第30話 依頼の選定
一先ず宿で一泊し、わしらは英気を養った。
そして夜が明けると、さっそく冒険者ギルドへと向かう。
まだ朝も早いというのに、冒険者や街の人々の姿が大勢あった。依頼をしたい人、受けたい人。さまざまな思いでここを利用しているのだろう。
「――それにしても、なんでいきなり女王なんだよ?」
掲示板の下。
無数にある依頼書を見上げていると、喧噪の中でもよく通る声が聞こえた。
目線をずらすと、同じように依頼書を見漁っていたライアが横目でこちらを見ている。
「いや、宮殿からの依頼というのを見てな。踏み出さねば何も得られんのなら、思い切って踏み出してみようと思ったまでだ」
それは金然り、名誉然り、夢然り。そして情報も然りだろう。
いままでに二つ手に入れたあの色付きの宝玉の話が、ロクサリウムにも伝わっているということだし。
手っ取り早く情報を得るなら宮殿にでも行ったら良いのではないか? という安直でなんにも裏付けのない根拠、自信からの突発的な行動だったのだが。あながち間違いではないと思うのだ。
「それにつけても、ずいぶん思い切りましたね……」
ライアの隣で掲示板を指さすソフィア。
わしはその先を目で追った。そこには、昨日衝動的に引っぺがした宮殿からの依頼が張り付けられている。
昨日は気づかなかったが、難易度のところに『SSS』との表記がされていた。
「あの難易度というのは、難しさのことだろう? Sが三つというのは、どれくらいのことを指すのだ?」
「最高ランクだよ。そうだな、例えば、魔王討伐なんかもそれになるんじゃないのか」
「なんだと! 魔王討伐と同レベルの依頼だと!?」
……いやしかし。
グランフィードのヴィルニの魔泉で見た影というやつは、わしよりもバカそうだったし。なにより、エルムなどという弱そうな名前より、わしのワルドの方がよっぽど強いだろう。魔王の名など、吹けば飛ぶんじゃないかという印象すら与えるもやしではないか。
思わず取り乱してしまったが、自信をもって鼻で軽くあしらう。
すると、「恐らく、」と前置いてソフィアが言った。
「宮殿の依頼というのは、国家機密事項とかそういうレベルでの意味合いを含んだものと推測されますけど」
「国家機密……。魔王よりかは難しそうだな」
「もしくは、従士の資格を得られた奴が今までにいないから、とかな」
ふむ、なるほど。
国家機密であれば、おいそれと『こいつに任せよう』とはならないだろう。情報を外部の人間に漏らすことになるのだから、それは慎重にならざるを得ない。今までに従士となれた者がいないのも納得だ。
そうであれば、いま女王は大変に困っていることだろう。いつから依頼を貼りだしているのかは知らんがな。
まあどうであれ、まずは依頼をこなさねばなるまい。
「では、早いとこ探して受注するか」
「たしか衛兵が難易度も考慮して、みたいなこと昨日言ってたよな」
「難度はEランク~SSSランクまでありますね」
「手っ取り早く従士の選考に通るためには、やはり難しい依頼をやった方がいいのだろう?」
「まあそうなるけど。身の程を弁えろよ、おっさん」
「あまり大きな風呂敷を広げない方が身のためですよ」
まったく。わしはやる気になっているというのに、それを減衰させるようなことを言いおって。いいもん、わし頑張るし。見返してやればきっと好感度も上がって、向こうから自ずとハーレムに入りたいと言うに決まっている。
そうしたらば、わしは二人を思う存分に可愛がってやるのだ! ……いや、出来ればもっと早い段階でそうしたいものだがな。
わしは鼻息を荒くしながら、掲示板を片っ端から見ていった。
ライアとソフィアも、それぞれ出来ることと報酬を考慮しながら依頼を探す。
しばらくし、テーブルにて合流したわしら。
二人は各々、手に数枚の依頼書を手にしていた。もちろんわしもだ。
「おっさんじゃないが、依頼数が多すぎて目移りしちまったけど。あたしは決めたぜ」
「私も決まりましたわ」
そうしてテーブルに広げられた依頼書には、B~Aランクの難度が記載されていた。
そのほとんど、というか全部か。が魔物の討伐で占められている。実にこの二人らしい
「んで、おっさんは何をやるんだ?」
「わしはな――これだ!」
これ見よがしに依頼書を突き出す。
二人の可愛らしい顔が依頼書をのぞき込んだ。
「……こいつはあたしの見間違いか? 風俗店の清掃って書いてあるぞ」
「奇遇ね。こっちにはカジノの清掃と書いてあるわ」
依頼書越しに二人の軽蔑するような視線が飛んできた。
これでも真面目に探したのだが。そもそも、わし一人で魔物の討伐などまだ自信がない。魔法武具が整えばどうか分からんが、いま装備しているのは鋼一式なのだ。
まだ使われたことはないが、電撃系のものは一般的な金属だとダメ―ジが増すらしい。だから安全な依頼を選ぶというのは必然であろう。
「しかも難易度Eランクって……最低じゃねえかよ」
「まあ、掃除するだけだろうからな」
「おそらく貢献度的には、なんの足しにもなりませんわね」
「そうなのか? やらないよりはマシだと思うが……」
「0が0.1増えるだけだろ」
1が2になるくらいは期待していたのだが。清掃はさほど重要じゃないのか?
いやしかし、清潔さは大事だろう。
だが、これ以上の依頼となると、わしには小難しいものが多い。
以前のように、喫茶店でのバイトというのもな。一応、パンフィルの制服はまだ持っておるが……。
眉間に皺を刻んで思い悩んでいると、ライアが四つ折りにされた一枚の紙をテーブルに置いた。
「これは?」
「一歩踏み出してなにかを変えたがってるおっさんの為に、さっきついでに千切ってきたんだよ」
「難度はSランク。しかもSランクの依頼はこれただ一つですわ」
「いや、しかしわしには――」
いや、と前言を打ち消すように頭を振り、わしは置かれた依頼書を手に取った。
行動しなければなにも変わらないのだ。出来ぬと逃げていたらなにも始まらん。
わしは四つ折りの紙を開く。たしかに難易度はSランクだ。しかしてその内容は……
「ん? お屋敷の一日メイド??」
「おっさん向きだろ?」
「待て。メイドというのは女子の仕事であろう?」
「そういう偏見が世の中を狭めるのですわ。もう少し柔軟に考えたらいかがです」
「いや、しかしな――」
そこで不意に、条件というのが目に留まった。
ぽっちゃり体系……。
わしは二人を交互に見やる。実に引き締まった体つき。それぞれに出るところは出、女らしさもしっかりと感じられるエッチな肢体だ。当然ながらぽっちゃりはしていない。
「まさか本当に、わしがやるのか?」
「別に魔物倒してこいってわけじゃないんだぜ?」
「グランフィードでも、ウェイトレスのバイトをしたじゃありませんか。だから大丈夫ですわ」
「そういう問題ではないのだが……」
二人の説得を前に、強く反論することが出来ない。それは偏に、わし自身、従士になるためには難易度を上げなければならないと理解しているからだ。
生憎というかなんというか。Sランクの依頼はこれしかないときた。しかもなんでこんなものがSランクなのか。
勝手な想像に過ぎないが。先のライアの発言を借りるのであれば、今までにやる奴がおらんから、ということに他ならないだろう。
以前にも増して嫌な予感しかしない。
返事を渋っていると、急に赤い手甲が伸びてきて肩を掴まれた。
顔を上げた先には、ライアの真面目な表情があった。
「おっさんの覚悟はそんなもんか?」
「えっ?」
「さっき言ったよな。思い切って踏み出してみようと思ったって。あたしはそれを聞いて、少しだけ見直したんだ」
「私も、少しは自覚が出てきたと感心しましたわ」
ソフィアに視線を転じると、ライアに同調するように微笑しながら頷いた。
「それにだ。おっさんのことだ。女王なら球のことを知ってるかもとか思ったんだろ?」
「よく分かったな」
「これでも多少長く付き合ってるからな。おっさんのことは見てるつもりだぜ」
その一言が、すっと胸に沁み込んできた。
求めていた物が与えられたような、願っていた物が見つかったような幸福感。
馴染みのない感覚に戸惑いを覚えはしたが、けれど、これは以前感じた嬉しいという感情と似ていると思えた。
「だからおっさんが出来ること、おっさんにしか出来ないことを頑張れよ」
「そしてこの依頼は、間違いなく勇者様にしか適合しません」
「……まあ、そうなるのだろうがな」
なんだか途中まで良い話めいていたのに、急に現実に引き戻された感じだ。
それに、上手く丸め込もうとしているように聞こえてきたぞ?
でもまあ、わしにしか出来ないというのはそうだろう。なにせ、条件が『ぽっちゃり』だからな。
メイドというのは納得いかんが、高難度の依頼であることに変わりはない。これを成功させれば、もしかしたら早く女王に謁見できるかもしれんし。
踏み出さねば何も得られんのなら、思い切って踏み出してみよう、か。自分の言ったことをいまさら撤回する気は、ない。
「分かった。わしはわしのやれることを懸命にこなす。Sランクがこれだけであるならば、わしが頑張りさえすれば宮殿に大きく近づけるだろうからな」
「それでこそ、あたしが見込んだおっさんだ!」
「頑張ってくださいね、勇者様!」
二人から激励を受け、わしらはそれぞれ受付を済ませた。
どんな仕事なのか不安だが、二人も出来ることをやるのだ。わしだけ楽しようなど、そんなものは勇者ではない。
だからわしも、一人前であることを二人に証明するために頑張ろうと思う!
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