第99話 新たな四天王の気配
コンテストから一夜明け、朝も早い時間から西の船着場を目指し、わしらはダグハースを発った。
道具屋モルトの主人が言っていた言葉を信じ、船着場までは距離があると踏んだからだ。
早朝だというのによくもまあ現れてくれる魔物を打ち倒しながら草原を行くと、やがて森へと入る。これまで見てきた魔物にプラスして、植物や大きな昆虫、猿型の魔物に瘴気のような魔物にも遭遇した。
その都度叩きのめして森を突っ切り、そして小高い丘を下る。するとついに海岸線へ出たのだ。ここまで時間にしておよそ二時間ほど、たしかに結構な距離を歩かされた。
ザザーン、ザザーンと寄せては返す波の音に、もはや懐かしいと言っても過言ではないヴァネッサの姿をふと思い出す。頭上に戴く誇らしげな海賊船長の帽子、綺麗な小麦肌に白ビキニ。動くたび揺れていたおぱーいが目に浮かぶ。
それはなぜか。……桟橋に係留された大型の帆船を見つけたからだ。ヴァネッサの海賊船よりは少し小さい気もするが、それでも十二分に大きい。
「あれを、わしらで操船しなければならんのか?」
「そりゃ船長とクルーがいないんじゃな」
腕を組み船を見上げるライアは新たな鎧に身を包んでいる。
黒を基調とし、ところどころに青を配色したかっちょいい鎧だ。以前の鎧は黒一色だったから多少オシャレに見える。コンテストにエントリーできたことが少なからず影響したのだろう。相変わらず露出は皆無で残念ではあるがな……。
「ヴァネッサの海賊船である程度帆の張り方などは見ていましたし、なんとか航海くらいなら出来ると思いますわ」
「そうであるなら頼もしい限りだな!」
心強い言葉をくれたのはソフィアだ。こちらも服を新調している。
インナーはよく分からんが、半袖のジャケットはへそが見えるほど丈が短い。黒いショートパンツでその下からは白のスパッツが覗いている。ニーハイブーツとの間の絶対領域がとにかく素晴らしい!
だがコンテストで着た、キャットスーツというらしいボディスーツでも良かったと思うがな。……しかしまあ、あれではわしが戦闘に集中出来はしないだろうから、こちらでもまったく問題ないが。
「とりあえず目先の進路は東かな?」
「そうだな。まずはあの時に聞いた噂の真偽を確かめねば」
ライアとクロエの衣装を買いに行った時に聞いた噂。『朱火が東に行くと言っていた』という話は、あの夜宿でほかの者にも聞かせた。ライアが無理を承知で行きたいと頭を下げたところ、皆快く承諾してくれたのだ。
その第一声を上げたのがクロエだった。自分の用事は二の次でいいからと。
逸る気持ちはあるだろうが、数年前の話とはいえ師が生きていることが知れたライアを優先させたのだ。心の中でいい子いい子をしてあげた。
そんな他人を思いやるクロエも装いを改めている。
膝丈ワンピース型の濃紺のドレスローブ。二段のパニエでボリューム感たっぷりのスカートはドレープも豪華だった。
「ま、天候が心配ならこの楓ちゃんにお任せだよオジサン! お師匠直伝の野生のカンってやつでなんとなく回避したげるからさー」
「うむ、少し頼りない気もするが、不思議と頼もしく思うぞ」
お気楽ながらも楓ならやってくれそうだという、言い知れぬ信頼感のもと返事する。
コンテストで着た制服をいつかまた着たいと言っていた楓だったが。こちらの想像以上に本人も気に入っているのか、いま現在絶賛着用中だ。
上忍にはなっていないため忍装束はまだ着られない。それ故の選択でもあるだろうが、わしとしては目の保養になって大変よろしい!
まあ、これでわしだけ上の世界の装備のままということになるのだが。
それでも店売りの鎧の中では最高級の鎧だった。皆がお金を出し合ってプレゼントしてくれた物でもあるし、まだ通用しているのは予想外にも嬉しい。
壊したくはないが、壊れるくらいまで大切に着ようと思う。
「さて、いつまでもこんなところで喋っているわけにもいかんし、さっそく船に乗り込むとするか――」
女子たちを引きつれて桟橋を渡ろうと足を踏み出したその時だ。
「――待ってくださいー!」と遠くから切羽詰まったような声が聞こえてきた。
目を向けると、骸骨や歩く屍など複数体の魔物に追われている中年の男女の姿を認める。男は腕に楽器のようなものを抱え、女は風呂敷を背負っていて走り難そうにしていた。
「ま、まずいぞ! 早く助けねばっ」
「おっさんたちはここにいろ。――ソフィア、行くぞ」
「誰に指図してるのよ、いまに置いていくわよ?」
「言ってろ」
ニッと笑い合うと、二人同時に地を蹴った。草原を疾走するその足音が置き去りにされたように遅く聞こえるほど、魔物たちとの距離を一気に詰めていく。
駆けてくる男と女の横を通り過ぎ、十数体いた魔物の群れに突っ込むと、片や刀で斬り刻み、片やグローブをはめた拳で敵を粉砕した。光の粒子が草の原に吹く風によって流されていく。
あっという間の出来事に、男と女は目を丸くし呆然と立ち尽くしていた。
ため息しか漏れ聞こえてこないそんな二人に、わしは声をかける。
「お前さんたち、そんなに血相を変えて一体どうしたというのだ?」
「はっ! そうでした! 危うく忘れ去るところだった!」
「あなたを勇者と見込んで頼みがあるのです」
ハッとするばかりの男を余所に、しっかりしていそうな女が一歩踏み出す。
「なにか訳ありと見たが、して頼みとは?」
「私たちは吟遊詩人オルフィナの両親なのですが、娘にこの竪琴を届けていただけないでしょうか」
「竪琴を? 別に構わんが、それが血相を変えることとどのように繋がるのだ?」
訊ねると、しっかりしていなさそうな男が横合いから唐突に口を挟んできた。
聞くところによると、オルフィナは自然や神話をもとにして詩曲を作り、各地を訪れて歌う吟遊詩人で、南の町コルベドへ向かったきり帰って来ないのだという。
ちなみにコルベドは、サマルク村から東へ行った先にある町。船を手に入れるために北へ向かったために寄らなかった町だ。
オルフィナは竪琴を二種類持っており、その内、代々伝わる家宝の竪琴を家に残して旅に出てしまったそうなのだ。
「しかし、本人は竪琴を持っているのだろう? それではいかんのか?」
「この竪琴にはとある力があるのです。彷徨える魂を浄化へ導く、鎮魂の力が……」
「魂を鎮める力?」
わしは改めて男が抱える竪琴を見た。抱えられるほどの大きさの弦楽器だ。
弦は全部で十本張られている。絵本ではマーメイドが持っていたのを覚えているが、シンプルなそれと違いこちらは豪華な感じがする。
基本は木で出来ているが、かなり古いのかアンティーク感は否めない。持ち手や枠の一部は深い青色の石で出来ており、木と同化するように継ぎ目がほとんど分からない。まるで石から生えた木を切り出してそのまま楽器にしたようだ。ところどころに金があしらわれていて、その象嵌がこれまた美しい。
「……ふむ、たしかに不思議な趣のある竪琴ではあるが」
「最近になって、四天王と名乗る魔物がこの竪琴の存在に気付いてしまったのです。つい先日、大人しく渡すのなら命までは奪わないと手紙で脅してもきました」
「四天王だと?」
思わぬところでその名を聞き、場が騒然とする。
ひと先ずは皆を落ち着けて、わしは続きを促した。
「なぜ四天王が竪琴を奪いに来るのだ? なにか都合が悪いのか?」
「先ほどの魔物たちを思い出していただければ分かるかと思いますが、その魔物はどうやら死霊を操るらしいのです」
「――なるほどな」
と、聞こえた声に振り返ると、魔物を倒しゆっくりと歩いてきていたライアとソフィアがここに合流した。
「つまりだ、その竪琴で死者の魂を癒されるとその魔物が困るってことだろ?」
「死者の魂が浄化してしまっては、操る死霊がいなくなってしまうと、そういうことね」
「そういうことなら届けてあげないと。でも、」
「うん。この竪琴に力があるんなら、二人が弾いてみればいいんじゃないの?」
楓の言うことは最もだ。これそのものに鎮魂の力があるのなら、そうしたらよかったのだから。しかし、物事はそう上手くいかないもので……。
「私たちも試してみたのですが、どうやら吟遊詩人でない者が弾くと、魂を鎮めるどころか逆に魔物を引き寄せてしまうみたいで」
「なるほど、それで先ほどの有様というわけか」
「どうかお願いです。大地に眠る死者や魔物をこれ以上呼び起こされる前に、あの娘に竪琴で魂を鎮めさせてください。このままではこの地方で死霊軍団が生まれてしまう」
両親の切なる想いは平和を願ってのことだ。
それに四天王が絡んでいるのならわしらの出番ということ。
「……お前さんたちの話は分かった。ところでその四天王と名乗る魔物はどこにいるのだ?」
「恐らくはダグハースからさらに北へ行ったところにある廃墟です。岬の一帯に広大な敷地があって、館が建っています。洋館の周りは墓地になっているのですぐに分かると思います」
「わりと近場ということか。しかし参ったな……」
顎に手を添えそれなりに考えているそぶりを見せると、「おっさん、なにを悩んでるんだ?」とライアが尋ねてきた。
「いや、わしら全員がコルベドに向かってしまっては、四天王とやらがここヴァストール地方でなにかしらの行動に出んとも限らんだろう?」
「そうですね、竪琴を預かる以上オルフィナへ届けるのが第一ですけれど、先ほどのように魔物が群れを成して町を襲うことも考慮しなければいけませんわ」
「だったらパーティーを二つに分けるのはどうかな? 一つはここ、というか主にご両親を守る役。竪琴を勇者に預けたことできっと標的にされると思うから。そしてもう一つはコルベドへ向かって、オルフィナさんに竪琴を渡して連れてくる役」
「いいねそれ! 牽制も兼ねて護衛も出来るし。んじゃあ早速だけど、アタシはここに残る役がやりたいなっ」
率先して自らの役目を申し出たのは楓だった。勇み足なような、はたまた焦燥のような、そんな気がするのはわしの思い過ごしだろうか?
特に異論はないのだろう、それに反対意見を述べる者もおらず。
「……ならあたしも残るぜ」
そう言って楓の隣に並び立ったライア。楓を横目にするその眼差しは、なにか気がかりでもありそうなものだった。何か思うところがあったのだろうか……。
一応これで二手には別れることになったが、はてわしはどうしたものかな。
「おっさんはオルフィナ組に付いていけよ」
「ん、わしがいなくて大丈夫か?」
「あたしはアンタの子供かよ。つうか逆にいる方が不安だろ」
「これはなかなか手厳しい……」
最後に技を覚えてからかなり経つが、ワルデイン以上の魔法もとんと覚えん。それに武具もまともに整っていない現状、いざ戦闘となっても最悪足を引っ張りかねんというのは理解できるが……。
「本当に二人で、大丈夫か?」
「ああ、こっちは心配すんな。物理と術、そっちも物理と魔法でバランスは取れてる」
「しかし回復する者がいない」
「それならダグハースで回復薬でも買ってくるさ」
「アタシも丸薬持ってるから、大丈夫だよオジサン」
「そうか? 楓もそう言うのなら、わしはコルベドに向かうチームに入るが。くれぐれも無茶だけはしてくれるなよ? お前さんたちになにかあったら、わしは死ぬぞ?」
「いや死ぬなよ、生きろ」
「お、そうだな、わしが死んでは生き返らせることも出来んわかった生きよう」
そう頷いたところで、わしはソフィアとクロエの隣に立つ。
そしてオルフィナの父から『鎮魂の竪琴』を受け取った。
「どうか娘によろしくお伝えください」
「うむ、たしかに受け取った。なるべく早く戻ってくる故――」両親に伝え、今度は体をライアと楓に向ける。「二人とも、それまで頼んだぞ」真剣な顔を向けると、二人そろって頷いた。実に頼もしい顔つきだ。
クロエがコンテストの賞金の一部50000Gを二人に渡し、わしらは一先ずの別れを告げてそれぞれの道を行く。
ライアと楓は一旦ダグハースへ。
わしらもコルベドへ向かおうと進路を南へ取ろうとしたのだが。歩くよりは馬があった方がいいということで、ダメもとで道具屋モルトの行商を当たることにした。
すると、二人が回復薬を買ったことと世話になったことを理由に快諾してくれた。ついでに行商に行くからと、たんまりと道具を幌馬車に積み込んで、そしてわしらも今度こそコルベドへ向けて出発したのだった――。
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