第97話 悲願成就と無念の叫び

 アインペリウム・ジ・アジャセ帝国、かの国は基本的には性別関係なく第1子が帝位に就く。帝国の長い歴史のなかでも例外はほとんどないとされ、この時代においても次期皇帝の地位を揺るがぬものとする少女がいた。

 メディナリア・リリ・アジャセ。美しい銀の髪を持ち、白く美しい陶器のような肌、赤みがかった瞳を持つこの少女は幼い頃から美しく何より心優しく育った。変わった点があるとすれば独り言が多かったことだろうか。誰もいない方向に向かって親しげに話す姿を見た侍女などは友人がいない彼女を哀れんだとか。

 そんな少女に転機が訪れた。15歳の成人の儀を経てから左目が黄金に輝いたのだ。それだけにあらず莫大な魔力も開花した。城の者たちは大層喜んだ。少女の邪悪な笑みに気づかずに。

 少女は今まで興味を示さなかった軍事に着手し始めた。作戦立案から部隊の編成まで。周囲は戸惑ったが次々と勝利を重ねてゆくと次第に少女を『神の導き手』『巫女姫様』等と呼ぶようになった。そして今、少女は獣王国フェルヴォーレの東部にある寂れた神殿にいる。



「長かったわ」


 神殿の奥、何もない壁を見つめる少女は感慨深げに呟いた。愛しい者にようやく出会えた喜びと仇敵に出会った憎しみとを織り交ぜた、そんな感情を滲ませながら。

 少女が壁に手を着くと『ブゥン!』と音をたて何かが起動した。手を置いた場所を中心に光のラインが駆け巡る。そして浮かび上がる魔方陣に向かい少女は指で何かを書き加えた。

『ピシッ』と音が鳴ると亀裂が一気に広がり巨大な音をたてて壁が崩れる。土煙が晴れた先には隠された部屋があり1体の女神像が壁から生えた頑丈そうな鎖で何重にも縛られた状態で安置されていた。


「チッ!…随分手の込んだ事をしてくれるわね。見たところアダマンタイトかしら。鎖の1つ1つに術式を書き込んでご苦労なことね」


 苛立ちを隠すことなく近づく少女。

『バチッ!』と激しい音が響き顔をしかめる。よく見れば床にもうっすらと魔方陣が描かれていた。


「よっぽど近づかれたくないのね。まぁ、当然でしょうけど」


 パチンと指を鳴らすと魔方陣は爆音をたてて砕け散った。


「!! なに??」


 予想外の音量に辺りを見回す。すると入り口から土煙が上がっていた。

 爆音の発生源は何処かの不届き者らしい。正体を見極めようと目を凝らし警告する。


「随分と乱暴な登場ね。品位が知れたものね」


 右手に集まる黒いオーラ。少女は迎撃のための術式を編む。

 煙が晴れて現れたのは血だらけの獅子獣人だった。


「てめぇが直接乗り込んでくるとはな。…魔王ウィルの兄貴の言う通りホントに顕界げんかいしてやがるしよぉ」


 獅子の獣人、獣王ガウニス・フォン・フェルヴォーレは愛槍ムディノギアスを構える。その刃にはどす黒い血がベットリと付いていた。


「そう…、ニーズヘッグあの子を退けたのね。誇っていいわよ、今の貴方は7人の英雄かれらを超えたわ」


 言葉とは裏腹うらはらに冷えきった視線をぶつける少女。対する獣王は「ハン」と鼻を鳴らし刃を向ける。


「邪竜をあの子呼ばわりかよ。それに諸悪の元凶に言われても嬉しくねぇわな」


「あら?当時を知る『わたくし』の称賛よ?

 もしかして素直じゃ無いだけかしら?」


 邪悪な笑顔を浮かべる少女。嫌悪感を隠すことなく獣王は言い放った。


「てめぇがそのガキを解放すりゃ喜んでやるよ」


 一瞬ポカンとしたあと少女は大笑いした。


「アハハハ、貴方、見かけによらず優しいのね!『この』の心配をするなんて!あの魔王ですら躊躇ためらい無く殺そうとしたのよ!」


 お腹を抱え笑う少女を見て少し憐れむ表情を浮かべる獣王。向けた刃は相変わらずに。


「言ってみただけだ。勘弁しろよ」


 その言葉は目の前の少女ではなく、被害にあった娘に向けたものだった。

『ダンッ!』と踏み鳴らし斬りかかる獣王。黒いオーラの障壁で防ぐ少女。絶妙なタイミングで防いだにも関わらずその顔は苦痛に歪んだ。


「くっ! …とんでもない馬鹿力ね。これは予想外だわ」


 防ぐ少女の両足が地面にめり込んでいく。余裕を見せるつもりが思わぬ強さに冷や汗をかく少女。均衡を崩したのは2度目の爆音だった。


「クソがァァァ!

あれでこの俺様が殺られるかぁぁ!」


 現れたのは邪王ニーズヘッグだった。その体は皮膚の鱗はひび割れ朽ち落ち、至るところから流血している。立っているのもやっとのはずだが怒りで痛覚が麻痺しているのだろうか、今にも暴れださんと怒鳴り散らした。


「あれで起き上がるかよ!タフ過ぎだろうがクソトカゲ!」


 悪態をつき、つばぜり合いながらも術式を練る獣王。邪王が襲いかからんとひび割れた剣爪を振りかぶったところで3度目の轟音が鳴り響いた。


 極太の雷槍が獣王を貫く。血反吐を吐きながら吹き飛び壁に激突した。現れたのは帝国軍大将シャクラ・ヴリシャンだった。


「おいシャクラ!あれは俺様の獲物だぞ!


…お前、死にかけか?」


 邪魔をされたことに腹をたてた邪竜は男の姿に愕然とした。その男を最初に見たときはよく知る神々ヴァルハラの猛者にも引けをとらぬ絶対強者だったのだから。

 その男が今や両手は損壊、その身は傷だらけの出で立ちなのだ。相対したものの強さがうかがい知れるというものだった。


「手負いの獣と思うたのだがな。化けると存外に愉快なものよ」


 傷を負わされたというのに出てきた言葉は恨み辛みとは程遠く、むしろ心地よささえうかがえる響きを持っていた。


「二人とも油断しないで!」


 少女の叫びで緊張が走る。彼らの視線の先、崩れた壁の中から男が立ち上がる。邪王との激戦、雷神の一撃を受けてなお立ち上がる姿はまさに『百獣の王』そのものだった。


「成る程な。『三厄の王マルム・レクス』か、確かに『災厄の王』だ。まともに殺り合えぬこの腕が少々恨めしい」


「チィッ、どっちがタフだ」


 強敵を前に笑みを浮かべる雷神、忌々しそうに睨む邪王。二人の視線を受けた獣王は肩を鳴らすとその目は『捕食者』へと変わった。


「めんどくせぇし時間もねぇ。

とりあえずお前ら





死ね」


 ハルバードが邪王の顔を捉え渾身の突きを放つ、とっさに両手の剣爪でガードする邪王。何処にこんな力が残っていたのか、その一撃を完全に見切れなかった邪竜は本能でガード出来たことにホッとする。間髪いれず雷神の槍が4本、斜め上から獣王に襲いかかった。

 獣王は剣爪を押さえ込んだまま右足を魔力で覆うと『グンッ!』と身体を半回転させ雷槍を蹴り砕く。そのままハルバードに重心をかけたところで邪竜が起動を変え剣爪にて袈裟斬りを仕掛ける。獣王は空中で不安定のなか柄を蹴り高速で回転させ剣爪を弾く。いつの間にか軸足を接地させたのかそのまま雷神へと斬りかかった。

 獣王の狙いは最初ハナから近接戦が出来ない雷帝だったのだ。邪王を襲うと見せかけて二人の間に入り込み一撃で仕留める。

 雷帝はとっさに両手で稲妻の槍を作り出すが同時に傷口から血が弾け飛ぶ。苦痛に歪む雷神に止めをささんと踏み込む獣王。それをさせまいと邪竜が背後から両手の剣爪を振りかぶったところで獣王は『ガバッ!』と地へと屈む。それに驚いたのは二人だった。

 雷帝の槍と邪竜の剣爪が互いを捉えてしまっている。バックステップで下がる雷神の腹めがけてハルバードの渾身の突きが炸裂する。かすった程度でもその刃を覆う魔力刃は強力であった。苦痛に顔が歪む雷神、2撃目を警戒するとハルバードは突きの勢いをそのままに背後へと襲いかかった。邪竜は振りかぶった剣爪でハルバードを受け止める。が、両手で受けたのが不味かった。低い姿勢からの獣王の蹴りが脇腹を狙い打つ。奇しくも先の戦いで受けた場所を的確に突いてきたのだ。蹴りの勢いに敢えて跳び距離を離す邪竜。獣王は二人の間からサッと身を引いた。


「てめぇら個人じゃ大したもんだが…連携がグッダグダなんだよ」


 挑発し笑みさえ浮かべるが獣王は内心焦りを感じた。邪竜は元より帝国軍大将も想像以上の強者と知ってしまったから。それに何より…。


(クソっ!今ので傷口が幾つか広がりやがった)


 そして次を仕掛けんとする彼らの間を4度目の轟音が響く。少女が全ての封印を破壊した証明だった。


「やったわ!ついにやった!!

ああ…流れてくる…わたくしの力が…」


 歓喜と狂気を混ぜた笑顔を浮かべる少女。しかし突然、糸が切れた人形のように崩れ落ち膝を着く。


「!!

…迂闊だったわ。この身体が耐えられないなんて」


 朦朧とする少女、焦りで顔がひきつる雷帝、悔しそうに歯噛みする邪王。そして…。


 3人を見ながら最悪の事態を迎えてしまった獣王。だが裏返せばもう封印が壊れる心配は必要なくなったのだ。彼は1つの決意をする。


覚醒解放アルス・リベレイション 原初の水フォン・トリアイナ


 一瞬の出来事だった。白と青、2色に世界が侵食される。瞬きすれば何事もなかったように感じるが獣王を取り巻く異常な魔力がそれを証明していた。

 まずい!そう判断した雷帝は少女を抱え邪竜の肩をつかみ叫んだ。


「飛ぶぞ!竜よ!、わずかで良い!

あれを防げ!!」


 言われるまでもなく邪竜は持てる魔力をすべて振り絞り障壁となした。突如として襲いかかる大海衝、青の世界に染め上げた大波は極寒の氷界へと姿を変え尽くを破壊した。


「逃がすか!


蒼世氷界壊ウンダート・テラ・ブレイク』!!」



 5度目の轟音が神殿の天井を、否、神殿そのものを飲み込み跡形もなく消し飛ばす。

 獣王の渾身の一撃は辺り一面を氷土と化し建造物があったことすら疑わせるほどに何も無くなっていた。そして…

 標的である彼らのいた場所には邪王と思われる左腕が凍りつき切り落とされていた。まんまと逃げられたことに気づくと身体から力が抜けていくのが感じた。疲弊しきった身体が立っているのを拒否したのだ。


「…畜生!」


 獣王は悔しさを滲ませながら今度こそ意識を失った。




………………


ここまで読んでくださりありがとうございました。

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