第75話 対オーク軍団

 夜が明ける頃。

 夜通し移動してきたわしらは、ようやくウェラハイトのある山の麓までやってきた。

 日差しを浴びて輝く植物たちは気持ちよさそうに風に揺れ、まるでこれからのわしらを祝福してくれているようだった。

 自然の応援を背に受けて、山を見上げる。

 標高はおよそ六〇〇メートルほど。緑や黄色の葉っぱで彩られた美しい風景の中に、わしはふさわしくないものを見咎めた。

 町は山の中腹を拓いて築かれていたようで――いまとなっては杭で作られた巨大な柵がズラッと連なり、両端に二つの監視塔を備える砦が物々しく聳えている。


「本当に砦なんて築きやがったのか……」


 ライアはそれを眺め、悔しそうに歯噛みした。

 故郷が蹂躙された挙句そこに魔物の拠点を建造されたのだ。その怒りは察するに余りある。どうでもよくなったとはいえ、わしもアルノームを襲撃されたなら傷付くし怒るだろうからな。

 物見もそこそこに、わしらは麓で馬車を下りた。

 この先はどこに魔物が潜んでいるか分からん。ジェニーから預かった馬を、傷つけるわけにはいかんからな。

 魔物たちに均されたのか、整備されたような山道を警戒しながらも歩く。

 道中に現れた魔物は、ゴブリンやコボルトだった。

 あまり物音を立てぬようライアとソフィアが速攻で倒し、まるで暗殺者のように静かに移動する。……といっても、わしは少しだけ音を立ててしまっていたが。

 いかんせん丸い体型をしているからな。足元が覚束なくなることもままあるのだ。

 まあ、見張りに気づかれていないから良しとしよう。

 そうして砦の門の手前まで危なげなくやってきたところで、林に身を隠し様子を窺っていたのだが。眼前に迫る木製の跳ね上げ式の門を睨んでいたライアが、唐突に呟いた。


「クロエ、あの門派手にふっ飛ばしてくれ」

「いいの?」

「もともとあんな物騒な門はなかったし、どの道戦うんだ。やつらが造ったものは全部破壊してくれて構わない」

「分かった。じゃあ監視塔にいる二体もまとめて処理するね」


 言うなりすっと立ち上がると、クロエは静かに詠唱に入った。

 わしは破片が飛んでくるかもと思い、すぐ盾になれるよう脇で待機。

 ややあって準備が整うと、クロエは腕を前方へ向ける。刹那的に赤い魔法陣が広がると、突然いくつもの火球が柵に沿うようにして出現した。

 その数なんと五十個。およそ両手を広げたほどの球は監視塔にいた二体のオークの顔付近にも現れ、突然のことに魔物も「なんだこの火の玉はっ?!」と慌てふためいている。


「――ブラスグラニト」


 クロエが小さく囁いたその時、火球の一つが閃光を発し、次の瞬間轟音とともに爆発した。

 連鎖的に何度も炸裂しながら、砦側へ向けて爆風と猛火を吐き出す火球。

 見張りをしていたオークは監視塔ごと一瞬で消し飛び、爆発が三往復する頃には綺麗さっぱり杭の柵も吹き飛んでいた。

 黒煙を上げる町の入口。煙の向こうから何事かとオーク共の狼狽する声が聞こえてくる。


「な、なんちゅう威力だ……」

「けっこうMP消費するんだけど、これくらいしておけば少しは戦意喪失するかなって思って」


 炎が得意だとは言っていたが、クロエの魔法というのは基本的にえげつないな。

 にこりと微笑むクロエを見て思う。わし、魔物に生まれなくてよかった。


「――よし、相手が準備を整える前に行くぜ!」

「あ、待ちなさい! 久しぶりのストレス発散なんだから、魁は私がやるわ」


 魔法に唖然としていたら。

 ライアとソフィアが競うように、濛々と煙を上げる入口から町へと進入していった。


「あ、お前さんたち、あんまり前のめると危ないぞ――ってもう聞こえとらんか」


 ああなってはあの二人を止めるのは無理だな。出会った時からそうだったから。

 ふとアルノームやグランフィードを旅していた時を思い返す。ふふっと小さく吹き出してしまった。


「ほらオジサン、にやけてないでアタシたちも行こうよ」

「いや、わしはにやけていたのではなくてだな――」


 クロエを伴って駆け出す楓が煙の中へ消え、わし一人町の外へ取り残される。

 なんだか急に心細くなり、「ま、待ってくれーい」と慌ててわしも追いかけた。



「――けっこう延焼しちゃったね、ごめん」

「気にすんな。町の面影なんてありゃしねえんだ。豚小屋ばかり建てやがって、こうなったら更地に戻してやるッ」


 との会話が聞こえてきて、そこを目指して煙を抜けると――。

 言葉通り、先の魔法によって燃えた建物に周囲を囲まれた広場らしきところで、四人が固まっていた。

 わしのことを待っていてくれたのかと一瞬嬉しく思ったが、どうやらそうではないらしい。

 四人の向こうに居並ぶモノどもを見て、わしはギョッと目を瞠った。

 揃いも揃って緑の体躯。でっぷりとしただらしない腹、そしてブタ面。棍棒を手にずらりと勢ぞろいしていたオークは、ざっと一〇〇体を数えたのだ。


「な、なんだこの数は……」

「やっときたのかおっさん、遅えぞ」

「危うく勇者様抜きで戦闘を始めてしまいそうでしたわ」


 これだけの敵を前にしても、二人は如何ほどの恐怖も焦りも感じさせない。

 クロエと楓はどうかと見やると、


「今回は一人二十体? ジパングの時よりも多いね」

「へぇーあれがオーク。アタシ初めて見たけど、本当に豚なんだ。みっともな。オジサンの方が万倍かわいいよ?」


 なんとも緊張感のない二人。

 わしの方がかわいいというのは嬉しくて震えそうではあるが、それ以前にわしは一人戦慄いていた。

 一人二十体ということは、わしも二十体ということ。それだけの数を一度に相手出来るだろうか……。と少し不安に思っていると、それを察したのかライアが肩を叩いてきた。


「おっさん、数にビビってんなよ。あんたも強くなってんだからさ、自信持ちな。いつもみたいに調子に乗って戦えばいい」

「討ち漏らしたら、私が引き受けますから安心してください」

「お前はただ殴りたいだけだろ」

「いいじゃない。どうせ生かしてはおかないなら私が始末しても」

「その時はあたしが殺るさ。因縁なんだ、それくらいいいだろ?」


 この期に及んで口喧嘩とは、仲がいいな。

 ライアが過去を打ち明けてからより一層距離感が縮まった、そう実感しているのはわし一人だけではないのだろう。


「――待って二人とも。奥からなにか出てきたよ」


 クロエの言に、皆の視線が町の奥へと向く。

 すると小屋の影から、居並ぶオークたちよりも一回り大きい、牙の一本折れたオークが大地を揺らしながら歩いてくるのが見えたのだ。


「ブフフフ、こんなところに雌が揃ってやってくるとは。オデ、ツイてる。雌孕ます、嫁にする!」


 聞こえた不細工な第一声にこめかみがひくついた。顔を朱に染めているところも癇に障る。

 辺りに響くブヒブヒと笑う声も耳障りだ。


「……お前がオークの長か?」

「そうだ、オデが族長だ。ん? 男か、用ない帰れ」

「そうはいかん。お前みたいな豚にくれてやる女子は誰一人としていないからな。それを死ぬほど分からせるために、お前はここで始末する」

「豚が豚に説教する、笑えない冗談。オデ強い、豚には負けない」


 わしが女子の為なら人一倍頑張れる男だということを、理解しとらんようだな。

 嫁にするどころか孕ませる発言をしたことで、堪忍袋の緒が切れ、わしの戦慄きは完全に武者震いに変わった。

 今ならワロスブレイクも二発撃てそうな気がする! ……まあ無理だが。

 ともかく!


「――その言葉、そっくりそのまま返してやろう。いくぞ、皆の者!」


 そしてわしの声とともに開戦した。

 まずはやはりというべきか、ソフィアが一人突っ込み、そのすぐ後をライアが駆けた。

 あっという間に間合いを詰めたソフィアの拳と蹴りの乱舞が、固まるオーク共の体を一方的に叩き付ける。ぶよぶよの体が打たれる度に波打ち、骨を軋ませ――圧倒的な乱打の後、彼女は大きく蹴り上げた。風圧により中空に飛ばされたその数を数えてみると、ちょうど二十。

 なんだかんだ言って、とりあえず割り当てはきっちり守るようだ。

 するとソフィアは大地を蹴って飛び上がり「――夢幻塵光脚!」空中で無数の蹴りを繰り出した。まるでワルドストラッシュのように、蹴撃はいくつもの光の刃と化して吹き飛ばされたオークを襲う。

 その全てに直撃すると体を両断し――刹那、オークの体が塵となって消失した。


「便利な技持ってんじゃねえか」

「オロチの時に閃いたのよ。まあ、今まで使う機会がなかったけど、ちょうど良かったわ」


 ソフィアとの軽口もそこそこに。ライアもわずかに出遅れはしたが、童子切を抜刀しながらオークの群れへと突っ込んだ。

 脂肪だらけの腕、脚、胴と斬り付けながらオークらのHPを徐々に削いでいく。

 ライアにしてはずいぶんとちまちましているな、と思ったその時――まだ無傷だったオークらが彼女へ向かって一斉に躍りかかった。

 まるでそれを待っていたかのように、ライアは不敵に口端を吊り上げる。

 襲い来る膂力任せの棍棒の束。

 ライアは身を屈め姿勢を低くして、それら全てを童子切一本で受け止めた。

「――刃閃、三の太刀――紫翔円陣!」棍棒を押し戻しながら刀を一薙ぎ。すると紫の刃がいくつも出現し、半円状に広がっては一斉に放射された。

 半径五メートル以内にいた二十体のオークは切り裂かれ、一瞬で絶命する。


「そういうライアだって、ずいぶんな技じゃない」

「せっかく返し技も覚えたんだ、使ってみなきゃもったいないだろ」


 すでに四十体のオークを二人で減らした。

 その強さに怯えるように、気弱なオークなんかはガクブルと震えている。魔物にも個性があるのだなと改めて実感した。


「さすがに早いね。わたしも負けてられないかな」


 先の二人がオークをぶちのめす間に準備していたのだろう。

 クロエの手元で広がりを見せた魔法陣は紫、闇の魔法だ。

「ファビュラ・ネフトヘイル」魔法名を紡ぐと、オークたちの頭上に突如暗黒雲が現れた。ただそこに在るもの言わぬ雲を、オークたちが不思議そうに見上げた時だ。いきなり黒い鏃が雹のように降ってきた!

 鋭利な刃がオークたちの体を幾度も斬り付け、肉は無残にも切り裂かれていく。

 やがて血だるまになったオークらは、小さく呻くと光の粒子となって消えた。


「やっぱみんな戦い慣れてるなー。んじゃアタシも今回は忍術封じでいこっかなっ。術だけじゃないってとこ、見せとかないとね!」


 鏃が収まるや否や、楓は背中に背負った忍刀に手をかけて音もなく駆け出した。

 これぞ忍び足とでもいうべき静けさで、随一の素早さを以て間合いを詰める。

 刀を一息に抜き放つと、速さを生かした斬撃を次々に繰り出していく。まるで剣舞のような美しさだ。

 その狙いは主に腱を断つことにあるようで、オークらは棍棒を取り落とし腕をだらけ、ついには膝を付いて立てなくなった。

 ライアの剣撃も鋭いが、楓の腕も相当なようだ。今までほとんど忍術しか見てこなかったが、これなら白兵戦も問題なくこなせるだろう。

 と、急に宙へ飛び上がった楓は、刀を鞘へ納め印を手早く結んで叫んだ。


「とどめだよ! 火遁、大焔瀑布!」


 楓の周囲に発生した火炎が手元に渦を巻きながら集約し、絵本で見たドラゴンのブレスのような猛火となって地上に降り注ぐ。

 一カ所に集まって膝を付いていたオークは絶望の眼差しでそれを見上げ、瞬きする間もなく炎に包まれ一瞬にして消し炭となった。


「……楓ちゃん、忍術封じるんじゃなかったの?」

「――え? あっ、そうだった! でもまあしょうがないよね、アタシ忍者だし」


 呆れるような眼差しをクロエから注がれ、あははと笑って誤魔化す楓。

 ライアとソフィアに剣術の腕を褒められると、途端にいつもの調子を取り戻した。

 残るは二十体、とオークの族長。

 わしは手にしたブランフェイムの柄をしっかりと握りなおす。

 左手にはアダマスの盾。鎧はロクサリウムから新調していない、ちと古いフレイムメイルだ。

 一気に八十体も失い、残されたオークたちはすでに戦意を喪失している。

 普段なら多少憐れみが浮かんでくるところかもしれんが、こやつらを生かしておけば女子たちが餌食になるのだ。故に、勇者として男として、それを許すことは出来ん。


「最後はわしだな。お前さんたち、そこで見ているのだぞ。わしの雄姿を!」

「頑張れよ、おっさん」

「手に負えなくなったら言ってくださいね」

「勇者さんなら大丈夫だよ」

「オジサンがんばれー」


 皆の声援を背に受け――ダッ! と走り出し、ブヒブヒと耳障りな声を上げるオークへわしも突っ込む。

 向こうも覚悟を決めたのか、それとも相手がわしだと思って勝機を得たのかは知らんが。いや、きっと前者だろう。

 ブフフフー! と鬱陶しく笑いながら躍りかかってくる!


「雑魚では話にならんのだ! わしの相手をするなど五年は早いぞ!」


 まず左右から振りかぶられた棍棒を剣と盾でそれぞれ防ぎ、以前ライアから教わったシールドバッシュで片方を押しのける。そして剣で棍棒を払い、踏み込みながら返す刃で一体目を切り上げた!

 重い一撃が深く胴を切り裂き、一体目が絶命する。

 さらに、いまだバッシュによる影響で体勢を崩す二体目に突きを見舞った。左胸を深々と突き刺し、これも倒す。

 わしがここまで出来ることが意外だったのか。

 目を瞠り戸惑うオークたちに、今度はこちらから仕掛ける!

 のしんのしんと大地を踏みしめ、ダッシュしながら跳躍し三体目を大上段から斬り下ろした。身を屈めたまま四体目の足元を斬り払い、片膝を大地に付いたところを強撃して二体ともに打ちのめす!

 右往左往していた六体は、わしの周囲を取り囲んできた。袋叩きにでもしようというのか。浅はかな奴らだ。

 囲めば勝てると思っているのだろうオークたち。ブヒブヒと頭悪そうに笑い、ジリジリとにじり寄ってくる。そして、六体共に棍棒を振りかぶって襲いかかってきた。

 わしは冷静に距離を見極め、これまたライアに教わった懐かしの回転切りを繰り出した。

 左足を軸として、わずかに剣先を斜めに向けて勢いよく回る。

 以前よりも圧倒的に力がついたのだろう。自分でもその風圧を感じられた。

 吹き飛ばされ地に転がるオークたちを順次回り、一体ずつ処理をして残るは十体だ。

 とその時。

「――おっ?」自身の中で変化が訪れたことに気づいた。どうやらレベルが上がったらしい!

 十体のオークは意外と経験値の足しになったようだ。そのおかげとあってか、ストラッシュ一回分のMPが増えた。

 そうと分かれば早い。

 わしはおもむろに剣を逆手に握り直し、固まる十体を睨み付ける。


「ライアの故郷を潰したお前たちは絶対に許さん、覚悟せい!」逆手に握った剣をググッと背中側に回し、力を込めると呼応するように輝き出すブランフェイム。「くらえい、ワルドストラーッシュ!」

 腕を勢いよく振り抜く。前よりも速度が増しているように感じた光の刃は、オークたちに逃げる暇を与えることなくまとめて吹き飛ばした。


「やったじぇねえか、おっさん!」

「余らなかったのは少し残念ですけど、勇者様も成長していますわね。感心です」

「見直したよ、勇者さん!」

「やっぱりオジサンは、ただ丸いだけじゃなかったねー」


 女子たちが歓喜に湧いている。きっと今ごろ股を濡らしているに違いない。今夜を楽しみにしつつも、わしは油断なく族長へ目をやった。

 光の粒子となって消えゆく子分たちを、族長はただ悲しげな顔をして見つめている。


「オデの手下が、仲間が……よくもやってくれたな」

「それはこちらの台詞だ。よくも村や町を壊し、人々を殺し、女子を蹂躙してくれたな。その罪は万死に値する」

「オデの……オデが……」


 聞こえていないのか、オデオデ言うだけでわしのことを見ようともしない。

 少しイラっとし、早々に打ちのめしてやろうと思い一歩踏み出した。

 すると「待てよ――」と女子たちから声があがる。


「おっさん、まさか一人でやる気じゃないだろうな」

「族長らしいですし、今までの連中よりも手強いかもしれませんわ」

「援護ならわたしも手伝えるから」

「オジサン、過信は禁物だよ?」


 心配する声、戒める声が背中にかけられる。

 わしは振り返ることなく、静かに告げた。


「皆に頼みがあるのだ。あやつをわしにやらせてほしい。ライアにとっては因縁だろう。他の者も何かしら思う所があるだろう。だが、ライアの話を聞いてから、わしもそのつもりでここまで来た。それに豚に豚呼ばわりされたまま黙っていることなど出来ん。悔しいだろうが、皆のその想い、わしに託してはくれんか?」


 心の底からの願い、訴えは皆に届くだろうか。

 不安に思っていると、黙していた女子たちから小さく呆れるようなため息がこぼれた。


「ま、オジサンがそこまで言うならいいんじゃないかな?」

「そうだね、いまの勇者さんなら問題ないと思う」

「久しぶりに殴り甲斐のある相手だと思ったんですけど。仕方ないですわね」

「……分かったぜ、おっさん。あたしの想い、あんたに託した。思いっきりぶつけてこい!」

「皆、感謝する」


 わしはブランフェイムを逆手に持ったまま、数歩進んだ。

 いまだプルプルと震える族長は、涙で大地を濡らしていた。

 同情など欠片もない。わしはただオークを倒すことだけを考えた。


「構えよ、わしがお前をあっちに送ってやる」

「……豚のくせに、豚のくせにぃいいい!」


 族長は声を張り上げる。ビリビリと空気が振動し、鼓膜が震えた。

 身の丈の半分もある刺棍棒を肩に担ぐと、敵愾心を露わにした目で睨んできた。

 そしてのっそりとした緩慢な動きで駆け出して、こちらに向かって得物を振りかぶる。

 それを冷静沈着に見極め、アダマスの盾で左に往なす。大きく流れた棍棒は大地を叩き割り、砂塵を舞い上げた。視界を遮る土と小石。

 いまだ!


「これは町の人々の分――」


 四歩の間合いを考えて速度を落とした、第一波のストラッシュ!

 すかさず剣を引き戻し、


「そして――これはライアの分だ! いくぞぉおお、ワロスブレイクッ!!」


 四歩を詰めワルドストラッシュにワルドブレイクを重ねた!

 オークの体に刻まれる光輝のX。クロスする一点に膨大な光が集約し、輝きが爆発的に拡散しながら迸った。

 ――瞬間、オークの体は爆散し、光の中で木っ端微塵となって消し飛んだ。

 わしは初めて、実戦でワロスブレイクを成功させたのだった。



 族長の家らしき豚小屋の宝箱から、宝石で装飾された二十センチほどの角笛『海鳴りの笛』を回収した後。

 オークたちの消えた町の広場で、わしは皆から労いの言葉を受けた。


「――ありがとうな、おっさん」


 そして、ライアからは感謝の言葉が。見ていて清々しくなるほどにいい一撃だった。技もそう褒めてもらえた。

 仇を討てなかったことも、修行の成果が見れたことでチャラにしてやると、快活に笑って言ってくれたのだ。

 一人、その言葉を噛みしめていると――、


「でも本当にいいの?」とクロエの遠慮がちな声が聞こえた。

「ああ、やってくれ、」それにライアが静かに首肯する。

 なんの話なのだろうと思っていたら、「ここは更地にした方がいいと思うんだ」とライアが続けた。


「やはり更地にしてしまうのか?」

「ああ。来た時にも言ったが、町の面影がなに一つないんだ。それに、オークたちの居た砦なんて残しといたら、町の人たちも浮かばれないだろ」


 そう言って空を見上げるライアの横顔からは、悲しさや寂しさは感じられなかった。

 その想いをクロエも汲んだのだろう。


「うん、分かった。じゃあ、麓まで戻ろうか――」


 そうして馬車のある麓まで戻ってきたわしらは、クロエの魔法によって燃える砦を見届けた。

 なるべく周囲の自然を壊さないように配慮した、クロエの青い炎『フラムアズール』。ロクサリウム宮殿の名を冠する、町の敷地ごと燃やし尽くした業火の音は、鎮魂歌のようにも聞こえた。

 残ったMPはそれで使い切ってしまったらしく、しばらく魔法は使えないというクロエ。


「――なら早いとこ宿取らねえとな。ここから西に行くと、中央にデカい街があるんだ。とりあえずそこを目指そうぜ」


 とのライアの言葉に従い、わしらは一路西を目指すことになった。

 皆と軽口を叩き合うライアの表情は、晴れやかで澄んだ空のように見えた。

 皆が前を向いていられるように、迷わないように。わしはぶれることなく我を貫こうと思った次第だ。

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