第69話 ロムオム村のワイルドリザード

 港町オールドブルーから街道をひた歩くこと、およそ二日。

 道中。獣人や大きな蜂、気持ちの悪い魔道士の魔物なんかに遭遇したが、わしらは真っ向からそれらを打ち倒して村を目指した。

 素材や武器なんかも手に入り、店売りした時の金額にいまから期待が高まる。

 とはいっても、鉄の斧やら木の杖では大した値段になりはせんがな。それが分かっているからか、三人娘たちは全部わしに譲ってくれたのだ。

 ……もっと大きく稼ぎたい!

 ため息を一つこぼしたところで、「あの村じゃねえか?」とライアが前方を指さした。

 見比べてみると、たしかに地図のペケ印とも一致している。

 ロムオム村。少々言いにくいが、ロムオム村は壊滅し、いまやトカゲの巣になっているらしい。

 平原のただ中にある村は人の背以上の木の柵で囲われていて、民家の屋根は見えるが中の様子を窺い知ることは出来ない。

 外観を見てみても、破壊が進んでいるようには見えんが……。

 賑わう声や喧騒が聞こえてくるということはないため、恐らく情報に間違いはないだろう。

 村へ向かって歩を進める中――、わしは周辺に散らばる物体を視界の至る所で捉え、ふと歩みを止めた。


「ずいぶんと散らかっとるが……旅人がリザードマンにやられでもしたのか?」


 そこらじゅうに散らばる鉄の剣や鉄の盾。

 争いがあったのか、草原には点々と抉れ地面が露出している部分が目立つ。

 戦利品ではないが、さすがにもったいないのでかき集めていると、


「大方、楓の罠に嵌ったリザードマンの落とし物でしょう」


 何かを見つけたのか、ソフィアが地面から小さなものを拾い上げた。

 それは指で摘まめるほどの大きさで、トゲトゲとした物体をこちらへ差し出してくる。


「こいつは撒菱だな」

「まきびし?」


 ライアが言うには、逃げる途中にばら撒くことで追手に怪我を負わせるものだそうだ。追手の速度を低下させる効果もあるらしく、主に忍者が使用するらしい。

 リザードマンは基本裸足だから、撒菱は効果覿面だろうなと語る。


「ということは、楓はトカゲ共から逃げたということか?」

「いや、必ずしもそうじゃないだろ。こいつを踏んだ馬鹿なトカゲが前のめったり地団太踏みながら踊ったりした先に罠があったら、確実に引っかかるわけだしな」

「楓ちゃんなら普通に戦っても勝てると思うけど。たぶん罠を仕掛けることを楽しんじゃったんじゃないかな?」


 穴の数を見れば分かるよ。そう呟くクロエに釣られて方々に目を向ける。

 焼け焦げた跡や大小さまざまな穴は、村の周辺を囲うようにおよそ三十九個も開いていた。


「……そういえば別れる前に、『割と強烈なのを仕掛けておく』とか言っていたな。なるほど、これがそういうことか」


 穴の近くに剣が四、五本落ちている場所もあり、罠だけでトカゲの数をずいぶんと減らしてくれたようだ。

 ともすれば、村の中のリザードマンの数はさほど多くないのだろう。


「……つまりこれは、好機か?」

「ああ、仲間呼ばれる前に叩っ切るのが最良だろうぜ」

「いつかのゴブリンの巣を思い出しますね。今回は明るいですが」

「あ、前に話してくれた事件だね。わたし、あの村立ち寄らなかったから後悔してるんだ」


 自分が行っていればもしかして女子が死なずに済んだかも。と少ししょんぼりとしたクロエを、今すぐにでも抱きしめてやりたいところだが。

 しかし! いまはそれどころではないだろう。


「クロエよ、過去はどうあっても変わらんし覆せん。過ぎたことを後悔するよりも、いまは目の前の平和を守ることを考えるのだ。手を伸ばせば届く人々を守ろう」

「……うん、それもそうだね」


 言ってやわらかく笑んだクロエ。草原の風になびく銀髪がキラキラと煌いている。ああー愛い愛い! バニーならさらに興奮も増し増しだろうが、これもまた我慢だなっ。


「勇者様にしてはいいことを言いますね」

「にしては、は余計だがな。わしとて日々成長しているのだ、なあライアよ?」


 話を振ると、ライアはどこか寂しそうな眼差しで明後日の方を向いていた。

 ややあって。ハッとして気が付くと、「そうだな」と短く答える。どこか沈んだ風に聞こえた声に首を傾げていると――


「そんなことよりおっさん、さっさと行こうぜ。トカゲ狩りだ」


 言いながら背を向けて、一人先を歩き出した。

 いつものトーンに戻ってはいるが、少しだけ、無理をしているように思えた。



 開け放たれていた門から村に入ると、とぼけた顔をした緑色のトカゲたちが一斉にこちらを向き、続々と広場に集まり始めた。

 そして各々武器を構えると、腕を振り上げては「ギャーギャー」と騒ぎこちらを威嚇してくる。その数全部で十一体。

 数体ならまだしも、これだけの数がいて喚かれるとさすがにうるさいな。


「どうやら、こやつらは人語を話せんようだ」


 ゴブリンよりも知能が低いのだろうと納得しかけたその時――「テメェらうるせーゾ? 少しは静かにしろヨ、作戦練ってるんだからヨ」と村の奥から苛立った声が聞こえてきた。

 騒いでいたリザードマンらは声の主の方を向くと一斉に黙る。

 目を向けると、他のトカゲたちの二倍近くはありそうな大きなトカゲがこちらへ歩いてくるのが見えた。

 青みがかった体色、右目には眼帯をしており傷痕がはみ出ているのが確認できる。携える武器は刃渡り九〇センチ近くもある曲刀一本。

 と――その容姿に脳裏を過ぎるものがあり、「あーっ!」とわしは声を上げた。

 青みがかった体、目の傷、そしてワイルドという名前。嫌なことを思い出した。

 アルノームで脛を蹴られたワイルドラビット、なんとなく雰囲気が似ていたのだ。

 嫌悪を露わにしトカゲを眺めていると。

 声に振り向いたオオトカゲは、真っ赤な左目をぎょろりと剥いた。


「なんだテメェらはヨ? ここがオレ様たちのアジトだと知ってて侵入したのカ?」

「そりゃそうだろう。ところで、お前がワイルドリザードで間違いはないのか?」

「ああン? そうだが……なんだよく見たらテメェ人間カ。オークの豚野郎が人間手下にして攻めてきたのかと思ったゼ」


 失礼な言葉を口にして、ワイルドリザードはゲラゲラと大口を開けて笑った。

 いくら温厚なわしでも今の台詞はカチンときたぞ。

 まだオークとは遭遇したことはないが、魔物百科事典で何度も目にしてイラついていた豚の魔物だから、外見は知っている。

 女子を攫っては孕ませるというなんとも許しがたい豚だ。


「誰がオークだこの干物野郎! あんな豚と一緒にするんじゃない! 貴様なんぞわし一人でケチョンケチョンにしてやるからな!」

「豚パーマが粋がるなヨ。不味そうな脂身はすっこんでロ」

「ぶ、豚パーマ?! 脂身だと……ッ――ぐぬぬ……」


 こんなトカゲ如きに、二つもあだ名を付けられるとは! 我が生涯の不覚ッ。

 ……まだ太巻きの方が可愛らしいではないかッ!

 許すまじ、ワイルドリザード。

 わしは愛剣ブランフェイムを激しく抜き放ち、駆け出した!


「お前さんたち、援護を頼むぞ! あのデカいのはわしがやる! 新技で叩き斬ってくれるからな!」

「やれやれ、ですわ。まあ新しい技のお披露目と考えれば、譲ってあげなくもないですけど」

「そうだね。どんな技が飛び出すのか楽しみにしてるよ、勇者さん」

「任せておけ!」


 走り距離を縮めていくと、ワイルドリザードは突然曲刀を振りかざし「あいつらを蹴散らセ! 勢いのままオールドブルーに進行するゾ! 仲間の死を無駄にするなヨ!」となんとも魔物らしからぬ思いやりを口にした。

 罠で死んだ仲間を悼む心は持ち合わせているようだ。

 士気が向上したのか、リザードマンたちは「ギャー!」とひと際威勢のいい声を上げると、わしらに向かって躍りかかってくる。


「邪魔しちゃダメだよ――、フラムボムスロー」


 魔法名を聞いたと思った刹那。

 背後から飛んできた青い火の玉が五つわしを追い越し、斬り付けようと剣を振りかぶっていたトカゲ五匹に直撃した。爆発と同時に広がった炎が、瞬く間に体表へ纏わりつくようにして広がり、トカゲたちを一瞬で焼き尽くす。

 残る雑魚は六体。

 と、ソフィアがあっという間にわしを追い抜くと、


「今回は雑魚で我慢してあげますわ、勇者様――トルネードグロウ!」


 固まるトカゲたちの中へと潜り込み、側転倒立し体を捩って急回転すると同時、竜巻のような旋風を巻き起こした。

 赤熱する風に紛れ華麗な足技を六体すべてに叩き込む。流れるような動作で地面についていた腕を屈伸させると、ソフィアは宙に跳ね上がった。

 跳躍しながら前宙し、遠心力に乗せた強烈な拳の一撃を大地に叩き付ける!

 地面が割れる程の力が衝撃波を起こし、六体のトカゲは吹き飛ばされると静かに光の粒子となって消えた。


「な、なんだト! この強さ、まさかお前たちが勇――」

「いまさら気づいても遅い! わしは貴様を許さんからな! くらえいッ、ワルド、ストラッシュ!」


 光り輝く白透明のブランフェイムの刀身。逆手に構え、まずアロータイプを飛ばした! ちゃんと足の速さを考慮した腕振りだ。そこは抜かりない。

 が、思った以上に速度が遅く……


「ああン? なんだそのちんたらした技はヨ、ふざけてんのカ? まあ豚にはお似合いな鈍間さだゼ」


 ワイルドリザードは言いながらまた笑い、楽々とアローの軌道から避けてしまった。


「ああ! このトカゲ、避けるでない! ワロスブレイクが使えんではないか! いまから元の位置に戻るのだ!」

「鈍くさいが威力は相当なようダ。そんなものにわざわざ当たりにいくバカがいるかヨ」

「ぐぬぬ、こうなればブレイクだけでも叩き付けてやる!」


 わしはワロスブレイクを早々に諦め、ワルドブレイクを狙って駆け出す。

 間合いを詰め、再び逆手に構えた剣で斬り付ける!


「とうりゃー、ワルドブレイクッ!」

「おせえ、おせえんだヨ」


 ひょいっ、そんな効果音でも聞こえてきそうな軽快さで避けられ――挙句尻尾で足を掬われたわしは地面に向かってブレイクを放つことになった。

 ズドゴーン! とまるで空からドラゴンでも落ちてきたのかと見間違うほど地面を抉り、盛大に土埃を巻き上げてしまう。

 ゴホゴホとむせながら辺りを見渡すと、トカゲのシルエットしか見えない。

 ゆっくりと振りかぶられる曲刀。


「勇者を倒せばオレもリザードロードになれるかもしれねえナ。特に私怨はねえが、消えてもらうゼ、豚パーマ!」


 いまにも振り下ろされそうだった。ダメージの覚悟をした。

 が、その曲刀が振り下ろされることはなかった。

 砂埃の中のトカゲのシルエット、その首元が突然横にずれたのだ。だけに留まらず、土煙も一条の赤い線により分断されていく。

 上下に分かたれ、吹き飛ぶようにして晴れる煙。

 トカゲの背後に立っていた人物を認め、わしは瞠目した。

 冷めた目付きで一点を見つめていたのは、ライアだったのだ。


「……紅死咬べにしこう


 呟き、チン――と童子切を鞘へ納めた刹那。

 首を両断されたトカゲは何故か縦にも無数に斬られており、まるで短冊のようにバラバラになって絶命した。

 光と消えた後には、曲刀だけが残された。


「大丈夫だったか、おっさん?」

「あ、ああ、ありがとう」

「相手が動くことも考えねえと、大技は当てられないぜ」

「う、うむ、今度から気をつけよう」


「そうしてくれ」と言って背を向けるライア。

 わしはその冷たさと迫力になにも言えなかった。

 声もかけられずにまごついていると、背後から小さなため息が。


「勇者様。新技を見せると粋がって出た割に、どれも失敗ではありませんか」

「いや、あれはだな、わしも想定外で……」

「今度はちゃんと見せてね、勇者さん」

「あ、うむ。それはまあ、善処しよう」


 静かな風が流れる中。

 わしは二人から残念だという小言を聞かされながら、オールドブルーへ戻ることになった。

 その間、ライアが口を開くことはなかった――。



 町へ戻ったわしらは町長に報告をし、報酬である50000Gを受け取った。

「君たちに頼んでよかった、ありがとう。この恩は忘れない」との感謝を受け、わしらは町役場を後にする。

 一応もらったGは六人で割り、一人頭8300Gほどに。心優しい女子たちは、端数をわしにくれた。スズメの涙程度ではあるが、いまのわしにとっては涙ちょちょぎれるくらいに嬉しい。

 それに鉄の剣と盾を相当数拾ったため、店売りして10000Gになったから、多少懐も潤ったのだ。

 町役場前の広場にて。

 次の目的地をどうするかという話になり、地図を広げいくつか候補が上がる中――珍しいことにヴァネッサが手を上げた。


「オヤジ、やっぱり旅は急ぐのか?」

「うーむ、そうだな。急ぎの旅であるとは思っているが……。なんだ、行きたいところでもあるのか?」

「……うちの故郷に、な」


 お? もしやこれは、もしかしなくてもお誘いなのか?

 どことなくアンニュイな表情に見えることからも、ついそんなことを考え期待してしまったが。

「オヤジと皆に、話しておきたいことがあるんだ――」と真面目顔を向けられ、淡い期待は文字通り泡沫となって消えた。


「うちが海賊になろうと思ったきっかけと、海の伝説の話を……」


 そう言って海の方角を見つめるヴァネッサの眼差しは、現在ではなく過去を見ているような、そんな気さえした。

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