第112話 修行の果てに
あれから三日。
ライアは変わらず修行に明け暮れていた。
朱火の厳しさも手伝ってか一切の妥協をすることなく、上級技までを順調に会得することが出来た。
いまは奥義を会得する前の最終テストを課されている。朱火が技量を見て、試練に移行するにふさわしいかを判断するのだ。
「――紫光黎明!」
ライアが木刀を一閃する。
夜明けを斬り払うが如く、紫色をしたオーラが横一文字に放たれた。木で出来た案山子など一瞬で蒸発してしまう。無刀流の中級技だ。
「ほら、次だ」
すかさず代わりの案山子を用意し、朱火はさっと脇へはける。呼吸を整えるライアを、監督するように腕を組んでじっと見つめた。
ふぅーと息を吐き、木刀の柄を握り直してライアが動く。
獅子咆哮の応用で闘気を冷気へと転換し、周囲一帯を一気に冷やす。
「
上段から木刀を振り下ろすと、鋭い氷の結晶が雨のように降ってきた。短い時間ではあったがその威力は凄まじく、案山子は見るも無残にバラバラとなり地面もかなりの範囲が抉れた。
「ほう、この短期間によくここまで威力を上げたな。最初は気の転換すら出来ずに、それが出来たとしても針みたいに細かったのに」
「アンタのスパルタが効いたんだろ……」
「そのおかげとするならだ、やはり私はいい師匠だったろ?」
「いまは、な」
休憩もそこそこに、ただひたすら技を繰り出す二日間だった。
初めこそ頻繁に息が上がっていたが、何度もこなすうちに体が慣れてきた。
朱火曰く、『短い時間で体に叩き込むなら数をこなすしかない。音を上げるなら修行はここまでだ。奥義を会得したかったら無理にでもやり遂げろ』だそうで。
食事や風呂、睡眠以外の休憩を除いて昼夜を問わず、死に物狂いで付いていき、そして今に至る。
ライアは疲れた調子でため息を一つ。
「はぁ。それにまだ上級技は一つ残ってんだろ」
「おっ、そうだったそうだった。待ってろ、案山子取ってくるから」
足取りも軽やかに倉庫へ向かう朱火。弟子の成長を目の当たりにして喜んでいるのかもしれない。
ライア自身も確かな成長を実感していた。木刀を握る手に知らず力が入る。
次の技を認められれば、ついに奥義だ。そうしたら、ようやく朱火と戦える。
「待たせたな」と朱火が戻ってくると、今度は五つ案山子を地面に突き刺した。
「まあ、いまの成長度合いならこのくらいか。一撃で木っ端も残さず塵にしてみせろ」
「言われなくても」
朱火が下がったのを見届けて、ライアは木刀を左手に携える。
地獄のような修行を開始して三日目。修行のすべてをこの一太刀に込める思いで案山子を見つめる。
ライアがカッと目を見開いた。
全身から噴き出す闘気が木刀に収束する。刀身を包むオーラが血に塗れたような赤色に変化した。
「――
踏み込み間合いを詰めて、すれ違いざまに抜刀の要領で一気に斬り払う。
無慈悲な赤い刃がすべての案山子を横一文字に両断する。瞬間――乱切りのような剣閃が宙に刻まれ木っ端にした。
しかし木っ端にしかならない。これは失敗かと思われた刹那、切断面から黒炎が噴き上がり一気に焼却する。
焦げ臭いにおいと共に塵と化した案山子が、風に流されて消えた。
「まあ、これなら及第点をやれるかね。息はどうだ?」
「上がってねえよ。二発くらいならまだ余裕だ」
「上出来だ。奥義一発放ってもお釣りは十分あるな。この先まだ戦闘が続いていくことを考えると、お前の成長が末恐ろしいよ」
「お世辞と思って聞いとくよ。それで、奥義見せてくれるんだろ?」
「ああ。しっかり目に焼き付けて覚えろ。お前に与える試練は、こいつの撃ち合いだからな」
「試合はしないのか?」
「最終的に奥義を出し合って決着するなら、端からそうしていた方が楽で手っ取り早いだろ? それにお前も今のクラスは剣豪だ、私も同じ。切り結んでもそこまで大差はないだろう」
そう言って一瞬含んだような笑みをこぼし、朱火はライアの前へ出る。今度は案山子も立てずに、抉れた地面を前にして。
凛とした音がいまにも響いてきそうなほどの静謐な立ち姿。
無形から正眼へと緩やかに移行し、そして闘気を爆発的に高めた。巻き起こった風に砂塵が舞う。
大地を蹴って朱火は高く跳躍する。
「無刀流奥義・
そして極限まで高めた闘気を、木刀に乗せて振り下ろした!
闘気がバラけるようにして、一刀が幾百もの斬撃の雨となって降り注ぐ。その一撃一撃はまさに必殺。圧倒的な物量で大地を切り刻むと、濛々と土煙が上がった。
煙の向こうでシルエットとなった朱火が着地し木刀を振ると、煙が一瞬で吹き飛ぶ。
途中からよく見えなくなっていた技を繰り出された地面は、見るも無残なぼこぼこのクレーターとなっていた。
「まあこんなところだ。ちなみに飛ばなくても出せるが、ここじゃあ森林伐採になるからやめておいた。それと何度も言うようだが、すべての基礎は五月雨にある。獅子咆哮に中、上級の技。その上に奥義は存在している。ここまで修めたお前なら、問題なく使えるだろう」
「……やってみるよ」
基礎は五月雨。いままでの修行を思い返し、ライアは一歩ずつ地面を踏みしめて歩く。
大丈夫、確かな自信は感じている。だが一つ戸惑いも生まれていた。
朱火の技を目の当たりにしても、感心はあっても驚愕はなかった。すごい技のはずだ、奥義だから。覚えのない感情に、ライアはわずかに躊躇する。
その背中を見ていた朱火は、口端を上げた。
「いまは迷いを捨てろ。どうせこの先も迷うことなんていくらでもあるだろ。なに試し撃ちなんだ、気楽にやればいいよ」
「奥義を気楽になんて撃てるかよ」
「肩の力を抜けって言ってるんだ。力んでちゃ私の半分も出ないぞ。真面目になるのは私との撃ち合いの時にしておけ」
「分かった分かった」
半ば問答に面倒くさくなるも、おかげでいい具合に迷いも薄れる。
師が見ている前で奥義を試すことへの緊張はある。しかしそれ以上にライアは高揚していた。
今しがた見たばかりの技を頭の中で反芻する。
位を無形から正眼へ取り、獅子咆哮で闘気を高めた。黄金のオーラが燃えるように揺らめく。
ダン! と強く地を蹴って飛び、ライアは木刀を振り上げた。
「無刀流奥義・刃雨大瀑ッ!」
地上に向けて振り下ろすと、黄金のオーラは同じように刃の雨となって大地を抉る。朱火の奥義と比べても遜色はない。初めてにしてはよく出来た方だと自己評価。
濛々と上がる土煙の中に着地をし、ライアは朱火に振り返った。
煙る視界の中、彼女はなにも言わずにグッと親指を立てる。どうやら合格のようだ。
「さて、奥義も会得したことだ。いざ試練にといきたいところだが、少し休憩にしよう」
立ち込める土煙をまた払ってから、朱火は水晶の柱の元へ歩いていく。根元に腰かけ背もたれると、ライアを手招きした。
テストでずいぶんと消耗している。互いに全力を出すためにも、休憩は必要だろう。そう判断し、ライアも朱火の隣に腰を下ろす。
「いよいよだな、ライア。私のスパルタに耐え抜いたことは褒めてやるよ」
「別に、大したことじゃないだろ。本当なら、こうしてアンタの剣を習ってたかもしれないんだからさ。……まあなんだ、その、少しでも空白を取り戻したいって、あたしも思ってたし……ありがとな」
珍しく頬を染めるライアに目を瞠ると、朱火はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「お? それがいわゆるデレってやつか? お前デレてるのか?」
「ちっげーよ! ただの感想だ、勘違いすんなよな」
「なんだ、少しは嬉しく思ってやったのに残念だな。けど、弟子に感謝されるってのも、案外悪くない気分だ」
くすりと鼻を鳴らして微笑する朱火を横目にし、ライアは気まずそうに明後日の方を見やる。
柱に頭をもたれかけて朱火は空を仰ぐと、静かに口を開いた。
「……ライア、お前はどうして力を求める?」
「なんだよいきなり」
「いいから答えろ」
急に真剣な目をした師に答えを求められ、ライアは仕方なくため息をついてから語る。
「……最初は村の仇をとるためだった。助けてくれたアンタに憧れて、強さを求めて刀を手にした。単純に強くなって、誰にも負けない力が欲しかったから。でもいろいろあってあいつらと出会って、仲間のためにも強くなろうと思うようになった。あたしが世界を救うために旅だなんて似合わねえかもしれないけどさ、なにかを守るためにも力が欲しくなったんだ。弱いくせに守ろうとして体張るやつ、過去がどうであれ前を向いて世界のために戦うやつ。王女の身でありながら人々を救おうと旅するやつ、仲間思いでそのためにも強くなろうとしてるやつ。そんな連中を間近で見てたらさ、放っとけなくてあたしも自然そうなっちまったんだ――」
あっ、と声を漏らし、つい喋りすぎたと照れくさそうに頬を掻くライア。
「別に恥ずかしがる必要はないよ。ライアが他人を思いやれることは私も知ってる。直に聞いたわけじゃなかったけどね。お前は芯の部分で優しい子だったからな」
「おい、いつまでも子供じゃねえんだから、そんな生温かい目を向けんなよ」
「悪い悪い。つい出会った時のことを思い出してね。でもそうか、お前はいい仲間を持ったんだな」
「おかげさまでね」
「そいつは皮肉か?」
「いいや、感謝だ」
ニッと二人して笑い合う。
どちらともなく立ち上がると、奥義で出来た大きなクレーターを挟むように対峙した。石柱側に朱火、村の入口側がライアだ。
「どうだ、少しは回復したか?」
「奥義撃つくらいならギリ問題ねえよ。そういう朱火はどうなんだよ? 一晩くらい休んでてもいいんだぜ」
「馬鹿言ってろ。攻撃力の低い木刀だからといって、あんまりナメてかかると死ぬぞ?」
「アンタ相手に油断も慢心もない。全力でいくさ」
「結構。お前の本気を見せてみろ、師匠として真正面から受け止めてやる」
「止められちゃ困るんだよ。あたしはアンタを超えるんだっ!」
双方同時に闘気を開放する。闘気量はほぼ互角。
先ほど見た朱火の闘気はここまで大きくはなかった。手加減していたのかそれとも火事場の馬鹿力か……。いずれにせよ手を抜けば死が待っている。
ライアは生唾を嚥下した。
朱火の鋭い眼光が飛んでくる。双眸へ直に叩き込まれるほどに峻烈だ。噴き上がるオーラと相まって、その姿は鬼神を連想させた。
初めて全力の師と対決する。その緊張は想像以上に計り知れないものだった。
ビリビリと大気を揺らすようなプレッシャーに震える手足へ気持ちで喝を入れる。
いままでの旅を、そして仲間を胸に、いま一度気を引き締めた。
朱火が刀をゆらりと振り上げる。ライアも同じく大上段に構えた。
自身のすべてをこの一太刀にかけて、二人の想いは振り下ろされた――
『奥義・刃雨大瀑ッ!!』
放たれた膨大な気は剣閃となり、クレーターの真ん中で拮抗する。
互いの必殺剣がぶつかり合い、押し合いへし合ってその都度相殺する。幾十……幾百……と凄まじい剣戟を刻み、数百の刃は弾け輝きと共に爆散する。
完全に互角、だがそれでは意味がない。
自身の刃を後押しするように、ライアは闘気をさらに上げた。
なおも相殺していた互いの技だったが、一つ、また一つとすり抜けた刃が朱火に襲い掛かる。どうやらライアが放ったものの方が刃の数で勝っていたようだ。
刃は寸でのところで避けた朱火の頬を掠めていった。紙一重で二つとも避けると、気の刃は石柱を三等分にし破壊する。
全力で大技を繰り出した反動か。木刀も折れ、これ以上ないほどの力を出し切ったと、ライアは立膝をつきながら朱火を見た。
同じく折れた木刀を地面に突き刺し、膝を屈していた彼女は笑っていた。
「ははっ……まさか、編み出した自分の技が破られるとはな。木刀じゃなければ死んでいたかもしれない」
「勝てたのか……朱火に」
「ああ。お前の勝ちだよ、ライア。約束通り、刀はくれてやる。ちょっと待ってろ、いま、取ってくる……あ、悪い、ちょっと動けないから、また明日、な……」
そう言い残して朱火は地に伏した。
まさかこと切れたのかと焦るライア。
「朱火! くそっ」
ライアは疲労困憊の体に鞭打って、急いで朱火の元へ駆け寄った。
体を起こして脈と呼吸を確認。すると、すやすやと寝息をたてる息遣いが聞こえてきた。
「――はぁー、なんだよ寝てるだけか。驚かすんじゃねえよまったく。師匠殺したかと思って焦っただろ……くそ、人騒がせな、師匠だな……仕方ねえやつ、だ……」
そう安堵をこぼした時、不意に意識を刈り取られるような眩暈に見舞われ、ライアは気を失って朱火の胸元へ倒れ込んだ。
それから二人が目を覚ましたのは一日経ってからだった。仲間が戻ってきたことにも気付かず眠り続けた。
クロエの回復魔法のおかげで、朱火の傷も元通り。
仲間たちは、親子のような二人の寝顔を温かな眼差しで見つめていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます