第105話 非道と奇跡
おまたせしてしまいました。
……………………
「クソッ!クソッ!クソッ!!
デッドの野郎!帰ったら実験材料にしてやる!」
食料や実験器具などを入れた木箱に当たり散らす呪術師。いくら蹴飛ばしたところで状況が改善されるわけでもない。護衛の兵士と攫った子供、全員を魔物に変えてやろうかと思ったが、あのフードの男にどれだけ時間稼ぎができるか…逃げ切る時間すら稼ぐことなど出来ないだろう。それどころか怒り狂って手がつけられなくなるのが恐ろしくなり結局
ではどうする?グロムリの頭の中で勝機はあり得無いと切り捨てていた。ではどうやって逃走の時間を稼ぐか…意識が思考の海に没する。視線の先には人質の子供たち。ダメだ使えない。脆弱な分際でありながらフードの男のリミッターが振り切れる引き金になるだろう。忌々しい。彼ら彼女らは一様に泣き疲れ絶望に打ちひしがれていた。
(ふざけるなよ!絶望してるのはこっち!…………)
ふと気づいた。気づいてしまった。そうだ、希望を与えてやればいい。
苦悶と苛立ちの表情はいつしか笑顔へと変わっていた。
とても邪悪で醜悪な…
魔物のような
…
…
…
「御館様、じきに見えます!」
19騎の騎馬が森を抜ける。騎乗での森林踏破は本来とても困難で普通はしないのだが、そこは流石辺境伯の部隊と言ったところか、彼らの技術は
その上方、枝から枝へと飛び移る人影があった。カースである。高速で駆ける騎馬に並走している姿を見て、伯爵の私兵達は戦闘前の緊張感が微妙なものになっていた。
「Bランク冒険者とは、ああもポテンシャルがずば抜けているのか?」
「…いえ、カース殿が異常かと」
これまでの価値観がガラガラと崩れていくような、何とも言えない気持ちも森の違和感で瞬時に意識が切り替わる。
「ご安心を!斥候部隊が罠の解除を済ましております」
「よし!速攻で片付けるぞ!反撃の暇を与えるな!」
見事なものだとカースは
(なんだ?この禍々しい気配は!)
突如として現れた『何か』。
辺境伯の部隊も感じたのだろう、兵たちが周辺の索敵を強化したことがわかった。だがカースが最も危険視したのは精霊の動きだった。
自我も希薄な小精霊たちが逃げ惑うように激しく揺らめいている。恐怖、困惑、戸惑い、そして怒り。
「辺境伯!どうやら先には危険な怪物がいる!俺はそいつの相手をするが他を任せていいか!」
フォクロス辺境伯はちらりと部下を見る。一様に気合いは十分のようだ。
「了解した!
そっちは任せたぞ!」
カースは頷くと速度を上げた。追従する形の騎馬隊は扇形の陣形へと変え、敵を囲いこむ作戦に出た。
木々を抜け視界が開け、そこにあったものは…バラバラになった馬車の残骸と、その中央に巨大な黒い粘土のような塊、生き物のように脈打つその姿は肉を寄せて固めたボールのような形をしていた。その前に一人の男が立っている。見覚えのある呪術師だった。
「げぇぇ!!
はやい早いハヤイよぉぉぉ!」
駆け出そうとした呪術師は盛大に転び地面に顔面を強打した。それでも恐怖が支配したのだろう、そのまま四つん這いでカサカサ逃げ惑う。
ゴウン!!
カースは虚空を殴りつける。否、それは『真空打』と呼ばれる技の1つだ。魔術師の前が激しく炸裂する。
「うひぃぃ!」
そこで止まるのが普通だろうが速度を緩めることなく爆心地を迂回する呪術師。見栄も外聞もかなぐり捨てた姿は無様の一言ではあるがカースの後方、辺境伯率いる討伐隊の放つ矢や魔術を尽く躱す姿は流石というべきか…。
前方へ周りこむと呪術師の顎を蹴り上げる。「ごペッ!」とカエルが潰れたような悲鳴を上げるが、お構いなしにその顔面を掴み持ち上げるカース。黒い塊の前では討伐隊の魔術師たちが一歩下がった位置から調査にかかっていた。
「おい、これは新手の魔物か?
お前何をした。対処するか死ぬか好きな方を選べ」
塊の前に放り出すと呪術師の腹部を踏んで抑える。「ぐうぅ〜」と唸り声をあげる呪術師は涙と鼻水を垂れ流し、苦痛と恐怖と怒りがごちゃまぜになってカースを睨みつける。が、カースの冷え切った視線を浴びるとブルりと震えそっと地面に視線をそらした。
「む、む、無駄だなぁ〜。
すでに融合は始まってるんだ。高価な
ゲヒッゲヒッと笑いを浮かべる呪術師。間髪入れずに蹴り飛ばすカースを辺境伯が慌てて止めた。
「まて!まだ死なれては困る」
「…そうだったな」
その呪術師を縛りあげる討伐隊。当の呪術師はボロボロになりながらも周りを睨みつけていた。
「クソックソッ!
なんでボクがこんな目に…!
だいたい、何だってあんな『素晴らしい芸術品』をまた手間かけて解体しなきゃいけないんだ!」
『芸術品』の言葉に顔をしかめる一同をよそに黒い塊へと接触を試みていた魔術師は何かに気づいた。
「お、御館様!強力な呪詛の反応が!…なんだこれは!!」
呪術師の唇が三日月の弧を描く。その不気味な笑顔を見た瞬間、『ビリッ!』と何かが走り抜けた。
「それから離れろぉぉ!」
カースの叫び声を聞いてからの魔術師たちの反応は早かった。彼らは自身の前に光る盾を展開し、襲いかかる黒塊から伸びる触手を弾く。弾かれた触手をよく見れば先端が人の手の平の形をしていた。
「なんだこれは!こんなモンスター知らないぞ!」
「触れたらどうなるかわかったもんじゃねぇ!距離を開けろぉ!」
「『
「『
「『
炎と氷が杭を形作り風が刃となって黒塊に襲いかかる。激しく立ち上る土煙から響いたのは魔物の咆哮ではなく子供のような悲鳴だった。
別働隊がこちらに近づく。
「御館様!逃走していた敵勢力に子供たちの姿がありません!」
彼らに緊張が走る。カースの視界に『あの日の
「お前…子供たちに『何をした』!!」
バリッと落ち葉が弾ける。カースの放つ無意識の殺気が辺りを包む。誰かの息を飲む音がやけに大きく聞こえた。
「ウヘッ…ウヘッ。
言ってるじゃないか。ボクの『最高傑作』だって!
でもまだ未完成だよぉ〜。
助かるかもしれないよぉ〜。
むちゃくちゃに繋いだからボクにも直せないけどね!
アヒャヒャヒャヒャ!!」
どろり、と崩れる呪術師。倒れたのではなくスライムのように液体になったのだ。
「コイツ、こんな手を!」
そう叫ぶ辺境伯と、その液体を踏みつけるカースはほぼ同時だった。
魔力を帯びた足からの踏みつけは紫電を生み出し地面を駆ける。どこからか男の悲鳴が聞こえたがまんまと逃げられたようだ。
「運んでいる時間もないだろう、この場で出来るか?」
「すでに始めております。呪詛の解析には成功しましたが『魔力のみの切断』が必要です!」
「
「街の医療所にしかありません」
辺境伯たちの会話を聞きながらカースは右手の拳甲を見つめる。授けてくれた
『右手をバンカードフィスト、左をワイヤードフィスト……
両方とも込める魔力とイメージで威力と距離を調整できるよ……』
(魔力とイメージか…実体ではなく魔力のみの切断、コイツにできるか?いや、俺に出来るのか…)
黒い塊に目を向ける。これが子供たちだとするなら、こんな仕打ちがあるだろうか。
(あの時は何も出来なかった。
だが、今はどうだ)
自分の犠牲などなんとも思わなかった。なんど魔の森で死にかけようとも。だが、これで失われるのは子供たちの命。初めて生まれた恐怖に立ち向かい一歩踏み込む。
「伯爵、俺になら斬れる。だが呪術に関しては素人でな、指示をもらえるか」
彼らに光明がさした。それからはカースとコンビを組んで手術を行う者、差し迫る腕から彼らを守るもの、塊の動きを抑えるものに別れた。
抑える中にいた辺境伯はふとカースたちに目をやり驚愕した。
手術を行うカースの周りに四元素、光と闇、大小さまざまな精霊たちが集っていたのだ。
「精霊に愛されし者…」
こぼれた言葉は何時だったか、伝承の中にある1つだった。
長く感じる時間の中で、初めて兆しが見える。『パキッ』と何かが割れる音がした。
「…感謝する」
そう言うカースの額には大粒の汗がにじみ顔色は青みがかっていた。そうとうの疲労だったのだろう、その場に座り込んだ。
黒い塊からの触手の攻撃も気がつけばなりを潜め、塊の表面が砂化する。
『ゲホッ!ゲホッ!』
と咳き込みながら塊から這い出る少年はそのまま倒れた。救助の兵たちは黒い砂と化した中から子どもたちを救助する。安堵する辺境伯。
(今度は救えた…!)
安堵したカースは自身の手のひらを見て驚いた。白い金属だった拳甲が、今は完全な銀に変わっていた。
(手を貸してくれた精霊様だけではないな。やはり
精霊と、一時的とはいえ手を貸してくれた仲間たち、武具を授けてくれた魔王と 進化した自身の拳甲に感謝を捧げた。
■■■■■■■■■■■
名前 ;精霊武具
■■■■■■■■■■■
………………………………
次回、召喚編予定です。
ここまで読んでくださいありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます