第93話 魔術師パクシャール
「ホッホッ…現実とはかくも残酷じゃのう…」
ナバルは現在、
「のう
「…アンタの事を知らなかったことがそんなにショックだったか?」
「黙って聞くがよい!」
「あ、ハイすみません」
なんだか妙なことになった。ナバルは成り行きに任せることにした。
「うぉっほん!
小僧!貴様は帝国の事をどの程度知っておるのだ」
「…え~と、広大な土地にバカみたいな人数の兵士を有した大国?」
そう答えたナバルに盛大なため息で返す魔術師パクシャール。
「10点じゃ!」
「満点か?照れるな」
「アホォ!100点満点中じゃ!」
「ダメじゃん」
出来の悪い生徒を見るようにため息を吐くパクシャール。「いったい誰の影響でアホな事を…」の呟きに「小グマです」の返事をあわてて飲み込んだナバルは黙って聞くことにした。
「貴様らの国々は
「そりゃ自分達の事だからな」
西にある魔の森の中にある国
東の海、その島に拠点を持つ
北の大山脈のなかで一際高いグラフオール山の麓に構える
この3つを結ぶと実は3角形の形になる。その中に存在する国々をまとめて『連合王国』などと呼ばれるが、実はそれが世界の全てではない。
連合から外れた北東に広がる大国、それこそがアインペリウム・ジ・アジャセ帝国なのだ。
「まさか敵の魔術師に地理の授業を受けるとは思わなかった」
「ふむ、基本の事は知っておったか。じゃが敵国ですら知っていることを知らんというのは如何なものか」
「帝国の内情とか知ることなんか無かったからよぉ…」
抗議するように文句を言うナバル。「日々勉強じゃ!」の叱責にぐうの音も出せずちょっとだけ悔しく思った。
「帝国はその名の通り頂点に我らが『皇帝陛下』が主君となって政をなす。貴様らで言うところの『国王』じゃのう。正確には少し異なるがそれは個人で調べよ」
「へいへい」
「で、じゃ。内政は元老院が補助となるが軍務においては陛下を除くと『元帥閣下』が指揮を執られる。その下にましますのが二人の大将閣下じゃ」
それは知っている。少なくとも『そのうちの一人』は。この世界に『雷の属性』をもたらした者。その正体は『異世界の神』だ。相手取ったトランとリアリーから聞いてはいたが『神』を配下にしているのか?と思わなくもない。
「その二人の大将のうちの一人、シャクラ・ヴリシャン大将閣下直属の配下、それがワシら『四天王』である!」
男が思いの外大物だった事に驚くナバル。だがこれまでそんな噂は聞いたことがない。
「冒険者をそれなりに長くやってるが四天王なんて聞いたことねぇな。向こうじゃ有名なのか?」
ハァ~と悲しげにな顔をする魔術師。
「出来たのは数年前での。これまでもそれぞれで活躍はしておったが新たに拝命したのじゃよ」
そう言って肩を落とす魔術師。当のナバルは「当時はよっぽど嬉しかったんだろうなぁ」と本人が聞いたらブチ切れそうな事を考えていた。
「聞いて驚けよ小僧!
帝国が1の剣士にしてあの剣聖に並び立つと言われる男 シュトラウス・ヴァレンティ!
続いて当時は帝国1の冒険者にして『
そしてワシこと帝国が誇る最高の魔術師にして『帝国の頭脳』パクシャール・オベントスじゃ!!」
「…あれ?一人足りなくね?」
「ああ、ラバス・クベーラじゃな。
数合わせゆえ気にするでない」
「…雑だな」
上機嫌になる魔術師。それと共に急速に高まる魔力。その膨大な魔力がパクシャールに集まっていく。
「そんな莫大な魔力、いったい何処から…まさか!」
嫌な予感ほどよく当たるものだ。ナバルは考えたくもないひとつの可能性に行き着く。
「ホッホッ…察しがいいのう。
そうじゃ、ここは
パクシャールに集まった魔力は黒い粒子となってから無数の『爪』を連想させる形へと変わる。それが一斉に襲ってきた。
「いきなりかジジイ!!」
回避が間に合いそうもないものは叩き落とす。それでも無数の黒い爪が途切れることなく襲いかかる。
(
「察しが良いのう。それに学習の吸収力も高い。潰すには実に惜しい逸材じゃ」
「そう思うんなら少しは手を抜きやがれ!」
叫びながらアルン・グラムを抜刀し二刀流スタイルで叩き落とす。その様を興味深そうに観察するパクシャール。
「ほぉ~、曲刀も見事な業物じゃがその黄金の剣も素晴らしいのぉ。何よりも良く使いこなしておる。ウムウム見事なものよ」
感心しながらも一切弛めることなく怒濤のラッシュにナバルがキレた。
「うざってぇぇ!
『
『
ナバルは風と土の属性の真名を口にする。解き放たれる属性剣に目を見開くパクシャール。
「…なんと。オリジナルの魔術か?…いや、そうではないのう…。まるで…原初のような…」
先ほどとは打って変わって無数の爪は無惨に切り刻まれる。不可視の刃に身を包んだルナ・ア・カーデから見えない斬撃が爪の群れを一掃する。アルン・グラムには赤銅色のオーラが包み込み斬撃と同時に発生した震動が衝撃波を産み大気を震わせる。それらが合わさりもはや見えない暴力となって防御術式を無慈悲に襲いついには術式から今にも砕け散らんと悲鳴があがる。
「参った参った。噂にたがわぬ…いや、噂以上じゃのう」
パクシャールは左手を前に術式の強度をあげ、右手の杖を巧みに操る。
爪は鳴りを潜め黒い粒子が大きな塊に変化する。
「見事じゃぞ
『
黒い粒子は1つの塊となり次第に人の形へと変わってゆき4m近い巨人になった。黒い体躯に単眼の巨兵はその体からは想像もつかない高速移動でナバルに詰めより下からのボディーブローを放つ。咄嗟に剣を交差しガードするナバル。しかし巨人にとっての牽制は人から見れば必殺の一撃である。しかも
砲弾のように吹き飛ばされ、常人なら即死であろうが呻きながら立ち上がるナバルを見てさすがのパクシャールも驚きを隠せない。
「普通なら爆散しているところを生きているどころか立ち上がるか…オヌシ本当に人間か?」
「…アンタに変人呼ばわりされると流石に傷つくぜ」
「ワシが凹むわ!…ったくなんで誰も彼もワシを変人呼ばわりするのか…ブツブツ」
ナバルは男を守るように佇む巨人を観察する。
(パワーや速度は異常だが邪竜野郎程じゃねぇ。だが吹き飛び様に放った斬撃は全部返されたか…強度はヤツ以上って事か。厄介だな。あまり手札は見せたくねぇが仕方ないか。魔力の塊相手なら『アレ』しかねぇ!)
風と土の属性をすぐさま解除する。
「血迷ぅたか!」
パクシャールが叫ぶと同時に巨人が襲いかかる。2撃、3撃と打ち出される攻撃を躱すナバル。その姿にパクシャールは異変を感じた。
「何をたくらんでおる!だがどのみち後は無かろうて。これにて終いじゃ!」
トップスピードに乗った巨人の渾身のストレート。だがそれは最悪の1手となった。
「
牙狼五式 卯月旋陣 」
高速で動いた巨体がそのままのスピードで壁に激闘し、脆くも崩れ落ちていった。
ナバルが放った『五式』は一種のカウンター技である。相手の攻撃に合わせその軸をずらし足、腕と延びきった健を断ち斬り最後に抜き銅で止めとする。実際はナバルは健どころか手足を文字通り切断したのでそのままバランスを保てなくなったわけだが。
「光と闇の二重属性で『魔力そのもの』を断つか…見事じゃ!」
パクシャールがそう叫ぶと同時に彼の左手にはめられた腕輪が砕け散った。
「おやおや、酷使し過ぎたようじゃ。これではもう海蛇に介入出来んのぉ」
そういうとパクシャールは右手の杖を掲げる。するとその姿は半透明へと少しずつ消えていき…。
「逃がすか!」
ダン!と踏み込んだナバルを巻き込み今度こそ消えた。
…
ゴロンゴロンゴロン!
「痛ってぇぇ!…ってて滑る!なんだこれすべるぅ!」
見覚えのない段差に咄嗟に捕まるとそれは巨大な鱗であることがわかった。見上げると青空が見える。パクシャールの脱出の魔術に乗れたのは良いがとうの魔術師の姿が見えない。
「…ふむぅ、予定よりだいぶ不味い状況じゃのう」
見上げると宙を浮いた魔術師が何やら考え込んでいる。
「何を言って…?!」
そこまで言ってようやく気づく。島の中央で覚えのある『2つの巨大な魔力』。そして遥か北には…。
「トラン…なのか?」
遥か遠くからでもわかる。荒れ狂う嵐のような魔力を。何が起きたのか見当もつかないが戦っているのは自分だけではないと悟るナバルははっと見上げると魔術師の姿は消え失せていた。
「逃げ足の速いじいさんだ」
ふと見れば見覚えのある船と懐かしく感じる船乗りたちが大きく手を降っていた。だれもが喜び、また中には泣き張らしたのかグズグズな顔の者までいる。
「…心配かけちまったな」
ボソリと呟くナバルに答えるよう、リヴァイアサンはゆっくりと船に近づいていった。
………………
大変お待たせしました。
前回と一緒に投稿したかったのですが思いの外難産でした。
楽しんでいただけたら幸いです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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