第29話 従士になるために

 冒険者ギルドの掲示板から依頼書を引っぺがし、受付を済ませた。

 受付嬢に「この依頼はまだ受けられませんが……」と遠慮がちに言われたが、一歩を踏み出さねば何も変わらぬと、わしは構わず大きな気概を持って外へ出たのだ。

 意気揚々と石畳を歩いてずんずん奥へ進む。

 商店街、住宅街を過ぎ、人々で賑わう大広場を抜けるとその先は坂になっており、頂の大地をぐるりと囲む壁とアーチ門を望む。

 ロクサリウム宮殿、通称『フラムアズール』と呼ばれている青い居館があるそうだ。下からでも高い塔が確認できる。

 この街に着いて早々、この国の主との対面。これほど思い切ったこともないだろう。しかし、成さねば成らぬのだ、何事もな。


「んで。いったいどんな依頼なんだ?」

「それはまだ分からん」


 そう返すと、ライアは呆れ返ったようにポカーンとした。ソフィアは何度か

目を瞬く。

 しかしそう返さざるを得ないのだから仕方がない。わしは受付でもらった紙切れをライアに差し出す。脇からのぞき込み、ソフィアも紙面に目を落とした。


「“ロクサリウム宮殿の門衛に話を聞いてください” とだけしか書いてありませんね」

「この程度の情報でよく依頼を受けようと思ったな」

「ふふん、そう褒めるな」

「誉めてねえよ」「誉めてませんわ」


 まるで声を揃えるかのようにして否定された。

 分相応の依頼にしておけだの、わしには荷が重すぎるだのと小言をくらってしまったではないか。まだどんな依頼かも判然としていないというのに。

 だが、わしはめげないぞ! いまはやる気に満ちているのだからな!


「とにかく、善は急げだ」


 そうして坂を登りきり、門の前の衛兵の元までやってきた。

 さすがに宮殿を守る任に就いているだけあって、その装備は立派なものだ。

 店に売っていた物とは素材から拵えや装飾と、何もかもが違う。きっと上級の魔法武器なのだろう。絵本の主人公みたいでかっちょいい!

 衛兵は姿勢を正すと、表情をきりりと引き締める。


「ここはロクサリウム宮殿です。許可なき者を通すことは出来ません」

「いや、わしらはギルドで依頼を受けてきたのだが」


 受付嬢に貰った紙を見せると、衛兵はのぞき込んで一つ「なるほど」と頷く。

 スチャ! と再び姿勢を正すと、


「では、あなた方は従士の資格を得るために来たのですね」

「従士?」

「簡単に言うと、主君に統率された自由に動き回れる戦士たちのことだ」

「要約すると、便利な手足といったところですかね」


 ライアとソフィアが分かりやすく補足してくれ、なんとなく従士の意味は知れたのだが。

 それではただの便利屋ではないか。

 少々の不満を顔に張り付け、衛兵を見た。


「……わしは勇者なのだがな」

「女王様の前では、この国にいる限り人々は皆平等なのです」

「ん? ロクサリウムは女王が治めておるのか?」

「なんでそこで食いつくんだ」


 ライアの手刀が軽く頭を小突いてくる。わしはずれた王冠を直しながら思案した。

 そこは重要な部分だろう。村や町、そして小国といろいろな長に会ってきたが、皆男だった。そんな中でも、このような大きな領土を女子が治めているというのは驚きではないか。

 ……ん? 女子と呼べる年なのだろうか?


「ちょいと尋ねるがな、その女王というのは若いのか?」

「ひと月ほど前に先代がご病気で亡くなられて、いまの女王様となりましたが。お若いですよ、とても美しい方ですし」


 衛兵はほんのり顔を赤くして語った。

 この反応を見る限りでは嘘ではなさそうだ。いくつかまでは知れないが、美しいということにだけは期待できる。

 脳内で美しい女王の姿を思い浮かべようとしていたところ――「娘さんがいらっしゃいますけどね」と慈悲もない一言が耳を貫いてきた。

 妄想の中のシルエットは肉付くことなく、雲散霧消する。

 娘がいるということは、旦那がいるということに他ならない。夫のいる女子はさすがに手は出せんだろう。


「どうされました?」

「いや、なんでもないのだ」


 肩を落としていると、横からライアが進み出て「それで――」と口火を切った。


「女王は従士を募集して、なにをやらせたいんだい?」

「それはまだ、自分の口からは言えません」

「先ほど、資格がどうのと言っていましたけど。資格をを得なければ任せられないほど、依頼したいことが女王にとって重要なことである、ということですか?」


 ソフィアの言及に、衛兵は途端に苦い顔をして目を伏せた。

 それすなわち、肯定していることと同義だろう。

 その様子を見てライアは小さく息をつき、仕方ないというように肩をすくめた。


「まあ、言えないんなら無理に聞こうとは思わないけどさ」

「とりあえず、従士の資格を得れば分かることでしょうし」

「それで、従士の資格ってのはどうすればもらえるんだ?」


 ライアの問いかけに、なにか思い悩むような顔をしていた衛兵は顔を上げ、


「一先ず、この街のギルドで依頼をこなしてください。依頼難易度や進捗状況、達成状況は宮殿に報告されるようになっています。それを近衛隊が審査、選別し、その人物が信頼に足るかを女王が判断しますので」


 ということは、しばらくこの街に滞在することになるのだな。

 まあ依頼には事欠かないだろうし、こなせばそれなりに金になる、か。さすがに火炎魔法で溶ける鋼装備で、いつまでもいるわけにはいかんしな。……魔法の袋も欲しいし。


「分かった。とにかく依頼をこなせばよいのだな」

「そうして頂けると、街としても助かります」


 それにあれだ。美しいと噂の女王も気になる。そしてそこまでして頼みたいことというのもな。人助けの一環でお近づきになれるのなら、願ってもないことだ。

 衛兵に、またその時に来ることを告げ、わしらは坂を下った。


「さて、と。女王に認められるまで、これから依頼をひたすら受けてくわけだが……」

「だが、どうした?」

「とりあえず宿取らなきゃな」

「その後は腹ごしらえですわ」


 これから忙しくなりそうだというのに、二人は相変わらずだった。

 いつも通りのその振る舞いに、何時でも頼もしさを感じている。

 しかしわしの気持ちもまだ萎んでいない。目標が高ければ高いほど、男は燃えるのだ。


「今回ばかりはわしも気張るぞ!」

「おっさんの場合は美しいとかいう女王が目当てだろ?」

「結婚していても美しいのであれば見たいであろう。いや、お前さんたちも実に目の保養になっているがな。もしかしてもしかしたら、わしのダンディな魅力に中てられて女王ですら濡らすやもしれんし! そうしたらわしに乗り換えということも――」

「それは百に一つもないですから安心してください」

「冗談は顔だけにしとけ。つうかあたしをそんなエロい目で見んじゃねえよっ」


 ソフィアがわしの頬を摘み、ぐにんと引き延ばす。熱を伴い少しひり付く感覚が懐かしい。

 ライアからは、さっそく買った紫電の太刀の鞘尻で腹を突っつかれる。鋼が弾くコツンコツンという音が耳に心地よい。

 割と本気だったのだが、まあ冗談半分ということにしておこう。

 それに滞在期間が長くなれば、もしかしたらあの魔法使いの女子にもどこかで会えるかもしれんしな。可能性はゼロではないだろう。


 そうして期待に胸を躍らせて、わしは宿へ向かったのだった。

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