第70話 傷だらけのジョリー・ロジャー
楓の合流を待ち、港町オールドブルーで一泊したわしら。
それから海賊船で移動し、大陸をなぞるようにして南下する。
南端にある小さな漁村に船を係留したヴァネッサは、そこでわしらを下ろした。
「――ここから少しばかり歩くけど、そう遠くないから安心しな」
そう気軽く言われ、言われるままに付いて歩くことおよそ三十分。
街道を行くと、森に囲まれた小さな町ファルムへ到着する。
二階建ての木造家屋が多く立ち並ぶ町中を、ぞろぞろと中ほどまでやってくると。
広場でボール遊びをしていた子供たちが、わしらに気づき声を上げた。
「あっ、ヴァネッサお姉ちゃんだ! お帰りー!」
「おねえちゃん、おかえりなさい!」
口々に駆け寄ってくる子供たちに手を上げ、ヴァネッサは海賊帽を脱ぎながら挨拶を返す。
「ただいま。久しぶりだなー、お前たち元気にしてたか?」
「ぼくらはいつでも元気だよ!」
「うんうん。そんなお姉ちゃんも元気そうで、わたしも安心したよ」
「おっ、ちょっと見ない内に言うようになったな」
ニカッと笑うと、ヴァネッサは子供たちの頭を撫で言葉をかけて回る。
「ずいぶんと懐かれているな」
「ああ。うちが海賊になってからも、ずっと応援してくれてるんだ」
海賊を応援とは、その実態を分かっていてしているのだろうか。
まあ、世話になっている以上、わしらも似たようなものではあるが。
……でもそういえば、ヴァネッサが何かしらの取り締まりを受けているとか聞いたこともないな。指名手配され追われている感じもまるでないし。
絵本で見た海賊は懸賞金がかけられ、軍なんかに追われたりしているのに。
なんて絵本を回想していると、子供が不思議そうな顔をしてわしのことを見上げていた。
「ん? どうしたのだ?」
「お姉ちゃん、このおじさんだれ?」
「あー、このオヤジは――」
わしは紹介してくれようとしていたヴァネッサを制し、一歩前へ進み出ながらふんぞり返った。
「おじさんはただのオジサンではないぞ。聞いて驚くでない、わしはこう見えても勇者なのだ!」
ババーンと背後で効果音でも聞こえてきそうなほどに、実に堂々とした自己紹介だ。自分を褒めてやりたいほどにな!
チラリと子供たちに目をやると、しかし思った以上に感動がなく……。どころか、「え~」と猜疑的な眼差しを注がれていた。
「勇者だなんてウソだー。勇者がそんなに太いわけがないだろー」
「子供だからってからかわないでよねっ!」
なぜか怒られる始末。
それからというもの。
もっと体型はスマートだとか、そんな変な頭はしてないとか。絵本の中の勇者像と逐一比較をされ、まるで針の筵にさらされている気分になった。
子供は遠慮というものを知らんからな。痛いところばかりを突っついてくる。
少しばかりみじめな気持ちで肩を落とすと、ヴァネッサが子供たちを嗜めフォローしてくれた。
「そう言ってやるなって。オヤジはこれでも、いろんな土地を救ってきてるんだ。勇者には違いないんだよ」
なんとなくフォローしきれていない感が滲むが、まあいいだろう。
子供たちも「ヴァネッサお姉ちゃんが言うなら」と納得してくれたみたいだしな。
そんなことより遊ぼうとせっつく子供たちに「悪い、うちは用事があるんだ。またの機会にな。怪我しない程度に元気よく遊べよ」なんて言い置いて、ヴァネッサは町をさらに奥へ進んだ。
そうして一軒の民家の前で立ち止まる。
外壁は木造ではなく赤茶のレンガ造りで、何件か見つけたが他の家々よりも少し立派な邸宅だった。
「ここがヴァネッサの家なのか?」
「そうさ。いま開けるから」
胸の谷間から家の鍵を取り出すと玄関を開け、わしらは通されるままお邪魔することになった。
一応靴は脱ぐらしく。スリッパに履き替えたわしらはリビングへと案内された。
白と深い茶色を基調とした家具でまとめられ、広く明るい雰囲気の部屋になっている。
「飲み物用意するから、ちょっと待っててくれ」
言われ、手持無沙汰なため時間つぶしに、室内をしばし見物することにする。
そこで目に留まった物に関心を引かれた。部屋を見渡す中で、ひと際異彩を放つ物が壁に掲げられていたのだ。
皆注目する中、「この旗、ずいぶんボロボロだねー」と言葉を発したのは楓だった。
壁にピン留めされていたのは、白いドクロをあしらった真っ黒な海賊旗。
しかし楓の言葉通り、旗はところどころ破れておりボロボロだったのだ。
「――とりあえず買っといたフルーツでジュース作ったから、よかったら飲んでくれ」
トレイに乗せられ順にテーブルに並べられたのは、目にも鮮やかなフルーツジュース。色からしてオレンジやパイナップル、グレープフルーツなんかだろう。
氷の入れられた透明なグラス越しのトロピカルな色に、自然テンションも上がるというもの。実に美味しそうだ。
各々ソファに座ると、まずドリンクで喉を潤す。だが、やはり気になるのはボロボロの海賊旗なようで……。視線は自ずとドクロを向いた。
それを感じたのか。ホストであるヴァネッサが、「あの旗なんだ、うちが海賊を志そうと思ったきっかけは」と呟く。
彼女に視線を戻すと、
「みんなに聞いてほしいんだ――」
そう言ってどこか遠い目をするヴァネッサが、つらつらと語り始めた。
両親が航海士をしていたこともあり、小さな頃から海に憧れを抱いていた。
親が帰ってくるたびに、航海に関する絵本を買ってきてくれることを楽しみにしていたと。
「うちには三つ年下の妹がいた。名前はカトリーヌ」
ある日。
その妹が言ったそうだ。「わたしもいつか、海に出たい。絵本の中でかっこよく活躍してる女海賊みたいに――」
「妹はあまり体が強い方じゃなかった。自分の意思をはっきりと人に言える子じゃなかったんだ。そんなあいつが、初めてうちに夢を語った。だから叶えてやりたいって思ったのさ」
それから数年後。
ヴァネッサが十五歳の頃だ。両親に無理を言って、小型の帆船を譲ってもらった。もちろん、海賊になるなんてことは黙って。
帆船の乗り方を父に教わり、そうしてひと月後。
食糧を買い溜め、船に乗り込み、二人は初めての航海へ出た。
その時の胸の高鳴りは、今でも忘れられないと言う。
船はオーファルダムから出航し、二人は内緒で用意しておいた海賊帽を被り、そして海賊旗を掲げた。
行先はひと先ずロクサリウムを目指すことにしたそうだ。
希望に満ち溢れた船旅は、明るいままにずっと続くものだと思っていた。
しかし海へ出て一日。船は大きな嵐に見舞われた。
船は揺られ、やがて転覆する。
「夢と憧れしか見えてなかったあの頃は、海が恐ろしいものだなんて思いもしなかった。小型の帆船じゃ嵐に耐えられなかったのさ……」言いながらヴァネッサは瞼を閉じ「そのせいで、カトリーヌを死なせてしまった」懺悔するようにぽつりと呟く。
ヴァネッサは必死で割れた板切れにしがみ付き、嵐の海をなんとか命からがら生き延びることが出来た。それから偶然通りがかった船舶に救助され、ファルムへ無事戻れたのだが。
しかし、海に投げ出された妹は助からなかった。
「その時に掲げていた海賊旗がそれさ」
在りし日を懐かしみ悼むようなその眼差しに、わしは胸が締め付けられる思いがした。
「そんなことがあったのか」
「ああ。けど、不幸ってのは重なるものなんだな……」
妹の死から程なくして、海難事故により両親も失った。
家族を失ったヴァネッサは、悲しみに沈み日々を無為に過ごす中、妹の部屋にあった絵本をただぼうと読んでいた。
妹が大切にしていた、懐かしい絵本の数々。
「その時に見つけたんだ。現実世界を舞台にした、海の伝説に関する絵本を」
海鳴りの笛と呼ばれる物を、この世界のどこかにある岩礁付近で吹くと祠が現れる。その中には、反魂の秘法が納められているという話。
それさえあれば、カトリーヌの魂を呼び戻せるかも。
しかし最初は所詮絵本の話に過ぎない、ヴァネッサもそう思っていたそうだ。
「だが、いろいろ調べる内に分かったことがある。反魂の秘法が真実かどうかは分からなかったが、海鳴りの笛はこの世界に存在しているらしい」
力強い光を取り戻した目でわしを真正面から見据え、
「勝手な願いだとは思ってる。けど、オヤジとみんなしか頼れないんだ。だから頼む、うちと一緒に笛とその場所を探して欲しい。……ダメか?」
普段の勝気で姉御な雰囲気とは違い、まるで幼子のような在り方で訊ねてくる。
伝説の真偽は定かではないが、海鳴りの笛が存在するのなら何かしらの宝があるのだろう。
それが反魂の秘法であるならば言うことはない。
が、違っていたとしたら。ヴァネッサはまた傷付くことになるかもしれない。
迷い、どう返事すべきか悩みながら顔を見返す。
しかしヴァネッサのその瞳は、すべてを覚悟した上だと物語っていた。
であるならば、答えはすでに決まっている。
わしははっきりと頷いた。
「お前さんは仲間だ。仲間の頼みであるならば、わしは快くそれに協力しよう。きっと皆も同じ気持ちであると、わしは信じている」
女子たちを順繰り眺めると、
「そうだな、あんたには借りがある。あたしも協力するぜ」
「船で自由に移動出来るのも、ヴァネッサのおかげですし」
「そうだね。わたしもたくさん感謝してるから、もちろん協力するよ」
「アタシはまだ日が浅いんだけど、お世話になってる分恩返ししないとお師匠にも怒られるかんねー」
皆一様に協力する旨を口にした。
それを聞いていたヴァネッサは、見る間に目に涙を浮かべ、「ありがとう、みんな」そう言って泣き笑った。
良い涙だと、わしは思う。
それから。
今夜はファルムで一泊することにし、皆思い思いに一日を過ごした。
ライアは刀の手入れに勤しみ、ソフィアとクロエは食事の用意。わしと楓、そしてヴァネッサは、広場で子供らと遊んだ。
その際、ボールを蹴り損ねた子供の足がわしの脛を直撃し、また一つトラウマが生まれた。
まあ、平和的なものであるから良しと出来るが……。なんだかんだで、まだわしを疑ってかかる姿勢には納得がいかんな!
そして夜も更け、楽しかった晩餐もお開きになり皆が寝静まった深夜。
飲み過ぎたせいか尿意を催し、わしはおトイレに目が覚めた。
用を足し、リビングに戻る途中。
玄関にスリッパが二足並んでいることに気づく。
なにやら外から話し声が聞こえてきたので、わしは扉に耳をそばだてて息を殺し、聞き耳をたてた。
『――寝なくていいのか?』
『それを言うならライアもだろ』
『あたしはいいんだよ。眠くない』
『……別にお前の過去に何があったかなんて、うちは訊く気はないけどね。あんまり一人で抱え込むな』
『それはなんの話だ?』
『お前がオーファルダムに来てから変なのは、うちも気づいてる。短かったけど、一緒に航海した仲だろ?』
『…………』
『ふぅ……。あんまり説教臭くなるのもあれだね。……まあなんだ。うちもオヤジやみんなに話そうと思えたのは、本当に信頼してもいいって自分なりに思えたからさ。――ライアも、いつか話せる日が来るといいな』
そこで会話を切り上げたらしいヴァネッサは、『うーん』と伸びをすると『ちょっと散歩してくるよ』と言ってどこかへ行ってしまう。
一人残されたライアが、何かを呟くことはなかった。
ただ零したため息が、重々しく沈んで聞こえたことが少し気になった。
話があまり見えてこないが、ライアが何かを抱えていることは前々から気づいていた。
話せる時が来たらいつか話す。以前そう言っていたのだし、ヴァネッサが言うように、その時を待つことしかわしには出来ないだろう。
無理に訊ねれば、わしの元から離れていってしまうかもしれない。
ハーレムがどうとか関係なく、ライアがいなくなることを考えたくはないのだ。
一人でも女子たちが欠けた旅など、いまさらわしはしたくない。
それほど大切な仲間だと、胸を張って言える女子たちだから。
話してくれたのなら、その時は命を賭してでも助けよう。
そう心に誓い、後ろ天パが引かれる思いを押し殺し、わしはリビングへと戻った。
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