第41話 渇水した村
リコルタから発ったわしらは東を目指す。
町の周辺にはまだ草などが生えていたが、遠望する風景に緑はない。踏みしめる大地もだんだんと禿げてきて、しばらく歩くともうすっかり地肌が露出し殺風景になった。
「ここにも緑があったのか、それとも元より禿げとるのか」
「それは前者だぜ」
「この辺りにも灌木や草花がたくさん生えていましたが、現れた魔物のせいでこんな荒れ地にされてしまったようですわ」
以前は風が吹けば草花がそよぐ、美しい草原が広がっていたらしい。
いまや荒寥としたつまらん景色だけで、乾いた風に巻き上げられた砂埃がただ虚しさを感じさせた。
クロエが脇から差し出してきた紙には『中央部はすでに砂漠になっているから、この周辺もいつそうなってもおかしくないよ』と書かれている。
「それは急いでクラスチェンジせねばならんな!」
わしは張り切って歩く。ずんずん先を行く。
出てくる魔物をその都度打ち倒し、さくさくディーナ神殿を目指す。途中さそりの毒をもらったが、ソフィアが解毒してくれたことで事なきを得た。
と、今度はそのソフィアが地図を見せてきた。
「勇者様、途中に村が一つありますけど、どうされますか?」
地図によると、ディーナ神殿とリコルタの間には一つ村があるようだ。
こうして改めて地図を見てみると、イルヴァータには緑の部分が多く塗られている。現状はほぼ土色だ。以前の姿をわしは知らんが、この土地に暮らす人々を想うと、緑豊かだった大地が偲ばれるだろう。
「ふむ。なにか困っていることがあるかもしれんし、一応立ち寄ってみるか。それで構わんか?」
「急いだ方がいいとは思うけど、困ってる奴は放っておけないしな」
「こんな状況じゃ困り事しかなさそうですし、それで構いませんわ」
クロエも小さく頷き同意を示した。
皆逸る気持ちはあるだろう。クロエに至っては負けて声まで奪われているのだから。しかしそれでも、皆心は同じなのだ。それはライアの言葉に集約されている。
わしも前までは勇者だから人助けはすべきだと思っていたが、いまは少しだけ考えが変わった。なんだか放っておけないのだ。
これもあるのか分からない勇者補正なのかもしれないが、だとしても多少なりといい変化の傾向だと思える。
そう考えられるようになったのも、わし自身が少しずつ成長しているせいかもしれんな。
「ではモンタールとやらへ急ぐとするか!」
そしてわしらは、現在地からやや北東よりへ進路をとった。
道中、地図で言うところ中央部の方角へ目を向けると、砂塵が巻き上がる領域を視認した。奥に薄ぼんやりと浮かび上がるのは城のようなシルエットだ。
「もしやあれが魔物のねぐらか?」
「そうみたいだな」
「それにしてもあんな結界みたいなのを張れるなんて。相手は手強そうですね」
「いまのままじゃ勝てないかもしれないが、クラスチェンジすればどうとでもなりそうな感じだ」
「過信はよくないけど、そうね。上位職になりさえすれば」
上位のクラスというのはそんなにも変わるものなのか。
まあ俄かには信じがたいが、この二人がそう言うんならそうなのだろうな。
クロエも上位職らしいが、一人より二人、二人より三人だろう。プラスしてわし、というわけだな。
いまはどうにもならないと諦め、先を急ぐ。
しばらく歩くと、木柵に囲われたレンガ造りの村が見えてきた。
門衛などはおらず、村も賑わっている様子が垣間見えない。
「人っ子一人歩いとらんな」
「こうして見てみると、ずいぶんと状況は悪いように思えるが。まさか全滅なんてしてないだろうな」
「不謹慎よ。まあ、そうなっていてもおかしくないとは思うけど」
「お前も思ってんじゃねえかよ」
いつものように二人の軽口を聞きながら村の中へ入る。
わしも不安になり、試しに近くに建っていた民家の扉を叩いてみた。
「生きとるかー?」
すると、「……誰だ、食うもんならねえぞ!」といった怒声が返ってきた。
村人たちは生きてはいるようで一安心。
次々に扉を叩き、同じように声をかけて回る。その都度返ってくるのは、「食べるものはない」「水が尽きそうだ」「嫁に逃げられた」「風俗に行きたい」などなど不平不満だらけ。
最後二つはどうにもならんが、初めの二つはなんとかなりそうな気がする。
わしらは一先ず村長の家らしき一番大きな建物へ向かった。
同じように扉を叩くと、わずかに開き、「どなたですかな?」と白髪の老人の力ない声が返ってくる。
「わしらは勇者一行なのだが、この村を助けてやろうと思ってな」
「あなたが勇者、あの伝説の……? 信じ難いが、いまは誰の手でも借りたい実状」
「そうだろう、そうだろう。それで、いま一番困っていることはないか?」
問いかけると、扉を解放して老人は外へ出てきた。「こちらへ――」と言われ案内されたのは、この村唯一の井戸だった。
「さっき村人が水が尽きそうと言っていたが、枯渇しとるのか?」
「もうほぼ無い状況です。加えてこの乾燥した気候。エルフの女王の力が弱っているため森も枯死し、地下の水も徐々に干上がってきています。水不足で死ぬのも時間の問題かと」
「かなりヤバいじゃねえか。どうするんだ?」
焦り顔をするライアと、顎に手を添え思慮を巡らすソフィア。
二人を見て、わしもなにか出来ないかと考えてみるも、ろくに案が浮かばなかった。
そんな折。
クロエが進み出て、暗い井戸の中に手をかざす。その手の平の先で静かに青色の魔法陣が展開された。
ややあって、魔法陣の中心で発生したのは小さな水玉だ。それはうにょうにょと蠢きながら見る間に大きさを増していき、やがて両手を広げたほどの水球へと成長した。
クロエは球を井戸の中へそっと落とし、またそれを繰り返す。
七度繰り返すころには、井戸にたくさんの水が溜められた。
「お前さんの魔法は便利だな……」
『これで二、三日はもつと思う。その間にディーナ神殿で転職して、魔物を倒せば万事OKだね』
自動筆記の羽ペンがそんなセリフを紙に記した。
しばらくポカーンとしていた村長は、目を瞬きはっとすると、「おおーい、みんなー、水が復活したぞー!!」と村の中心から歓喜を叫んだ。
その声に釣られるように、民家から村人が次々に出てくる。
「本当かっ!?」「これで渇きから解放されるのね!」「嫁はっ、嫁は帰ってこないのか!?」「俺は風俗に行きたいんだが」
喜びの声は様々だ。
「村長の私からお礼を言わせてください。皆さん、ありがとうございます」
「なに、困っている時はお互い様だろう。気にすることではない」
「魔物も倒して、早いとこイルヴァータを元に戻してやるからさ、待っててくれよな」
ありがとう、ありがとうと口々に感謝を述べる村人たち。嘆きも聞こえてくるが、それはどうにもならんことなので置いておく。
しかし、感謝を受けるというのは何度経験しても嬉しいものだな。やってよかったと思える。別に感謝されたいがためにしていることではないが、やはり嬉しいものなのだ。
「では、わしらはディーナ神殿に急ぐ故、これにて失礼するぞ」
「なにか困ったことがあったら、今のうちに言っとけよ」
「聞ける頼みなら請け負いますわ」
「……では、お言葉に甘えて――」
遠慮がちに口にした村長の依頼は、食料の調達だった。
以前の穏やかな草原だった頃とは違い、いまは強い魔物が出現するようになったためリコルタへ行ける者がいない。備蓄した食料でなんとか食いつないできたが、それも残り少なくなってきたという。
わしらは物のついでと快諾し、近辺に生息する巨大イノシシや大型怪鳥を討伐し、肉を手に入れ村へと届けた。
またまた感謝され、気分よく村から出立したわしらの次の目的地はディーナ神殿だ。
ついにわしの役職に『真』と付く時が来るのだ!
これで誰にも馬鹿にされはしないだろう。それを思うと、自慢の太鼓腹も踊り狂うというもの。
「――いまから楽しみだな! うはははははっ!」
「いきなり笑うんじゃねえよ」
頬を抉るライアの鞘の威力も、多少は優しくなるだろう。
ソフトタッチでフェザータッチだ。
……いかんな、それはそれでおかしな気分になりそうだ。マイサンも感じ入るかもしれん!
まあ、これはこれでいいか。慣れ親しい感じがするしな。
なくなったらなくなったで、張り合いがなくなるモノの一つだろう。と思うわしは、ずいぶんと当たり前に感じているようだった。
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