5章 禁忌の秘術

第102話 港町ノークロス

 龍王境ローゼンハイトの南には海へと繋がる大河が流れている。そこでは昔、翡翠が良く拾えた事から『ヒスイ大河』と呼ばれるようになった。

 その対岸、と言ってもその先は目視出来ないほどに広い河なのだが、その先にはアルセイム王国のフォクロス辺境伯領、その玄関口とも言える『港町ノースクロス』が賑わっていた。


「おい!積み忘れは無ぇだろうな!」


「大丈夫でさあ!確認も済んでます!」


 せわしなく作業する船乗りに一人の老人が近づいた。


「兄さんや、あれは龍王境ローゼンハイトに行く船かね」


「ん?爺さん、客船を探してんなら、あっちで船の絵の看板があるから、その建物に行ってくれ!受付のねーちゃんに聞けばいいさ!」


「おお、そうかい。ありがとよ」


「おう!爺さんも…ああ、里帰りかい?」


 船乗りは老人の杖を持つ手を見て納得する。その手の甲には龍人族に見られる鱗に近い皮膚がのぞいていた。


「ほっほっほ。向こうで孫が待ってるでな。ワシとしては色々とまわり足りないのじゃがのぉ、あまり遅いと小言がかなわんのでな」


「ハッハッハ!お孫さんも心配なんだろ。じゃぁ俺はここで、良い旅を」


 老人は頭を下げるとその場を後にする。人々の賑わう先にある建物をめざして。


 街の北側は港、他の東から南、西へと『U』の字を描くように厚い石造りの外壁が覆っている。このような造りは主要都市によくみられる造りであり、それだけこの街はフォクロス辺境伯領にとって重要な意味を持つのだ。


 街の南は領首都と、アルセイム王国の首都、東は他領へと通じているため入場待ちは多い。それに比べ西側は、かなり離れてはいるが、その先にあるのは魔の森だけであるため人は少ない。その西門に一人の男が近づいた。

 白い金属の拳甲、カーキ色のコートでフードを深く被った男。列は短いため、彼の番になったのはすぐの事だった。

 門番に出されたのは『B』のロゴと『カース』と氏名が記入されたギルドカードだった。受け取った門番はそのまま奇妙な箱に差し込む。箱は別の箱に繋がっていて、その箱は『モニター』と呼ばれるものだった。そのモニターを確認する別の門番が、頷いて『異状なし』のサインを送る。カードを受け取ったカースはそのまま門を抜けた。


(見事なものだな)


 古き良き港町は『魔王都ギルドラン』とはまた別の美しさがある、と思いながら足を進めるカース。彼が何より目を引いたのは、巨大な帆船だった。

 本来なら一直線に冒険者ギルドに向かうつもりが、気づけば目の前にまで近づいていた。


(これが『船』と呼ばれるものか、

 話には聞いていたが…なるほど、これなら何日も過ごせるだろうな)


 なかば世捨て人のような彼が、このように何かに関心を示すのは非常に珍しい。荷を積み終えて休憩しようとした船乗りも気がついたのだろう、こちらに近づいた。


「兄さん、客船を探してるのかい?」


「いや、見事な船なのでな、見とれていた」


「そうかい!兄さんは船の良さがわかるかい!ならよ、あっちに『船の看板』を掲げてる事務所に行ってみるといい。土産が色々あるからな。見るだけでも良いもんだぜ」


 船自慢の船乗りは気を良くして、色々話しだした。止めなければ何時までも話し続けるだろう事を予期してか、「助かった」といってそそくさと立ち去る。


 船乗りは、『事務所』と、言っていたが、中はホテルのラウンジのように広々とした造りになっていて、軽食に舌鼓をうつ旅行客が何組かいた。


(コレの事か)


 併設されている土産物コーナーには手の平サイズのポストカード?のたぐいの他にもボトルシップなどが陳列されていた。


(なるほどな…エトやヤヨなら喜んだだろうか……)


 かつて彼になついていた少年少女を思い出し、胸が締め付けられるような痛みが走った。


「兄さんも故郷への土産かい?」


 老人が1人、人懐っこい笑みを浮かべている。ポストカードを1枚に取ったカースは、寂しそうな顔をしていた。


「そうだな…あの子達なら、喜んだかもしれぬな」


 その一言で察した老人はカースの方に手を置いた。


「…残される者がつらいのは、種族関係かんけいないからのぉ」


 老人の手の甲は、龍人族特有の鱗が浮かんでいた。



 港町ノースクロスの冒険者ギルドは、流石というべきか宿屋、食事処完備かんび一際ひときわ大きな建物だった。

 カースは、これまで狩りとった魔獣の素材をギルドに納品すると酒場のフロアで数品注文し、噂話に耳を傾けた。


『最近、大物がよく捕れる…』

『南のオルレンへの途中で大捕物があったらしい…』

『ソウードとネシアの紛争に獣王国フェルヴォーレが介入したらしい…』


 等々、中にはカース自身が深く関わった話があったが、それは受け流した。そして…。


『最近、見慣れない『騎士』が彷徨うろついていた…』


 この会話を拾った瞬間、忌むべき記憶が甦る。

 拐われた子供たちを救うために入った屋敷、怯える貴族、魔術師と騎士、そして…。

 カースはそこでハッとする。そこから先の記憶は『まだ』必要ない。

 会話をしているのは農夫のようだった。新たに注文した酒瓶を手に2人に近づいた。


「すまないがその話、よく聞かせてくれないか?」


 空いている席に座り、そっと瓶をさしだすカース。胡乱気な農夫は酒を見ると上機嫌になった。


「すまねぇな兄さん。でも大したことは知らねぇぞ?」


「知ってる事だけで構わんさ」



 その晩、装備を整えたカースは屋根の上から1つの教会を見下ろしていた。寂れた教会にしては珍しく小綺麗な騎士たちが入っていった。

 見回りにしては不自然な騎士が2人、隠れるように周りを見回す。


(情報通りだな。しかもあの服装、『聖教会』の神殿騎士。『あの時』と同じ奴等か…)


 溢れ出そうな殺意をそっと鎮め、動向を観察する。すると彼らの後ろの『影』がぶれた。


(?!)


 黒装束の2人組が背後から近づき、見張りの騎士たちの口を塞ぎ喉を切り裂いた。


(騎士どもと違い、動きに無駄が無い。何者だ?奴ら)


 統制のとれた黒装束が4人、騎士を追うように教会内部に侵入する。間隔を空けてついていくことを決めた。

 黒装束は四方を確認しながら慎重に進む。カースは気配を完全に消しながら彼らの動きに感心した。

 地下へと潜るとその通路は意外に広く造られていた。それに独特の『生臭い匂い』が鼻を刺激する。


(…当りか)


 臭いの発生源、一番奥の部屋の前で黒装束たちは小声で話し合うと…そっと扉を開け『何か』を転がすように投げた。


(煙幕?…いや、この香りは『ヘモログの花』!眠り薬か!)


 首に巻いていたストールを口と鼻に当て壁伝いに観察を続けるカース。暫くすると黒装束たちは足音を消しながら入っていった。扉の影から覗き見ると、初めに入った騎士たちが眠りこけていた。


「(…あったぞ、隠し扉だ)」


 小声で話し合う黒装束たち。何かの処置を扉に施したあとに、そっと開ける。彼らが入ったあとカースは開いた扉のそばで身を潜める。そして隙間から覗くとそこには空の培養器が並んでいた。大きさからして成人前の人間が収まりそうなあたり、ろくでもない事をしていたのだろう。


『ん〜!んん〜〜!!』


 くぐもった声が奥の扉から漏れる。黒装束に緊張が走る。一人が扉を蹴破り突入した。追跡するカースが見たものは、猿轡をされ椅子に縛られた少年に、注射器を向けた魔術師が驚く姿だった。


「おやおや…おやおや!!

 外の奴らは何してるのかな? かな!

普段は偉そうにしているくせに『クソ!』の役にも立たない出来損ない共が!!」


 怒鳴り散らす魔術師、その瞳は凹み不気味に光っていた。

 その魔術師の背後から大男が2人現れる。その身から瘴気を立ち昇らせていた。1体が黒装束の一人に狙いを定めた。一気に距離を詰め腕を振るう。横殴りを受けた黒装束のひとりが激しく吹き飛ぶ。

 その速度と筋力からカースは推定Bランク魔獣相当ではと推測する。その戦力は魔の森に住む魔獣、翼を持った銀の獅子アーゲントリオールと同等であった。


 もう1体が別の黒装束に狙いを定め突進した。抜刀したダガーを構える黒装束は一瞬死を覚悟したが、吹き飛んだのは瘴気の大男の右腕だった。


 バランスを崩した大男に、回し蹴りを当てるカース。勢いに乗った蹴りを受け上半身がいびつゆがんだ。流れる動きでもう一人に狙いを定めると『ダンっ!』という踏み込みと同時に肉薄するとそのまま頭蓋を殴り吹き飛ばす。その有様は至近距離でショットガンを浴びたような飛び散りようで、人外の破壊力を目にした黒装束たちはあっけに囚われた。


「ヒィッ!ヒィッ!」


 不気味な声を発しながら逃げる魔術師、その動きは身体強化の術のおかげか機敏だった。黒装束たちは少年の保護を優先したようで、ならばとカースは魔術師を追跡する。


「くそっ! くそぉっ!

 ボクの『お気に入り』を壊しやがって!また作り直さなきゃいけないじゃないか!


 びゃぁ!!」


 悲鳴とともに身体を横に倒す。元にいた場所にはカースの豪腕が伸びていた。


「感のいいやつだ」


「ちくしょぉぉぉ!!」


 這いずり回る姿は、まるで台所に住み着くGのつく害虫のようだった。虫…もとい魔術師は外に出ると魔術で空を飛んだ。


「…思い出したぞ!お前、テッドをやりやがった冒険者だな!

 …その顔、覚えだぞ!覚えてろ!」


 関係ないとばかりにガン無視のカースは、そのままジャンプし魔術師に迫る。その顔面を掴まんと右手が開き獲物を捉える。


「ヒィやぁぁ!!」


 オーバーに避ける魔術師はそのまま飛び去った。空を飛ぶすべのないカースは着地を余儀なくされた。


「ちっ!…逃したか」


 忌々しげに空を睨むカースに、背後から声をかける者たちがいた。黒装束たちである。最初に攻撃を受けた者だろうか、1人の肩を借りて「ゼェゼェ」と、荒い息を吐いている。


「先ほどは助かった。どうだろうか、この後我等われらにお時間いただけないか」


 見た目とは裏腹に1人の黒装束からでた言葉には気品があった。

 カースは縦に頷き了承を伝える。

 彼らが立ち去った後には、その場には何も無かったかのような静寂がおりていた。




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