第94話 砂漠の洞窟――灰塵のカルナベレス

 翌朝。

 身支度を整えた後、外に用意されていた荷馬車へ町中から集められた貢物を積み込む。大きな樽へいっぱいに満たされた水、ヤシの実や町の片隅で栽培された野菜。剣に槍、そして石の彫像やタペストリーなどの品々。

 作業に勤しんでいると、背後からいくつもの足音が聞こえてきた。


「……おじさんたち、本当に行くの?」


 遠慮がちに発せられた幼い声には聞き覚えがある。宿屋の少女の友達の少年だ。振り返るとほかにも町人が数十名、わしらを見送りに来てくれていた。


「少年よ、わしらがやらねばいつまで経ってもこの町は古い因習に囚われたままだ。カルマがなんとやらを必ず打ち倒し、平穏を取り戻してみせるから待っておれ」

「……おじさん、悪口言ってごめんなさい。それから、ぼくたちのためにありがとう」

「なに気にするな、悪口は言われ慣れているからな。お前さんたちはミカちゃんの側にいてやれ、きっとまだ不安だろうからな」


 まるで今生の別れのような顔をしている少年の肩に手を添えて告げた。

 わし越しに宿屋の前で心配そうな顔をしている少女を覗き込むと、少年らは「うん」と返事をして駆けていく。


「おっさん、荷物はぜんぶ積み込んだぜ」

「よし、ではそろそろ行くか」


 御者台に座り、女子たちが荷台の隅へ腰掛けたのを確認する。

 手綱を握り締め、宿屋の母娘へ目を向けた。


「どうか無事に帰ってきてください」

「うむ。心配せずとも、わしらは必ず戻ってくるぞ。ミカちゃんも皆と待っていてくれ」

「ありがとう、おじさん」


 礼を口にする少女の瞳には完全に輝きが戻っている。目元に光るものも見えて、わしも胸が温かくなるのを感じた。

 挨拶もそこそこに馬へ合図をし、人々に見送られながらわしらは町を出る。

 荷馬車は行くよどこまでも。

 カルガーラから離れることおよそ三十分ほど。その洞窟は突然現れた。

 砂地にぽっかりと口を開ける地下洞窟への入口。サラサラと流れ落ちる砂が、洞内から吹き出る風に舞い地上へと戻されている。


「風が出てきてるな。てことは、」

「ええ。どうやらこの洞窟、どこか別の場所へも繋がっているようね」

「洞窟って久しぶりだね。あんまり深くなければいいけど」

「とにかく行ってみよ!」


 と、わしを置いて先に行ってしまう女子たち。

 急ぎ荷物を道具袋へ詰め込んで、携帯松明を手にすぐに後を追いかける。

 すると中へ入ってすぐのところで皆が待っていてくれて、暗がりなはずの洞内は光の球によって明るく照らされていた。

 クロエのトーチライトという魔法だそうで、光の届く距離が松明よりも広範囲に及ぶそうだ。

 火を点けることもなくお役御免になった松明をしまい、わしらは奥を目指して進む。ひんやりとした風、埃っぽい臭いと少し湿った空気。人がすれ違えるほどの通路をしばらく行くと、十字路に差し掛かった。


「分かれ道か……。お前さんたち、どうする?」

「ここは手分けした方が早そうだけど、いつかのように罠がある可能性も考えなきゃな」

「なら私は右に入るわ」

「じゃああたしは左だ。一人で問題ない。おっさんはどうする?」

「わしか? わしはじゃあ真ん中に行ってみるか。わしも一人で問題ないぞ」


 わしも勇者だ。ここは男らしく一人で困難を潜り抜けてみよう。さすれば女子たちも惚れ直すだろう。

 などと邪な考えのもと口にしたところ、「ないわけないよ」とクロエから少し冷ややかな声がかけられる。


「クロエよ、わしが一人だとなにか問題があるか?」

「問題なら大ありだよ。勇者さん、もう忘れたの? ネウロガンドの洞窟で一人で突っ走って罠にかかったこと」


 ……言われてみればそんなこともあった気がする。

 絵本の情報を信じたばかりに情けない。しかしあれからわしも成長したのだ。

 そう反論しようと思ったが、クロエの叱るような視線に口答えする気も起きず……。

 なんというか意外と尻に敷くタイプなのかもしれんな。あの女王の娘と考えると納得できる気もするが。


「んじゃあ今回はアタシがオジサンと行くよ、罠なら解除できるしさ。クロエちゃんはどうする?」

「わたしは、」


 そう言葉を切ってライアとソフィアへ目を向けるクロエ。

 二人とも一人で大丈夫だとは思うのだが、なんてことを思考していると「――あたしは一人で大丈夫だぜ。だからソフィアのお守でもしてやれよ」とライアが先んじて告げた。


「ならクロエは私と行きましょう」

「うん」


 ということで、分かれ道を行くパーティーを三つに分け終えた。

 行き止まりだったり何か見つけたら十字路まで戻ってくることを決めて、わしらはそれぞれの道へ入る。

 携帯松明に火を灯し、それを持たせた楓の後ろをついていく。


「オジサン、アタシの後ろちゃんと付いてきてね。絶対に前に出ないでよ?」

「うむ、分かった」


 罠があった場合、わしが先行だと対処が遅れる恐れがあると注意を受け、そう約束をしたわけだが。こういう時こそわしが女子の盾となるべきなのだろう……だがその肝心な盾はいまだ不在。さすがに今さら鋼の盾ではあまり意味を成さんだろうし。


「オジサン、なにか考え事?」

「ん? いや、なんでもないぞ。楓は今日も愛いなと思っていただけだ」

「お世辞言っても今日はなんにも出ないよー」

「明日ならなにか出るのか?」

「さあどうだろ?」


 カラカラと気持ちのよさそうに笑う楓に釣られて笑みがこぼれる。

 そういえば楓と二人で歩くというのは初めてだな。一度もしたことはないが、デートというのはこういう感じなのかもしれん。

 ……洞窟の中なのが残念ではあるが。いつかきっとな。

 前を行く楓の背を眺めていたら、ふと気づいた。


「そういえば楓よ、玉藻からもらった上忍の装束には袖を通さんのか?」

「あーあれね。アタシまだ上忍じゃないしさ、お師匠がその時に渡そうと思ってたって話聞いちゃうとねー。その時が来たら着るのが筋かなって思ってさ」


 楓は律儀な女子だな。しかし、きっとそのことを玉藻も分かっているのだろう。

 自身がその実力を身に付けた時に使ってくれると。だから信じて渡した。確かに通じ合っている、二人はやはり師弟なのだ。


「あれ? ねえオジサン、通路の先がなんか明るいよ?」

「どれどれ?」


 促され背中越しに先を覗いてみると、確かに通路の先に暖色が揺らめいていた。そして微かに人影も確認できる。

 わしらは早足で通路を抜けた。するとそこには――


「なんだ、やっぱりおっさんたちも抜けたのか」

「ライア? それにソフィアとクロエも……どうなっとるんだ」


 分かれ道をそれぞれ進んだパーティーがなぜか皆合流していたのだ。


「どの道を進んでも行先は同じだったなんてね」

「でも時間が無駄にならなくてよかったよ」

「確かにそれは言えてるかもねー」

「しっかし、とんだ思わせぶりなダンジョンだな」


 だが、進んでみなければ分からなかったこともあるだろう。

 もしかしたらこの分かれ道は、わしらのことかもしれん。それぞれ違う道を歩んできた、それが一つに交わった。この先も、なにかが起こってバラバラになったとしても、いつかまた必ず同じ道に戻ってくる。

 そういった示唆なのかもしれないなと、哲学的ではあるがふとそんなことを思った。

 合流してから数分。

 異様に発達した爪を持つコウモリや火を吹くトカゲ、頭を振り乱す変な骸骨なんかを倒しながら、ほぼ道なりに進む。

 するとようやく洞窟の深奥らしき袋小路にたどり着いた。

 タペストリーや武器防具など、貢がせたもので飾られた部屋。

 辺り一面に点々とする砂の山。それは穴の開いた天井から、砂が幾筋も静かに流れ落ちて出来ていた。奥の一段高い場所には石で出来た椅子があり、そこにローブを着込んだ魔物の姿を見咎める。

 付近には人骨らしきものが無数に散乱し、犠牲者の数を物語っていた。


「んん? 家畜の臭いが濃いと思ったら、今回は贄の数が多いな? サービスかえ?」


 しわがれた声はどうやら老婆のようで。目深にかぶったフードを払うと爛れたような醜悪な顔を晒した。


「お前がカルマなんとやらか?」

「我はカルナベレス、カルマなんとやらではない。それにしても、味の悪そうな男よな。ほかの女はしゃぶり甲斐がありそうではあるが」

「お前のような輩にくれてやる女子は一人もおらん。よくもカルガーラの町の人々を苦しめたな」

「あの町の人間は我の創った砂漠の上に暮らしている。贄として貢がせるのは当然のことだろうに」


 当たり前だと嘯く魔物に苛立ちの芽も急成長。

 自分が作ったからとそんな道理がまかり通ってなるものか!


「そんなことよりも貢物をよこせ、持ってきたのだろう?」


 物乞いするように手を差し出す老婆。品のない顔も下卑た笑みも見ていてひどく腹立たしい。

 いまにも前のめり駆け出そうとしたところを、すっとライアの右手が制止した。


「ああ、一応持っては来たぜ。だが、てめえにやるつもりはねえよ」

「そうね。この貢物はこのまま町の人々に返すわ」

「ならばなぜ持ってきた? 我を愚弄するつもりかえ?」


 老婆の目が細められる。赤い瞳には怪しさが揺らめいた。

 おもむろに伸ばされた骨と皮だけのような腕、広げられたその手の平に、突如渦を巻く砂が発生する。


「最初からあげるつもりで来てないよ」

「そうそ、アンタを倒すために来たんだからさ」


 各々武器を取り構える。

 するとカルナベレスは「ケヒヒ!」と嘲るような笑い声をあげた。


「我を倒す? 生意気な小娘どもめ。我が四天王が一人、灰塵のカルナベレスと知っていて口にしているのかえ?」

「かいじんだと? 確かに見た目は十二分に怪人だが……」

「黙れ。こちらからしたら貴様の方が怪人だぞえ」

「誰が怪人だ! わしは少しぽっちゃりなメタボなだけだ!」

「その腹回りでよく少しなんて言えるな、おっさん」


 わしの太鼓のような立派な腹へ方々から視線が刺さる。鎧の中で身震いのように腹がぼよんと揺れた。

 ごほんと一つ咳払いし、場の空気を切り替える。


「とにかくだ! 町の人々を贄にすることは勇者であるわしが許さん!」

「勇者? なるほど、大魔王様が言っていた上から来る者どもとは、貴様らのことかえ。ならば始末せないかんのう……ここで朽ち果てよ!」


 叫び、老婆が手をこちらへ向けた途端に膨大な砂が螺旋を描きながら拡散した。

 咄嗟にクロエが皆にマジックシェルを張ったことにより、魔法ダメージは皆無に等しかったが――「障壁が侵食されてるッ」クロエの驚く声に、各々自分に張られた魔法障壁を確認する。

 付着した砂が流れ落ちるとそこからパキパキと亀裂が入り、徐々に壁が崩れていく。開けた視界の中、品のない笑みを浮かべていた魔物の体がサラサラとした砂に変わっていくのが見えた。

 あっという間に姿を消したカルナベレス。探そうと部屋を見渡すが、その姿はどこにもない。


「くそっ、あいつどこ行きやがった!」

「気配がまるで感じられないわね。四天王っていうのは伊達じゃないのかも」

「いまの内にベール張っておくよ」


 そう言ってクロエは魔王エルムの時に使用した全属性軽減の魔法「ディヴァインベール」で皆を包んだ。


「アタシの気配察知からも逃れるなんて、あの婆さんけっこうやるねー」

「楓でも探れんのか?」

「うん、見つからないね。けど、この場にいるのなら全方位に向けて攻撃してみればいいんじゃない?」


 楓の提案に女子たちが顔を見合わせて頷く。


「ああ、その手があったな」

「面倒くさいからさっさと炙り出すに限るわね」

「こんなところで時間かけていられないし」

「ってなわけでオジサンもね!」

「うむ!」


 頷き返してわしは剣を逆手に構える。

 まず先制したのはソフィアの「武王螺旋衝」だ。右腕に集約された黄金の闘気が拳を繰り出した瞬間に、螺旋を描く衝撃波となって放たれた。砂山をいくつも吹っ飛ばしながら岩壁を抉り、破砕された石が爆風で飛ばされる。


 間髪入れずに続くのは、ライアの「刃閃、六の太刀・六道夜叉殺し」。居合姿勢からの抜刀により放たれた六筋の剣閃。その全てが一撃必殺のような威力の太刀筋で、放射状に広がる斬撃は地面を、壁肌を深く斬り込む。


 近くで感じた熱波に目を向けると、クロエが赤い魔法陣を広げていた。「バーストフレア」手元から放たれた小さな火球は目標とする位置で止まると、刹那的に白光を発して次の瞬間には爆発を起こした。洞内であることを考慮してかなり威力は抑え目らしいが、熱波が爆風に乗って袋小路を一気に駆け抜けたので逃げ場などないだろう。


 ダメ押すように楓の「火遁、紅火花」の印が結ばれる。宙にいくつもの紅い球が浮かび上がると、次の瞬間には弾けるように炸裂し次々に誘爆を引き起こした。弾けた星は次の火薬となり、それは十数秒という効果時間の限り続く。

 まるで花火のようで綺麗だったが、見惚れていてはいかんと一人頭を振る。

 すでにやっつけたかもしれなかったが、構えだけ取って技を繰り出さないことほどダサいこともないだろう。


「というわけで、わしもフルパワーのワルドストラッシュだぁああー!」


 思いっきり振り抜いた剣から放たれた光の刃は、奥の椅子を直撃して爆散。ついでに辺りに散らばっていた骨も一瞬で消滅させた。

 吹き飛んだ細かな石片が音を立てて辺り一面に散らかる。石の椅子は脚の部分を一本残すだけの無残な形になった。

 音が鳴り止む頃。わしらは耳を澄まして気配を探る。


「……どうやら、奴を倒したようだな」


 安堵し、そう告げた時だった。


「貴様、よくも我の椅子を破壊してくれたな。首振り骸骨を作るための骨まで消してからに……許さんぞえぇええ!」


 ひときわ高くしゃがれた声で叫ぶカルナベレス。

 吹き飛ばしたはずの砂山の砂が一斉に宙へ舞い上がると、荒れ狂う熱風により砂嵐となって襲い来る。


「くっ、あたしとソフィアはまだ分かるけど。クロエと楓は範囲を焼いたのに何で生きてやがるんだよ!」

「ちょっと待ちなさい。私はともかく、ライアはただ斬っただけでしょ、一緒にしないでくれる?」

「細かいこと言ってる場合かッ」


 二人の口喧嘩も風の音で聞き取りずらくなるほどの風速。

 風と土の複合攻撃は洞内の岩壁を少しずつ削り、砂へと変えてはさらに勢力を増していく。

 クロエのディヴァインベールでダメージ自体は軽微だ。とはいうものの、HPを徐々に減らされていく現状をなんとかしなければここでやられる。


「ケヒヒ! 我の砂が炎なぞで焼けるわけがないだろう、馬鹿どもめ。貴様たちのおかげでずいぶんと熱を蓄えさせてもらった、あの町を熱砂の蟻地獄に叩き落とすのに十分だ。礼としてこのまま貴様たちを風化させてやるぞえ!」


 いまだ姿の見えぬ敵は勝ちを確信しているのか、品のない高笑いを上げた。

 さらに増す熱砂と暴風。ベールがなければ今ごろは既に窒息していたやもしれん。

 各々顔をガードするように腕で覆って耐える最中。「――このままじゃジリ貧だね」とクロエが現状を嘆く一言を発した。


「だがクロエよ、姿が見えないのであればこちらから手出しも出来んぞ」

「せめてどこにいるのかさえ分かれば、まだ手の打ちようもあるんだけどな」

「軽微と言えど継続ダメージは痛いわね。なにか打開策を見つけないと」

「もしかしてクロエちゃん、なにかいい案でも浮かんだの?」


 うんと小さく頷いて、「でも、みんなを盾にすることを許してくれるなら」とクロエは遠慮がちに提案を口にした。

 顔を見合わすわしら。皆、心は同じのようだ。

 クロエに頷き返し、告げられたその提案を皆が快諾した。

 ばらけていたパーティーは、クロエを中心に一ヵ所に寄り集まる。詠唱に入るクロエを砂嵐から守るためだ。

 クロエを背に庇いながら、詠唱が終わるまでの間を耐え忍ぶ。

 ベールの効果時間もあとわずかと差し迫ったそんな折。背後から青い輝きが漏れてきた。充実した魔力から上位の魔法であることが感じられる。


「みんな、ありがとう。後は任せて――アクアラスドラウム!」


 クロエが魔法名とともに溜めた魔力を開放する。

 地面広域に青い魔法陣が広がり、わしらを中心に円を描くようにして水が逆巻くと、やがて水龍のような形を成して砂嵐を薙ぎ払う。砂は水を吸ったためか固まり、泥団子となってコロコロ地面を転がっていく。

 水の龍は粗方砂塵を処理すると、とぐろを巻くようにして縮こまり、そして爆発し辺り一面を水浸しにした。


「そうか。当たり前のことを忘れてたぜ。砂は水を吸って固まるってな」

「だからといって私達には水は使えないけれど。物理職の宿命かしらね」

「アタシは一応水遁あるけど、さすがにまだこのレベルの術は体得してないからなー。さすがクロエちゃん」


 わしは女子たちの感心の言葉に頷くことしかできない。

 楓がまだ無理ということは、クロエがいなければ対処のしようがなかったということだ。貢物の水を撒いたとしても、打ち水程度でまるで量が足りんからな。

 それほどまでにクロエの魔法は強力なのだ。魔王城で手に入れた、属性ダメージが増すマントも手伝っているだろうが、……やはりスゴイ。

 これでは砂に変化したカルナベレスも一溜りもないのではと、泥水と化した一帯に目を配る。

 すると、破壊した奥の椅子付近にズモモモと粘土の人型が出現した。


「よくも、よくも我をこのような姿に……許さん、許さんぞえ……」


 元の体を維持できないのか、カルナベレスは土くれの体のまま醜い顔をウモウモと動かす。


「それはわしらのセリフだ。カルガーラの人々を苦しめた罪は、その身をもって贖え」

「なにもしていない勇者モドキが……貴様だけでも殺さねば気がすまん……」

「やれるものならやってみよ、」


 わしは一歩二歩と前へ出て、再び剣を逆手に構える。ぐぐっと背後に引き絞り、そして――カルナベレスがぎこちなく大口を開けた瞬間に「ワルドストラッシュ!」を解き放った。

 輝く刃は泥人形の胴を裂き、閃光とともに爆発する。飛び散る泥の塊は光の粒子となって消え、泥水もまた同じようにして消滅した。


「……終わったな」

「終わったな、じゃねえよ。なにかっこつけてやがる」

「そうですわ。また美味しいところを一人で」

「いやーすまんすまん。跡形もなく消滅させるなら勇者の技の方が良いと思ったのだが、なにか間違っていたか?」

「違わないよ。わたしも勇者さんにお願いしようと思ってたから」

「わはは! そうかそうか。わしもなかなか切れ者になってきたのかもしれんな!」

「まーた調子に乗っちゃってるし。オジサン、そんなだといつか足元掬われるよ?」

「救われるのなら足元ではなく、ぜひ女子にわしのマイサンを救ってほしいものだが?」

「意味がいろいろ違うんだけどー?」


 適度なスケベを差し込んだところで、わしらは用もなくなった洞窟を後にすることに。大した戦利品はなかったが、袋小路の出口に見慣れない土色の結晶が転がっていたため拾って帰った。



 カルガーラの町へ着くと、町人が総出で出迎えてくれた。

 カルナベレスを退治した旨を伝えたところ、町中が歓喜に沸き、宿屋の少女とその母親、そして少年たちは泣きながら喜び合っていた。

 そんな様子を優しい気持ちで眺める。

 人助けというのは、感謝されることもそうだが、救われた人々の喜ぶ顔を見ているだけでも幸せな気持ちになる。王様をしていた頃には絶対に知ることのなかった感情だ。


「そういやおっさん」

「ん?」

「今回は珍しくハーレムに勧誘しなかったな。子供だから遠慮したのか?」

「なんだ、夜伽の誘いか告白かと思ったのに、そんなことか。わしだって誰彼構わず誘うわけではないぞ? そんな節操なしではないからな」

「どの口が言うんだよ、ったく」

「……まあ将来有望かもしれんがな。そんなことを考えるよりも先に、あの娘御には母親とともに幸せになって欲しいと思ったのだ。子供たちにも未来がある。出会った時のように、それを諦めてほしくはないしな」


 ライアを横目にすると、「へぇー」と口にしながら頭の後ろで手を組んだ。


「おっさんもちゃんと成長してんだな」

「そりゃあ成長期だからな」

「それ以上どこが育つんだよ、腹か?」

「失礼な。心だ、心」

「……なるほど」


 ニッと笑みを浮かべて、わしの背中をバシンと叩いてきたライア。「さ、あたしらも行こうぜ!」そう促された先を見ると、ソフィア、クロエ、楓の三人が宿屋の前で待っていた。

 魔物討伐のお礼も兼ねて、今日は無料で宿泊させてくれるらしい。

 明日にはこの町を発つ。

 それが分かっているからか、少年たちはわしらのサインを求めてきたり、戦いの話を聞いてきたりと、普段とはまた違ったお泊りとなった。

 わしもいつの間にやら勇者らしくなってきたのだなと、改めて実感しながら眠りに就いた夜だった。

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