第115話 ユグドラシル地方へ向けて

 イグニスべインを倒したわしらは、報告するため一先ず朱火のいるエイレム村へ向かう。もちろん一度行った村だ、グリフォンの尾毛を用いてな!

 わしらが戻ると、朱火をはじめ村人たちが総出で迎えてくれた。


「お前たちならやれると信じていたよ」

「うむ。止めはライアが刺したのだぞ、お前さんが授けた技でな。あれはかっちょよかった」


「ほう」と朱火は感心し、ライアへ視線を転じる。


「いっちょ前に止めとは恐れ入ったな」

「みんながいてくれたからだよ。あたし一人じゃ、あいつには絶対に勝てなかった」

「長旅を共にしてきた信頼と、チームワークか……。しかしなるほど。聞くほどに私が奴に勝てない理由がよく分かる、含蓄のある言葉だな」


 得心がいったと大きく頷く朱火。負けた故の言葉の重みを感じさせる。

 たしかにライアの言う通りだ。誰一人として、あの魔物を単独で倒せるものはいないと思えるほど、イグニスべインは強かった。そして最後まで武人だった。

 それを胸に刻むライアの言葉にもまた、勝者としての言葉の重みと成長を感じる。


「それより、戦いで疲れたろう。今夜は泊まっていくか?」

「その申し出はありがたいが、報告せねばならん者が他にもいるのでな」

「あぁ、エイルローグの王女か」

「うむ」


 わしが頷くと、脇から一歩進み出たクロエが村人を見渡しながら言った。


「王女様はエイルローグを再興させようと決意しました。どうか皆さんも、彼女の助けになってあげてください。世界は違うけれど、上の世界のロクサリウム王女として、わたしからもお願いします」


 頭を下げるクロエに一瞬ざわつく村人たち。

「アリシア様がエイルローグを……」「上の世界の王女様? 上にも世界があつたのか」「やっぱり庶民とはオーラが違うわね」「もうあの魔物はいないわ。私はアリシア様についていく」「ああ、俺たちにも出来ることがあるはずだ」

 沸き立つ人々が主に口にするのは、アリシアを助けようとする温かい言葉だった。

 それを眺めていたクロエが柔和な笑みを浮かべる。「ありがとう」そう呟いた彼女の目尻に、涙が光っていた。


「ではそろそろ行こうか」


 わしは暇を告げようと皆に声をかける。

 一様に頷く仲間たちの中、ライアが一人、朱火の元へと歩いていく。


「すべてが終わったら、また会いに来るよ」

「なんだ? 師匠シックってやつか? お前はお子様だな」

「ちげえよ、子ども扱いすんなって言ってんだろ」

「別に無理して会いに来なくてもいいんだぞ?」

「無理じゃねえ。ったく素直じゃねえよなアンタ」

「弟子の前でデレるとかないからな、期待するんじゃないよ」

「そうかよ、けど意地でも会いに来るからな!」

「あー分かった分かった、勝手にしろ」


 面倒くさそうに追い払うみたいに手を振る朱火の表情は、満更でもなさそうに唇が歪んでいた。本当に素直じゃないな。

 わしらは村の出口までやってきて振り返る。

 すると思い出したように朱火が口を開いた。


「あ、そうだ。エイルローグの王女に伝えてくれ。私たちが出来ることはなんでも協力するってね」

「分かった、たしかに伝えよう」


 朱火、そして村人たちに手を振って、今度こそわしらは村を発ったのだ。



 森を抜け、わしらは東の岬を目指した。

 地下への入口は町や村ではないため、グリフォンの尾毛が使えないのが少しばかり不便だ。

 使えたところで町があるのは地下だからな……その場合どうなるのだろう。地面に刺さるのか? そんな状態を見られでもしたら、魔物にすら指をさされて笑われそうだ……。

 草原からやがて荒れ地へと入ったわしらは、ごつごつした岩場の岬へやって来る。

 正方形の鉄製の扉を前にして、ライアがぽつりとこぼした。


「この先か、ドワーフがいるのは。ちょっと緊張するな」

「お前さんは初めてだからな。でも大丈夫だ、彼らは懐深いからな」


 扉を開けて、わしらは地下坑道へ下りる。

 分岐ごとにある案内板に従い、そして町への入口である鉄門までやってきた。

 すると以前はなかったレバーのようなものが岩壁に設えられており、その脇には注意書きがされていた。

 どうやら重い扉を開けるわしらを気遣って、ドワーフが開閉レバーを作ってくれたらしい。

 感謝しながらレバーを倒すと、鉄門は両開き、わしらを町へと誘った。


 石造りの灰色の町を奥へと進む。

 町行くドワーフたちがわしらを見るなり、「おかえり!」や「おつかれ!」と労ってくれた。魔物たちの様子で四天王が消えたことを薄々感づいているのだろう。

 高台の上に建てられたドワーフ王の家は静まり返っていた。

 すると中から急に慌ただしく駆けてくる足音がし、石の扉が勢いよく開いた。

 出迎えてくれたのは、以前世話になったラウスだ。


「よく戻ってきた! 王もアリシア王女たちもお待ちかねだ」


 家の中へ入ると、椅子に腰かけたドワーフ王、アリシア王女と騎士ネリネがわしらを待っていた。


「無事だったか、勇者ワルドと仲間たち」

「うむ、お前さんの盾がずいぶんと役に立ったからな。皆ぴんぴんしておるよ」

「そうだろう、やはり俺の作ったセヴェルグは至高だろう。エルフにだって負けやしねえ! ガハハハハッ」


 哄笑する王の声が部屋に反響する。かなりやかましいが、我慢するほかないだろう。恩人だしな。


「そちらの方は、以前言っていたもう一人のお仲間ですね?」


 掻き消されぬように声を上げるアリシア。あまり声を張ることがないだろうに、なんとも健気な姿だ。

 彼女の声が聞こえた途端、王は笑うのをピタリとやめて口を閉じた。彼も空気は読めるらしい。

 ライアは一歩進み出ると小さくお辞儀をした。


「あたしはライア。話は道すがらみんなから聞いたよ。エイルローグの再興を妨げるイグニスべインはもういない、安心してくれ」

「私はアリシア、そして侍従のネリネです。ありがとうございます。あなた方を信じていて、よかった」


 やわらかく微笑むアリシアの元へクロエが歩み寄る。腰を屈めると、膝の上で重ねられたたおやかな手に、優しく手を重ねた。


「アリシア様。エイレム村のみんなもお手伝いしてくれるそうです。この先大変なことも多いと思うけど、頑張ってください」

「クロエもありがとう。いつかきっと、人々が安心して暮らせる国を取り戻してみせるから。そうしたら、また訪れてくれる?」

「その前にお手伝いに行きます」


 クロエの申し出に、アリシアは丸く目を瞠った。次の瞬間には「ふふっ」と口元に手を当てて笑う。


「あなたって人は、どこまで優しいの……。でも、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」


 金と銀の王女が手に手を取り合って微笑み合っている。

 なんとも芳しい香りが漂うステキ空間だ。

 ……こらドワーフ王よ、そこでむさくるしい髭面の野蛮を持ち込むでないっ。

 玉座が奥にあるから仕方がないとはいえ、座る位置が問題だな。


「ところで、あなたたちはこれからどうする?」


 二人の様子を温かく見守っていたネリネは、体をこちらへ向けると訊ねてきた。

 ソフィアが顎に手を添えて、思案顔で答える。


「一先ず南の大陸へ向かうことになるわね。オリハルコンの情報が入ったから」

「オリハルコン。伝え聞く伝説の鉱物、か」


 伝説ならと、皆の視線が何か知っていそうなドワーフ王へ向く。

 王は首筋を掻きながら、渋面を浮かべた。


「オリハルコンって言ったら、そりゃあもうすげえ伝説だぞ。すげえ以外の言葉が出て来ねえくらいすげえ。アダマンタイト以上に謎の金属だ。生半可な火と鉄じゃ鍛えることすら難しいらしい。はっきり言って、俺も見たことはねえ。大陸にいるハイエルフどもが知っているかもしれねえが……」


 そこで言い淀んだことが気になり、わしは追求した。


「が、何だというのだ?」

「やつらはドワーフどころか人間も毛嫌いしている。お前たちが訪ねたところで取り合うかどうか……」

「なにか手はないのー?」


 のんきな楓の言葉に、王はう~んと頭を悩ます。


「ハイエルフが好きそうな物でも持ってけばさ、気を許してくれるんじゃない?」

「そもそも俺は奴らがなにを好むかなんて知らん、嫌いだからな。だがまあ、お前たちは勇者の一行なわけだ。それだけでも取り合う要因にはなるだろう。ユグドラシル地方へ行った時にでもおいおい考えろ」


 ここへきてかなり投げやりな……。

 まあしかし、いままでもそうしてきたのだ、今さらだな。

 それに、わしらは上の世界でエルフと関係している。それがなにかきっかけとなればよいが……。


「そういえば、ユグドラシルって世界樹よね? もしかしてハイエルフはその世界樹の守り人なの?」


 思い出したようにソフィアが訪ねると、王は「ああ」と頷いた。


「大陸の中央に位置する森のど真ん中に大樹が存在している。その森にハイエルフの住み家がある。生意気にも太古からの遺跡に住んでやがる」


 世界樹……世界樹…………?


「むっ! 世界樹ッ!!」

「なんだいきなりデカい声で?」

「いや、な、なんでもないのだ……」


 思い出したぞ! たしかわしがハーレムに誘った時、上のエルフの女王リーフィアが言っていた言葉だ。『世界樹の花冠を持ってきたら考える』と……この世界にあったのかっ!

 これは希望が湧いてくる事案だ。もれなく近衛隊長のレニアも付いてくるからな。むふーん、俄然やる気が出てきたぞぅ!


「いざ、そうと分かれば南に急ぐぞ! そのユグドラシル地方とやらに!」


 いまにも家を飛び出さんと踵を返した時、「一人滾っているところ悪いのだけど……」と遠慮がちにオルフィナが言った。


「どうしたのだ?」 

「私は、この地に残るわ」

「もしかして、旅に疲れたのか?」


 わしが訪ねると、オルフィナは「いいえ」と首を横に振る。小さく吐息をついて目を伏せると、滔々と語り始めた。


「以前からずっと考えていたの。私はなにをしたいのか。吟遊詩人は見分を広め、人や自然の営みを識り詩にして唄う。連綿と続いてきたそれが基本的な生き方なんだろうと思っていた。だから私もそうしなくちゃと思って旅していた。でも、それだけじゃないと考えるようになったわ」


 オルフィナはアリシアとネリネを見て続ける。


「滅びた国を再興しようと頑張ろうとする人を見てね。その歴史を語り伝えていく、そんな人生もいいんじゃないかって思ったのよ」

「それは、お前さんが決めたことなのだな」

「ええ。わがままだってことは分かっているわ。でも、私は彼女たちを、国を、人々を、その歴史を。これから語り継いでいきたいの。……あなたたちと出会えて、私はいい意味で変われた気がする。両親のことだってそう。……感謝しているわ」


 改まって礼を言われるとむず痒い。

 しかしこれで腑に落ちた。町を出る前に彼女の表情が曇りがちだったこと、口数が妙に少なかったのは、このことを考えていたからなのだ。

 きっと自分のわがままを聞き入れてくれるか心配していただろうし、わしらが受け入れたとしても、彼女自身が罪悪感を抱えることは覚悟していたのだろう。

 真に心のこもった感謝の言葉に、ふとそんなことを思う。

 わしはオルフィナの目を見つめて口を開いた。


「わしらこそ、お前さんには感謝してもしきれんよ。短い間だったが、共に旅を出来たことを嬉しく思う。お前さんにはお前さんの人生がある。別れは辛いものだが、なにも今生というわけではない。お前さんが決意したことなら、わしらにはなにも文句は言えん。その決意を、皆で応援しよう」


 仲間たちを見渡すと、皆一様に頷いてくれた。


「ありがとな、オルフィナ。楽しかったぜ」

「いままで世話になったわ。あなたはあなたの生き方を」

「またすぐに会いに行くよ、ありがとう」

「吟遊詩人がんばれ~!」


 労いと礼を受け、オルフィナは瞳に涙を浮かべ、そして笑った。その拍子に涙がひと雫零れ落ちる。

 その涙は、わしらの心をも温める、思い出の涙となった。

 オルフィナは涙を拭い、表情を引き締めてアリシアに振り返って膝をつく。黒いローブがふわりと踊った。


「アリシア様。一介の吟遊詩人にすぎない私ですが、どうかお傍においてください。あなたの作る歴史を、この目で見たいのです」

「ありがとう、オルフィナ。あなたにそう言ってくれると心強いです。ネリネとともに、私を支えてくれますか?」

「もったいないお言葉。この身朽ち果てるまで、私はあなたとエイルローグとともに在ります」


 差し出されたアリシアの手の甲へ、オルフィナは誓いの口づけをした。

 また一つ、歴史はここから始まるのだと思うと、それに立ち会えた奇跡を喜ばしく思う。


「なに、俺たちドワーフ族も再興のために手を貸してやる。なにも心配することはない」

「ありがとうございます、ドワーフ王」

「先々代には、鉱石なんかの都合つけてもらって世話になったからなぁ。そのせいか、部下たちもエイルローグに親密ささえ感じている」

「そうだったのですか……それは初耳です。おじい様が……」

「だから安心して、自分の道を拓いていけ」

「……はい」


 微笑むアリシアの頬が紅潮し鼻もかすかに赤くなっている。わずかに涙声なところを見るに、泣くのを我慢しているのだろう。

 国が再興すれば女王となるのだ。気丈に振舞おうとしているのかもしれんが。いまだけは、弱みを見せてもいいのではないだろうかと思う。

 水を差すようだから口には出さんがな。

 わしだって空気は読めるのだぞっ。

 話も一区切りついた、ということで、わしはこほんと咳払いをして切り替える。


「話もまとまったところだ。そろそろ行こうか?」

「そうだな、おっさん」

「ひとまず、港町ラゴスまで飛びましょう」

「そうだ、最後に一つ教えておくことがある」


 ドワーフ王はそう言って、南の大陸ユグドラシルの地図を渡してきた。


「大陸の南にわりと大きな町がある。そこには闘技場があってな。過去に俺も出場したことがあるんだが、徒手空拳しか認めない武闘会が頻繁に開かれている。ソフィアは格闘専門みたいだから、出てみたらどうだ?」

「武闘会? ……そうね、それは面白そうだわ。ありがとう、機会があれば出てみることにするわ」

「ああ」


 ソフィアの一瞬の間が気になったが……開催されているならば、出てみるのもいいかもしれんな。

 四枚目の切れ端をくっ付け地図を一枚にし、今度こそわしらは家を出た。


「それじゃあ、わたしたちは行きますね」

「また会おうねー、みんな!」


 外まで見送りに来てくれた皆に、そしてドワーフたちに別れを告げて町を出る。

 地下坑道を出て、グリフォンの尾毛を使い、港町ラゴスまで一気に飛んだわしら。

 係留してある船に乗り込んで、再び出航した。


 目指すはユグドラシル大陸、その港町ルシール。

 南端の町まではけっこうな距離があるが、とりあえずは情報収集をせねばな。

 肌を撫でる潮風と陽の光が心地よい。

 わしはまだ見ぬ大地と世界樹と、そしてハイエルフに思いを馳せたのだった。

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