第111話 勇者の盾――金剛魔盾セヴェルグ

 アリシア王女とその侍従ネリネ、そしてドワーフたちと過ごす日々は楽しかった。

 他愛もない会話や上の世界の話で盛り上がり、ドワーフの料理で団欒に華を咲かせた。

 いまもライアは修行中だと思うと申し訳ない気持ちになったが、わしらだって何もしていなかったわけではない。

 鉱物を選別するドワーフの手伝いや、坑道の警備なんかをした。

 岩石に覆われたワームや石を投げつけてくるゴブリン、石槍を持つコウモリ男に粘土質のスライムなどなど。さまざまな魔物とも戦闘になり、それなりに経験値稼ぎになった。

 なにより、それに際して自身の成長を強く実感できたことが嬉しかった。魔剣のせいで成長が遅くなっていたから、ここにきて一気にといった感じだ。

 おかげでステータス面も著しく向上し、敏捷性以外はなかなかの上昇をみせた。

 これならワルデインの威力をもう一段階上げられそうな気がする。


 日常に安らぎ英気を養った三日間はあっという間に過ぎ、そして朝がやって来た。連日に渡り昼夜問わず、工房から鳴り響いていた金属を鍛える音が、反響音を残してピタリと鳴り止む。ついに、その時が訪れたのだ。

 坂を上ってくるであろうドワーフ王を固唾を飲んで待っていると、不意にソフィアが話しかけてきた。


「勇者様、緊張していますか?」

「緊張、か。それもあるだろうが、それ以上に楽しみの方が大きいな」

「盾のない勇者さんはちょっと物足りなかったけど、やっと以前の状態に戻れるんだね」

「そうだな。鋼の盾ではもはや役に立たんし、最低でもアダマス以上でないと話にならんかったからな」

「オジサン、なんか、アタシもドキドキしてきたよ!」

「わしもおっぱいが急成長しそうなくらいにドキドキしてきたぞ!」

「大丈夫? おっぱい削ぐ?」

「大丈夫だ問題ないっ」


 オルフィナの物騒な言葉に血の気が引きながらも、そのおかげか冷や水を浴びせられたように冷静になれた。

 そうだ、これしきのことで気を逸らせてはいかん。わしは勇者だ、のしっと構えておらねばな。

 そうして玄関前に居並んで待つことおよそ五分。

 石の坂から足音が聞こえてきて、やがて、ひと際立派な角兜が家の角を曲がってやってきた。


「待たせたな」


 満足げな顔をしてわしの前に立った王。その手には逆三角形の盾、いわゆるカイト型のものを携えていた。


「それが、わしの盾か……?」

「ああそうだ。魂を込めて作った。金剛魔盾、名はセヴェルグ。ドワーフ族に伝わる伝説の盾ヴェルゲを超えるものだ」

「セヴェルグの盾……かっちょいいな~これがわしの盾か……いやこれはすごい!」


 アダマンタイトの鈍い紺青をさらに磨き上げた鮮やかな紺青色は、まるでクゥーエルが身に纏っていた甲冑のように美しい。

 銀で縁取りされ、盾表面には勇者の証にも描かれている聖竜の紋章が金色で配されている。そしてなにやら読めん文字がその周りに刻まれていた。


「ん? 王よ、この文字はいったい何なのだ?」

「こいつは古代の女神文字だ。物理、そして魔法に対する抵抗力を増すために刻んだ。いまとなっては扱えるのはこの俺と、……南の大陸にいやがるハイエルフ共だけだな」


 嫌そうな顔をして舌打ちする王。そういえば、絵本ではドワーフとエルフはあまり仲が良くなかったことを思い出す。


「ずいぶんと毛嫌いしているのだな」

「やつらは俺たちの作るものを無粋で武骨で醜いと蔑みやがる。実際、ヴェルゲの盾もただデカくて硬いだけだったから否定のしようがねえけどな。だから俺はそんな奴らを見返してやるためにもこいつを作ったんだ」

「その反骨精神は見事だ。お前さんには感謝の言葉しかない」


 そこまで口にし、わしは先ほど王が言った言葉を思い返した。物理、魔法の抵抗を増す。それは以前使っていたロクサリウムの超硬魔金アダマスと同じだったからだ。

 そして同時に思い出す。アダマンタイタスの特徴を。


「そういえば王よ。アダマンタイタスの甲羅には三すくみのような弱点があったのだが、このセヴェルグにもそれが引き継がれておるのか?」

「いや、それに関しては文献が残っていたから対策は施してある。散りばめられた女神文字がそうだ。しかもこいつのおかげで七割はダメージを抑えられるぞ」

「七割ッ!? そいつは実にわし向きだな」


 これで体を張って皆の前に飛び出せるというもの。


「それだけじゃねえ。女神文字はアダマンタイトの魔的な性能を十全に引き出す。物理防御に徹しながら魔法軽減の力場を生成することも出来るぞ」

「すごいではないか! これがあれば防御は問題なさそうだな」

「ああ。ほら、受け取れ」


 差し出された盾を大切に両の手で受け取ってみると、多少の重みを感じた。

 成長の止まっていた時であれば、さらに重たかったであろうことは容易に想像できる。


「おいワルド、盾の性能を試してみるか?」


 王は悪戯そうにニヤリと笑う。

 突然の提案に、わしは逡巡した。盾の性能は信用している。なにせアダマンタイトだからな。しかし新品にいきなり傷がついたなんてことになったら少々へこむ。

 いや、分かっているのだ。いつかは傷もつくだろうことくらい。しかし今か……。

 悩んでいると、どこかからなにか重い物を引きずるような音が聞こえてきた。

 またしても家の角から姿を現したのはドワーフで、身長の三倍はあろうかという大斧を手にしている。刃の部分が赤々としていて、明らかに普通ではない。


「親分、強襲型爆裂大斧持ってきましたー」

「ご苦労」

「なんだその物騒極まりない名前の斧は……?」

「前にアダマンタイトを叩いた時に使ったやつのアップグレード版だ。殴った瞬間に文字通り爆裂する。威力は折り紙にお墨付きだ」

「折り紙に墨など付けんでよい。ただびちょびちょに着色しただけではないか」


 これは不味いことになった。王はやる気だぞ。

 作ってもらった手前、ここで断るのもあれだしな。


「勇者様、セヴェルグの防御力を確かめるいい機会です」

「遠慮せずにやっちゃおうよ」

「オジサンがんばれー」


 女子たちから声援にも似た声が届く。

 わしも男だ。小傷くらいでぐだぐだ考えるものではないな!


「よしっ! では王よ、よろしく頼む!」

「へへ、そうこなくっちゃな! ここじゃあ家が吹き飛ぶ。広場までついてこい―

―」


 王についていき、橋を戻って町の中央へ。

 石碑のオブジェが飾るシンプルな広場には、すでに噂を聞きつけたのだろうドワーフたちが見物に来ていた。

 王自らが鍛えた斧と盾。両者がぶつかるのだから見ものだろう。

 わしは腕を固定するベルトの緩みがないかを念入りに確認した。


「ワルド、俺はお前を殺すつもりで殴りかかる。お前は死ぬ気で防げよ」

「言われんでもそうする。わしはこんなところでは死ねんからな。それにお前さんの仕事を信じているから、きっと大丈夫だ!」

「いい返事だ。なら行くぞ」


 土色の闘気を全身から吹き上げながら、王は斧を担ぎ上げた。赤い刃の部分が真紅の炎を纏う。

 地を蹴って、重そうな体で駆けてきたかと思ったら、意外なほど高く跳躍して両手で斧を振り上げる。

 落下の速度に乗せた強力な一撃を、わし目掛けて本気で叩き込んできた!

 わしは腰を低く落として、衝撃を往なしながら盾で受け止める。

 瞬間、盾に接する刃の部分が幾度も小爆発を起こした。まるでクロエのブラスイグニトをぎゅっと縮小させたような攻撃だ。

 一撃が重い、素直にそう思った。


「ぬおっ! これはなかなかの攻撃だ!」


 耳を劈く爆音と爆風。

 斧を押し返すようにして盾を突き出したところ、盾がにわかに輝きを発し始めた。

 熱からわしを守る様に、光のヴェールが体を包む。

 不思議と心が落ち着いて、この攻撃なら大丈夫な気がしてきた。これはいけると。

 一段と腕に力を込めて、勢いよくバッシュを繰り出し斧をはじき返す。

「うおっ」と吃驚の声を上げた王が飛び退くと同時、爆発も収まった。

 輝いていた盾は静かに発光をやめて元に戻る。

 ずしんと地面に着地した王は満足そうに口角を上げた。


「さすが俺が鍛えただけあるな。これで名実ともに俺の盾が上になった。伝説と名乗っていいレベルだ、ガハハハハハ!」

「王よ、ずいぶんと不遜な発言だが、その心は?」

「実はな、ヴェルゲがどんなもんかと思って、昔同じようにこいつで叩いたことがあったんだ」

「してその結果は……まさか?」

「そのまさかだ。壊れた。伝説の盾なのにな。だが見てみろ。その盾は傷一つ付いてねえ。これ以上の攻撃で傷つくことはあるだろうが、壊れることはねえだろう」


 確認してみると、たしかに煤で汚れてはいるが傷らしきものは見当たらなかった。これならイグニスべインの攻撃も凌ぐことが出来そうだ。


「いいもん見せてもらった礼だ。お前に貸してやったその剣、譲ってやるよ」

「本当か! それはありがたい。魔神剣ネヴュラスよりも多少攻撃力は落ちるが、ほかに使える剣もなかったからな」

「その代わり。その盾、ハイエルフ共に会ったらちゃんと説明してくれよ。ドワーフの王が鍛えたってな」

「ああ、約束しよう。必ず伝えると」


 王と握手を交わして、わしらは一緒についてきたアリシア王女とネリネの元へ向かう。


「行かれるのですか?」

「うむ。だがまずは仲間を迎えに行かんとな。まだ修行中か、それとももう終わっているのか。どちらとも知れんが」

「わたくしは、ここから皆さんの無事を祈ることしか出来ませんが。心より、お祈り申し上げます。どうかご無事で」

「ありがとう。必ずこの地に平和を取り戻してみせる。ネリネも、王女の護衛を頼むぞ」

「私の命に代えても、必ずアリシア様を守り抜くと誓う。あなた方も気を付けて」


 別れを惜しむように、女子たちは二人の元へ歩み寄る。


「アリシア様、色々とありがとう。また会いに来ます」

「ええ。わたくしもあなたと話せてよかった。上の世界の王女クロエ、すべてが片付いたらまたお会いましょう」

「今度はもう一人の仲間も連れてくるわ」

「みんな揃って、また来るよ!」

「わたくしたちも、その日を楽しみに待っています」


 やわらかな笑みに癒される。

 しばらく会えなくなるのが名残惜しくなるくらいには、皆と打ち解けられたのだろう。

 後ろ天パが引かれる思いではあるが、わしらは暇を告げて町を出た。

 すべてに感謝し、決意を胸に。

 ライアを迎えに行くために、わしらは坑道を北へ戻る。

 新しいわしの盾を、早くライアにも見せてやりたいなぁ。

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