第101話 遠く儚い物語

こちらは本日の2話になります。

こちらは茶番回になります。



………………………………




「舞台の練習?」


 獣王国フェルヴォーレの王城の離れ、その一室で1匹の小グマが、だらけきった姿勢でボヤいた。依頼書らしき書類を手にしたナバルは、部屋の隅で読書を止めた妹ナナイ、その彼女の膝枕で昼寝をしているホルンを視界に入れつつ話を続けた。


「ああ、旅の旅団からの依頼なんだけどもさ、なんでも役者の一人が、この間の紛争で怪我をしたらしくて、その代理」


「おいおいナバルちゃん、さすがに役者は無理だろ」


「…流石に本番には出ないよ。ってのもその役者は本番までには何とかなるらしいんだけどさ、その間だけ練習相手を頼みたいんだと」


「兄さん、それどんなお話なんですか?」


「えーっと…獣人の女性と人間ヒュームの漁師の男との恋愛物語ラブストーリーだってさ」


 えっ!と瞳を輝かすナナイ、『うニャ?!』ととび起きるホルン、そして…。


「「なんだと!」」


 と声を揃えるのはトランとテリオだった。


「おいナバル!それ、も、もちろん募集は男の方なんだよな!な!!」


 迫るテリオを手で制すナバル。しつこいテリオがウザくなったのか最後はアイアンクローになっていた。


「ナバルちゃんや、ひょっとしなくても、どーせ君を指定してるんじゃない?」


「あガガガが!!」


 ぶーたれる小グマ、無残なテリオ。

 悪人ヅラなどとイジられるナバルだが、実際は若く、荒々しく見える風貌が女性には『ワイルドなイケメン』に見えるらしい。現に貴族のアイリス嬢からは、誰が見ても好意を寄せられているのが、まるわかりだ。

 そんなナバルだが、何故か若干気まずそうな表情を浮かべると、手のひらで、もがくテリオをみて。


「それがな…出来れば『普通の人間ヒューム』が良いらしくてな、ご指名はお前だ、テリオ」


「い"よっじゃァァァァ!!」


 未だアイアンクローを受け、海老反りになりながらも喜びに叫ぶテリオ。殺気を振りまく小グマを阻止するように声を上げる男がいた。


「その話なら有名な奴だな。その練習場所、北の砂浜辺りを希望じゃねぇか?何なら残りのお前らも休みと思って満喫するか?」


 振り向くとクロッキングチェアで寛ぎながらグラスを傾ける獣王がいた。魔王に負けず劣らず自由気ままな王だった。


……

………


「い〜よ!い〜よぉ!

テリオさんはイメージ通りよぉ!」


「うっす!任せてください!」


 透き通るような美しい海を背にテリオと舞台の責任者?が盛り上がっていた。それをノンキにビーチチェアでくつろぎながら見ている獣王、彼もまた遊ぶ気満々なのか海パン着用…なのだが上半身のアロハシャツの下は包帯でぐるぐる巻にされていた。


「陛下、まだ安静にしていてくださいよ」


「へいへい」


 護衛のゼノンに適当に返事をすると、何気なくナバルを見ると何故か女優が話しかけていた。


「ナバル様ですね!会えて光栄です!

 私達を助けて下さりありがとうございました」


「いえいえ、この国の戦士たちも勇敢ですね。彼らには何度も助けられましたよ」


「まあ…ナバル様は、お強いだけでなく謙虚ですのね…ステキ♡」


 そんな二人を見て(アチャ〜)と手を額に当てる獣王。

 依頼の真相は恐らく、女優がナバルに会いたかったのだろう。そんな真実を知らないテリオを見ると。


「今回のご依頼、職員としても、全力でやらせていただきます!」


 舞台責任者と思われる男性に熱く語っていた。

 悲しいかな、恋は盲目とは良く言ったものだ。彼は女性の思いに気づくことなくヤル気に満ちていた。


(小僧、強く生きろよ)


 悲しげにエールを送る獣王の横では、台本をじっっっくりと読みふけるナナイ、砂浜に興奮してむやみにダイブするホルン、そして…。


「ガルルルルルル!」


 野生に帰った小グマがいた。



「みんなよろしく〜!いょーい!」


カン!


 合図が鳴り響くと女優の雰囲気はガラリと変わる。それを感じた面々は

(すげぇ!)

と感嘆した。


「あー、ロミュ。どうして貴方はロミュなの?」


「リエット…どうして…

『おんどりゃーーー!』

ぶへぇ!!」


 バコォォン!


 小グマのドロップキックが炸裂、テリオは海面に吹き飛んだ。


「うぉい!トランお前!」


 慌てて飛び出し小グマを捕獲するナバル、唸る小グマを捉えるとゼノンが用意した鋼鉄の檻にぶち込んだ。


「ゼノンさん、こんなの用意してたんスね」


「…本来は小型魔獣用なんですがね」


 気まずい視線を交わすナバルとゼノン。責任者はコホン!と咳払いすると気分を切り替えた。


「…き、気を取り直していくよぉ〜!

 よーい…」


カンッ!


…ザザーン…

……ザザーン…


「あー、ロミュ。どうして貴方はロミュなの?」


「リエット…どうして…

『バッゴォォン!』

「ダァラッシャァーー!」

ごぶへぇぇ!!」


 檻を粉砕しS級魔獣もビックリするような飛び蹴りを放つ小グマ、海へと帰るテリオをよそに、ナバルはトランを羽交い締めにして海から上がる。


「ナバル君…」


 ゼノンが用意したのはオリハルコン製の檻だった。

(何も聞くまい)

 黙ってぶち込み蓋をするとナバルは『ほっ』と息を吐いた。


「も、もっかい いくよぉ〜!」


カンッ!


…ザザーン…

……ザザーン…


「あー、ロミュ。どうして貴方はロミュなの?」


「リエット…どうして…

『ブオォォン!!』

『ドォゴォォン!』

チョモランマァァ!」


「「「ええええ!」」」


 檻の隙間、その僅かの間から腕を出して勢いをつけたトランは『オリハルコンの檻』ごとテリオを強襲した。

 檻を引きずるナバルは確かに聞いたのだ。


「コーホー、コーホー…」


 暗黒卿も真っ青の息を吐く黒い悪魔の吐息を。

 そしてゼノンが取り出したのは、なんと女神の封印に使われた由緒正しい『封印の鎖』だった。地面に打ち付け檻を固定する。歴史ある聖遺物が、まさかこんなアホな使われ方をするとは過去の偉人たちも思わなかった事だろう。


「………今度こそ、いくよぉ〜!」


カンッ!



…ザザーン…

……ザザーン…


「あー、ロミュ。どうして貴方はロミュなの?」


「リエット…どうして…


『ミシミシミシッ…!!』

……………………………」



「「「……うそだろ?」」」


 鎖からは弾けるような悲鳴が上がる。

(マズい!)

 危機感を抱いたナバルはすぐさま飛びかかった。が、一足速く檻が飛び立つ。その速度たるや雷撃の如く恐ろしいものだった。


「へっくし!!」


 何度も海へとダイブしたテリオは盛大なくしゃみをする。間一髪で避けたテリオが見たものは美しくもはかない黄金の流線形だった。


ボチャーーーン!


「ガババゴボゴボ!!」


 アホを救助するナバル、頭部から血を流しながら爽やかスマイルをキメるテリオ。顔が引きつる女優とスタッフ。その一部始終を見ていた獣王は天を仰ぎ見た。


(これが魔王ウィルの兄じゃが言っていた『混沌カオス』ってヤツか)


 視線を変えるとその先には…。

 読み疲れたのか昼寝をしているナナイと、砂の巨城を作りきったホルンがドヤ顔で見せびらかしに来た。


(平和だねぇ〜)


 これを平和と呼んでいいのか、それは誰にもわからない。



第4章 狙われた獣王国 終



………………………


ここまで読んでくださりありがとうございました。


 

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