第126話 ドワーフ王の孫、リディル

 ゴルディール王を連れて聖都エーデルクルスへ戻ったわしら。

 まさかドラゴンまで一緒に連れ帰ってくるとは思いもしなかったのだろう。ハイエルフたちは目を丸くし、芝の上に伏せるその黒く巨大な姿を遠巻きに眺めていた。

 緑溢れる聖域の景色を見渡しながら、ゴルディールが口を開く。


「女王と姫さんはやはり来られないか……」

「申し訳ありません。種のトップが会することが礼儀とは思いますが――」

「なに気にするな。聖樹の様子を見れば、今まさに障壁を展開していることは理解できるからな。女王もそのサポートで付きっきりなんだろう?」


 エステルの言葉を遮って、ゴルディールは聖樹を遠目に見上げる。

 言われてみれば聖樹は前よりも生命力にあふれ、ふわふわとした光の粒子を宙に放出していた。それは聖域どころか森全体を包むような温かさで、この地に息づくすべての命を活性化させるような力強さに満ちている。

 アルティアが地下の瘴気溜まりをどうにかするため、ユグドラシルの麓の台座に聖剣ヴェルティーユを刺して、絶えず魔力を注いでいるのだ。プリンセスも頑張っている。

 顔に似合わず気遣いの出来る懐が深い王へ、エステルは胸に手を当てながら会釈した。


「ご理解いただき感謝いたします」

「それより、早いとこオリハルコンを鍛えたいんだが。聖域の工房とやらはどこにある?」

「工房は地下にあります。炉は少々特殊ですのですぐに準備させます」


 エステルは一枚の葉っぱを取り出して口元へ当て、草笛を吹いた。

 ピィー! と甲高く響いた音が風に消える。すると竜を遠巻きに眺めていたハイエルフたちの中から百余名が、わしらの元まで駆けてきた。

 皆一様に杖を手にしローブに身を包んでいるところから、魔導士かと思われる。

 さっそく転移の魔方陣を彼女らの足元へ展開したエステルへ、わしはそれとなく訊ねた。


「エステルよ、特殊というのはどういう意味だ?」

「炉の火はハイエルフの魔力によって起こすんだ。ドワーフの町でゴルディール王が言っていた通り、生半可な炎ではオリハルコンは鍛えられない。そこで活用するのが炉に繋げた増幅装置だ。魔力を倍加させられるのだが、純粋でかつ洗練された炎を生み出すには熟達の技が必要になる」

「この者たちがそれを行うのか? 見たところ若い女子たちだが……熟達者……?」

「これから送る者たちは、ハイエルフの中でも特に魔法に特化したウォーロックのクラスだ。心配はいらない」


 魔方陣から光が迸り女子たちの姿を覆い隠す。その光が収まると、すでにハイエルフたちの姿は忽然と消えていた。

 百人近くを一気に移動させるとは……間近に見るとやはりすごい魔法だなと改めて思う。

 まあエステルが心配するなと言っているのだし、信じるしかないな。


「さてと、それじゃあ俺も準備に取り掛かるか」


 そう言って、ゴルディールは担いでいた大きな袋を地面に下ろす。歪な形に膨らむ袋から突き出る長い柄は、倒れることなくその形をキープしていた。

 メインに使うであろう手入れされた大金槌は背負っているし、ゴーグルは首から下げている。細かな作業に使うであろう数々の道具も、腰のベルトやたすき掛けにしたベルトにたくさん付いているし……。

 ここへ来る前から少々気になっていたそれについて、わしは訊ねた。


「お前さん、ほかにもなにか道具を持ってきているのか?」

「いや、道具は身に着けてるやつですべてだ」

「では一体なんの準備を――」


 疑問を口にしかけたその時、突然袋がもぞもぞと動き始めた。

 驚く暇もなく袋の口がガバッと開くと、中から栗色の髪をした少女が姿を現したのだ。


「ふぃー、やっと出られた」


 なんてことを疲れた調子で呟くショートのツインテール少女。

 オーバーオールに革の手袋、ブーツを身に着けていて、動きやすそうな身なりをしている。腰ベルトに付けた道具類、背中には身の丈に合っていない、ゴルディールと似たような大金槌。その見た目はまるで鍛冶師だ。

 場にいる皆の目が点になっている。そういうわしも驚愕に開いた口が塞がらん。

 何者だという思考が割って入る前に少女はすっくと立ち上がると、不満顔を浮かべてゴルディールに向き直った。


「オジジ、下ろすのが遅い!」

「オジジじゃねえ、じい様と呼ばねえか」

『……じい様?』


 唖然としていた者たちが、小首を傾げ口を揃えて言った。

 少女はこちらを振り返ると、なぜかわしの元まで寄ってきて値踏みするように見上げてくる。

 その視線に妙な威圧感を覚え、思わずたじろいでしまう。


「な、なんだろうか……?」

「へぇ、キミがセヴェルグ使ってるの。てことは勇者ですか? もっとかっこいいのかと思ってたらただのオッサンだ」

「んなっ!? なんちゅう失礼な子供だ! わしが勇者で悪いか!」

「ガキに子供呼ばわりされる筋合いはないです」


 子供にガキ呼ばわりされる、四十三のわしって一体……。

 惨めな気持ちと、子供相手に怒るのは大人げないという気持ちに葛藤する。

 そんな折、ゴルディールが少女の頭を軽く小突きながら言った。


「これでも一応頑張ってんだ、そう言っちゃ可哀そうだろ」

「ゴルディール王よ、フォローが微妙だぞ……」

「そんなことより、自己紹介してやれ」


 そんなことって……。

 相変わらずわしの扱いが雑なことに肩を落とすと、ゴルディールに促された少女は背負っていた金槌を下ろしてわしらを見渡した。


「あっちはリディル、オジジの孫ですよろしく」

「孫……? そういえば先ほど『じい様』と呼べと言っていたが……孫っ!?」

「なんだ、俺に孫がいちゃ悪いってのか?」

「そうは言っとらんが……」


 まさかドワーフに女子がいるとは……いや、別に不思議はないが。

 にしてもゴルディール王に孫が……。娘すらおらんわしは、なんだか負けた気になってくる。

 わしが一人呆然としていると、女子たちが興味深そうな顔をして少女に声をかけた。


「へえ、ドワーフの女なんて珍しいな。たしか滅多なことじゃ人前に姿を現さないんだろ?」

「そうです。あっちはちょうど今日百歳なんで、人前に出ることを許されたの」

「百歳。どおりで勇者様を子ども扱いしたわけね」

「といっても、あっちもドワーフの中では子供同然なんですけど」


 笑い合う女子たちは適当に自己紹介を交えつつ会話に花を咲かせる。


「ところで、リディルちゃんも金槌持ってるけど、鍛冶師なの?」

「はい。あっちはオジジの助手として連れてこられたんですよ、勇者の剣を鍛えるための相槌として」

「見るからに経験値低そうだけど、ホントに大丈夫?」

「その点についてはオジジからどうぞ」


 皆の視線がゴルディールに注がれる。

 わしも不安な眼差しを向けた。

 ゴルディールはリディルの頭にポンと手を乗せると、ニカッと快活な笑みを浮かべる。


「なに、鍛冶の腕なら折り紙に墨付けてやる」

「だから、それではびしょびしょだろうに……」

「まあ言葉の綾だがな、それでも信頼してくれていい。相槌としてはリディルほど頼もしいヤツはいねえからな。なんせ俺の孫だし」

「それは祖父バカというやつでは……。そもそも百歳でもドワーフの中では子供だと言っていた、この娘御がか?」

「ああそうだ。それにお前はその恩恵を一番に受けてるはずだぞ」

「わし……?」


 言われ、先ほどリディルに言われた言葉をふと思い出す。『へぇ、キミがセヴェルグ使ってるの』

 ……って、まさか……。


「もしかして、セヴェルグの盾を鍛えた際の相槌は……」

「ああ、リディルだ。あの時はまだ誕生日じゃなかったから、人前には出られなかったが」


 そういえば。思い返してみると、一人で鎚を振り下ろすにしては、金属音がテンポよく連続していた気がする。

 つとリディルに目を向けると、どんなもんだと言わんばかりに胸を張っていた。

 わしは、静かに頭を垂れる。


「……すまん、お前さんを見くびっていた。まさかセヴェルグを共に鍛えてくれたとは……。わしにとってはありがたく大変に重宝している。いまここで礼を言いたい、ありがとう」

「いえいえ、いいんですよ。アダマンタイトなんて希少鉱物をしかもあの大きさで扱えるなんて、一生に一度あるかないかでしたし。それに今度は伝説のオリハルコンじゃないですか! それこそ鍛冶師垂涎の素材だから気合も入るってもんですよ!」


 気にするなと、鎧の上から腹をポンポコ叩かれる。

 リディルの気持ちの良い笑顔に、ほんわかと心が温められる気分だ。

 ゴルディールはリディルの背を叩くと、やる気しかなさそうな顔をして言う。


「よし、とりあえず孫の紹介も終えたことだ。俺たちはさっそく地下工房へ向かおう」

「そうだねオジジ、最強の剣を鍛え上げようよ」

「ああ、頼りにしてるぞ。――エステル、俺たちを送ってくれるか」

「分かりました。炉の方も準備が整う頃合いですので。では剣身の方はよろしくお願いします」

「任せておけ。ところで、鞘と柄はどうなっている?」

「もうすでに材料は工房へ運ばせてあります。職人も剣身の完成を待っていますよ」

「俺たち次第ってことか。よし、なら急ぐとするか」


 エステルが地面に魔方陣を展開する。

 静かに光が立ち上り始めたところで、ゴルディールは不意にわしへ目を向けてきた。


「ワルド、あの時の約束は必ず果たすぞ」

「うむ、最高で最強の剣。お前さんたちならば、きっとやってくれると信じている」


 ふっと微笑をこぼしたゴルディールとリディルの姿が光に包まれる。

 次の瞬間には、頼もしく感じられた二人の姿は揃って消えていた。

 いよいよ始まるのだ。わしの、わしだけの剣の製作が……。


「ところでエステルよ、わしらは工房へ行かんでもよいのか?」

「工房の炉は繊細な魔力コントロールを必要とする。集中力と精神力を乱させないため、古来から最低限の人数しか入れないのが決まりだ。だから立ち入るのは遠慮した方がいい。いくらお前が勇者でもだ」

「そうか。まあ心配せずとも、あの二人ならば成し遂げてくれるだろう。そう信じているしな」


 そういうことなら仕方ないと頷いたところで、一つの気がかりが脳裏をかすめた。

 セヴェルグの魔法障壁についてだ。

 物理に関しては鉄壁で完璧だろうとは思うが、ベルファール、そしてレブルゼーレの魔法に対して脆弱な部分が垣間見えた。

 無視できない程度には障壁が厄介だが、まだ不完全。ベルファールはたしかにそう言っていたのだ。

 エステルならばなにか分かるかもしれん。一縷の望みというほど大仰ではないが、訊ねてみることにする。


「エステル。お前さんはこの盾に刻まれた古代女神文字について造詣が深いと思うのだが。ベルファールが魔法障壁について不完全と言っていたことに関して、なにか分かることはないか?」


 エステルがまんじりと盾に刻み込まれた文字を見つめる。

 ややあって「……なるほど」と呟いた。


「物理と魔法軽減の加護をもたせてあるな」

「アルティアに見せた時もそう言っていた。だがベルファールが言うには不完全らしいのだ」

「それはそうだろう」


 ごく自然に呟かれた言葉に目を瞠る。


「それはどういうことだ?」

「古代女神文字は、女神の祝福があってこそ初めて輝く。刻んだだけでは能力は半減だ」

「ということは、この世界のどこかにいる女神に直接会わねばならんということか?」

「そういうことだ」

「とすると、それまではベルファールの魔法が貫通してくると?」

「まあそういうことになる」


 なんということだ……。あんな小手調べ程度の魔法でも貫通するのでは、それ以上の魔法を放たれたら、下手したら死んでしまうではないか……。

 いまからそんなことを気にしても詮無いことだが。

 むむっと眉根を寄せるわしに代わり、それを訊ねたのはライアだった。


「それでその女神ってのはどこにいるんだ?」

「北の海に島がある。たしかそこに塔を構えて住んでいるという話だ」

「じゃあ今から行けば、剣が出来上がるまでには帰ってこられるわね」


 ソフィアの言葉にエステルは首を横に振る。


「それは無理だろう。たしか何かの証がなければ島へ立ち入ることすら出来ないはずだ」

「その証って、どこにあるの?」

「分からない。女神の塔についての詳しい記述などは聖都にもほとんどないからな。その程度の情報しか知らない」

「じゃあダメじゃん。オジサン、当分は諦めるしかなさそーだね」


 クロエと楓からポンポンと背を叩かれ励まされる。

 魔法を主に使用してくるベルファールに対して障壁が役立たんのであれば、剣に期待するしかない。

 どのような物が出来上がるのかまったく想像もつかんし未知数だが、ゴルディールとリディル、そしてハイエルフたちの技術力頼みになるだろう。

 完成を楽しみにしたい心と、いつ襲ってくるかも分からん緊張。

 ない交ぜの心を持て余しながら、そうして時間は過ぎていくのだった。

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