第104話 その日は間近に迫って

「失礼します!」


 辺境伯の館で、これから出発しようかという時、魔術師風のローブをまとった男が息を切らせて入ってきた。男の緊張しきった顔にカースと伯爵だけでなく部下の兵たちも固唾をのんだ。


「御館様、至急伝えねばならぬ事が!

 被害の子供達を馬車からテントの1つに押し込めた後、そのテントから強力な魔力反応を感知、続いて警備の者たちですが奴ら、明らかな籠城戦に移行してます。

 それとこれが一番重要なのですが敵の通信魔道具による傍受は失敗しましたが、標的の唇の動きから会話を取得、その中に…」


 そこまで話した魔術師の男は、部外者と思われるカースを見ると『しまった!』という表情をした。「問題ない。続きを」と伯爵の言葉に安堵の表情を浮かべると、すぐさま緊張を浮かべ『その』言葉を続けた。



「奴らの会話の中で

『カトロ・フォン・デルマイユ公の暗殺』

と…」


 場が凍るとはこの事を言うのだろう。伯爵から強烈なまでの殺気が放たれた。



「スーッ…ふぅ、

 どうやら総力戦に移行せねばならんな。作戦を変更、これより敵対勢力の掃討を行う。直ちに準備にとりかかれ!」


 呼吸を整え殺意を抑えると指示を飛ばす伯爵、慌ただしく部屋を飛び出す部下をよそにカースはどうしたものかと思案する。そんな彼が視界に入ったのか伯爵は困ったような表情で肩をすくめるとカースに近づいた。


「すまんな。思わず感情的になった」


「そういう事もあるだろうさ」


 テーブルに寄りかかり窓の外に視線を向ける伯爵、懐かしさを思い出したのか表情は柔らかくなっていった。


「…奴とは古い友人でな。騎士学校のときからつるんでいた一人なのだよ。

 俺はご覧の通りの武闘派でな、ヒロイの奴は薬学に興味を持った変わり者で…カトロは頭は切れるが上に立つには優しすぎるヤツだったな。


 そんなアイツがデルマイユ公爵家へ婿養子に入ると聞いたときはただただ心配になったな。なにせあそこの令嬢…ドロシー嬢だったか、頭は切れるが皮肉やで武闘派ときている。正直どうなるかと思っていたが…いやはやウチのもそうだが女はわからんな。数年もしないうちに甘っま甘な関係になっていたよ。それこそ見る者の口の中に砂糖さとうをぶち込まれたようなな」


 『参ったものだ』と仕草をする伯爵、カースは標的となった公爵の名前に聞き憶えがあることに気づいた。


「そういえば、俺たちの所属する『冒険者ギルド』設立の立役者でもあったな」


「最近ではそれもあったが…奴は元々がこの国の『文官の筆頭』のような立場でな。内政でヤツの右に出るものは居ないだろうな。事実、ヤツの功績でこの国が救われたのは1度や2度ではきかん。そういう意味でも死なせるわけにはいかないのだよ」


 そうか…と告げるカース。屋敷の前で待機することを告げると部屋を後にした。一人残された伯爵は思い出したかのように疑問をつぶやく。


「…そんなアイツを狙う奴等が、何のために子供たちをさらうのだ?…」



……

………


「デッドがくちだけなのは否定しませんがね、彼は鏡を見たことが無いらしい」


「そう言ってやるな。面倒くさい男ではあるがアレはそれなりに役にはたつ」 


 そう同業者のフォローをする狩人の言葉に「役に立てば良いですがね…」と疑心を振りまきながら通信具を仕舞う魔術師。

 扉がノックされ「時間だ、調整に入れ」と聖堂騎士が扉を開けた。


「…1人・・でこの部屋は広くないか?」


「道具はあらかた片付けましたのでね…アナタ方には感謝してますよ」


「フン、結果を出せばそれでいい」


 騎士はつまらなさそうに言うと出ていった。ちなみに狩人は姿が透明になっていたわけでも聖堂騎士が鈍感なわけでもない。

 極限まで『気配を消していた』だけである。それも『視界に入っていながら認識出来ないほど』に消す技術を用いただけだ。魔術師ハイドラは初めて会った時は驚愕したものだ。それほどに狩人ジギールの腕は超一流なのだ。若くして一流の精霊術師であるナナイ・グラディスが探知できないほどに。


 ハイドラはジギールを残し部屋を出て地下への階段を降りていく。

 3階分ほど降りただろうか、巨大な鉄扉が待ち構えていた。2人の門番の脇を通り中に入ると、巨大な実験場へと繋がっていた。もっとも、今現在は『たった1つの術式』のために占用されているが。

 床一面には巨大な魔法陣が描かれていて、外の円に沿うように大きなガラスケースが配置されている。自分と同じような魔術師と神官がせわしなく作業に取り掛かっていた。ハイドラはその一つの前に立つとその『中身』の状態を調べた。


(これはこれは…見事に融合してしまってますねぇ)


 そこにあったものは…変異したモノ、かつて『人間』だったモノ、その成れの果てだった。


(気が滅入るとは…まだ私にも『こんな感情』があったんですねぇ。

 それにしても、魔術の媒介としての素材ですか、はてさてダートはこの知識をどこで仕入れたのやら)


 入り口が騒がしくなり騎士たちが敬礼する。他の術師や神官が膝をつき頭を垂れる。ハイドラも彼らを習い、同じような姿勢を取った。

 盗み見るように僅かに視線を上げたその先には、年老いた男が聖堂騎士を引き連れて入ってきたところだった。

 綺羅びやかな法衣を纏い錫杖を手にした姿は、まるで『自分こそが法王』であるかの様な尊大な振舞い。

 アクアリア聖堂教会の上位2位、サンドラゴ枢機卿その人であった。


 「おお、おおお!見事である!

 邪悪な使徒共の策略に幾度も頓挫されてきたがようやくだ!

 ようやくこの日を迎えられた!皆の者!大儀である!!」


(皮膚が黄色じみてますねぇ…。そして体内の不自然な程の不規則な魔力の流れ…。精神抑制剤と魔法薬エーテルの過剰摂取…ですかね。

 元々が小さな力しかなかったのでしょう。それを許容量オーバーするほどの魔力を魔法薬エーテルで補充、それによる精神の乱れを又も薬で抑制…。

 見栄が仕事の貴族の典型ですねぇ。ですがそれより)


 枢機卿を哀れんでいたのとは別に、後ろに控えている騎士に『気配』を向ける。


(アレが枢機卿の養子の息子、聖堂騎士団副団長デルフィス・ド・サンドラゴ‥ですか)


 決して視線は向けないよう最新の注意を払うハイドラ。羊の群れに狼が紛れているようなおぞましさが冷や汗となって背中を伝う。


(別格の化物じゃないですか!…

奴が敵のスパイならこの計画、完全に破綻ですよ!

 ダートは把握してるんですかねぇ…。グロムリ、ツイてないのは私かもしれませんよ)


 心の中でゴチると、いざとなった時の逃走経路を算出する魔術師。今日まで生きていた最大の武器は『常に最悪を想定し対策を用意する』その想像力だと自負していた。



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