の森での出来事は
(この感触、まるで上位の魔獣を相手にしているような…)
そして相手の顔をはっきり見ると…彼女の発する前に騎士の一人の声が耳に届く。
「あれは…デッド・バンドラス!」
護衛と彼女に緊張が走る。だが彼女の驚きはは別のところにあった。
男の赤い瞳、青黒い皮膚、何よりも異常に発達した筋肉。その姿はオルレンで遭遇した『魔物化した人間』の理想型とも呼べる姿だった。
ギィン!
デッドの剣戟を交える度にノイエの剣が揺らぎ始める。その異変にいち早く感づいたのは黒フードの人物。その者が腕を伸ばし、勢いよく引くとデッドの体がわずかに下がった。影を伝いデッド本体に干渉したらしい。器用な真似をするものだとノイエは内心感心した。
「もう遅い!『
緑色に輝く刃を振るうノイエ。デッドの姿は既に5メートルほども離れていたにもかかわらず、デッドから血飛沫が上がった。光の斬撃に敵も味方も呆然となった。
「ま…魔法剣!」
不利な防戦になると誰もが思っていた戦況は、彼女の奥の手により優勢へと転じる。デッドの一撃に対しノイエは2回分の斬撃、速度がまるで違う。人であれば苦痛に歪む顔も、デッドからは感情が抜け落ちたかのような無表情のままの姿に、ノイエは哀れに思った。
影の軍団に対し、護衛たちは聖水を剣にかけて対抗した。ものは試しと一人の護衛が
この世界の聖水とは光属性を持った水である。そして光属性の本質は反発。その性質に術式で指向性をもたせたのが聖水の正体であった。
故に実態を持たない影であろうとその本質には抗えない。ゆえに最初の頃ほどは攻めきれず、明らかに不利な状況にさしものフードの人物にも冷や汗が見えた。
そこへ新たな乱入者の声が良く響いた。
『やれやれ、あ奴も年寄りをこき使うわい』
その声は上空よりかけられた。
当たり前だが人は空を飛べない。
だが、その人物は上空を浮遊している。そんな奇跡、並の魔術師では到底不可能。それこそ『
「『
『
…ぐっ!!
こんなところで奥の手を出す羽目になるとは…」
馬車から飛び出し魔術を行使したのは彼らの主、カトロ・フォン・デルマイユ公爵その人であった。その額からは大粒の汗が浮かんでいる。10人近い人数に対し広域魔術を展開、1人あたり4つも強化の魔術をかけたのだ。それも効果を高めにするため、魔力量を多くだ。それをしなければ生き残れないと彼は本能のままに行使した。
「ほっほっほ…それが噂の『
彼らの行動は早かった。術の発動から影の殲滅までノータイムで移行したのだ。デッドも利き腕と片足の筋をノイエに斬られ膝をついている。後は空に浮かぶ魔術師と影の人物だけだった。
だが、カトロは煙幕弾を敵に投げつけると「全員騎乗!私に続け!」と戦線を離脱したのだ。これには護衛たちが驚いた。今の自分たちならば魔術師であろうと返り討ちに出来るのだから。だが、カトロの「あれは別次元の怪物だ…」と零していた。
林を抜け、崖沿いに走らざるを得なくなった状況に悔しさが滲む。これも奴らの手の内かとカトロは馬車を飛ばさせたが、並走するノイエからの質問で冷静さを取り戻せた。
「御館様、あの仮面の魔術師は一体…」
「…私も一度だけ会ったことのある人物でね。少々変わり者だが、それ以上に危険な人物だからよく覚えているよ。あの声と魔力の波動を。あれは…」
カトロが言い終わる前に後方の護衛騎士が岩場へと吹き飛ばされる。
「魔力の…刃?!」
「やはり貴方か!
大魔導師 パクシャール・オベントス!」
馬車の窓から空を見上げ叫ぶカトロ。護衛達からは「あれが帝国の頭脳」「グヴェートの大虐殺…アイツが」と囁かれる中、ノイエもまた驚愕を顕にする。
「…あれが四天王の一柱」
その先には、空に浮く魔術師を中心に魔力の刃が狙っている。その数は夜空の星がごとく。初めに仲間を吹き飛ばしたのはあの1つなのだろう。停まれば確実に餌食になるだろうことは容易に想像がつく。
「ああ、数えるのも馬鹿らしい。
お前たち!先に行け!!」
「ノイエ!」
騎乗したまま抜刀するノイエに3人の騎士が彼女に続く。残ったものは苦渋に満ちたまま馬を走らせた。当主の叫びが、気づけば詠唱へと変わる。
『
広域に光の付与魔術を展開すると、そのまま戦線を離脱する馬車本体。
「笑止!全てを切り刻んでくれるわ!」
無数の刃が騎士達を襲う。強化された騎士たちでさえも2振り目を落とすのが精一杯だった。
黒い刃は、その姿と違い切れ味は鈍かった。だが威力は段違いなのだろう、鎧姿の成人男性たちが砲弾の如く、吹き飛んでいった。
その中で立っているのはノイエだけになった。
「ほう、小娘と思っておったがのぉ。
よく防いだものよ!褒美にワシのとっておきを見せてくれよう!」
魔力の刃が一点に集中する。
何かが軋む音と共にそれは人の形へと変わっていく。
「誇るがよいぞ!これがワシのとっておきじゃ!
『
天の刃が黒い単眼の巨人へと姿を変える。巨人はぐぐっと姿勢をかがめ突進の姿勢を取るや、弾丸の如く迫ってきた。4m近い怪物の突撃はノイエに思考する間も与えず蹂躙する。
空中へと投げ出された彼女が最後に見たものは主を乗せた馬車が残骸へと粉砕される光景だった。
「御館様ぁぁ!」
伸ばした手は虚しく空をつかむ。そのまま崖下へと吸い込まれる彼女に出来ることは何一つ無かった。
「ホッホッホ!
これよ!これこそ我が魔導の真髄よ!
…さて、ラバスの奴めが所望の公爵でも捕えるとするかのう…ありゃ?馬車は何処じゃ??」
「ヲイ、ジジイ。ダート様の目的まで吹き飛ばして、どういう了見だ」
追いついてきた黒フードの人物が初めて声を発する。存外に若い響きにもかかわらず老人は盛大に
「まてまてまて!あの小僧の付与魔法は一級品じゃぞ?!
重症はおっても死にはせんじゃろ!ほれ!探すのをお前も手伝わんか!」
顔が見えなくても、明らかに呆れている黒フードは巨人が通ったであろう砕け散った街道を見るや、派手にため息をついてみせる。
当の老人は、何かを閃いたか上機嫌に語りだした。
「まぁ、なんじゃ。そこらに転がっておる護衛に、それっぽい格好でもさせておけばよかろう。ラバスはアホだからわかりゃせんわい。
ほ〜っほっほっ!!」
アホはお前だと言わんばかりの冷たい視線を投げかけながら、確認できる護衛を回収する黒フード。殆どの護衛が派手に吹き飛んでしまっていたため、回収できたのは僅か3人だけであった。その中にノイエの姿は無かった。
……………………
ここまで読んで下さりありがとうございました。
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