間章 それぞれの明日

第84話 流れる時 蠢く影

 アルセイム王国の最西部オルレンの町、そこの冒険者ギルドにまた新たな若者が一人現れた。年の頃は14,5才だろうか、この世界では成人とはいえまだまだ子供らしさが残った顔立ちをしている。


「あ、あの…冒険者の登録をしたいんですけど…」


 終始緊張しきりの少年は声をうわずらせながらもはっきりと言う。ギルドで登録すると『ギルドカード』なるものが支給されるが、むしろそれを目当てに登録するものが多い。

 この世界で身分証を獲得するためには通常、くに又は領主のもとに仕えるなどの手段でなければ得られない。そして王都などの大都市に入るためには必須のアイテムだ。そこにはもちろん身分証の『信用度』がかなり重要なのだが…。


「ではこちらに記入してください。字は書けますか?」


 少年に渡されたのは真っ白い手のひらサイズの紙だった。だが厚みがあり端に何かの刻印がされている。


「大丈夫です。少しは教わりましたので」


 少年が書いているカードには名前、性別、年齢、出身地、と続き、簡単な質問に対する『YES、NO』の枠があった。


「すみません。ここは何ですか?」


「そこには自身に当てはまるところを塗り潰してください。ただし、魔術による審査をしますのでウソはつかないでくださいね?」


 受付嬢のジョークともとれる言い方に少年は本気で恐れてしまった。そんな自分を恥じたのか真っ赤になりながら目をとおす。

 実際、この世界には真偽を精査する魔術は存在する。だが扱えるのは高位の術者だけでありどこの国々でも人数がまったく足りてない。主要都市の入り口では前科があるか、現在罪に問われることを犯しているか等の質疑応答を一人一人にしているために毎日門の前は大行列になっている。しかも夕刻には審査が終わってしまうため、受け付けられないものたちはその場で野宿という悲惨な状況になっているのだ。


「お、終わりました」


「ではこちらでお預かりします」

ジジジッ…ジジッ…。

「次にこの水晶に手を当ててください…はい、そのままでお願いします」


 少年は手を当てながらあたりを見回し、ある張り紙に見入った。それは『ギルドランク』に関する物だった。Eから始まりD、中堅でC、ベテランになるとB、そして誰もが憧れるAランク。と、実はその上があるらしいのだが噂のレベルをでないのが実情だ。


(いつか僕も…)


 次男、三男で家系を継げない者たちが、彼のように上位の冒険者に憧れる事は多い。自身の状況に加え、村に来た吟遊詩人の歌に感化されて『いつか自分も』と夢を見るのだ。そういう者たちは年々増えている。そして今まで問題だったのは諦めた者たち、行き詰まった者たちの『野盗化』だ。今まで管理する所もなく無法の状態だったからなおさらである。そこに来ての『冒険者ギルド』だ。その在り方に誰もが期待を抱いた。

 『ギルドカード』のシステムと製造する魔道具のレベルの高さはアルセイム王国の宮廷魔導士たちを驚愕せしめた。そして都市の入場を管理させられていた教会の司祭たちからは歓迎された。実は担当されるものたちにとっては『ハズレの日』等と揶揄されていたのだ (食事も乏しく殆ど休憩もなし。ただし奉仕の観点から文句も言えない) 。

 ともかく、こういった実情から多くの支持を得て『冒険者ギルド』は定着していった。


「お待たせしました。こちらが貴方の『冒険者ギルドカード』になります」


 そういわれて差し出されたのは銀に輝く1枚のカードだった。表には名前と簡略された技能の項目、そして『E』の印。少年は「ありがとうございます」と言うと受け取り嬉しそうに眺める。受付嬢の「無くしたら再発行に時間とお金がかかるので気を付けてくださいね」の言葉を頭の中にしっかり刻みながら。


「あ、それと希望でしたらギルドから武器や防具の貸し出しもしていますよ?」


 少年は驚いた。防具や武器は駆け出しのものが身に纏う物でもそれなりに高額の品だ。しかも手渡された書類には『紛失には賠償金が発生する』が、借りるだけなら子供の小遣い程度の金額だ。これなら初級の薬草採取で取り戻せる。少年はすぐにサインを済ませ早速試着の部屋に案内された。そこには様々なサイズの武器、防具があった。もっとも全てが中古の品で古ぼけてはいたが。

 少年はピッタリの革鎧と1振りの片手剣を手にする。


(これはヤバイ!テンションあがるぅー!)


 受付嬢は終始笑顔で見守っていた。基本、冒険者の命は自身の責任によるものだ。しかし、僅かでも生存率をあげるためにギルドは様々な援助をしている。武具の貸し出しに始まり対モンスター等への講習。正直、この受付嬢もギルドに入るまではここまで手厚い対応がされているとは思いもしなかった。

 この世界の人の命は軽い。昨日、元気だったものが次の日には死んでしまっているなど珍しくはない。しかもここは冒険者ギルドだ。誰よりも危険と隣り合わせの彼らに『死』はもっとも身近な問題なのだ。


(どうか無事に戻ってきてね)


 初々しい少年を見送りながら彼女はそんな風に思った。


……


 そこが何処かはわからない。だが彼らは確かに存在する。影に潜るように。


「魔王ニーズヘッグの復活に討伐…にわかには信じられないね」


 部屋の主は静かに語る。対面にいる二人組の片割れ、狩人風の男が静かに答える。


「気持ちはわかるがな。だがどうやら事実だ。ネシア王国と獣王国フェルヴォーレが連名で帝国に公式な抗議文を送りつけている。もっとも、帝国は知らぬ存ぜぬで突っぱねてるがな」


「私の方もジギールと概ね同じですね。強いて挙げるなら討伐したものが軍隊ではなく一人の冒険者だと言うことですが」


 相棒の魔術師が補足する。満足げに頷く主は、はたと思い出した。


「そういえば現地には獣王本人が居たそうですね。まあ、欠片程度とはいえ本物の『魔王』相手に立ち向かえる人物となると…」


「違いますよ」


「なに?」


 部屋の主に『否』と告げる魔術師。片割れの狩人が僅かに驚く。


「先代魔王、あの邪竜を打ち倒したのは一人の剣士、あのナバル・グラディスですよ」


「ハイドラ、そいつは確か」


「ええ、ずいぶん前になりますが我々の仕事の邪魔をしてくれた彼ですよ」


 うんざりと言った顔をする魔術師に困った顔をした主が言葉を紡ぐ。


「やれやれ、最近になって名を上げるものたちが増えてきたね。これも巡り合わせかな」


「『巡り合わせ』ですか。運命的な言い方なんて貴方らしくないですねダート。ですが分からなくはないですがね。元々いた有名どころでは…。


 海上戦最強と名高いゼノン・ルクソドール


 剣聖の右腕 オットー・ウェリッジ


 千人殺しの賞金稼ぎ シャルガ・バーザック


 などですね。そして彼らに続くと言われているのが…」


「うちのデッドをやってくれたのとかね」


「カースとか言うアイツか」


「そ。それだよ、なんでも冒険者の間じゃ白撃アルバディーレなんて呼ばれているらしいね、彼。そういえば帝国側からは要注意人物として『クライドスケイス』って通り名だか暗号名だかの奴がいるね」


「それがナバル・グラディスですよ。


故に 邪竜殺しクライドスケイス なのでしょう」


「…成る程ね。厄介なら遠巻きにしている方が得策かな?」


「それこそ顧客相手次第でしょう」


「…商人もツラいね」


 当時、無事に切り抜けられた自分達が幸運だったことを思い出しながら、かつて同じ所に所属していた彼らは仲間だと思ってはいないデッド・バンデラスの成れの果てを思い出したのかハイドラと呼ばれた魔術師は身震いした。巡り合わせが悪ければ自分がカースと名乗る男と対峙していたかもしれないからだ。


「そういえばハイドラ、君に解析してもらいたい物があったんだ」


 主から差し出されたもの。それは手のひらサイズのアイテムポーチだった。首をかしげる狩人、しかしハイドラと呼ばれる魔術師の手は僅かに震えながら受け取った。


「もしや…これが噂の『魔法袋マジックポーチ』ですか」


「なに!」


 狩人、ジギールという男にも緊張が走る。何せ今まで魔法袋など実在するか疑わしい代物だからだ。


「嬉しい反応だね。そう、それが今『冒険者ギルド』で取引されている魔法袋だよ。そこで頼みがあるんだがね。それ、解析してうちでも増産できないかやってみてくれない?」


「これの解析ですか?…腕が鳴りますね。素晴らしい」


 探究心を抑えきれない魔術師は静かに答える。だがその顔は満面の笑顔をしていた。


「ダートよ、これが冒険者ギルドから販売されるならそこまで価値は上がらないのでは?」


 狩人のジギールは今浮かんだ疑問を口にする。それを聞いたハイドラもおなじ疑問を抱くがダートと呼ばれた主は邪悪な笑みで答えた。


「もっともな疑問だね。だけど『冒険者ギルド』の正確な背後関係がわからない現時点で『中に何が仕込まれているか』わからないだろ?なら自分達で用意できるならそれに越したことはないじゃないか」


 主の言葉に狩人と魔術師は魔法袋に目をやりながら納得する。そしてそれ以上の神秘を感じた魔術師ははっきりと宣言した。


「良いでしょう。この魔法袋を踏み台にしてより良いものを作り出そうではありませんか」


 魔術師の言葉に主は満足げに、狩人はニヤリと笑った。







………………


仕事休みだとここまで書けるのか?オレ。


執筆が亀並みの私におつきあいしてくださる読者様に感謝を!


今年もよろしくお願いいたします!


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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