第112話 オルレン襲撃

大変おまたせしました


…………………………


「あら♪このお茶、すっごく美味しいじゃない♪」


「ふふふっ、リリオさんのお口に合って良かったですわ」


 オルレンの町デルマイユ邸の中庭で優雅にお茶を飲む男女一組…。


「誰かしら?失礼なことを言っているのは…」


 …2人の人物は優雅にお茶をたしなんでいた。だが、男『ギロッ!』…巨大な方『あ”あ”!!』…。


「…リリオさん、俺たち見回りに行きますわ。お嬢さんの事頼んますね」


「あら悪いわね。何かあったら合図だしてね」


「ええ」


 リリオと同じパーティーメンバーの2人は剣を腰にさすと中庭から出ていった。視線で彼らを見送ると屋敷の令嬢アイリス・フォン・デルマイユことアイリは大きくため息をついた。


「…ねぇ、リリオ様?本当に私達が狙われるのかしら?」


 話をふられたリリオはカップを置き、優しくも真剣な眼差しでアイリに答えた。


「…色々と噂が錯綜してるのよねぇ〜。現教皇が倒れたとか、次期教皇が決まったとか、帝国が全面戦争仕掛けたとか…どれもハッキリしないから『もしも』の為だと思ってちょうだい」


「ええ、いつも感謝しておりますわ。

それに私、リリオさんとのお茶も楽しくてよ?」


「ウフフフ、嬉しいわぁ。

同じレディ・・・のお友達ができてワタシもウキウキしちゃうのよぉ〜。

…だから…邪魔するヤンチャな坊やたちは『一掃』してあげるわ。

ウフフフフ」


「頼もしいですわ。ウフフフ」

「ウフフフ」



 小グマがいたら震え上がる空間も

2人には平和な空間だった。



「ヴェックス、おめえどう思う?」


「なんだよベッジ、いきなりだな」


「襲撃だよ。リリオさんは警戒しまくりだけど、ここ何週間も音沙汰ねぇぜ?」


「ん〜、どうだろな。俺は人間ヒューム側のことはよく分からん」


「それを言っちゃあ俺だってわかんねぇ…おい、コイツは…」


「ああ、鉄と血の匂い。今日にきて『当たり』だな」


 警戒する2人は駆け足で横切る屋敷の護衛を見つけた。


「おい、何があった!」


「東門で大規模な盗賊団と交戦中だ。街の衛兵だけじゃ厳しいらしいから俺たちも応援に行く事になった」


「おいおい、こっちはどうすんだよ!」


「半数は残るさ!それと魔王都ギルドランからの増援が近づいてるらしいからそれまで頼むぞ!」


「…おいおいマジかぁ」


「どうするよ。姫様のところに戻るか?」


「…だな。なんかキナ臭ぇわ」


 2人、来た道を戻ろうとしたところでピタリと止まった。とっさに剣の柄に手をかけ抜刀する。視線の先にはくすんだ塀の壁だけだ。


「何だこりゃ?壁の向こうにべヘモスでもいるのか?」


「クッソ!この距離まで気づかなかった!」


 視線の先は静かな空間だった。先程の護衛が見れば『何が?』と首を傾げただろう、静かな昼下がりの庭である。だが2人の緊張は最大限ピークに達している。

 突如、中庭の空間が揺らぐ。その中心からは『んだよ!魔力切れか?使えねぇなぁ』と文句が途切れ途切れに聞こえると次第に1人の男が浮びだす。


「…へぇ、こいつァ驚いた。

 雑魚だけだと思ったがこりゃぁ中々…お前らレベルなら姿を隠したぐらいじゃあバレるわなぁ」


 軽快に槍を弄ぶ男。たった一人の男に魔王都ギルドランAランク手前の2人の背中に冷や汗が止まらない。


「見ない顔だな。何者だ」


 聞かれた男は愉快に顔を歪ませながら、ゆっくりと近づく。そこで『はて?』と顎を軽く上げるとニヤリと嗤った。


「そうだなぁ…。答えてやりてぇが、流石に今回は『隠密作戦お忍び』なんでな。まぁ、





死んでくれや」



ガキィン!!



 槍と剣が交差する。目にも見えない突きを本能で防ぐヴェックス。押さえ込んだ空きに斬りかかるベッジ。長年共に過ごした2人の連携をいとも容易くかわす男は笑みを深くする。


「最高だなお前ら!俺様じゃなきゃ首取られてるぜ!」


 男の長槍から繰り出される突きは、まるで豪雨のようで2人は凌ぐことで精一杯だった。


本当ほんっと魔王都ギルドランの奴らは凄えなぁ!もっと早く会えばよかったぜ!」


「何言ってやがる!」


 バチィン!と火花を散らすと互いに距離を取る。愉快そうな男に対し2人からは動揺を隠そうとするも表情から緊張が拭えない。


「何ってそりゃあよぉ…。


 お前ら2人は『インプ』の悪魔種だろ?肌の色とかは普通だからわからねぇ奴は多いだろうが、その耳と…何より幻惑特化の魔力でバレバレだっつうの。

 まぁ、悪魔種じたい初めて見たんだがな」


 アハハと笑う男とは対象的に、殺意を全開にする2人。それを待っていたかのように男は槍を構えた。


「『弱小』と呼ばれた種族が、よくぞそこまで鍛えたもんだ。敬意を評して、少しだけ『全力』でいくぜ」



 リリオは全力で駆け出していた。初めは手を繋いでいたアイリを、今では抱きかかえての全力疾走である。


「リリオさん!いったいどうなされたの?!」


「口を閉じて!今うしろでヤバイ奴が暴れてんのよ!お嬢を増援に引き渡さなくちゃ…!!」


ボォォン!


 と前方が爆発する。巻き上がる土煙からは長槍を持った男が悠然と歩いてきた。


「へぇ、今度は猫獣人ワーキャットかよ。さっきのインプといい、お前らって凄え努力家なんだな」


 そこには弱小種族だからという嘲りは無く、むしろ本気で感心する空気さえ漂わせている。


(冗談じゃないわよ!あの2人をこうもあっさり倒してみせたの?!

 それにワタシの全力に難なく追いつくなんて…!!)


 男とは対照的に悔しそうなリリオはアイリを下ろすと前に立った。


「…そういうアンタもただの人間ヒュームじゃないんじゃない?その雑に巻いたバンダナの中には可愛らしいお耳でも隠れてるのかしら?」


「フン…何なら確認してみるか?」


 衝突する2人から衝撃波が飛び交う。十分に距離を取っているはずのアイリには、今いる場所が射程距離キルゾーンのようで、その光景は大型魔獣の決闘の様にも感じた。


「クククっ…アーッハッハァ!!


 お前凄げぇよ!さっきの奴らも上等だが、お前はそれ以上だ!」


 激しくぶつかり合う攻撃が、どのような軌道を描いているのかアイリには目で追うことすらできないレベルだった。それほどの攻撃のさなかでも男は楽しげに喋っている。


「いい〜ねぇ!お前も最高だよぉ〜。もっと楽しも……」


 止むことのない攻撃のさなか、男は口数が減り、その表情も憮然としたものへと変わる。


「…わーってるよ。そろそろ合流すりゃあいいんだろ?『参謀殿?』」


「何をブツブツ…言ってるのかしらァァァ!!」


 リリオの放つ大上段が大地に炸裂する。巨大な亀裂を避けるようにバックステップで距離を空けた。


「わりいな。時間切れだってよ」






 アイリは呆然と立ち尽くしていた。

 先程まで毅然と戦っていたリリオが今は血を流し倒れている。彼女には何が起きたか理解できなかった。


「おとなしく…している今のうちだな」


 布で口を抑えられる。何かの薬品だと感じる頃には意識が朦朧としてきた。

 アイリが最後に見たものは急速接近してきた黒い影だった。


「…ダメ…コルネちゃん…」


 その回避行動は本能だった。男は『ここにいたら死ぬ』と肌で感じた。

 振り向き見たものは『死』とは程遠い一人の少女だった。

 だが、よく見れば手からは鋭利な刃が自分を切り刻まんと振るわれていたところであった。


「!!

ガキ!いつの間に!!」


 白い肌に黒い髪、肩にも届かない髪型は癖っ毛のためか短く見える。どこにでもいそうな少女は風変わりな『丸い獣耳』と、その姿に似つかわしくない銀の剣爪を生やし自分へと向けられている。そのアンバランスさに気味悪さを感じると男は距離を空けた。


「オマエ、リリオに何をしたの?」


 幼い声とは裏腹に、明らかな敵意を乗せた声は意外なほど迫力があり男を警戒させる。


「そいつかい?…


お仕事の邪魔をされてねぇ…。

大人の世界は厳しいんだよ」


 少女はリリオを一瞥すると、脇へと抱えられた令嬢へと視線を向けた。


「…アイリお姉ちゃんを連れて行くのがお仕事なの?」


 言い終わるや気配が膨らむ。否、近づいているのだと感じると少女の体を蹴り上げていた。


「!!」


 脚の感触は、明らかな身体装甲。無詠唱で唱えられた身体強化兵装アサルトスキンの魔術に舌を巻く。あと一歩遅ければ彼女の剣爪で切り裂かれていただろう事に冷や汗が吹き出た。


(このガキ…無詠唱かよ!!ってことは魔王都ギルドランの奴か??

 そもそも『熊獣人』なんていねぇだろうがよ!!)


 的確に急所を狙う槍さばきに苦戦するコルネ。黒い毛に銀の剣爪という、ある意味わかりやすい特徴に男は顔を引きつらせた。


(特徴が余りにも黒刃熊ニグレドラベアじゃねぇかよ。


 いやいやいや、ありえねぇだろ!あれが獣人になるわけねぇし!

…仮にそうだとしたら…成人したらどんだけの化物になるんだよ!)


 今でさえ脅威に感じる少女の成人姿に、さすがの男も御免こうむる。と、先程からの撤退命令を思い出すと懐に忍ばせていた魔道具に手をかけた。


「あばよお嬢ちゃん」


 男の姿が急速に霞む。

「逃さないの」

と振るわれる剣爪は男の頭部をかするだけで、あとは何も無い空間だけが広がった。残されたコルネは逃げられた悔しさよりも一瞬見えた光景にしばらく呆然と立ち尽くした。


「…角の生えた人間なの?」



 バチン!と破裂音を響かせ現れた男。その存在が馬車の幌の中にいるのを確認すると外にいた別の男、傭兵のリーダー各は魔道具を口に当てる。


「…作戦は完了。撤収せよ」


 通信を終え、再度幌の中を覗き込む。


「流石だな。あんた程だとこうも手際がいいのか。

…随分お疲れか?カイザック殿」


 四つん這いになりながら大きく息を吐く男。片手で頭部を布で抑えており(怪我でもしたのか?)と思ったが、あえてそこには触れなかった。目的の人質らしき少女は未だ意識が無く脇に寝転んだままなのを確認した。


「…試作品だとは聞いていたけどな、

ハァ…ハァ…

 使う時は自分の魔力を…ハァ…ハァ

 込めろって…ハァ…ハァ

 あのジジイ!

 ハァ…ハァ…

 魔力喰いすぎだろが!」


 リーダー各は世にも珍しい瞬間移動の魔道具よりも件の四天王がこうも疲弊していることに目を見開く。


(なるほど。常人では発動できない魔道具と言われた理由がこれか)



「すぐにここから移動する。あんたはしばらく休んでてくれ」


「おう…

そうさせてもらう」


 件の魔道具は中心に大きな亀裂が入り転がっている。リーダー各はそれを一瞥すると御者ぎょしゃの隣に座った。「出せ」と短く指示すると一行は何事もないよう、ただの行商人を装いゆっくりと移動した。



…………………

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