第50話 もう一つの依頼と目的地の決定

 かろうじてハチの巣にされることなく、わしは無事に神秘の森を抜けた。

 一日経っても、取り戻した緑は枯れることなくイルヴァータの大地に広がっている。草木の薫る風に背を押されながら、わしらは草原を歩いた。

 リコルタに戻る前にディーナ神殿へ立ち寄ると、グリフォンの尾毛をみんなで補充する。この先必要なことも増えてくるだろうということだが、一つ500Gもするため、わしはあまり金を出してやれなかったのだが……。

 気にするなと言ってくれ、パーティーとは助け合いなのだと改めて実感した次第だ。


 ディーナ神殿から南西へ下り、途中モンタール村の住民たちに感謝を受けた。

 井戸の水も問題なく使えているとのことだ。

 村の特産品だというオレンジを袋一杯に貰い受け、航海でのビタミン補給に良いという知識もついでに得た。

 住民たちに礼を言い、わしらは今度こそリコルタへ戻る。


 港町へ入ると、外を歩く人の数が以前にも増していることに気づいた。


「やかましいくらい賑やかになってんな」

「以前の姿を取り戻したようね」

「よかった」


 三人娘は感慨深そうに往来を眺める。

 行商の数も、港に浮かぶ船の数も二倍近く感じられた。

 賑わいを取り戻した町の喧噪を耳にしながら、わしらはまっすぐにヴァネッサの待つ港へ向かう。

 すると、失われていたフォアマストが堂々と立つ、黒い帆船の船尾楼から手を振る姿を見つける。


「みんなー、フォアマストありがとよー!」


 急ぎ船を下りて、こちらに向かって走ってくるヴァネッサ。わしの目はビキニの中で、右に左に上に下にとシェイクされる巨乳に釘付けだ。


「てかあれ、いつの間に届いたんだ?」

「何時だったか、たしか夜中の三時くらいさ。エルフの男たちが持ってきた」

「滅多に姿を見せないという、エルフの男ですか」

「ああ。さすがに女じゃあれを持ってくるのは辛かったんだろうね。うちもエルフは初めて見たんだが。マストを持ってきてくれた連中はけっこう屈強だったな。もっと華奢かと思ってたが、想像と違って驚いた。いろいろいるんだろうけど」


 エルフの男……。

 まあそりゃあ子が生まれるということはまぐわうのだろうが……。

 わしのハーレムは大丈夫だろうな? そんな心配をついしてしまう。いや、少なくともレニアはわしに惚れているだろう。顔を赤くしていたしな!

 ああ、その点で言うとクロエも時々頬を染めることがある。……まさかわし、本当にモテモテなのでは?

 いや、いやいや、わはは! なんとも楽しくなってきた!


「またなにをにやけてんだよ」

「いや、ヴァネッサのおっぱいは久しぶりに拝むと思ってな。実にいいものだ」

「そりゃどーも。しかしオヤジは相変わらずだな」

「わしの取り柄だからな、仕方ないのだ」

「仕方なくはないと思いますけど……」


 呆れかえるソフィアを尻目に、顎に手を添え、吟味するようにまた凝視する。わずかに動くたびにふるふると震えるおぱーいは実に美味そうだった!


「それで、これからどうする? 船は直ってるからどこにでも行けるが」


 ふむと一つ頷き、わしは思案顔を浮かべた。

 するとライアがおずおずと手を上げて言った。


「あたし的には、次はジパングに行ってほしいんだけど」

「ジパング……」


 ヴァネッサがどこか気がかりでもありそうな顔をして呟いた。

 たしか東の島国だったな。

 アルノームとグランフィードのある大地より、地図で比較した時にはかなり小さく見えたが。


「なにか用でもあるのか?」


 訊ねると、ライアは以前愛刀と言っていた白鞘に納められた刀を取り出した。


「こいつを鍛えてくれた刀匠に、もう一度刀を打ってもらいたいんだ」


 聞けば剣士から剣豪にクラスチェンジしたことにより、この刀ではいまの自分の力に耐えられないそうだ。

 皆力を付けてきている。もちろんわしもな! ……なっ?!

 だからそれぞれが自身の力に見合った武具を使うということは、この先必要になってくるだろう。戦闘中に折れでもしたら大変だし。


「うむ、そういうことなら次はジパングに行くとするか。わしも気になっていたしな」

「ありがとう、おっさん」

「ん、うむうむ、わはは! 素直なライアというのもなかなか珍しいな。少し気恥ずかしいぞ」


 いい気になって笑っていると、ふと大事なことを思い出した。

 そういえば、ロクサリウムの女王に従士として依頼されていたんだった。

 クロエを無事ロクサリウムに連れ帰ることを。


「その前に、クロエをロクサリウムまで送らねばな」

「どうして?」


 キョトンとした顔をしてわしを見返してくるクロエ。実に愛い! 食べてしまいたいーッ! いや、しかしまだ我慢だ。手を出してはいかん。

 必死に欲を抑えつつ、わしは紳士然として口にした。


「わしらは従士になったからな。女王に任務として依頼されたのだ。お前さんを無事に連れ帰ると」

「わたし帰らないよ」

「いや、駄々をこねられても困るのだが。そりゃあわしだって帰したくはない。好いた女子と離れるとか、魔王討伐よりも過酷だぞ? しかし一応約束したわけだし。反故にしたらあの女王、わしを黒焦げにしかねんだろう?」


 むっとして眉根を寄せていたクロエは、すっと表情を無くすと冷たい目をしてわしを睨んだ。


「お母様に黒焦げにされるか、わたしに消し炭にされるかどっちがいい?」


 心を芯から凍てつかせるような恐怖に、思わず声を上げそうになった。

 聞こえ方的にクロエの方が火力ありそうなのはこれ如何に……。

 しかしここで臆しては勇者が廃るというものだ。わしは気をしっかり持ち、諭すように窘めた。


「脅かしても無駄だぞ。わしは勇者としてパーティーを率いる覚悟をしておる。頑張ると決めたのだ。……まあしかし、お前さんにも事情があるだろう。だからとりあえず、女王と話してみたらどうだ? 声を失っていた時には無理だったろうからな」

「……………う~」


 脅しが効かないと分かったのか、苦虫を噛み潰したような顔をして唸る。

 これはこれで可愛らしい。

 しかし物憂げな女王の顔がちらついて、目の前のクロエと重なった。やはり親子なのだ。


「あれはあれで心配していたぞ。初めて会った時、心ここにあらずと言った風だったしな」


 やはり「うぅ~~」と唸るだけでなんの返答もしてくれない。泣きたい。

 情けなく困り顔を曝した時だ。

 ソフィアがクロエの肩にそっと手を添え、静かに告げた。


「クロエ、自分の主張を通したいのなら、面と向かって話し合うべきよ。逃げていてもなにも始まらないわ」


 優しい声音だった。それこそわしが一度も聞いたことがないトーン。

 仲間思いなことは知っている。わしのパーティーは皆そうだ。

 しかし、ここまでやわらかいソフィアの声は聞いたことがなかった。いつもは冷たくあしらうか冷静に突っ込んでくるかしかなかったのに。あ、一度汐らしくなったこともあったか?

 にしても、なんだか二人の空気感がいけないモノを見ているような気分にさせ、ドキドキしてきたぞ!

 わしも混ざりたい!

 手をワキワキさせながら近づこうと足を踏み出すと、突然頭に鞘が降ってきて、脇からは腕が伸びてきてはチョークスリーパーを決められた。


「おっさんは引っ込んでろ」

「オヤジの出る幕じゃないぞ」


 いと悲し。わし勇者なのに混ざれんとは……。

 まあ、いまはヴァネッサの生肌に直接触れることを良しとして、悶々としながら見守ろう。


「大丈夫、話せば分かってくれるはずよ。あなたの親なんだから」

「聞いてくれなかったら?」

「その時は私が聞かすわ」


 おいおい、なにをやらかす気なのだ。いまから不安になる。

 その言葉に嘘がないか、ソフィアの目をジッと見つめていたクロエだったが。ややあってわずかに顎を引いた。


「分かったよ。とりあえず帰ってみる。話さなきゃ伝わらないのはその通りだし……」


 よしよしとソフィアに頭を撫でられるクロエは、くすぐったそうにはにかんだ。

 ああ……わしの時にその反応が欲しかった。お株を奪われるとはこういうことを言うのか……。いや、株と言えるほど説得は得意でもないが。

 まあ良い。


「話はまとまったようだな。ライアよ、一先ずロクサリウムに戻るがそれでよいか?」

「ああ、あたしは問題ないさ。そこまで急ぐってほどのことでもないからな」


 そうか、と頷き、わしは道具袋からグリフォンの尾毛を取り出した。


「ではヴァネッサよ、ちょいとばかり行ってくるから待っていてくれ」

「ああ、うちは食料の調達なんかやっておくから」


 言いながら手を上げるヴァネッサに、ジパングと口にした時に見せた表情のことが少し気になって訊ねた。


「ところで。さっきどこか不安そうな顔をしていたが、ジパングとやらでなにか問題でもあるのか?」

「いや、行商が話していたのを聞きかじった程度なんだけどな。ジパングでいま国が割れそうな事態になってるらしいんだ」

「国が割れる。大地が引き裂かれるとかそんなとこか?」


 もしそうなら島が二つになってしまうな。行き来も面倒なことこの上なさそうだ。不憫だなと憐れんでいると、「違うそうじゃない」とヴァネッサが訂正した。


「うちもよく分からないんだが、なんでも新たな国主になったやつが酷い国策を敷いてるらしい。そいつのせいで民草が被害被ってるとか、行商に訪れても物が売れないとか嘆いてたな。いまにも戦が始まるかも、そんなことも言ってた」

「ほう、それは事だな。勇者として放っておくわけにはいかんだろう」

「なるべく早く戻ってこようぜ」

「うむ、気になるしな」


 少し焦り顔のライアに頷き返し、「では行こうか」言って、尾毛を空に放り投げる。

 わしらの体は淡い光に包まれ、次の瞬間――バビュンとリコルタの港からひとっ飛びした。

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