第31話 悪夢のメイド業

 ギルドで受付を済ませると、なんの抵抗も障害もなく承認された。

 グランフィードの時もそうだったが、なぜ男であるわしが女子の求人にすんなり通れるのか。

 ここで一つの考察が脳裏を過ぎる。

 もしかしたら、変なところで勇者補正がかかっているのかもしれない、ということだ。もしそうであるなら、わざわざこんな部分にかけないで欲しかった。

 もっとこう、力が上がって強くなるだとか、勇者にしか使えない技なんかを初めから使えたりだとか。いっても、わし王様なのだが……。だとしても、もう少し融通くらい利かせてくれてもいいだろう。

 しかし現実はどうだ!


「――じゃあおっさん、あたしらは狩りに出るから、メイドの仕事頑張れよ」

「Sランクの依頼ですから、しくじらないようお願いしますね」


 住宅街の奥にある、煙突がやけに目立つひときわ大きな邸宅。その巨大な門扉の前で、二人はわしの肩を叩き激励を口にした。


「まあ、やるからには努力はするつもりだがな……」

「おいおい、元気よく行こうぜ! 従士になれるかはおっさんにかかってるかもしれないんだぞ?」


 わしの肩にはいろいろなものが圧し掛かっているのだな。重すぎて肩が落っこちそうだ。


「帰ってきたらまたギルドに寄るつもりですので。そこでSランクの依頼がもしあれば、私たちも受けますから」

「ってなわけで、行ってくるぜ」


 そう告げ、二人は早々にわしとの会話を打ち切り、手を振って行ってしまった。

 ぽつんと一人取り残され、晩春の風が空しい心に吹き荒ぶ。

 しかし、いつまでもここに突っ立ていては始まらない。わしは門の脇に設置されているベルを鳴らした。

 すると少しもしない内に、自動で門が開かれる。

 敷地へ入ると、緑鮮やかな芝の庭が広がっていた。ところどころにトピアリーが飾られ、動物なんかの形に刈り込まれている。

 色とりどりの花々を横目にし、その香りに癒されながらも、玄関の前までやってきた。

 チャイムに添えた指が不安から震えるが、「ええい、ままよ!」わしは勢い余って押した体でボタンを押し込む。

 しばらくするとドアが開き、フリルのカチューシャとお仕着せに身を包んだメイドが出てきた。依頼の割にこの娘、スレンダーな体系をしているが……少なくともわしの好みではないな。そこだけ少し期待していただけに、ちょいと残念。


「ようこそいらっしゃいました。勇者様ですね、ギルドからお話はうかがっております。ではどうぞ」


 そうして挨拶もほどほどに、屋敷へ通されたわし。

 入ってすぐのエントランスホールは円形で、奥には大きな階段が二階へと続いていた。左右に目を配ると、それぞれ通路が続いている。

 一先ず着替えが先だと言われ、更衣室へと通された。

 案の定、そこには勇者と書かれた専用ロッカー。中にはメイドのお仕着せとエプロン、そしてカチューシャが収められている。

 さっそく着替えてみたのだが……。


「なんだこれは、丈が短すぎるではないか!」


 案内してくれたメイドはひざ下丈の長いものであったのに。わしのはパンフィルの制服よろしく、女物のおパンツが丸見えだった。腹が出ているからというだけでは、こんなに短くはならんだろう。

 股間のもっこり具合とエプロンドレス、そして頭のカチューシャのアンバランスさが果てしなく気持ち悪い。が、見慣れている自分がいて、さらに自己嫌悪の上塗りだ。


「そちらはあなた専用に主人が用意をしたものですので、悪しからずご了承いただければと」

「いや、まあ慣れたくはないが慣れとるから大丈夫だ」

「そうですか。では、簡単にお仕事の説明をさせていただきます――」


 そうしてメイドは、わしの担当する仕事の内容を説明しだした。

 どうやら主に、この屋敷の主人の部屋を掃除するらしい。

 部屋の塵取り、窓拭き、調度品の磨きにベッドメイクだそうだ。

 お手本として、まだ掃除をしていないゲストルームをモデルにレクチャーしてもらった。

 メイドに「それでは頑張ってください」と背を押され、その足で、わしは主人とやらの部屋へ向かう。

 エントランスの階段を上がり二階へ。赤絨毯の敷かれた廊下を折れ道なりに奥へ進むと、一番大きな部屋が見えてきた。入口の前には、一瞬う〇こかと見紛うような造形の、金色のスライムらしき像が置かれている。

 わしはそれを尻目に、入室許可を得るため二度扉をノックした。


「ほーいほい、開いとるよぉー」


 返事をした男の声は、ひどくしゃがれたものだった。

「失礼するぞ」とわしは断り、メイドから受け取った掃除道具一式を持って入室する。そこは高そうな調度品が並ぶ、白と茶を基調とした割かし綺麗な部屋だった。奥には薄いレースのカーテンが下りる、キングサイズのベッドも見える。

 そんな部屋の中央で、皺とシミだらけの禿頭に丸眼鏡をかけた爺が杖をつき、ニンマリとした笑みを浮かべていた。


「おほほ、これはワシ好みのぽっちゃりちゃんじゃ、よく来たのう」


 ……こいつはなにを言っているのだろうか。

 どこからどう見ても、わしは男だろうに。ボケとるのか? それとも目が悪いのか? 眼鏡かけとるのに? まあそんなことはこの際どうでもいい。さっさと掃除を終わらせて、わしは二人に合流するのだ!

 ハゲ爺を無視して、わしは与えられた仕事に専念することにした。

 まずは上からやると聞かされたため、窓拭きからすることに。

 脚立を窓際へ動かし、上って窓を拭いていると――


「ふぬふふふ、ええお尻じゃのうー」


 聞こえた声に視線を向けると、爺がわしの尻を下から覗き込んでいるではないか! 嫌悪を感じ、わしのマイサンの元気度が減衰する。

 しかしこの程度でめげはせん。

 作業中ずっと尻に視線を感じたが、気にしないよう外の景色を見ながら手だけせっせと動かした。


 七枚ある大きな窓を拭き終え、今度は調度品の磨きに取り掛かる。

 銅や銀、金といった金属類から壺なんかの陶器まで様々だ。キュッキュッと音がするまで磨くよう言われていたため、一生懸命に手を動かしていたところ――


「おほほー、ええー太ももしとるのぉー」


 爺の声が聞こえたと思ったら、今度はいきなり腿を撫であげられた!

 少し我慢ならず、わしは声を上げる。


「なにをする!」

「うーん? お嬢ちゃん、毛の手入れはちゃんとせんといかんぞい。なちゅらるなのも構わんけどのぅ」


 わざわざ声を上げてやったにもかかわらず、ハゲ爺はわしをお嬢ちゃん呼ばわりし下品な笑い声をあげる。こいつは本当に耄碌しとるのかもしれんな。

 ある種の恐怖を覚え、一刻も早く終わらそうと、わしは半ば適当に磨き作業を終えて塵取りへ。

 丁寧に箒で掃き、チリ一つ残さないよう心がけてと口を酸っぱくして言われたが。こんなところに長居はしたくないため、目に見える大きなものだけ急いで掃いて、ゴミ袋に放り込む。


「お嬢ちゃんや、おトイレにでも行きたいのかや? ワシが付いて行ってやろうか、ふふぇふぇふぇふぇ」


 背後でなにか言っとるがシカトだ。こんなのに関わっていたら碌なことにならんからな。

 わしはベッドシーツを入れた籠を持ち、天蓋付きの豪華なベッドへ向かった。

 レースのカーテンを開けて中へ入り、被せてあるシーツを剥がし丸めて籠の中へ。ベッドに上り、新しいシーツを広げて上部をマットと枠の間に挟んで固定する。

 メイドに「皺を伸ばしてピンと張ってください」と叱られながらも身に着けた技術ではあるが、いまのわしには披露する余裕もない。

 これ以上何かされる前に終わらせなければ。

 そんなことを考えていると知ってか知らずか……。なにやら背後に気配を感じた。そして振り返ろうとした刹那――突然股間が圧迫される感触が!?

 認識するとそれは次第に明度を増し、ぎゅむぎゅむと、明らかに自分以外の手がマイサンを弄っていることが分かった!


「ヒィイイイイイッ!!!!!!」

「おほほー! これはなかなか大盛りの土手じゃのぉお嬢ちゃん! こいつはたまらんのぅー」


 全身が総毛立ち、髪まで逆立つような怖気。わしの大事なチ〇コが一瞬にして縮こまる。

 なおも刺激され続けるマイサン。わしはいい加減我慢の限界が来、声を荒げた。


「ええい、はなさんかこの耄碌爺ッ!」


 股間を弄る手を振り払い、わしは嫌悪感から来る身震いを止めるために転げた。そしてベッドから落っこちる。


「なーにを言っとるのだぁ、ワシの屋敷に来たのじゃから、この程度は我慢してもらわねばならん」

「このセクハラ変態爺が! わしのどこを見たら女に見えるのだ!」

「ふぬふふふ、照れ隠しをしとるのかやー? やはり女はぽっちゃりに限るのぉ」


 言っても聞かない爺を説得するのはこれほど困難なことなのか……。見れば分かることをいちいちと。

 イライラし面倒くさくなって、わしは思いっきりベッドマットに飛び上がる。ぎっしぎしと跳ね上がるスプリング。

 ベッドに四つん這いになってこちらを見上げる爺。

 その丸眼鏡の奥の垂れた目を凝視しながら、わしは口火を切る!


「よく聞け、爺! わしは勇者で、れっきとした男だ。これを見ろ!」


 言い捨てながら、わしは女物のパンツをずりおろした!

 こんな爺にわしの大事なお珍宝をさらすことに抵抗がないわけではない。でもまあ魔物にも曝した経験があるから、この際そいつは度外視する。

 いまだに揺れるスプリング。合わせて踊るマイチ〇コ。

 ぽかーんと呆けたように口を開ける爺は、ソレをよく見るように近づいてきた。

 ブツの目と鼻の先。

 威風堂々と縮こまるマイサンを目撃した爺は、信じられないといった風に目を瞠った。


「ま、まさか、本当にお嬢ちゃんでなく……」

「ようやく気付いたか、この耄碌爺め!」


 そう吐き捨ててやると、


「おぅええええええ!!」


 なんと爺はいきなりゲーしおった!

 吐瀉物と一緒に入れ歯も抜けた。

 酸っぱい臭い漂う中、わしは鼻息荒く勝ち誇った顔をし、静かにパンツを戻す。そして、完全敗北したような爺に背を向け、主人の部屋を後にした――。


 更衣室で着替え、メイドに汚してしまったが片付いた旨を説明すると、


「セクハラに悩まされて辞める子が多かったんです。でも、これであれも懲りたことでしょう。ありがとうございました」


 と礼を言われた。

 わしが主人の部屋に送り出される前に、そんな話をされたのだ。どうやら納得いく結果でよかった。

 依頼書に完了のサインをもらい、わしは屋敷を後にした。

 なぜかメイド服がもらえたが、これを着る機会は二度とないだろう。……たぶん。


 外へ出てみると、まだまだ日は高い位置にあった。正午を過ぎたくらいか。

 さすがにあの二人はまだ終わっていないだろうな。

 とりあえず、わしは受付嬢に報告するため、冒険者ギルドへ戻ることにした。

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