第38話 魔王の敵

「くっそ!負傷者は退がれ!」

「そこ!射線上に入ってるぞ!」

「しつこいんだよこいつら!」


 戦場はベヘモスと黒刃熊ニグレドラベアの三つ巴で混沌としたものだった。それも圧倒的な戦力を擁する魔獣たちに対し、魔族陣営が持ちこたえていたのは優れた装備と日頃の鍛練、それに…


「ヌゥアァァ!!」


 獅子奮迅の働きをしている剣狼ガドとベテラン兵士たちの一糸乱れぬ連携があればこそだった。

 しかし終わりの見えない戦いは彼らを想像以上に消耗させる。


 ガドは足下の『黒いモヤ』を見る。

(この魔獣たちは明らかな暴走状態…それも、魔力の過剰な吸収が原因であろう。そして恐らく原因は《コレ》であろうな)


 ガドは戦場を覆っている黒い霧の様なものは《呪い》を含んだ魔力ではと睨んでいた。現にそれを吸ったベヘモスは明らかに《狂気》に駆り立てられているからだ。

 

(しかし解せんな。我らにその兆候がないのは…。もしや指向性を持たせているのか?しかしそんな技術…)



 剣を振るいながら思案していたところへ突如、『光の柱』が天を貫いた。


(ヌゥ!今度はなんだ!…まさか!!)


 光属性でも闇属性でもない強烈な魔力の奔流が戦場を駆け巡る。それに足掻くように黒刃熊ニグレドラベアとベヘモスが狂気を纏って襲いかかる。

 右からの剣爪を去なしそのまま左からのベヘモスを流れるように切り崩す。その勢いを殺さずに黒刃熊ニグレドラベアの左から首筋を斬りつける。ただ、目の前の熊は逃げ足は速かった。薄く斬られたものの、すんでのところで避けてみせた。


(本能で回避するか!流石は最強の代名詞よのう!)


 そこへ


「師匠!!」


 光の柱の爆心地の方からナバルたちがやって来た。しかし、共にいるはずの小熊が見当たらない。幾度の剣撃を交えながらガドが叫んだ。


「ナバル!トランはどうした!」


「わからねぇ!あの野郎、吹っ飛ばされちまった!それに…」



「アイツの魔力が消えちまった!!」


「!!」


 一瞬の隙をついて剣爪がガドを襲う。


「甘いわぁ!!」


 ガドの剣閃が手首ごと切り落としそのまま抜き胴が決まる。絶命する黒刃熊ニグレドラベア


「…あれが簡単に落ちるとは思えん!今は自身が生き残る事を考えろ!」


「っっつ!!…ちっくしょぉぉぉ!」


 ナバルの『虹色の剣撃』がベヘモスの群れを襲い爆音を響かせる。と同時に黒い霧も消し飛ばす。そのナバルの『剣』に目をやるガド。


(やはりそうか。先程のは…)





 その後ろ、低空飛行して援護をしているナナイの後ろをホルンはしがみついていた。トランの魔力消失から完全に戦意を失ってしまったのだ。


 暴走状態のベヘモスたち。混乱の極みの戦場。

 一体のベヘモスがナナイたちを襲う。


「きゃあっ!!」


 吹き飛ばされるナナイとホルン。


 転がるホルンをベヘモスの凶爪が襲う。



「やだよ。トラン…」



グパァァァン!!


 ベヘモスの豪腕がホルンを捕らえる…はずが弾けたのはベヘモスの腕の方だった。それをなした強靭な腕に何事かと視線が集まる。そこにはボロボロの武道着を纏った一人の男がいた。


「わりい、助かったよ」


警戒をしながらも礼を言うナバル。

男はナバルの『輝く剣』を一瞥すると


「構わん。俺もちからを求めている。奴らの討伐は俺のためでもある」


「良いのか?我らは…よそう。協力を頼みたい」


 男はうなづくと近くのベヘモスへと瞬時に跳躍ちょうやく、その頭を掴み握りつぶす。不意を突いたとはいえ、その力は常識を遥かに越えるものだった。


(コイツ、強えぇ!)


 武器も持たず素手で魔境の魔獣を屠る謎の男。警戒するに十分値するのだがこの時ばかりはありがたいと剣を構えるナバル。

 ナナイがホルンに必死に呼び掛けた。


「ホルンちゃん!トラン君がやられるわけないよ!きっと『気配』と『魔力』を隠して潜伏してるんだよ!狩りの時もキレイなお姉さんを追いかけるときもやってたんだから!」


 (ナナイそれフォローになってねぇ…)そう思うナバルだが確かにトランは狩りの時、完全に存在を隠してからの襲撃を時たましていた。本人は奥の手のつもりだろうか。黒刃熊ニグレドラベアとの戦闘ではソレがなかったから失念していたが。


言われて始めて立ち上がるホルン。


「ぐずっ…ナナイの言う通りニャ。

それにトランは約束したニャ…『何処にも行かない』って、

『ずっと一緒だ』って言ったニャ!」


涙を拭き立ち上がるホルン。

その目は先程とは打って変わり戦士の眼へと切り替わる。


「今度はホルンが助けにいくニャ!」



……


「参ったね…全然見えねぇぞ」


 トランと二人、魔獣の襲撃を幾度か交わし今に至っていた。トランは未だ『人間化』の最中であった。ここは『魔の森』の西側、所謂いわゆる《魔境》であり、そこに生息する魔獣のレベルは『新参の生まれる東側』より遥かに高い。それこそ千年前に建国された魔王都ギルドランが生まれる前から存在している『古強者』どもの巣窟なのだ。そんな場所であるためむやみに『戦力の高い』人間化を解除できないでいた。しかし維持するだけで魔力を喰われていく人間化にも限界が見えたその時である。


「へえ、魔獣を追い立てるだけの予定が思わぬ拾い物じゃない?」


 何処からか少女の声がする。トランは気配を探った。


(何処に居やがる…上か!)


 トランが見上げたその先、あたかも椅子に腰掛けているような格好で浮いている一人の少女がいた。


「男と女の獣人ね?ここで生きてるってことは『それなりに』使えそうじゃない?」


 そう言いゆっくりと降下する少女。見た目とは裏腹に溢れる魔力は凶悪極まるものだった。


(とんでもねぇ化け物だなこのガキャ。しかしどうする?今の俺だとちょっと厳しいぞ?)


 人間化を保ってはいるが既にヘロヘロのトラン。後ろで自分を支えてくれている少女に目をやり


(コイツだけでも逃がしてやりてぇけど『場所』が最悪だな)


 いくら『元』魔刃熊ニグレドラベアとは言え今は獣人だ。確かな戦力を確認できない以上ここで逃がしても魔獣の餌になる可能性は高いだろう。そう結論付けるとトランは何とかこの場を逃れられないか思案する。



 近づいてくる少女、隙をうかがうトラン。

 直後、少女とトラン達の間に赤黒い閃光が降り注ぎ大地を爆発させる。


!!


 何事かと光の元をたどるとそこには魔王が見下ろしていた。


 少女とトランの間に降り立つ魔王。その空気はこれまでにない程の強大な『覇気』をまとっていた。


「リベイラ、やはり『お前』か。

『俺』の庭で随分好き勝手してくれたな」


 魔王の声色は今までにないほど底冷えするものであり聞くものを震え上がらせた。

 トランは持ちこたえられたが連れの少女は恐怖で青ざめている。


「参ったわね。もう『貴方』が出てくるなんて。もう少しゆっくりしててくれないかしら」


「黙れ。『俺』の前に立っている時点で無事に済むとは思ってはいまい?」


 そう言い剣を抜く魔王。その右手の剣は何時もの量産品ではなく、禍々しくも美しい『魔王の剣』だった。


「良いのかしら?『この体の持ち主』は何も知らないのよ?」


 クスクスと見るものを不愉快にさせる笑いをする少女、かの魔王の前であっても全く臆すること無く小バカにするように言ってのける。


「だろうな。だが『お前』を見逃す方が大罪だ」


 言うや否や魔王は一気に斬りかかる。

 魔術で防ぐ少女。高速の剣撃が爆音を響かせ木々を薙ぎ倒し大地に亀裂が入る。

 止まらぬ二人は魔力の光の尾を残し幾度となく攻防を繰り広げる。それを見ていた二人は唖然とするしかない。

 それはまるで『神話のごとき戦い』であった。


(この森無くなるんでね?)


 トランは密かに場違いな心配をする。


「あ~もう!ホント鬱陶しいわね!」


 苛立ちを撒き散らし少女が吠える。


「さっさと『死ぬ』事をお勧めするよ」


 恐怖を具現化したような魔王は少女に告げる。

 少女は距離をとり頭を乱暴にかくと


「い~わ、今日は私が退いてあげる。

…でも忘れないことね。

『お前』は必ず殺してやる!!」


 吐き出すように叫ぶと少女は醜悪に魔王を睨み付ける。


「思い上がるなよリベイラ。

貴様をその玉座より引きずり下ろし今度こそ消滅ころす!」


 魔王の発する覇気に顔を歪め、今度こそ少女はその場より消え失せた。


 確実に居なくなったのを確認すると魔王は二人の獣人の前に降り立った。

 先程とは打ってかわってホンワカした空気さえ漂わせて。


「うん、悪い子たちでは無さそうだね。君たちは冒険者かい?それにしてはエライ軽装だけど…」


 近づいてくる『何時いつもの』魔王ウィルにホッとしたら気が抜けた。


「わりいウィル。俺とこのねーちゃんを頼むわ」

俺の言葉に驚く魔王。

直後、人間化を解いて倒れた俺に


「と、トラン君かい!え?どういう事?!」

(ヤバイ、あの『魔王』がビックリしてる。面白れぇ)


 不謹慎なことを考え気を失うトラン。

 意識を失う直前に


「あの子の格好はトランの趣味かい?」


ウィルにかけられた言葉に中指を立てたトランだった。



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