第86話 始まりは緩やかに

お待たせしました。



……………………………

「やれやれ、こんなものかねぇ」


 深緑の魔女 キャリバンヌ・ノーチェスと魔王都ギルドランの宮廷魔術師たちは外壁の防御術式を張り直していた。魔獣の攻撃や経年劣化等で永久にとはいかないだろうが。とはいえここまで大々的に行ったのは久方ぶりであった。


「そういえばあの『骨』と魔王ウィルはどこほっつき歩いてるんだい?」


「ま、町の裏側に、い、行くって」


 声をかけられたエルメ・ディアブは久しぶりに出会った師に嬉しそうに答える。魔女から見てももう一人前で1級の魔術師なのだが、そんな弟子からの真っ直ぐな尊敬の眼差しにムズ痒さを感じてしまっている。彼女の性格からそんなことをおくびにも出さないのだが。


「そうかい…過剰過ぎる気もするけど…魔王と宮廷師団長アレふたりが行くってことはそれなりに厚くしたいんだろうさ」


 魔女は王城の方に一瞬、視線を向けるとほかの魔術師たちについて行く。



「フハハハ、我らが魔王陛下!これほど頑丈にしておけばかの邪竜とて破壊はおろか傷ひとつ付けられずオメオメと引き返すでしょう!」


「うん。そうだね」


 都の最北端、そこは魔の森と別名『竜の巣』と呼ばれる偉大なる山脈グレート・ガーデンの境であった。その場所に軽装に身を包んだ銀髪の美しい青年とゴテゴテした装飾でローブを着飾った骸骨がいた。この骸骨こそ死者の王リッチの上位の存在なのだが青年は臆するどころか少し疲れた感じで接していた。


「ねぇアルファルド君、そのキャラまだ続けるの?誰もいないから素に戻れば?」


「甘いですぞ陛下!最近売り出し中の『プリン』程に甘いですぞ!」


「…食べたんだね、プリン」


「最高でした。…イヤイヤそうではなくて!誰がいようと居なかろうと『個性』とはかくあるべきなのです!

…それより『アレ』が復活したとか。まことなのですか?」


「アレって…邪竜?あの女?」


「ワシが知りたかったのは邪竜の方ですわい。かの女の波動は以前の陛下との戦闘でワシも感じました故」


「事実だよ。…なんというか…欠片というか残滓というか…とにかくアレはナバルが一人で撃破しちゃったんだって」


「坊がですか。…獣王ガウニス殿は止めたのでしょうが坊は聞かなかったんですなぁ」


「だろうね。それに『誰かが傷つくのを黙って見てられない』性分だから仕方ないんだろうけど…」


「『運命』を感じざるをえませんなぁ」


「彼の未来さきを考えると…つらいね。でもさらに厄介なのは…」


「『原初の雷』ですな」


「そ。あの女、やってくれたよ」


「新たな神の降臨、それも上位の神の隷属れいぞく。やることが出鱈目ですな」


「腐っても……だからね。今は誰かに『寄生』してるらしいけど今度こそ消滅ころしてやるさ」



 帝国。正式名称は『アインペリウム・ジ・アジャセ帝国』と言う。その中心都市『帝都アネス』の神殿地下には宮廷魔術師団並みの設備の整った研究施設が存在した。その一室にとても機嫌の良い少女が宝石を手にかざしていた。


「うふふふ、ようやく出来たわ」


「リベイラ、珍しく騒がしいな。ん?それは?」


 ノックもなしに男が部屋に入る。本来なら消し炭にされてもおかしくないのだが、この男こそ彼女の眷属であり帝国が誇る最大戦力、帝国軍大将シャクラ・ヴリシャンその人であった。


「貴方が言っていた前の戦闘で小グマが着けていたっていう不思議なベルト?それは恐らく『魔力増幅器』なのよ。それも魔女が作ったね」


「魔女…確か『最強の魔術師』だったか?」


 気分よく答える少女。男は記憶を探りながら1つの答えを口にする。


「古いだけよ。忌々いまいましいことに力は本物だけどね。で、その魔女が作った魔道具を私なりにアレンジして作ったのがこれよ!」


 魔女の名を出された彼女は不愉快そうに答えながら手にしたアイテムを男に見せた。それは宝石で彩られた七つの魔道具だった。


「見た目は美しいが…クックックッ。

なんとも禍々しい覇気を有しておるではないか。こいつはどの様な効果がある?キサマの作った代物だ。マトモなわけはあるまいて」


「あら失礼ね♪…これは人が持つ『根源』。

魂に根付いた『業』を糧に使用者に力を与える道具よ」


「根源…まさか!」


「そう。『大罪』よ。それぞれがその罪に反応するようになってるわ。それで…貴方にはこれね」


 そういうと少女は7つの内の1つを差し出す。


「ほう、我に『罪』を求めるか」


「そんなにカリカリしないの。特別に仕上げてあげたんだからありがたく使いなさいな」


「まあ、いい。それより残りの6つをどうするのだ?」


「そうねぇ…適当に見て回るわ。折角の自信作だもの、変なのに使ってほしくないし」


 そう言うと彼女は出ていく。それをため息混じりで見送ると宝石をじっと見つめた。


「なるほどな…人間には些か危険すぎるが…それも見ものか」


 室内には男の嗤い声だけが響いていた。








……………………………


加筆するかもしれません。


ここまで読んで下さりありがとうございました。

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