第9話 捜索依頼

「ピーナッツバターサンド!」


 がやがやと賑わう喫茶店内。

 声を大にして、クレリックが店員に注文を出した。


 あれから二時間ほど歩き、グランフィード最初の町ウェンネルソンへ到着したわしら。時刻は昼の二時をとうに過ぎている。

 この町の総面積は、アルノーム城下町の三倍はありそうなくらいに広い。白い石造りの古めかしい町並みが太陽を反射して眩しく輝く。

 酒場はもちろん、大浴場や小カジノなどの娯楽設備も比較的充実している場所だ。……もちろん、隅っこに風俗店があることも確認済みだ。

 こっそりトイレに行くフリをして確かめたから間違いないはず。そこは抜かりない。

 次の町まではかなりの距離があるため、ここで装備やアイテムを整え、次の目的地を目指す冒険者のたまり場にもなっている町だった。


 ここまでの道中。すれ違った旅人から、歩き疲れた時には甘いものがいいと聞き、ウェンネルソンでも人気のここ、パンフィルという喫茶店に昼食もかねて腹ごしらえで立ち寄ったのだが。


「おい、お前何皿食べる気だよ。それで七皿目だぞ」


 運ばれてきた皿を引っ掴み奪い取ると、クレリックは、はみ出さんばかりにピーナッツバターがたっぷりと挟まれた、両の手のひらよりも一回りほど大きなサンドウィッチをもしゃもしゃと頬張る。

 ……始めて会った時の可憐な姿が信じられないくらい、豪快な食べっぷりだ。

 周りの客も信じられないといった風に目を見張っている。そりゃあ黙っていれば大人しそうな薄幸の美少女然としている女子だ、驚くのも無理はない。


「好きなんだから仕方ないでしょ。それに、食える時に食っとかないで、むしゃむしゃ、いつ食うのよ、もぐもぐ、ごっくん。まったく、あーん……」

「それは戦士の思考だろ」

「ちょっと、あなたと一緒にしないで下さる? 汗臭いのが移っちゃうじゃないの」

「誰が汗臭いだ! それにあたしは剣士で、戦士じゃない。あんなただ剣や斧振り回すだけの脳筋と一緒くたにするんじゃねえ!」


 また始まった。

 なにかとあればこの二人、すぐに口論を始めてしまう。

 道中の戦闘でもそうだ。どちらが魔物によりダメージを与えただの、どっちが止めを刺すだの刺しただの。体重はどちらが軽いだの、わしとの好感度はどちらが上だのと……(そんなことは一言も口にしとらんが)。

 ちなみに、魔物に与えたダメージは、クレリックが上だということは火を見るよりも明らかだ。なにせ、一般的な会心率でいうところの5%、そんなものがまるで嘘のように、体感75%くらいの確立で会心ばかりを連発していた。

 女剣士も開いた口が塞がらないくらい驚愕していたのは目に新しい……。

 クレリックの力添えもあって、魔物との戦闘が今までの三倍は楽になった。

 ……おかげでわしのやることがほぼなくなったのだが……。


「野蛮なのは変わらないじゃない? 私はスマートに敵を倒せるけど、あなたはあんな大切りよろしく大振りで切り倒すみたいな戦い方で――」

「お前の今のセリフが言葉遊びだよ!」

「あら、気づいて?」

「それにスマートって、あれだけ会心が出せれば、さぞスマートだろうさ。あたしの存在意義ってなんなんだろうな!」


 そう、女剣士もあまりやることがなくなった。クレリックがほぼ一撃で魔物を倒してしまうためだ。

 ここらのスライムはアルノーム周辺と違い、弾力性に非常に富むため打撃に強い。だから会心が出てもたまに仕留め切れない時がある。そんな討ち漏らした敵の処理を、女剣士がやる羽目になっているのだ。


「あら、活躍できないからって妬んでるの? そうね、あなたの存在意義、それを探す旅にでも出てみればいいんじゃないかしら? もちろん一人でね」


 おいおい、なにを言い出すかと思えば――


「勇者様の面倒は下の世話まで私が請け負うから、安心してね」


 うむ、それは嬉しい申し出ではある。

 注文したホットミルクで喉を潤し、思惟する。

 だがやはり、結論は最初から出ていた。それでも女剣士と離れるのはいやだな。最初の仲間であるし、なにより、あのオパーイが遠ざかるのは、わしの精神衛生上よくないと思うのだ。万が一離れていくようなことがあれば、わしは精神崩壊を起こしかねないだろう。


「おっさん、ということらしいが、ここでお別れ――」

「許さん! 断じて許さん! わしの元を離れるなんてことは。仲間だろう?」

「あ、ああ、そうだけど、さ」


 わしの気迫に押されたのか、女剣士は仰け反りたじろいだ。


「それ、どうにかならないのか?」


 ひくひくと、顔を少しだけ引き攣らせながら口にする“それ”は、どうやらわしの手だった。

 気づけば、わしは無意識に手をわきわきと開閉させながら熱弁したらしい。


「あ――」

「それがなかったらおっさんのこと、少しだけ見直したかもしれないのになー」

「……反省してます」


 これは条件反射というかなんというか。

 あれだけ揉み込んだ乳だ、目の前にあれば致し方ないこと。


「あのぉ……」


 手触りは肌理細やかなシルクのようで、スライムのようにやんわりもちもちとしていてしっとりと手に吸い付くような、しかし! 適度に手のひらを押し返してくる弾力に揉み応えを感じる乳! ザ・乳!


「あのーすみません……」


 これぞ乳といわんばかりの、どこへ出しても恥ずかしくない至宝!

 ――前言撤回、どこへも出さん、わしの目の前以外に出して出させてなるものか! ゴールドカードは我が手にあり! うはははははっ!

 ……ふぅ、少し熱くなりすぎたか。

 ティーカップを手に取り、荒ぶる気持ちを宥めようとし、ミルクを一口含もうとカップに口をつけたその時――


「おいメタボ! 聞いてるのかよ!」

「ぶぉ!」


 背後から後頭部をど突かれ、鼻がミルクにイン。


「熱い、熱い! なんだ、新手の敵か!?」


 王族の後頭部をど突く不届き者の顔を確認しようと、わしは背後を振り返った。

 そこには、一人の青年が立っていた。まだ幼さの残る顔立ちをしているから、十台後半くらいだろうか? 旅に出るような装備は目立ってないことから、冒険者ではないことは一目瞭然ではあるが。その腰には、なぜかわしと同じく銅の剣を佩いていた。


「わしに、なにか用なのか?」

「用がなければ話しかけない」


 そりゃそうだ。ナプキンでミルク塗れの鼻を拭う。

 しかし、どうやら急を要することのように窺える。一見余裕がありそうにも思えるが、青年の表情からは緊迫した様子が垣間見えた。


「……あ、女剣士の乳は見せてやらんぞ?」

「そんなこと誰も言ってねえよ!」

「おっさん、あんたにその権利はねえよ」

「いてて」


 隣で聞いていた女剣士に、頬を強く抓られた。

 ひりつく頬を撫でさする。


「それで、話というのは……」

「あんた、勇者だろ。頼みがある!」


 そう言って、青年は深々と頭を下げた。一応の礼儀は備わっているようだ。

 一先ず、先の無礼は水に流すことにして、庶民の声に耳を傾けることにする。


「ふむ、聞くだけ聞いてやろう」

「ありがてえ! 実はウェンネルソンの近くに、瘴気を放出する泉みたいな所があるんだ」

「みたい? ずいぶんとアバウトだな」

「それはそうだ、ほとんど誰も近づかないヴィルニの森にあるんだからな。俺も行ったことはねえ。けどそこでしか手に入らない薬草とか木材があるってんで、金策目当てに命がけで入る奴らも多いんだ」


 まあ、タマ張るくらいだから、それは金になるんだろう。

 今は少しでも金は欲しい。太鼓腹用に防具を加工する代金も馬鹿に出来んからな。旨い話には裏があると大臣に聞いたことはあるが、もし素材を取りに行けという頼みなら、多少心が揺れる。

 そんなところだろうと予測したわしは、進んで訊ねてみた。


「素材を取りに行って欲しいのか?」


 言葉に、青年の表情が一層曇る。

 何事かと思っていると、暗い顔をして語り始めた。


「二日前に森へ行ったきり、彼女が帰ってこないんだ」

「ほう、それは難儀なことだ。ところでお前さんは探しに行ってやらんのか?」

「探しに行けるわけないだろう、魔物と戦ったことなんてないんだから」


 あまりの弱腰な言葉に、さすがのわしも腹が立った。


「貴様、それでも男か! チ〇チン付いてるか!? その腰に帯剣している銅の剣はお飾りなのか! 言っておくが、わしもまだ銅の剣だ。見えるか、この鈍色に輝く地味な剣が。自慢じゃないが数回しか使ってないのにもう中古品だ! それでもわしは戦ってるぞ、役に立たなくても戦ってるんだ!」

「おいおっさん、途中からわけの分からない逆切れになってるぞ」


 椅子から立ち上がり、青年に熱き思いをぶつけていると、女剣士が背後から腕を回し首を絞めてきた。

 あまりの苦しさに(ガントレットの凸凹が首に食い込み痛くなり)、わしは落ち着きを取り戻す。冷静になって周囲を見渡すと、客たちの視線を痛いほど感じた。

 静かに着席し、出来るだけ目立たないように身を縮める。

 青年をちらりと見やると、気まずそうに目を伏せていた。少しでも堪えてくれると、力説した甲斐があるというものなのだが……。


「わかった、その話、あたしたちがなんとかしてやるよ」

「えっ」

「森で行方不明になってる彼女を、見つけてくればいいんだろ?」

「ほ、本当ですか!」


 嬉しそうな顔をしおって。「ですか」なんて丁寧語、わしには使わなかったくせに。

 にしても女剣士のやつめ、勝手に承諾しおって。パーティーの決定権はわしにあるんじゃなかったのか……。


「おっさん、ぶつぶつ言ってないで、答えてやったらどうだ」


 そんな真っ直ぐな眼差しで見つめられて、断れるはずがないじゃないか。

 やっぱりパティスちゃんは、他人思いのいい子だった。


「ああ、分かった分かった。乗り気じゃないが、探してこよう」

「ありがとう! 救ってくれた暁には、ぜひ俺の店に寄ってくれよな。森でなにか拾ったら、それを俺が加工してやるからさ」


 おっ? これは嬉しい申し出。サービスでやってくれるということか。驚いたことにこの青年、この年で自分の店を構えているようだ。人は見かけによらんな。

 うむ、人助けも、たまには進んでしてみるのもいいかもしれない。

 そうして、溌剌とした笑顔で手を振り、青年は店を出て行った。


「さて、次の目的地は森に決まったな――」

「うむ、そうなるが……」

「っておいお前、話聞いてたか? つうか皿増えてるじゃねえかよ」


 気づけばクレリックは、わしらが青年と話している間にも、もくもくと一人ピーナッツバターサンドを頬張っていたらしい。皿が計、十一皿に増えていた。


「失礼ね、話くらい聞いてたわよ。次の目的地はヴィルニの森、そしてその奥の魔禍まかの泉」

「マラ?」

「魔禍だ、馬鹿!」


 女剣士は真っ赤になって怒っている。無垢な少女みたいな反応がまた新鮮だ。

 にやにやしてたら、女剣士にガツンと殴られた。ガントレットをしているから相当なダメージだ。


「通称、魔泉と呼ばれる処です」

「魔泉……」

「クレリックやってる身としては、さっさとその泉を浄化してあげた方が、近隣住民の為なんだろうけど……」

「けど、なんだ?」

「浄化しちゃうと魔物が大人しくなるからね。そうなると珍しかった素材が簡単に手に入っちゃうでしょ? だから物の価値が激減しちゃうかもしれないわ。私たちはお金がほしい、でも浄化すれば素材が安値でしか売れなくなる」

「どうするんだ、おっさん?」

「わしが決めるのか?」

「そりゃあ勇者だからな」


 ふむ、どうしたものか。

 依頼主は別に泉の浄化までは頼んでいないわけだ。町の住人の中には危険を顧みず森へ入って素材を採り、店で加工し売っている者も少なくないだろう。そういった人々からすれば、泉は是が非でも浄化し、魔物を大人しくさせて欲しいところだと思うが。

 冒険者からすれば、一攫千金とまではいかないまでも、多少金銭に余裕が出来るくらいの値で売れる貴重な素材。泉が浄化されてしまえば、素材の乱獲は避けられないだろう。物価が下がるのは目に見えている。

 ……うーん。


「悩むのでしたら、一先ず浄化は先送りにして、あの爆発しないかしらリア充さんの彼女さんを助けることを優先した方がよろしいかと」

「クレリックよ、先送りにした泉の浄化はどうするんだ?」

「そうですね、私たちである程度の素材を掻っ攫った後に、売り捌いてから浄化しちゃうってのはどうでしょう。懐は暖かく、町の住人からは感謝され心も温かく。一石二鳥じゃないですか」

「まあ、旅に金は入用だからな、それでいいんじゃないか、おっさん?」


 多少の罪悪感がないわけでもないが、そうする方がいいかもしれんな。

 わしはとりあえず勇者で、女子を二人お供として連れている。二人に不便な思いは、なるべくならさせたくないからな。

 女剣士の言葉に、素直に首肯した。

 それにしても、クレリックはいろいろと腹黒いな。盗賊なんぞをやっていたから、それもまた致し方ないこと、なのかもしれんが……。


 隣で最後の皿のサンドウィッチに手を伸ばすクレリック。


「まさかあの時売り払ってた荷が、食事代になるとは思わなかったぜ……」


 呆れる女剣士とともに、その健啖ぶりに感心したわしだった。

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