第125話 竜の巣

 さっそくガーブ山地へ転移したわしらは、ごつごつした岩山を登る。

 一般的な山と違い、ここは緑がほとんどない。見渡す限りほぼ茶色の岩場だ。

 聖都周辺の森の豊かさを知っているからか、殺風景で実につまらん景色に映る。

 だがわしらは目の保養をしに来たわけでも、癒しを求めに来たわけでもない。

 財宝を大事そうに守るというドラゴン、これを討ち、オリハルコンを必ず手に入れるのだ!

 そんな意思を阻むように、次々と魔物たちが現れる。

 ベルファールが放ったであろう竜頭の魔物をはじめ、ギョロ目をした大きな猛禽類に毒性の強いドロドロしたスライム、血肉に飢える腐敗したアンデッド、ダメージを与えると炸裂する小さくても危険なゴーレムなどなど。

 蹴散らしながら先を急ぎ、やがてわしらは山の中腹へとたどり着く。

 そこには、わしらを体内へ誘わんとするようにぽっかりと空洞が口を開けていた。

 ごくりと、知れず唾を飲み込む。


「……エステル、竜の巣の入口はここか?」

「そうだ。この地下深くにレブルゼーレが住んでいる。中は昔から亜人たちのアジトになっているが、お前たちなら大した障害にはならないだろう」

「なるほどな、虎の威を借る狐ってやつか」

「危険だけれど、ここほど安全な場所もほかにないでしょうしね」

「消耗せずに下まで行けるなら、それに越したことはないよ」

「ドラゴンってさ、頼んだらオリハルコンくれたりしないのかなー。それなら楽ちんでいいのにねー」


 楓の緊張感のなさは、いい意味でムードメーカーだな。

 正直ここに来るまでは多少ピリッとした緊張があったし、前のめるような焦燥も感じていたのだが。気楽な一言で、いつもいい具合にモヤモヤを晴らしてくれる。

 皆もきっと楓の明るさには助けられていることだろう。

 よし、と一つ頷き、わしは皆に振り返った。


「皆、準備はよいか?」


 一様に頷き返ってきた女子たちの表情は、覚悟と決意、そして希望に満ちていた。

 心強さを得、そしてわしらは洞窟へ。


 中は真っ暗なのかと思いきや。意外なことに天井が抜けていて、山の頂の方から空がわずかに覗いていた。

 洞窟の中央は大穴が空いており、螺旋状に下へ下へと坂が下る。

 至る所に人骨が多数点在しているのは、おそらく財宝目当てで入った人間が魔物の餌食になったからだろう。

 亜人がアジトにしている。

 エステルの言葉通り、洞窟内はゴブリン、ホブゴブリン、オーガなど多数の亜人種が我が物顔で闊歩していた。

 わしらを見つけるなり嬉々として襲い掛かってくる雑魚どもを、その都度叩き潰しながら下層へ降りる。弱すぎてわざわざ技を繰り出す必要もない。

 下層へいくごとに暗さを増すが、亜人たちがところどころ松明を灯していたおかげで、クロエの魔法に頼る必要がない程度には困らなかった。

 下へ行くにつれ空気は徐々に冷えていき、魔物の数は極端に減っていく。


「階層を三つほど降りたらとんとゴブリン、ホブゴブリンを見なくなったな」

「竜気に中てられてビビってんだろ、っと!」


 ライアは神凪一文字を袈裟に斬り下ろし、オーガを肩口から両断する。

 離れた場所ではソフィアがオーガの足を払い、浮いたところで腹部を蹴り上げてから回転蹴りを見舞い壁まで吹っ飛ばす。汚い血反吐をこぼしながら白目を剥いた魔物は、光の粒子と消える。

 ふぅ、と息をついたソフィアは大穴を見下した。


「でも肌にビリビリくるこの感じ、まだ下がありそうなのに相当なものよ」

「なんだよソフィア、お前もビビってんのか?」

「そういうわけじゃないわ。でも、あのベルファールが封印することしか出来なかったドラゴンというのも、頷けるプレッシャーよね……」


 そう漏らすソフィアの拳は硬く握りしめられていた。

 ドカドカといった岩石の音にふと視線を転じると、クロエが久しぶりにコメットブランチを振るい、小隕石をオーガにぶつけているところだった。

 楓は素早い動きと身のこなしで魔物を手玉に取り、妖刀・淡墨で斬り苛む。

 二人も極力MPの消費を抑えながら雑魚を処理した。


「でもそんなドラゴンが守ってるなら、やっぱりオリハルコンは伝説と謳われるくらすごいってことだよね」

「まあ退治しなきゃなのはちょっと可哀そうだけどさ、オジサンの剣作るためだもんね、しょーがないよねー」


 期待に表情を明るくするクロエと、やれやれと脱力気味に首を振る楓。実に対照的だな。

 振り下ろされた斧を盾でバッシュし、仰け反らせたところを剣で斬り伏せオーガを始末したわしも、穴から下層を覗き込んだ。

 まだ下がある。最下層はまだ見えない。人を寄せ付けないどころか相手にすらしていないような竜の気は、離れていてもビシビシ感じる。

 だがこんなところで臆しているわけにはいかん。わしが最終的に相手取るのは、大魔王なのだからな。


「皆、これより先はより気を引き締めていこう。気圧されては負けだからな」


 皆に向かって告げながらも自分に言い聞かせるようにして、わしは先頭をきって坂を下る。

 四層目に差し掛かる頃にはオーガすら見なくなり。

 七層目に到達すると、ついに竜の巣の最下層を踏んだのだ。

 最下層には巨大な横穴が空いており、さらに奥へと続いている。

 竜気はさらに強さを増し、全身が粟立つような強烈なプレッシャーを与えてくる。

『グルルゥ……』といった唸り声も聞こえてきて、わしらを威嚇していることは明らかだった。

 皆の表情を窺うと、「大丈夫」と言わんばかりの力強い頷きだけが返ってくる。

 背中を押されたような気がして、自然と足は進み出た。

 真っ暗な洞のところどころに、クロエがトーチライトの魔法を放つ。岸壁の至る所に爪痕が刻まれており、この横穴はドラゴンが彫ったものであることが知れる。

 しばらくトンネルが続いていたが、やがて広い場所に出た。

 光に照らし出されたドーム状の空間は広く、その最奥に巨大な影を見つける。

 ベルファールの竜よりかは少しばかり小さいが、それでもクゥーエルよりも大きい。築かれた財宝の山を前に存在感を示す、真っ黒い体に紅い瞳。

 その姿は、あの時に見たベルファールの竜によく似ていた。

 むくりと起き上がって、レブルゼーレは怒気色を強めた瞳でわしらを睨んでくる。


「人間がここまで来るのは初めてだな。大方この財宝を目当てにやってきたのだろうが、命知らずなやつらだ」

「……り、竜がしゃべった、だと? それは絵本の中だけの話じゃ……」

「竜族は知能が高い種族だ、他種族の言語を解し話すのは別段おかしい話じゃない」


 驚愕に目を瞠るわしに、すっとエステルが補足する。

 一人だけ別の種族が混じっていることに気づいたのか、レブルゼーレはエステルに目を移した。


「ほう、ハイエルフが人間と行動を共にするとは。俺が地下で大人しくしている間に、地上ではずいぶん面白いことになっているんだな」

「面白いことなどなにもない。ベルファールによって聖樹が危機に晒されている現状を放置すれば、この大地は再び瘴気によって死の大地となるだろう。そうなればお前もただでは済まない」

「ベルファール、か」


 心中穏やかではないエステルの言葉に対し、忌々しくそう呟いた竜は天井を見上げた。そこに見えない空を映し懐かしむように。

 わしはそれを見て、可能性があるならばと思いダメもとで訊ねてみる。


「レブルゼーレよ。わしらは確かにオリハルコンを目当てにここへ来た。だが必ずしも戦いたくて来たわけではない。新たな剣を作るために、わしらはオリハルコンがどうしても必要なのだ。どうか譲ってはくれんだろうか?」


 竜はわしを横目で一瞥し、頭を垂れると力なく首を横に振った。


「竜族は強き者、または認めた者に従う。オリハルコンが欲しければ、俺を倒し力を示せ――グゥオオオオオオ!」


 レブルゼーレの咆哮が洞内に反響する。

 空気さえも緊張しビビっているのが鼓膜に伝わる。

 気配に八方から脅されているような、身の竦み上がる恐怖は正直初めてだ。

 ゴロツキに絡まれた時も。湖の主をどうにかするため釣り餌になった時も。砂漠の獅子頭を相手にした時も。酒呑童子やオロチ、魔王と対峙した時も。

 あのイグニスベインでさえ、このレベルの恐れは感じてこなかった。

 それほどの相手が眼前で殺意を剥き出している。人間など所詮は喰われる側、そんな絶望的な弱気の虫がまとわりつく。

 剣を持つ手が震える。盾を持つ腕に力が入らない。

 構えすらも取れないでいたそんなわしの背を、不意に女子たちの手が叩いてきた。


「一人じゃねえよ、おっさん。心配すんな」

「今までに感じてこなかった畏れ、それを認められるようになったのであれば、勇者様はちゃんと成長しています」

「それに今までだってわたしたちは、みんなで乗り越えてきたんだから」

「そうそ、なーんも心配いらないし。相変わらずオジサンは緊張しーだね。なんならアタシが隙見てこっそり盗んでくるけど?」

「逆鱗に触れるような真似はやめたほうがいい。暴れられて地下が崩落しては瘴気だまりを作らせやすくなる。あの女の狙いが聖都に絞られているとはいえ、だ」

「エステルは冗談が通じないなー」

「堅物で悪かったな」


 これほど強大な相手を前にしているというのに、女子たちは普段通り振舞い笑い合っている。頼もしく、心強く、そしてありがたかった。


「……すまんみんな。おかげで緊張が和らいだ。勇者がこんなことではいかんな」


 大魔王と戦う前にドラゴンなどに尻込みしていてはいかん。ここへ来る前にそう言い聞かせたはずだ。

 わしはもう大丈夫だと、皆に頷く。

 女子たちは微笑を浮かべた後、武器を取って構えた。


「示せと言うのならば今こそ示そう。わしらの総力をな!」


 わしが先陣を切って駆けだすと、背後で「フッ」と笑い合ったライアとソフィアが、あっという間にわしを追い越していった。――やっぱり!

 いつものこととはいえ、たまにはわしに魁をやらせてほしいものだな。なんて思っていると、竜は口を開け真っ赤な火球を吐き出した。

 前を行く二人は左右に開いて飛んで避ける。球はまっすぐにわしの元へ。

 腰を低くし盾を斜めに傾けて、火球の軌道を逸らせ天井に向けて弾いた。

 瞬間、セヴェルグが淡い光に包まれ意図せずに部分障壁が発動する。

 天井を抉った火球が爆発し石片がパラパラと降ってきた。


「……盾の魔法障壁が発動した、ということは……まさかあやつのブレスは魔法なのか?」

「竜族は竜言語という特殊な魔法系統を持つと聞いたことがある。であるならば、人知どころか私たち妖精族ですらも及ばない高次の知識によるものだろう。いまのはほんの小手調べだと思ったほうがいい。――クロエ」

「うん」


 エステルが促すと、クロエと共にブレスに対するレジスト魔法「エレメンタルフロウ」と「ディヴァインベール」を重ね掛けしてくれた。

 これならば、しばらくはセヴェルグで防御に徹する必要はなさそうだ。

 わしも遠慮なく攻撃に参加しよう。

 ライアは獅子咆哮によって爆発的に闘気を高めると、「紫光黎明ッ!」刀を一閃し、紫色のオーラを解き放つ。

 レブルゼーレは右手のかぎ爪で地面を擦り上げながらオーラを切り裂いた。

 爆発とともに紫の気は白煙となり霧消する。かぎ爪で削られ突風により飛ばされた無数の岩石を、ライアは刀で斬り払った。

 逆側から攻めるソフィアは隙を狙い、皮肉のつもりか気を纏わせた拳で「ドラグーンフィスト」をじかに左肩へ叩き込む。ドガッと鈍い音を響かせ重たい有効打かと思われた刹那、ソフィアが大きく目を瞠った。


「なにこれ、硬すぎるわ……」


 黒い鱗に覆われた体は相当な硬さらしく、ダメージをほぼ与えられていないようだ。

「甘いッ」ソフィアへ振り返ったレブルゼーレは口を開け、カッと先ほどと同じ火球を吐き出す。

「しまっ――」咄嗟に腕を交差させ防御するも直撃は免れず、ソフィアは爆発により大きく吹き飛ばされる。

 レジストによりダメージは軽減されているはずだが、服の袖は焼け焦げ、覗く肌は軽い火傷を負っていた。装備自体にも属性に対する抵抗力があるにも関わらずだ。

 さらなる追撃を警戒し、わしはカバーに入る。


「ソフィア、大丈夫か!」

「少し油断しましたけど、私なら大丈夫です」

「しかしお前さんのあの打撃が効かんとは、馬鹿げた硬さだな」

「ええ。打撃よりも斬撃の方が効果はあるのかもしれないですわ」


 背後に庇うソフィアを窺うと、冷静な口調とは裏腹に焦りの顔を見せていた。いつでも冷静でいる彼女らしからぬ表情だ。


「――土遁、烈針・岩土竜!」


 聞きなれない術名に目を向けると、鋭い石柱が地面から突出しながらレブルゼーレに向かって走っていた。

 竜はそれを嫌うように羽ばたいて飛び上がると、バック宙の要領で回転しながら尾の一撃で術を粉砕する。


「あーっ! アタシの術そんな簡単に壊すなし!」

「ふん」


 鼻であしらったレブルゼーレはホバリング状態のまま、今度は息の長いブレスを吐き出す。猛火は土遁で出来た石柱の道の上を走り、燃やし尽くしながら真っすぐに楓へと伸びていく。


「そんなんくらうわけないっしょ! 土遁、狐面防壁・黒鉄!」


 楓が印を結び地面に手を叩きつけると、狐面の彫られた黒い鉄製の壁が地中から現れ屹立する。火炎は防壁に阻まれて、表面を熱するだけで楓には到達しない。

「へっへーん!」と楓が得意げに胸を張った、その時だ。

 壁の縁が赤熱し始め、徐々に融解していくのが見えた。


「げっ! なん……っ、はぁあああッ?!」


 本人も信じられない様子で、ただただ壁を裏側から見上げている。

 わしは危険を察知し急ぎ駆け寄る。楓の前に立ち、すかさず盾を構えて魔法障壁を展開した。


「オジサン!」

「大丈夫だ、たぶん!」


 その数秒後には防壁が溶けて完全に火炎に飲まれたが、障壁がなんとかそれから守ってくれる。だが、あの時ベルファールの魔法が貫通したように、この魔法障壁は絶対的なものではないようだ。

 常に流動している魔法の力場は、ドラゴンのブレスにより面で押し流され、その部分の壁が徐々に希薄になっていく。

 このままでは破られるのも時間の問題だ。そう諦めかけた時、突然ブレスが掻き消えた。

 なぜかと向こうへ目を向けると、ライアとソフィアが波状攻撃を仕掛け、ブレスを使わせないように動いてくれていた。

 再び地上に降りたレブルゼーレに対し、速さを生かした陽動とかく乱により、二人は互いに攻撃の隙を作りながら技を打ち込んでいく。

 ライアが無刀流の「雪華驟雨」で鋭い氷の結晶を降らせると、ソフィアは「アゼルドラクト」という主に無数の蹴りで構成された技を繰り出した。

 どうやら高めた気を足に集め、鋭く蹴り出すことで発生させた刃で攻撃するもののようだ。打よりも斬に重きを置いていることもあり、ドラグーンフィストよりも有効的に思われた。

 しかし二人の攻撃はやはり硬い鱗に阻まれて、大したダメージにはならない。


「チッ、傷つく程度かよ! どんだけ硬いんだよてめえの鱗はよッ」

「人間程度に負かされるほど軟では、竜族の生き残りとして存在している価値も意味もない。それが矜持であるがゆえにな。生半可な攻撃で俺を倒せると思うな」

「生半可、ね。さすが竜族が言うと重みが違うわ……」

「死にたくないのならば見逃してやってもいいが、引き返すのなら今のうちだぞ?」


 弱者としか見られていないことに苛立つように、再び闘気を高めたライア。

 この噴き上がるような気の高ぶり方には見覚えがある。間違いない、奥義だ。


「生半可かどうかはその目と体で確かめてから言えよッ」ライアは高く飛び上がり、神凪一文字を振りかぶった。「くらえ――無刀流奥義、刃雨大瀑ッ!」


 振り下ろされた刀からドンと放たれた波動は幾百にバラけ、斬撃の雨となって降り注ぐ。その一刀一刀はまさに必殺の一撃だ。

 いくらレブルゼーレが強大であろうとも、奥義をくらってはただでは済まないだろう。

 しかし竜は圧倒的な物量の刃を前にしても動じることはなく。

 ライアの奥義を睨み上げると、冷静にひと際激しい炎を吐き出した。

 闘気の刃は破壊され、次々に誘爆に巻き込まれて消えていく。だがすべてが消し飛ばされることはなく、その半分近くはレブルゼーレへ届いた!

 ザシュザシュといった斬撃音が洞内に木霊する。さすがの竜も翼で体を覆い、攻撃を凌いでいた。

 やがて技が収まると、竜はわずかに裂傷を負った翼を広げてこちらを睨んでくる。その瞳には好戦的な感情さえ垣間見えた。


「まさか俺の鱗を剥がすとは……」


 言葉に目を向けると、地面に何枚かの鱗が落ちていた。

 竜族にも人間の攻撃が通る! そう喜び声を上げかけたのもつかの間。剥がれた部分からすでに新しい鱗が再生を始めていた。


「なっ……これではイタチごっこもいいところではないか」

「クソッ、あたしには奥義連発する余裕なんてねえぞ……」


 イグニスべインを倒したとはいえ、さすがのライアでも奥義を二発撃てるほどのMPはまだ持ち合わせていないようだ。

 このままではいずれジリ貧になる。

 なんとかせねば……。

 焦りから拳を握りしめた時、「――みんな竜から離れて!」と緊迫したクロエの声がした。

 最も近くにいたライアとソフィアが、わしらの元まで戻ってくる。


「インフェルナルマグナス!」


 クロエの魔法が唱えられた刹那――レブルゼーレの足元が地割れを起こして大きく陥没した。「ぬぅ?」飲み込まれるようにして竜が姿を消した直後、穴から真っ赤な光が漏れ出てくる。

 やがてドロドロとした溶岩が焔と共に噴きこぼれ、竜を釜茹でにした。その様子は、いつか読んだ地獄の大釜のようだ。


「これまたなんちゅう魔法を……」

「火と土属性の混成魔法だから、詠唱に時間かかっちゃったけど。単属性で撃つよりもきっと効果があるんじゃないかなって思って、試してみたんだ」

「なるほど。あやつは鱗がまだ再生途中でもあるからな、火傷くらいは負ってくれそうな気もするが……」


 果たしてどうだろうか。

 誰もがこの程度で倒せるとは思っていないところが、竜族との圧倒的な戦力差を如実に物語っているな。

 しばらく待っても反応がなく、けれども油断することも出来ぬまま、じっとマグマ溜まりの様子を窺っていると。瞬間的に溶岩が盛り上がり、巨大な塊が上空へと飛び出してきた。

 辺りに飛び散ったマグマがジュワっと地面を焦がす。

 レブルゼーレは全身に浴びた溶岩を竜気の発散で吹き飛ばすと、上空で浮揚する。

 その口から火炎が漏れているのを見咎めて、またブレスを吐くつもりだと直感した。

 ここはいよいよ、わしがなんとかせねばなるまい!


「――レブルゼーレよ、ちょいと待てい! いまさらだが今度はわしの出番だぞ! この聖なる雷をくらうがいい――ギガルデイーン!」


 イグニスベインの火柱を破壊できたからという理由で、試しに撃ってみる。

 天井付近から一気に降ってきた極大の雷撃は、竜の鱗を伝い全身に行きわたる。 パリパリといった感電が目に見えたが、……あまり効果はなさそうだった。


「えぇ……まさかわし、テンパってワルデイン撃っちゃったのかな? 天パは天パだが……」


 頭を抱えたその時、「ん?」とレブルゼーレが小首を傾げた。


「この雷撃魔法……まさかお前は勇者なのか?」

「ん? ……そうだが……。まあどうせお前さんもわしのことを「らしくない」とでも言いたいのだろうが、残念ながらわしが勇者だ文句あるか!」


 半ば逆ギレのような形で強く口にすると、竜はクックと愉快げに笑った。


「こいつは面白い、まさか勇者と相まみえることになろうとはな。所詮は伝説かと思っていたが、長生きはしてみるものだ」


 翼を大きく広げたレブルゼーレは、急に大咆哮を上げる。一気に高められる竜気。

 ビリビリと空気を震わす、吹っ飛ばされるようなプレッシャーに全身が押さえつけられるようだ。


「勇者よ、お前の力が本物かどうかをいまここで試してやる」

「試すだと?」

「そうだ。俺の攻撃を凌いでみろ」

「凌ぐだけでよいのか? お前さんを倒すの間違いでなく?」

「倒せるのならやってみろ、その半端な剣で出来るのならな」

「ゴルディール王の剣を馬鹿にするでない。そこまで言うのならばいいだろう、その試練受けて立つ。皆は手出しをせんでくれ」


 わしは進み出て武器を構えた。

 名指しされた意味を女子たちも分かっているのだろう。これはわしにだけ課せられたものであることを。だから皆、なにも言わずにただ視線を送ってくれていた。

 勇者として、男として。この試練、しくじるわけにはいかん。

 眼前にはバサバサと翼を仰ぐレブルゼーレ。

 その口元からは、今までに見たことがない青黒い炎を漏らしている。

 カッと一瞬口内が煌めくと同時、竜の口先で広がった魔方陣。その先でまるで紡がれるようにして火球が作り出されていく。収束する高周波が耳に障る。

 見るからにやばそうな大火球だ……あんなものわし一人でどうにかできるのだろうか。


 だがしかし、試練というものはその人間にとってクリアできないものを言うのではない。乗り越えられないものなど、ただの無謀な挑戦だ。

 レブルゼーレがわしに試練だと言った。わしの力を見込んでのことだとしたならば、わし一人でどうにか出来るはず。

 いままで戦ってきたことを、積んできた経験を、実感した成長を思い出せ。

 皆がいたから戦ってこられた、だがわしも頑張っていたはずだ!

 この一撃にすべてを込める気持ちで、わしはゴルディールの剣に気を溜めた。

 チャージはブレイク五発分。四発までなら剣が耐えてくれることはイグニスべイン戦で実証済み。その時よりもグレードが上がったこの剣ならば、五発は可能だろう。そう考え試してみたが、案の定ヒビの心配は、ない。

 ぐっと中段に構え、剣先を竜へ向けた。


「これならば、いける!」

「ではいくぞ――ケイオスフレア」


 ドンと放たれた青黒い大火球。

 一呼吸する間もなくわしの元まで飛んできたそれを、オーラの噴き上がる剣で受け止めた。


「ぐぬぅう、お、重いぃいい」


 想像以上の勢いで、いまにも腕がもげそうだ。

 だが押されるわけにはいかん! わしの後ろには守るべき女子たちがいる!

 だがこのままこの状態が続けば、わしもろとも爆散してしまうだろう。

 五発分……か、――ええい迷っている暇などない!


「ぬぉおおおおおおおお!」


 わしは六発目の気を剣に伝えた。さらに噴き上がる輝くオーラ。

 わずかに火球を向こうへ押し返せた気がした。それでもまだ足りん!

 無謀な挑戦にしないため、わしはさらに力を振り絞る! 剣よ耐えてくれと心の中で叫びながら七発目をチャージした!

「むっ?」と小さく驚くような竜の声が聞こえる。

 腕にかかる負荷が先ほどよりもさらに軽くなった。

 ここまでくればもうヤケクソだ!


「――ならば八発目ぇえええええ、いくぞぉぉおおおおおおお!」


 全身の血管がぶち切れるような感覚がする。

 だが皆を巻き込んで死ぬくらいならば、死力を出し尽くしてこいつをなんとかしてから一人死んでやる!

 そんな思いを爆発させるように剣の柄を握った。

 ワルドブレイク八発分の剣気は光の柱のように伸び、押す腕を引っ張ってくれるような力強ささえ覚える。

 わしはその勢いを信じ、任せ、「うぉおおおおおお!」と腕を上方へ思いっきり振り抜いた!

 跳ね返した火球は天井へ向かって飛んでいき、その勢力を保ったまま洞窟をその上の岩盤を繰り抜いて――ついには山を突き抜けた。

 あまりの疲労で仰向けで倒れたわしの視線の先に、遠く青い空が広がっている。

 その時、ドゴォオオン! といった爆発音が響いてきた。どうやらケイオスフレアが外で爆発したらしい。

 けっこうな距離があるにもかかわらず、耳を劈くものすごい音だ。ここで爆発していたらと思うとゾッとする。


 剣を支えに立ち上がろうとし、剣先を地面に突き刺した瞬間だ。

 バキバキン! と剣身が一瞬で崩壊した。見れば柄までヒビが入っている。これではもうわしは戦えん……。

 恐る恐る竜に目を向けると、ゆっくりと地上に降り、そしてこちらへと歩いてくる。

 わしらは息を飲み、緊張を噛み殺す。

 するとレブルゼーレはふっと笑いながら言った。


「まさかケイオスフレアを弾くとは思いもしなかった。お前の勇者としての実力は、確かにちゃんと具わっているようだ」

「――では……」

「ああ、認めてやろう、その力。オリハルコンもくれてやる」

「……レブルゼーレよ、礼を言う。これでこの先も戦い抜くための剣を手に出来る」

「なに、礼を言うのはこっちになるかもしれん」

「それはどういうことだ?」


 訊ねると、レブルゼーレは静かに語り始めた。


「ベルファールが従えている邪竜、名をマディルと言うのだが。あれは俺の母だ」

「母親……?」

「そうだ。昔、奴に襲撃された竜の里で、幼い俺を守るためにマディルは力を与えると同時に俺を逃がした。隠れながらやがて年月が過ぎ、俺はこの地で順調に育った。そんなある日、俺がここにいることを知ったベルファールに強襲されたんだ。その時に母の姿を久しぶりに見た。奴に洗脳され傀儡となったマディルをな。俺は母を取り戻そうと戦いを挑んだが、やはり奴は強かった。竜の里を壊滅させるほどのドラゴンキラーだ、それも当然だろう。だがマディルの力を引き継いだ俺を、奴も屠ることは出来ずに、俺はこの地に封印されることになったんだ」


 力なく首を振るレブルゼーレの姿は、自身の無力さを嘆いているようでもあった。


「それでそのこととお前さんが礼を言うことになるというのは、どう繋がるのだ?」

「おっさん、察してやれ」


 やわらかな声音で窘めるように、ライアが声をかけてきた。

 鈍さに呆れるみたいに肩をすくめると、補足するようにソフィアが口を開く。


「つまり、レブルゼーレは母親を……」


 そこで言葉を切ったソフィアの表情は、どこか辛そうだ。

 皆の表情も暗い。その感情を察するに……そういうことなのだろう。


「……もう、救うことは出来んのか?」

「無理だろうな。洗脳されて長い。お前たちの一生を三度繰り返す以上の時間そんな状態だ。もうまともに会話すらも出来ないだろう……だから……」


 目を伏せたレブルゼーレに近づき、わしはその大きな爪に触れた。


「分かった。お前さんがけじめを付けに行くというのならば、わしも付き合おう」

「悪いな……付き合わせて」


 申し訳なさそうに頭を垂れる姿から、竜族であることを忘れてしまいそうなほどの弱々しさを感じた。

 わしは気にするなと、やわらかく首を振る。


「では一先ず、オリハルコンを聖域に持ち帰ろうと思うのだが。お前さんはどうする? ベルファールが襲ってこんとも限らんから、一緒に来てもらった方が安全と思うのだが……」

「ああ、それでいい。そこのハイエルフが良いのであればな」

「私は構わない。竜気が発散されていれば、森にいる魔物も少しは怯むかもしれないし」

「よし、ではさっそくゴルディール王を連れに戻ろう――」


 それから。

 レブルゼーレに財宝の山の中からいろいろ分けてもらい、剥がれ落ちた竜鱗まで貰い受け、そして念願のオリハルコンも手に入れることが出来た。

 光り輝く鉱物。熱く、温かく、すべての闇を払うような力強い輝きだ。これならばすごい剣が出来る、わしはそう直感した。

 そしてわしらはエステルの転移魔法でいったんラグジェイル地方へ戻り、ゴルディール王を連れて再びユグドラシルの地へ飛んだのだった――。

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