第30話 始まり。その序章

「バアちゃん!似合うかニャ?」


 ミスリル銀の糸を織り込まれたケープを着たホルンはウキウキだった。先程までトランと見せ合いっこをしてたら、


「そうだ!今こそオシャレルックのトランさんが受付ガールをとりこにしてくるぜ!…エヘヘ。」


 などとバカ丸出しの顔で飛び出したので、もう一人の住人に見てもらっていた。


「よく似合うじゃないかいホルンや」

 無邪気な笑顔は人を素直にさせるらしい。


「ありがと!バアちゃん!えへへ。

早くナナイも来ないかニャァ」

「そうさねぇ、そろそろだと思うけどねぇ」


 魔女がそう言うと風が吹いた。

 それは少年が巻き起こした風だった。


「よお、バアちゃん!ホルンも…お!似合うなぁ!」

「こんにちわ!おバアちゃん。ホルンちゃんもこんにちわ!」


 元気な少年と一緒に来た少女は元気に挨拶するとホルンと楽しそうに話し出す。少年は曲刀の柄を弄りながら嬉しそうに、少女の胸には真新しいブローチが煌めく。


「アレ?トランのヤツは居ないの?」


 ナバルの問いに魔女は呆れ顔で

「嬉しそうにギルドに行ったよ」

「ふーん。アイツ武器なんか貰ってないから試し切りとかじゃないよなぁ。まあいいや」

 トランが魔王都ギルドランでバカをやってる頃、3人は魔女の魔術講座を受けていた。


……


「やはり召喚獣ではあの城壁は越えられんか」

「はい。汚染させ強化した魔獣でしたが一方的に狩られたようです」

「一方的に、か。幹部の奴等か?」

「わかりません。《遠目》にて確認しましたが武装は極めて普通。一人はヴァンパイアらしき剣士が一人と…」

「…どうした」

「もう一人は人間の男です。素手であの魔物を倒していました。それも一撃で」


 その報告を受けた男は勢いよく立ち上がり

「人間!人間だと!」


 怒り狂った男は机を殴り付けると

「神の子たる《人間》が悪の権化たる《魔族》についているだと!」


 男は怒りを至る所に当たり散らすと


冒涜ぼうとくだ!神に対する冒涜だ!

許されない…許してはならない!」


 肩で大きく呼吸して、ポケットから小瓶を出すと中の錠剤をいくつか取り出し飲み込む。


「フーッ!フーッ!…その者を調べなさい。但し、慎重に」

「御意」

「…それと、生け贄はどうなった?」

「はっ。執行者エクゼキュートの動きが激しいため今は水面下にて間接な行動のみに留めてあります」

「…チッ、あの日より見主義の教皇じじいの犬が!…まあ、いいだろう。何か手は?」


 若い男は邪悪に笑うと

「孤児院を手なずけました。光属性はゆっくりと培養すれば生け贄にはなるかと。」

「よろしい。《神の使徒たる勇者》召喚の糧になるのだ。名誉ある役目。喜んでその魂を差し出すだろう」

「ですが、この計画は数年単位の計画になります。すぐに儀式の実行は…」

「それは仕方ないだろう。焦っては潰される」

「では私はこれで」

「ああ、ご苦労であった」

「失礼します。サンドラゴ枢機卿」

「こちらにサンドラゴ枢機卿は居ますかな?」

 部屋から出てきた男は訪ねてきたものを一瞥すると

「これはデルマイユ公爵閣下。ようこそおいでくださいました」


 男は一瞬思案する。確かこの『公爵』は教皇寄りのはず。それに報告の際『彼』は薬を飲んだ。しかもあのような精神状態では『うっかり口を』滑らされてはかなわない。


「大変申し訳ありません。枢機卿は只今ただいま具合が悪く…」

「そうでしたか…」


 公爵は残念そうな顔をすると

「それではまた出直すとしましょう。失礼します」


 公爵はきびすを返す。後ろにいた娘も礼をすると立ち去った。

誰もいなくなった廊下を一瞥すると「ふん」と鼻をならし立ち去った。

「お父様、あの方怖いわ」


 公爵は愛娘の頭を撫でながら

「はっはっ。誰かを守る立場の者だからね」

「でも…」

「それに彼は『聖堂騎士団の副団長』だよ?」

「でも…」


 娘は鳥肌の立った腕をさする。

「それに養子とは言え『枢機卿のご子息』だからね。しっかりした教育を受けてる証拠だよ」


「あのデルフィス・ド・サンドラゴ副団長は」


 その名前を聞き、身震いをするアイリス・フォン・デルマイユであった。



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