第14話 オレンジュの出会い
「そろそろオレンジュの旨い季節だなぁ」
秋も終盤で寒さも厳しくなってきた頃、鍛練のメニューも終わりそろそろ帰ろうかという時だった。ナナイの好物の季節であることを今更ながらに思い出した。
「ここら辺で手にいれるなら人間の町に行かなきゃ無いかなぁ」
「…向こうも久しぶりだし、行ってみるかな」
そう、ナバルがギルドランに来て3年がたっている。
ナバル・グラディスは10歳になっていた。
…
……
「4属性は慣れたんだがなぁ、光と闇って何だよ…意味わかんねぇよ」
木剣に展開していた風を解除すると
「それにしても…昔は村だったんだけどなぁ。…もう町じゃん」
3年の月日は人だけでなく町の有り様も変えるようだ。ナバルは興味本意でぶらぶらすることにした。
「…あ~、
キャリバンヌの手伝いで薬草採取のお駄賃は頂いてる。それを見てたトランは
「ナバル君や、ここに優秀な助手がいるで?」
などと寝言をほざいてきた。初めは相手にしなかったが、しつこく付きまとうのでしょうがないから手伝わせることにした。
しゃべりながらやってたらナナイやホルンも参加しだして結局、大所帯で騒がしくも楽しい
…
…
通りに出ると商店が列をなしていた。
「へー、本当にデカくなってるや…
でもまだ
そんな独り言が自然と出たときだった。
「聞き捨てなりませんわね!」
やたら高い声で言われた。誰だ?と振り向くが誰もいない…
「気のせいか」
気にせず先を行こうとするナバル。
「失礼ですわね!」
袖を引っ張られた。振り向いても誰もいない。何気なく下を見たら金髪の小さい少女が『キッ』と睨んでいた。
「…ワリイ。ちっさいから見えなかった」
素直に謝ったつもりのナバル。余計な一言が火に油を注いでいることも気づかず。だが彼を攻めるのは酷だろう。何せ『あのクマ』の影響が強すぎたのだから。
「本当に失礼ですわね、あなた」
何故?本当にわからないナバルに気づいたのか少女は
「…もういいですわ」
となかば諦めることにした。
「ところであなた、どこからいらしたの?」
素直に答えるわけにもいかず、ナバルは思案するが良いアイディアは浮かばない。
「…いろいろな
魔族の町とか森の家とか薬草の群生地とか…
「まあ、いいですわ。この町は、お父様がいらしてから本当に素晴らしくなりましたのよ?」
(う~む、大工さんかな?確かに立派だ)
ナバルの精一杯の予想はこんなものであった。ナバルが貧相な予想をしてると露ほども思っていない少女は
「良いこと思い付きましたわ!
と彼女自身、本当に良いことだと思って自信満々に告げる。が
「えー、俺オレンジュ買いに来ただけだしなぁ」
素で面倒臭そうなナバル。それを聞いた彼女はニヤリと笑い
「美味しいオレンジュの店も知ってましてよ?」
「よろしくお願いします!」
思わず頭を下げてしまった。
…
……
彼女が最初に案内したのは庭園であった。
「どうです?今はまだ季節ではありませんがいずれ素敵な花を咲かせますのよ?」
「へー」
少女らしい場所に案内された。普通の少年なら飽きてしまうだろうがナバルは違った。
素っ気ない返事とは裏腹に
花壇じゃない!そう思うとナバルは思わず駆けだしてしまった。
「ちょっと!レディをおいていくなんて失礼ですわよ!」
思わず止まるナバル。
「わりい!」
返事とは裏腹に気が急いてるのがわかる。でも確かに女の子をおいていくのは良くないとわかってもいたから結局歩いていくことにした。
そこは薬草園だった。
ナバル自身、図鑑でしか見たこと無いようなのも数多くある。昔、父親が育てるのは難しいと断念したのもあったのだ。
「なあ、これ全部お前んちのか?」
「…ええ、そうでしてよ?正確にはお父様のですわね」
「…すげえ」
予想外の場所に予想外の尊敬を
「ですが…私は『お前』ではありませんわ」
「あ」
それもそうだと思い、ナバルはまっすぐ彼女を見ると
「悪かった。俺はナバルだ。ナバル・グラディス、君の名前を教えてくれ」
満足した少女はスカートの端を掴むと
「
凄く様になっていた。ボーッとしてしまうナバルに
「でも長いのでアイリでよろしくてよ?」
と急に態度を変えられたので思わず
「お、おう」
とペースを崩されてしまった。
そのあと、彼女の家 御用達の果物屋を案内された。何故か試食をさせてくれたが予想以上に甘く美味しいので少し買いすぎてしまった。ちなみにお金は
「ナバル、貴方そんなに買い込んで、どうやって持って帰りますの?」
と聞かれたので
「へへっ、誰にもいうなよ?」
と言って腰のポーチを見せた。怪訝な顔をしたアイリは次の瞬間、驚きで固まるのであった。
「い、いったい
そう、ナバルもキャリバンヌ特製の魔法袋を持っていたのだ。驚く彼女をよそにナバルの探知に違和感が走った。
「…何だ?」
「どうしましたの?」
急に雰囲気が変わった少年に少女は不安そうに訪ねる。
「あっちに嫌な気配がする」
「あっちは…私のおうちの方ですわ…」
不安そうな彼女。
「ちょっと急ぐぞ」
「…私、走るのは苦手でしてよ?」
「しょうがないなぁ」
少女の膝を抱き抱えると腰の木剣に風の魔力を纏わせた。
「舌噛むとヤバイから口は閉じてろよ」
いきなりお姫様だっこされた少女は次の瞬間、驚愕する。
ドゥン!!!
子供とは思えないスピードで駆け出す少年。少女は自分が嵐になってしまったのではと錯覚するほど、少年の速さは凄まじかった。
大きな屋敷の外れで一人の男性が犬型の魔物に襲われるところだった。
「お父さま!!」
その言葉を聞くやナバルは魔物に向かってジャンプする。空中で木剣の風を土属性に変換、全身を鋼鉄のように固くすると魔物に跳び蹴りを食らわす。
ドゴォォォォン!!
2m程もある犬型魔獣は堪らず吹き飛ぶ。
ナバルは男性のそばまですぐに下がるとアイリを下ろし
「俺の後ろにいろ!」
と告げる。
先ずは観察、魔物相手は対象の特徴や攻撃範囲
…相手はアドレティドッグだった。
アドレティドッグ
野犬が魔力を浴びて魔獣化した存在。
元々素早い野犬に魔獣としての戦闘力の高さが加わり、かなり危険な魔物になっている。大きさは通常は50cm~1m程なのだが…
目の前にいるのは2mはあるだろう。コイツは大きすぎる。
魔の森は自然の魔力が高いため基本的に自然発生した魔物の中で最上位が揃う。しかし目の前にいるのはそれ以上。違和感だらけだ。
誰かが作った、もしくは…
そう、ここは森の中ではない。つまり
「召喚しやがったな?」
「クックックッ…中々に鋭いガキじゃないか」
声の主はアドレティドッグの後ろで認識阻害の魔術を使っていた。完全ではないためうっすらぼやけて見える。
ナバルはあたりを付けたらすぐに氷の剣を発動、アドレティドッグの周辺を一瞬で凍結させた。範囲は対象から直径5m、今のナバルの最大範囲であった。
「魔法剣だと!」
声の主は驚愕するが、すぐに後ろに回避したのか捉えることは出来なかった。が魔物の方は足元が固定され動けずにいる。今がチャンスとばかりにナバルは声の主に斬りかかった。
「やはり所詮ガキか!!」
声の主は横に逃げると同時に魔獣に何かの術をかけた。魔獣は全身の筋肉を膨張させると男性とアイリに飛びかかった。
「しまった!」
アイリは身構えていた。そして魔獣が飛びかかるや否や何かの小瓶をぶつけた。堪らず下がる魔獣、そうとう嫌がってる。顔を洗い続けていた。
アイリの元に距離をつめるナバル。
「大丈夫か!」
「…ええ、こんなこともあろうかと秘策を用意してましてよ」
そういう彼女の手は震えている。ナバルはそっと彼女の手を握ると
「今のは?」
「聖水でしてよ。知り合いの司祭様より頂いてますの」
聖水?初めて聞いた言葉だった。
「どんな魔物も退けますのよ。
…それしか出来ませんが」
「まだあるか?」
「…あと二つだけですの」
「そうか…」
そう答えるしかないナバルにアイリは
「1つは貴方が使ってくださいまし」
「それじゃ君の分が一個しかないじゃないか!」
その答えにアイリは
「うふふ、ナバル?まずは自分の事を心配するものでしてよ?」
ハァ…とため息をつくナバル。魔物がまたいつ、こっちに来るかわからない。
「わかった」
二人相手に守りながらは無理がある。ならばとナバルは木剣に聖水を付けて追いやる作戦に出た。
…はずだった。
「なんだこれ!」
聖水の染みた木剣からは今までにない感覚がひしひしと感じる。
いや、初めてではない。
ではどこで…
俺はこの感覚を知っている…
そう、自身の中で。
ナバルは同じ感覚のものを
…そして
ナバルの手には『光の剣』が現れていた。
「バカな!こんなガキが
声の主は発狂していた。
「やれ!!ガキを食い殺せ!!」
アドレティドッグは今だ残る聖水を必死に払う
「アイリ、ありがとな!」
場違いな少年の言葉に少女は耳をかたむける。
「俺は、アイリのお陰でまた強くなれた!」
その言葉と同時にアドレティドッグが少年を襲う。
少年は小さかった
巨大な魔獣が少年を襲う
最悪の結末が視界をちらつく
出会ったのはほんの
重ねた言葉も
一緒に歩いた道のりも
思いでと言うには余りにも短い時間だった。
それでも、少女にとって少年は
かけがえのない宝物になっていた。
『ガァァァァァァァ!!』
魔獣の叫び
ぶれる少年の姿
「やめてぇぇぇぇ!!」
…
……
………
そこには、真っ二つになった魔獣が転がっていた。
「はぁ!?」
驚愕をあげる声の主は堪らず後ろに倒れる。必死に這って逃げる敵に少年は真っ黒になった木剣を降り下ろす
ゴォォン!!
少女は呆然としていた。
「おーい、アイリー?」
反応がない
「アイリさーん??」
次第に少女の目から涙が溢れ出していた。驚く少年は自分が何かやらかしたのでは、と不安な顔をする。
町の方から衛兵らしき一団がやって来た。
「アチャー、面倒事はヤバいなぁ」
頭をポリポリ掻く少年に、助けられた男性は初めて声をかける。
「ありがとう少年。ところで君はいったい…」
衛兵がもうそこまで迫ってきていた。
「わりい、アイリの父ちゃん。」
そう言って少年は駆け出した。
が、途中で振り返り
「アイリ!またな!」
屈託な笑顔を向けると再度かけだして。
その姿は風のように見えなくなっていった。
「アイリ?」
「…わかってますわ。明日には戻るのでしょう?」
彼女はこの領地から去ってしまう。
ここから王都は馬車で半月もする。
だからいつ、少年に会えるかわからない。
もう二度と会えないかもしれない。
彼女は涙をぬぐうと
「お父様?
そう、自身に言い聞かせた。
…
……
森の家ではちょっとしたオレンジュ祭りになっていた。
「兄ちゃん、ありがとね♪」
ナナイの笑顔にナバルも嬉しくなる。
「ナバル~ありがとニャ」
ホルンもすっかりご機嫌だ。
「アイリのおすすめだからなぁ。」
その一言で固まるクマ。
「おい、まさか…おなごか?」
「…だったら何だよ」
クマは一瞬、ボーゼンとしたあと、
ぷるぷる震えだして
「リア充
と叫んで飛び出してった。
「…なんだありゃ」
「ほっときな。あれが変なのは初めからだよ。それよりこのオレンジュは美味しいねぇ」
バアちゃんも気に入ったようだ。
良かった。
たまにはこういうのも悪くねぇな。
その晩、魔物の中で『黒い悪魔』が現れたという噂があったり無かったりしたそうな。
「ど畜生ーーーーー!!」
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