第13話 魔王城にて

 トラン達がコマ猪を狩っている頃、魔王城では滅多に姿を見せない伝説の魔女が現れたとあって城勤めの者達は浮き足立っていた。


「ノーチェス様、こちら都で新たに発売されましたの。このお茶によく合うんですよ」


 メイドが嬉しそうにキャリィ…キャリバンヌ・ノーチェス(トラン達のバアちゃんだな)に勧めてるのは私が気に入った菓子だ。果実の実とサクサクの生地がたまらない一品。

 ところでメイドのリアリー君、魔王である私にそんな素敵な笑顔を向けてくれたことないよな?どうしてだい?

そんなことをぼんやり考えてたら鳥獣人の配下が帰ってきた。


「陛下、ご報告が」


 彼がそう言うとメイドはすぐに退出した。

リアリー君、引き際も流石だね。私をもっと大事にしてくれたら完璧だよ。


「ほれウィルや、また何かアホなこと考えてんじゃないだろうねぇ…」


 む、キャリィには考えてることが何故かよくバレる。隣のガドなどは素知らぬ顔で茶を飲んでる辺り彼女が特別なのだろう。トラン君も苦労するな。今度またからかいに…おっと報告だったな。

 この場には私(魔王)、キャリィ(深緑の魔女)、ガド(魔王軍最高司令官)と今来た彼この4人。彼はガドに並ぶ我が配下の一人で魔王軍の裏の顔とも言える諜報部門の責任者だ。面子は丁度いいな。


「この場のものにも意見が聞きたい。デューク、始めてくれ」


「はっ!まずナバル坊…彼らを襲った一団ですが正規の聖堂騎士で間違いなく、どうやら独断で事に当たっていたようです」


はあ、膝をつき息を吐くと


「で、あろうな。教皇あのじいさんが考えるとは思えん」


「でしょうな。あの御仁はワシの目から見ても歴代のなかではかなりまともな部類ですからなぁ」 


 ガドも賛同する。過去には度しがたアホもいて戦争直前までいったこともあった。皮肉なことに人同士で潰しあって事なきを得たが。

 基本我々からは手を出さんが仮におきるならば全力(魔王の尺度で)で相手をするだろう。一夜で都市一つ壊滅など造作もないな。

まあ、だからこそこちらからは手を出さないわけだが…我々とて行き過ぎた力を保有してる自覚はある。向こうはどう思ってるか知らんが。

話がそれたな。


「で、ソイツ等はなに企んでたんだい?…まぁ、検討はつくがねぇ」


キャリィの言う通りだろうがな


「はい、やはり『異世界からの勇者召喚』で間違いないでしょう。媒介に平民の光属性の適性者を生け贄として使おうとしたようですな」


 予想通りとはいえ本当に度しがたいな。他国の民とはいえ怒りがわいてくる。


「拠点は既に執行者エクゼキュートにより制圧されてますが…」


「…どうした?」


 珍しくデュークは言い澱む


「…彼らが押し入ったときは既に生存者はゼロでした」


 さすがにこの場全員が黙るしかなかった。


「光属性の一般人はどうなった。」


「…死体で発見されました。ですが遺留物と死体の数から何名かの適性者は移送されたのではないかと推察されます」


「…目眩ましのつもりでしょうな。しかし皆殺しとは…徹底している」


 ガドも拳を強く握り苛立ちを押さえている。

 あの晩、私が助けに行かなければナナイがその中にいたかもしれないと思うとゾッとする。


「やつらに関しては他にあるか?」


「…いえ、以上です」


 どうやら我々と執行者は敵に先を越されたようだな。


「引き続き頼むぞ」


「はっ!」


 なにも終わっていない。むしろこれからが本番か…気を引き閉めねば。

悲劇の連鎖は止まらない。



「ところでキャリィとガドに聞きたい。ナバルについてだが…デュークもとりあえず座って聞いてくれ」


 …彼を座らせなかったわけじゃないのだよ?報告するときはそれが良いと本人に言われたのだよ?

 誰だ今、鬼畜魔王とののしったのは。

デュークが座るとキャリィが話始めた。


「まぁ、ウィルの推察通りだね。本人が覚醒前に加え『中のアレ』本体も封印状態だったから誰にも悟られなかったんだねぇ」


 やはりか。他の二人も同じ予想を立てていたようだな。


「あの子の中には『ブレイブ・ブリング』、伝説の勇者の剣があったよ。これまでの子らと同じようにね」


やはりか、では…


「ナバル・グラディスは現代の勇者なのだな」


 私の言葉にキャリィは頷く。


「どうすんだい?ウィルや」


 あきれたような顔で私を見るキャリィ。


「そんなこと決まっている。これまで通りだよ」


「自分がいつか斬られるかもしれないのにかい?」


意地悪だなキャリィは


「勿論だ。ナバルの道はナバルが決めればよい。そしていつか、私と対峙するなら全力で相手するだけだ」


 彼の道は彼のものだ。邪魔するなどそんな無粋、私は好まない。

 それが結末ならば受け入れよう。

…少し寂しいがな。


「では、我々もこれまで通りですな」


「だな。アレはまだ危なっかしいからのう。心配である」


そう言うデュークやガドも笑っている。全く、良くできた配下…仲間だな。


「ではここらでお開きとするか」


そう言い、立ち上がるとおもむろにキャリィが言い出した。


「ウィルや、最近ちまたで『遊び人のウィルさん』ってやから彷徨うろついてるの知ってるかい?」


ギクギクゥ!


「さ、さぁなぁ、ちまたのことは流石さすがによく知らんよ」


 ガドとデュークは目をそらす。

 …助けてくれねぇの?良くできた仲間だな。


……


事の始まりは数年前に出来た『冒険者ギルド』の創設者でギルドマスターに会った時だった。

 彼はグレーターデーモンの大男だった。見た目のいかつさとは裏腹に気さくな人物だった。


「いやまさか陛下自ら来ていただけるとは」


「ああ、非公式だからそう畏(かしこ)まらないでくれ。冒険者ギルドというものが気になってな。直接聞きに来たのだよ」


 それと責任者本人に会いたかったわけだが


「では僭越ながら、私が説明させていただきます」


冒険者ギルド

 個人、団体などから依頼を受け、それを『冒険者』に斡旋する新しい事業だそうな。災害となる魔物の討伐などもする予定であり素材買い取りなどでも利益をあげるという。既にいくつかの商店と提供を結んでるとか。面白い。


 そこから雑談に入り、魔王の立場があるため自由に出歩けないなどの話を(日頃の愚痴とも言う)していたときだった。


「では陛下、こんな話はいかがですか?」


 彼がもたらした話に私は釘付けになった。

 いわく、異国の憲兵の司令官が直接町に入っていく話だった。そのままでは相手も構えてしまうため、彼はもう一つの名前をかたることになる。

 それが『遊び人の銅さん』だった。

私は衝撃を受けた!これだ!

…マチブギョーが何かは知らんが。


「素晴らしいよ君!よし!明日から私も町に飛び込むときは『遊び人のウィルさん』を名乗ろうではないか」


「…まんまですな」

「なにか問題でも?」

「!!いえいえ」


 私はここでもう一つ閃いた


「…ところでギルドマスターよ」

「へい、なんでげしょ」

「…でげしょ? ゴホン!

魔王なら無理でもただの『遊び人のウィルさん』なら冒険者登録はできるよな?」


 ギルドマスターは一瞬大きく目を見開くとゆっくり閉じ


「…ただの『遊び人のウィルさん』では断る理由はありませんなぁ」

「だよなぁ…君とは仲良くやれそうだ。」

「ハッハッハッ、お代官様ほどではありません」

「 (オダイカン?)…ハッハッハッ!これからよろしく頼むよ」


「「ハッハッハッ!」」

……


 と、いうことがあったわけだが…

ようやく手に入れた自由だ!手放してなるものか!

 私はさっさと切り上げてその場をあとにした。…後ろでキャリィのため息が聞こえた気がしたが気のせいだろう。


「ハァ…」

 下町の一角にある酒場兼宿屋で私は思わずため息をついてしまった。


「ウィルさんどうした?」

「悩みなら聞くぜ?」


 彼らは私の飲み仲間でエルフのボードゥとドワーフのガットだ。


「いやね?最近物騒だなと思ってさ」

「そういえば人間の国で『人拐い』が起きてるらしいな」

「…また奴隷商人のクズ野郎か?」

「いや、どうも違うらしいぞ?」


 魔族こちらの町でも噂になってるのか。

しばらく彼らと飲みあかし、帰る頃には日が上がり始めた。


 城に忍び込むとメイドのリアリー君が仁王立ちで私の帰りを待っていた。


「陛下~、随分お帰りが遅いから心配しましたよ~?」


 …おかしいな、寒気がする。


「見回りかね?ご苦労」


 素通りする私の腕をガッシリ掴むリアリー君。流石さすが、純血のヴァンパイアは力が強いね。


「…陛下、お話しましょう」

「…はい」


 なかば引きずられるように私はその場を離れた。

 おかしいな、私は魔王だよな?




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