第36話 女海賊との出会い

 ロクサリウムから北へおよそ半日。

 すでに世界は夜の闇に支配されている。

 以前であれば、魑魅魍魎どもに怯えながら陽のある内に次の目的地へ急いでいたのだが。いまはもうそんなことを気にする必要がない。


「ロクサリウムの戦闘もずいぶん楽になったものだな」

「そりゃあ上級装備を身に着けてれば、よっぽどのことがない限りは余裕だろ」

「さすが高級魔法武具といったところね」


 各々従士しか購入できない装備で身を固めている。

 ライアは買ったばかりの紫電の太刀を売り、新しく雷切という刀を購入した。なんでも、とある剣豪が雷神を切ったという伝説がある由緒ある刀だそうだ。鞘から抜くと途端に雷を纏い、振れば雷の魔法を落とすことも可能というとんでもない代物だった。もちろん鎧も新調している。今回は黒い鎧で、炎、氷、雷の三属性を半減させられるものだ。

 ソフィアはブリザードロッドに、ライアと同じく三属性半減の法衣。ロッドはMPを消費せずに、振った対象の周囲に猛吹雪を発生させられるものだ。といっても、基本素手でぶん殴る戦闘スタイルは変えていない。ロッドはあくまで補助だ。

 そしてわしはというと。

 おもむろに鞘から剣を抜き放つ。閃光が煌くとともに炎が一気に噴き上がった。焔は刀身の約1.5倍の長さまで伸びている。名をラヴァブレイド。斬り付けた相手に爆炎を見舞う火炎剣だ。

 メラメラと揺らめく火炎に目を細め、おもわずうっとりとしてしまう。


「かっちょいいなーこの剣!」

「いったい何度目だよ。光源に寄ってくる奴もいるんだから仕舞っとけよな」

「松明代わりになって道は見やすいんですけど」


 道中。戦闘が楽になったとはいえ、思いのほか連戦を強いられていたためか、ライアはうんざりした顔をして言った。その隣でソフィアも肩をすくめている。

 もう少しばかり赤い揺らぎを眺めていたかったが、そういうことなら仕方ないと息をつき、わしは渋々剣を納める。


「憧れた魔法剣士みたいだから高揚するのだ、仕方がなかろう」

「子供じゃねえんだから少しは落ち着けよな」

「まあ、精神年齢は低そうだけどね」


 なにやら小ばかにされている気がする。

 しかし、それもこの先に待ち構えているであろう『再会』の二文字の前では霞むのだ!

 その後もバッタバッタと魔物を倒しながら北部を目指す。

 そうして夜も深まってきた頃、ようやく港町アクオームが見えてきた。

 町の入口には松明が灯り、やはりここにもロクサリウム衛兵が立っている。


「ようこそアクオームへ。従士様ですね、お噂はかねがね聞いております。長旅でお疲れでしょう。今夜はゆっくりと宿でお休みください」


 そうして簡易的に設置されている背の低い木の門を開けてくれたのだが。

 わしはつと気になっていたことを尋ねた。


「ロクサリウムで聞いた話なのだが、船が出ておらんというのは本当か?」

「ええ。というのも――」


 衛兵が理由を口にしようとした矢先。煌々と明かりの灯る建物の辺りから甲高い笑い声が聞こえてきた。外に設置されている木の看板には『酒場』の表記が。

 声の重なり方からしてけっこうな大人数のようだ。


「宴会でもやっておるのか?」

「いえ、あれは海賊の笑い声です」

「海賊? そいつは穏やかな話じゃないね」

「もしかして、その海賊のせいで船が出せないという話なのですか?」


 ソフィアが問うと、衛兵は「いいえ」とはっきりと口にし首を横に振った。

 海賊でないなら理由はなんだと首を傾げたところ、


「――それは海に巨大な魔物が現れたからさ」


 砂利を踏みしめ、こちらへ歩いてくる人物から声がかけられた。

 しかし薄暗がりで顔がよく見えない。声質から女だと分かったが、なんだかライアみたいに勝気そうな女子だと感じられた。

 門までやってきたところで、松明の明かりに照らされその容姿がはっきりとする。

 まず目につくのが大きな帽子だ。骸骨のマークがひと際目立つ。その下には綺麗な顔と燃えるような赤い髪。

 そしてなによりも女子のスタイル! 胸元を大きく開けたブラウス、そこから覗く大渓谷に思わずわしの手がわきわきにぎにぎだ! 小麦色の肌が実に健康的なエロスを醸し出している。

 パンツスタイルなのが少し残念だが、乳の大きさならライアにも引けを取らん!

 こんなプリンちゃんに出会えるとは、わしにもツキが回ってきたか! うはははは!


「なんだこのオヤジ、息切らせながら宙なんて握って――って、ライアじゃないか?」

「あ? ……げっ! あんたはあの時のッ」

「ライアよ、知り合いなのか!?」

「なんでテンション上がってんだよ。知り合いだったらなんだってんだ」

「いや、ぜひわしもお近づきになりたいなーなんて」

「変態が」


 にべもなく切り捨てられる。それはもうバッサリとな。新たに手にした雷切でやられなかっただけマシだと思うことにしよう。

 潔く諦めた体を繕い、わしは先を促した。


「それで、なぜお前さんが海賊と知り合っているのだ?」

「そんなこと恥ずかしくて言えるわけないだろ」


 なおも渋るライアにわしは食い下がり、後学のためだと前のめりになって問いただす。

 鞘尻を眉間にくらいながらも、おしくらまんじゅうのように押しては引く攻防を繰り広げた。

 すると、


「なんだ、ずいぶん楽しそうに旅をしてるんだな」

「あんたには関係ないことだろ」

「ツンケンしてるのは相変わらずか」


 女海賊はこちらに向き直ると「オヤジ、」と不躾にわしを呼んだ。


「なんの後学か知らないけど、うちが教えてやるよ。けどそんな色っぽい話じゃない。船上でゴロツキと喧嘩して海に落っこちてた濡れ鼠のライアを、うちが拾ってやったことがあるってだけの話さ」

「いやいや、十二分に色っぽいだろう。なにせびちょびちょのライアだぞ? びちょびちょのな」

「二度も言わなくていいだろ」

「いや、大事なことは二度言うと良いと、大臣に聞かされたからな」


 いつも通りのやり取りに興じていると、不意に女海賊が噴き出して笑った。

 なんというか、こうして見ると危ない感じはなく、気さくで明るい女子のように思えた。本当に賊なのかと疑うほどに。


「なかなか面白いオヤジだ、気に入ったよ」

「なんと! ではいずれわしのハーレムに――」

「あんたは黙ってろ」


 今度は鞘尻が頬を抉り込む。その際、ちょっとだけ首を捻ってしまい寝違えたような痛みに苛まれた。おかげで物も言えん。

 そんなわしを鼻であしらいながら、ライアは女海賊に向き直る。


「んで、海に魔物が出たって話だけど。出せる船は一隻もないのかい?」

「この町の船は漁船、旅客船ともに全滅だな。手漕ぎのいかだならあるけど、さすがに海は渡れないだろう」


 するとソフィアがずいと前へ進み出て、小さく礼をして言った。


「いまこの町のとおっしゃいましたが、あなたの船は大丈夫なのですか?」


 女海賊は呵々と笑い、「そいつは愚問だよ」と答えた。


「うちらの船を舐めてもらっちゃ困る。五度の大嵐を突っ切ってきた歴戦の海賊船だ。航行速度と安定さには自信がある」

「ではイルヴァータまで乗せてもらえないでしょうか?」

「イルヴァータ? 西から回り込んで海峡を抜けなくちゃならないな。距離があるし、あのでかぶつに出くわす可能性が高い。でもなんであんなところに行くんだ?」

「あたしらは旅の途中で、いま人を探してるんだよ」


 ライアのキラキラした紫瞳がこちらへ向けられる。

 もしかして、ついにわしに落ちて今夜誘っているのかもしれないとドキドキし、ニヤニヤしていたら――「写真だよ、バカ」と端的にわしのピンク色の思考を掻き消してくれた。

 少しでも期待した自分が馬鹿みたいではないか。

 わしは肩を落としながら道具袋を漁る。そして衛兵に見えないように死角を作りながら女海賊に見せた。


「あれ、この女なら今日見かけたぞ」

「なんだと!? それはどこで?」

「港の方でずっと海を眺めてたな。船が出ないことを知って残念そうに町に戻って行ったが……。この女が海を渡りたいのなら、まだこの町にいるだろうな」

「そうか、では明日探してみることにしよう」


 女海賊に礼を言い、写真をしまって宿へ向かおうとしたところ、「待ちな」と腕を掴まれて止められる。


「どうしたのだ? もしかしてわしと一夜――」

「そんなわけねえだろ」


 再び頬を鞘尻で突かれ、寝違えたように痛む首へさらなる追い打ちが!

 わし勇者なのに、このぞんざいな扱い。たまに泣けてきちゃう。


「このおっさんは気にしなくていいから。で、どうしたんだ?」

「……さっき旅の途中だって言ってたけど、危険を冒してまでするほどのことなのか?」

「まあ、目的は魔王の討伐だからな」

「魔王……ってことは、お前たちがあの噂の勇者一行だったのか」

「わしが勇者だ」


 痛む首をぐきりと無理やり真正面に戻し、涙目ながらに胸を張る。

 目の前の女海賊は、しばし信じられないように目を瞬かせていたが。ふっと小さく笑みをこぼすと、わしの肩を叩いて言った。


「面白い。まさか魔王を倒す旅を、こんなただのオヤジがしてるなんてな! ハハッ! こいつは最高だ」

「なんだ、馬鹿にしておるのか?」

「違う違う、感心してるんだよ。それに、まだまだ世界も捨てたもんじゃないってね」


 言うなり女海賊は背を向けて、数歩進んで立ち止まる。

 首だけでわずかに振り向き、


「イルヴァータに行きたいんだったな。だったらうちが運んでやるよ、ライアと顔馴染みのよしみだし。その写真の女も一緒にな」そして大きな海賊帽を脱ぎながら告げた。「うちの名はヴァネッサ、女海賊ヴァネッサだ。出会いの記念に宴でも開いてやるよ。ついてきな、勇者のオヤジ」


 そうしてわしらはヴァネッサ率いる女海賊団十余人と、夜更け過ぎまで酒を酌み交わした。

 ヴァネッサは美女だが、ほかの女たちはなんだか屈強な体つきで……。正直囲まれて居心地が悪かった、というのはここだけの内緒だ。

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