第93話 贄の町カルガーラ

 一夜をサマルクで過ごし、村人からの感謝を背に受けながらわしらは村を発った。

 地図では見切れているが、ここから東に行ったところにレブルトという町もあるらしい。が、船が欲しいならまずは北のヴァストール地方にあるダグハースに行くべきと村長に聞き、ひとまずは経由地である砂漠の町カルガーラを目指すことにしたのだ。

 吹き抜ける風にそよぐ草花を眺めながら、草原を皆と歩く。

 たびたび現れる魔物を打ち倒しながら進むと、草原と砂漠のちょうど境界へとやってきた。

 砂漠地帯はさほど広くはないのか、風に舞う砂塵の向こうにカルガーラらしき町がぼんやりと望める。


「砂漠の町か。上の世界のモンタール村のように水が枯れていなければよいが」

「地図を見る限りじゃ元から砂漠だったみたいだぜ? おっさんの考え過ぎじゃないか?」

「そうなのか? それならば心配することもないか」

「なかったらその時だよ。またわたしが水出せばいいしね」

「うむ、それもそうだな」


 前向きな女子たちに「早く行こう」と背を押され、わしらは砂漠地帯に足を踏み入れた。

 すると今まで見なかった魔物とも遭遇するようになってきた。

 毒々しい黒紫のサソリは猛毒持ち、焼け爛れたようなゾンビは麻痺持ち、返事のない屍だと思っていたガイコツは急に動き出すし、動物らしき死骸もまた然りだ。

 とにかくなんともバラエティーに富んだ魔物が多い。

 そうして喉をからしながらもたどり着いたカルガーラは、まるでオアシスのように水に溢れていた。

 町のいたる所に水路が流れ、町の中央には滾々と湧き出る泉があり水を汲む人々が列を成している。ところどころに生えるヤシの木の下では、木登りする子供が実を落とすのを待っていたりと。本当にこの世界は大魔王がいるのかを疑ってしまう長閑な光景を目の当たりにする。


「なんというか、カルガーラは実に平和な町だな」

「そうですわね。でも、人々の表情にどこか翳が差しているように見えますわ」

「たしかに。なんか疲れてるって顔してるねー」


 ソフィアと楓の言葉を受け、わしは改めて人々の表情に目をやった。

 言われてみれば、くたびれたように見えなくもない。精気がないとまでは言わんが、生気はあまり感じられなかった。

 わしはちょうど近場にあった道具屋の店主に話を聞くことにした。


「ちょいと尋ねたいのだが、この町は平和なのか?」

「あんたには平和に見えるのか? 魔物に貢がされる現状が平和だと思うなら平和なんだろ」

「貢がされる? それはどういうことなのだ?」


 詳しく訊ねると、どうやらこの町の住人は西の洞窟にいるカルナベレスという魔物に、いろいろな物を貢がされているらしい。この町を滅ぼされたくなかったらと脅されて。

 先ほどから湧き水を汲んでいるのも、ヤシの実を採っているのも。武具や民芸品、工芸品などもそのために作っているのだと、道具屋の店主は忌々しげに語ってくれた。


「町の存亡をチラつかせて貢がせるとは、汚ねえ野郎だな」

「……実は、それだけに留まらないんだ」

「それはどういうことです?」

「毎月貢物を届けに行く決まりなんだが、行った奴らが、いつも帰って来ないんだよ。そのせいか、いつからかその役目をくじ引きで決めるようになって。女子供でも容赦なく送り出す悪習になってしまったのさ。町から逃げ出しても滅ぼすと脅されているから出ていくことも出来ない」


 店主の話を聞き、皆一様に口をつぐむ。一見平和そうに見えるこの町で、そのようなことがあるだなんて想像だにしなかったのだろう。

 のんきに平和そうだと口にしたわし自身を殴ってやりたくなった。

 痛ましそうに町人へ目を向ける女子たち。そんな中で、クロエがおずおずと尋ねる。


「……それで、その届けに行く人って、もう決まってるのかな?」

「……ああ。次は宿屋の娘だ。ちょうど明日が洞窟へ貢物を届ける日。まだ子供なのに、可哀そうに。代われるものなら代わってやりたいが、俺だってまだ死にたくはない。無力な俺たちには何も出来ないッ」


 店主は固く握った拳をカウンターに叩きつけた。悔しい気持ちはひしひしと伝わってくる。

 過ぎたことはどうにも出来んが、これからのことはそう悲観するなと伝え、わしらは道具屋を後にした。

 その足で宿屋へ向かうと、荷物を携えた人が列を作っているのが見えた。涙している人もいて、その多くは旅人ではなく町人であることが窺える。その中にはヤシの実を採っていた子供たちの姿もあった。

 わしはその中の一人の少年の肩を叩く。


「お前さんたちも貢物を渡しに来たのか?」

「おじさん誰?」

「わしはワルド、勇者ワルドだ」

「勇者がそんなダサい見た目なわけないだろ。ぼくの方がよっぽど勇者っぽい!」


 子供にまで馬鹿にされるとは。勇者という肩書が泣いておるな。

 だがここで拗ねては勇者の名折れ、男が廃るというものだろう。


「そこまで言うのなら聞くが、お前さんはその娘と代わってやろうとは思わんのか?」

「ぼくらが代われるわけないだろ。行ったら死んじゃうんだから」

「その宿屋の娘はお前さんたちの友達ではないのか?」

「友達だよ! でもくじ引きなんだから仕方ないだろ。次はぼくらかもしれない。この町の人間は毎月ビクビク怯えながら生きてるんだ」


 そう呟く少年の肩は震えている。

 勇者になって久しいが、わしにもその気持ちは分からなくもない。なりたての頃は魔物に怯えていた。わしに勇者が務まるのか疑問にも思った。

 だがしかし、わしはあの頃から一貫して心に決めていることがある。女子たちは命を賭してでも守ること。

 そう、やらねばならん時はいつか必ず訪れるのだ。


「……男というのは、時に女子のために立ち上がらねばならん時が来る。仲間を守るために命をかけるのだ。お前さんたちにはその気概がないのか?」

「お、おいおっさん、いくらなんでも子供にそれは酷だろ」


 肩を掴まれたため振り向くと、ライアが沈痛な面持ちでわしを見つめていた。それに首を振り、少しだけ黙っていてくれと目で訴える。

 真剣な眼差しに気圧されるように一瞬たじろぐと、ライアは静かに口を噤んだ。

 わしだって子供に意地悪するつもりはない。ただ、知りたいだけなのだ。


「勝手なことばかり言うなよ、ただの旅人のくせに! おまえにぼくらの何が分かるんだ!」

「なにも分からん。わしはこの町の住人ではないからな」

「だったら黙ってろよ!」

「いいや黙らん。お前さんの覚悟を聞くまではな。お前さんはその娘を救いたいとは思わんのか?」

「思ったところでなんになるんだよ。力もないぼくらが魔物相手に戦えるわけないだろ!」

「では力があったら戦うのか?」

「当たり前だ! のし棒でもすりこ木でもなんででも戦ってやる! ミカちゃんはぼくらの友達だから!」


 感情が爆発してしまったのか少年は急に涙を流した。わしを睨む瞳が一杯の涙で濡れる様子を見て、心に強く訴えてくる想いを感じ取った。

 わしはふむと一つ頷く。


「その言葉を聞きたかったのだ、わしは」

「えっ?」

「お前さんの覚悟が聞きたかった。無力を嘆くだけでない、武器が何であれ戦う姿勢と想いが見たかったのだ」


 ぽんと頭に手を置いて、わしは柔和に笑ってみせる。


「その娘のことはわしらに任せておけ。お前さんの覚悟も背負っていってやる」


 少年の頭から手を下ろし、「ちょいとすまんが道をあけてくれ」と人だかりをかき分けて宿屋へ入る。

  ロビーには、貢物らしき袋に囲まれた少女を抱きしめる女性の姿があった。おそらく洞窟へ届ける役を担う少女とその母親だろう。

 その時、わしらに気付いたように顔を上げた少女と目があった。生きることを諦めたような空虚な眼差しが胸を締め付ける。

 年の頃は十にも満たないだろう。このような幼気な子供を贄に出すとは。


「……お前さんがミカちゃんとやらか?」


 尋ねたわしに、「はい」と小さくうなずく少女。

 その脇で泣いていた母親がわしを見上げ、「どなたですか?」と怪しい者を見る目で問うてきた。


「いやいきなりすまん。わしは勇者だ、決して怪しい者ではない。そしてこの者たちは仲間でな、いま旅の途中なのだ」

「そうですか、失礼しました。あいにく本日宿は営業していませんのでお引き取りください」

「いや、宿を取りに来たわけではない。話は外で聞いてきた。それでその貢物を届ける役目、わしらが引き受けようと思って来たのだ」

「あなた方が身代わりになるというのですか?」

「身代わりではない。わしらはその魔物を倒すために行くのだからな」


 一瞬なにを言っているのか分からない、というような顔をした母親だったが。小さく首を振るとわしの言葉を否定した。


「申し出は嬉しく思います。ですが、この町の決まりなので……」

「くじ引きで決めるという悪習か? そんな古臭い因習にいつまで縛られているのだ。自分の娘が死んでもよいのか?」

「いいわけありません! ですが、他人を巻き込むわけにはいかないのです」


 強く否定した母親は泣き腫らした目をさらに充血させた。流れる涙がやるせなさと悔しさを如実に物語っている。

 母親の髪を優しく撫でる少女は、虚ろな瞳でわしを見上げてきた。


「おじさん、お母さんをいじめないで。これはわたしがするべきことだから」

「お前さんはそれでいいのか?」

「決まりだから仕方ないよ」

「その年で諦観するものではない。お前さんにも未来があるだろう?」

「明日それが終わるんだよ。あきらめて当然じゃないかな」


 死んだ目というのはこういうものなのかと、少女を見ていてゾッと背筋が粟だった。

 人間絶望するとここまで瞳から光が失われるのかと。

 涙する母に寄り添う子。わしの中でますます思いが強くなる。


「その因習も、魔物を倒せばすべて終わるのだろう?」

「そんなこと、おじさんには出来ないよ。お父さんもそうして死んじゃったんだから」


 なんと、少女の父親は魔物退治に出て死んでしまったらしい。このような緊急時に父親らしき姿がないと思ったら、そういうことだったのだな。

 母が身代わりになれば、娘は一人で生きていかなければならなくなる。娘を失えば、母は悲しみの内で暮らさねばならん。どちらに転んでも不幸だ。

 こちらから何を言っても聞かなそうな雰囲気さえあるが、だがわしは勇者だ!

 ここまで来て引けんし親子を、引いては町を見捨てるわけにはいかんだろう。

 それに万一死んだとしても、わしは生き返るからな! まだ死んだことがないため本当かどうか定かではないが……。

 とにかく! この娘御を助けなければ。


「……お前さんはわしらが何者であるかを知らんだろう。安心するのだ、わしらはそんじょそこらの冒険者ではない。大魔王を倒すべく旅する者だからな」

「大魔王を?」

「ああ、そうだぜ。おっさんはこう見えても正真正銘の勇者なんだ。だから心配すんな」

「それに私たちもついているわ。信じられないだろうけど、上の世界を救ってきたのよ」

「だから大丈夫、わたしたちに任せてくれていいよ。絶対に町を救うから」

「そうそ、アタシたちにかかればなにも問題ないからねー。だから安心してていいよー」

「お姉ちゃんたち……ありがとう」


 あれ? わしは? わしが言い出しっぺなのだが……。

 まあ、女子たちで信用してくれればそれでいいか、という気にもなってくるな。わずかに光が戻った目からこぼれ落ちる、少女の涙を見ればこそ。

 こいつは気合を入れ直さねばならんだろう。必ず魔物を退治する。そしてこの町に日常を取り戻すのだ!

 そういった方向で話はまとまり、ひとまず宿をとって明日に備えるべく一夜を過ごしたのだ。

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