第70話 これも冒険

大変お待たせしました


………………



 魔王都ギルドラン冒険者ギルドの執務室でギルドマスターのベルゼイ・ファウストは魔王こと冒険者ウィルを出迎えていた。


「やあギルドマスター、人間側あちらさんのようすはどうだい?」


「おお、陛…ウィルさん。ええ、順調ですよ。と、言っても『めぼしい情報』は全くありませんが」


「だよねぇ。むこうはギルド設立でそれどころじゃないだろうし」


「そういえば面白い話を1つだけ入りましたね」


「お?なんだい?」


「冒険者登録の際に、足元に『魔術解除』の魔方陣を使用するそうです」


「ああ、『偽装防止』だね。でもそうか…うちは『身内に甘い』から、そんなの思いつきもしなかったよ」


「ですなぁ。何よりウィルさん自身が…」


「♪~」


「あっはっは。これ以上はやめておきましょう。それよりナバル君たちですが、無事にアルセイム王国を出ましたよ」


「そうか。このまま何もなければいいけどね」


「ですなぁ」



ジリリリリ!


 ベルゼイは突如けたたましい音を奏でる魔道具に目をやると着信元に首をかしげる。


「おや、公爵殿ですか。何か問題でもありましたかな?」


「席をはずそうか?」


「いえ、大丈夫でしょう」


 通信で入ったのは『王都側』からの干渉らしい。さてどうしたものか…

何気なく魔王を見るとその目はイタズラ小僧の目をしていた。


「この先を考えたら…いっそ『巻き込みますか』」


「巻き込みましょうか」


 どちらからともなく笑い合う問題児ギルマスとウィルたち。左遷騎士の受難は始まったばかりなのかもしれない。


……

………


「ハックション!」


「リョウさん、風邪ですか?」


「…うん。これは多分違うから」


「?」


 急に悪寒を感じた俺は何気なく周りを確認しながらロロに軽く答える。

この感じは風邪と言うよりも…『厄介事』の前触れだ。慣れたものでわかるんだよ…やだなぁ。

 この町に来てから既に3日目に入っている。町のなかでの聞き込みも行き詰まり俺たちは魔の森の入り口を何気なく見ていた。…出来ることなら入りたくないなぁ。そんなことを考えていたら入り口の茂みからガサガサ音が聞こえた。おいおい!


「ロロ!」


 俺の緊張した声に答えるように弓を取り出したロロ。何が飛び出しても良いように構える俺たちは次の瞬間、二人ふたり揃ってポカンとしてしまった。茂みの中から現れたのは…


 黒髪に黒い『特殊な耳』をした獣人の少女だった。


「あれ?…森を抜けちゃったの?」


 少女はそう言うと困ったようで首をかしげている。それを見たロロは…


「!! たいちょ…か、かわ、可愛すぎですよぉ~!」


 ちょっと壊れた。

 とにかくだ、見たところ獣人の子供だ。町の話じゃ入り口近くで薬草の採取をする人は多いらしい。この子も家の手伝いか何かだろうか。うっかり中まで入ってしまっている辺りよくわかってない可能性もある。危ないな。保護して家まで送り届けるか衛兵に任せるかした方が良いだろう。

 因みに領主によってはいい加減な衛兵もいたりと油断できない。ただ公爵のお膝元でそんな馬鹿な奴らはいないと思うが…。


「どうしたの?迷子かな?」


 さっそくロロが声をかけていた。村の子供たちからも『優しいお姉さん』と認識されているロロは自然と少女に話しかけていた。


「…迷子じゃないの。探検なの」


 少女は無表情でそんなことを言った。あ、よく見ると口を尖らせてる。そんなしぐさを見たロロはメロメロになっていて…うん。話が進まないね。俺が出るとするか。


「お嬢ちゃん、ここは危ない森だから中に入っちゃいけないよ。おうちの人も心配するから帰った方がいいよ」


「バッチャには言ってきたの。

…あれ?…の匂いがする。

…あれ?」


 少女は初めこそは抗議するようにいってきたが次第に顔をくもらせ (非常にわかりづらいが) 何故か考え込んでしまった。


「二人はトランの友達?」


 一瞬、少女の言ってる意味がわからなかった。『トラン?』そんな知り合い…あ、ナバルの連れの小熊がそんな名前だったな。


「ナバルの友達の小熊君かな?」


 俺がそう言うと少女は瞳をキラキラさせて、


「そうなの。ホルンとトランは元気なの?」


「ああ、元気だったよ。皆にお土産を買うんだって言ってたね」


「わあ!バッチャに教えてあげるの!」


 そう言うと…少女は森の中へ入ってしまった。おいおいおいおい!!


「森の中は!…マジかよ、ロロ!追うぞ!」


「は、はい!」


 俺たちは慌てて少女を追いかけた。深くまで入られたら俺たちも危険だ。すぐに見つけなければ!



「何てことだ…」


 我が主デルマイユ公爵からの指示で彼らリョウ・アンダーソンを見張っていたのだが、かがんで何かをしていたら信じられないことに森に入ってしまった。出来れば接触はしたくなかったが仕方ない。彼らに死なれてはこちらも困る。私は覚悟を決めると彼らを追うことにした。



「あの娘、速い!」


 黒髪の少女はあっという間に見えなくなる。声をかけようにも何が『魔獣』に影響を与えるかわからないから大声も出せない。そんな時だった。



『グゥワァァァ!』



「隊長!」


「くそっ!ロロは援護を!」


 そう言うと俺は唸り声の発生源へ駆け出した。そこには少女にむかい襲いかかるアーゲントレオールが見えた。



 アーゲントレオール


 銀の体毛を持つライオンのような魔獣。全長は最大で10m ほどで背中に2枚の羽をもち、羽根の一枚一枚はナイフのように鋭く攻撃の手段にその羽根を飛ばしてくる事もある。銀の体毛は鋼よりも硬く魔法耐性も高い。動きも俊敏で非常に危険な魔獣である。




「危険度B の大物かよ!国が大隊を出すレベルだぞ!」


 そう言いながら抜剣し斬りかかろうとしたら…


「…フフン。ご馳走さまなの」


 少女は左右5本ずつ、10本の剣?を抜くと魔獣に飛びかかる。

 アーゲントレオールはそのパワーだけでなく素早さも1級の魔獣だ。コイツは5m近い大きさだが130cm 程の少女から見れば恐怖でしかないはず…なのだが、そんな化物に対し少女は事も無げに相手をしていた。


「あの娘…凄いです…」


「どうなってやがる…」


 そんな時だ。後ろから『ガサガサッ』と音がした。俺とロロに緊張が走る。しかし出てきたのは人間の女だった。


「はぁ、はぁ、やっと追い付いた。この森は危険だ!すぐに引き返…なんだあれは…」


 その女も少女とアーゲントレオールの戦いにショックを受けたようだ。見れば彼女は剣を腰に下げ身に付けている軽装も手入れがしっかりしている。少し見ただけだが動きからしてもかなり強い部類の剣士だろう。…見たことある顔だなぁ。


「あっ!」


 ロロが声をあげ俺も少女の方に向くとアーゲントレオールはバックステップから空へ羽ばたこうとしていた。羽根を飛ばして切り刻むつもりだろう。地面から脚が離れた瞬間だった。アーゲントレオールの顔の前に少女が距離を詰めていた。


『『『『!!』』』』


 それは一瞬だった。宙を舞う獅子の首。頭を無くした獅子の身体は地面に崩れ落ちた。


「たい…リョウさん、今何が…」


「あの娘が一気に距離を詰めて下から首を切り飛ばしたね」


「…なんとあざやかな」


 少女はウンウンと考えたあと、


「とったどー!…これで合ってるはずなの」


 両手をビシッ!と掲げ微妙な雄叫びをあげていた。…誰だアホな事を教えたのは。

 少女は俺たちの前に歩いてくると後ろにいる女剣士に近づいて何故か匂いを嗅ぎだした。


「スンスン…アナタからもナバルの匂いがするの。知り合い?」


「な!!彼を知っているのですか?」


 どうやら彼女もナバルの知り合いらしい。…隣にいるロロは「もしかしてナバルさんの…!」と呟いて顔を赤くしている。…悔しくなんか無いからな!


「もう暗くなるの。帰るのは危ないからお家に招待するの。くる?」


 少女の言う通り空は赤くなってきた。今からだと町に着く前には夜になっているだろう。魔の森で夜を迎えるなんざさすがに勘弁だな。


「ああ、お願いするよ」


 俺がそう言うと二人も同意らしい。コクコクと頷いている。


「こっちなの」


 そう言うとアーゲントレオールの死骸を腰のポーチに入れた。


「は?!」


 5m近い大きさの魔獣があっさりと袋に収まる。マジックポーチかよ、実物は初めて見たぞ。本当にあったんだな。俺たちの驚きも何のその、少女はずんずんと森を進む。俺たちは慌てて少女を追いかけた。



 …そういえばこの子が言った『バアちゃん』って何者なんだ?俺の疑問とは裏腹にイヤな汗が背中を伝った。





 


……………………


アホな事を教えたのは『あの小熊』です。


ここまで読んでくださりありがとうございました。

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