第17話 散策――グランフィード城下町

 街へ入ったわしらは、ひと先ず宿の部屋を取り、それから城下町を散策することにした。案内掲示板で『住宅街』『商店街』『歓楽街』そして『風俗街』があることを確認している。

 門衛が言っていた『強殺』という物騒な言葉も気にはなるが、これより先は敵も強くなってくるため、装備を整えようという話の運びとなったからだ。

 ……決して、夜の街に繰り出す前の下調べとして、宿を出たわけではないことは断っておく! 決して!


「しかし、事件が起こっているとは思えんほど賑やかだな」


 主要な店舗が軒を連ねる石畳の大通りを、右に左に見ながら歩く。商店街ですれ違う人々はみな笑顔で、そんな暗い出来事などないかのような顔をしていた。


「門衛は話すことを躊躇ってたし、口止めされてる節があったからな」

「住民にはあまり広まっていないのかもしれませんね」


 とすると、あまりおおっぴらに話を聞くことは出来んというわけか。

 まあ、下手なことを話してわざわざ混乱を招くこともないだろう。

 ふむと一つ頷くと、前を歩いていたライアが急に道を逸れた。


「どこへ行くのだ?」

「あたしはちょっと武器屋に用があるんでね、ここからしばらくは自由行動といこうぜ」

「そうね。私もちょうど買いたいものもあったし。勇者様、合流は宿のロビーにしましょう」

「ちなみに釘を刺しとくけど、変な場所には行くんじゃねえぞ?」


 そう告げると女子たちは方々に散り、わし一人だけが大通りに残された。

 途端に風が吹き荒び、空気が冷たく感じる。これは気分的なものに因るところが大きいだろう。まだ春も半ばだからな。

 けど寂しい。

 しかし、物は考えようだ。一人になった、自由行動が出来る。とするならば、やることは一つしかないだろう!

 釘を刺されはしたが、わしは期待に腹を躍らせながら一目散に駆け出した。

 武器屋、防具屋、道具屋、服屋、アクセサリー屋などが複数店ずつ揃う商店街を一気に走り抜け、わしは入り組んだ路地に飛び込みひたすら進む。

 思いのほか上がっている体力に自分自身驚きつつ、狭い小路を通り抜け、そして――


「うっはははははッ! ついに見つけたぞ風俗街!」


 袋小路の行き止まりになっている街の端。

 まだ昼間ということもありどこも開いてはいないが、表看板と地面に置かれた立て看板で種類と内容は確認できるのだ。

 いきなり上げた大声に、物好きな男数人の視線がこちらを向いたが気にしない。

 わしは足を踏み出し、ドキドキしながら一店舗ずつ確認していく。


「やはりどこもむにむに屋はあるのだな」


 さっそく目に飛び込んできたお馴染みの店。

 どこの町でもポピュラーだということだろう。ザ・スタンダード! しかしだからこその至高がそこにあったりするものだ。それをわしは見つけ出した、この手で!

 その手をわきわきさせながら目を移す。

 むにむに屋の向かいには、ウェンネルソンにもあった尻専門の店! そのお隣には膝枕の店! その向かいは耳かきの店! さらに隣は耳舐めの店!

 そしてその向かいは洗体と書かれている。見上げると、泡だらけの女子のシルエット。


「洗体? つ、つまり、……体を洗うということか!」


 カッと目を見開くと、眼が充血しているのか熱くなっているのが分かる!

 わ、わしのマイサンも洗ってくれるのだろうか? い、いやいやしかしそれはマズイのではないか? エッチな本で読んだぞ、たしか『素股』とかなんとかいったな。洗い方によっては、まかり間違って間違ったりすることもあるやもしれんし……。つ、つるんと、こうつるんとな! わしの童が、ついにかッ!?

 ※本番はありません。と注意書きされているが、事故ならば不可抗力だろう。

「ムフーンッ!」と大きく鼻息を飛ばす。思った以上に大興奮!

 しかし昼間からこんなところで興奮しすぎては、夜までもたないかもしれない。

 それにまだ店はあるようだし。少し落ち着かねば……。


「しかし、この街はどれだけ取り揃えておるのだ――」


 激しい動悸を感じながらも、洗体屋の隣に目をやった時だ。

 ……なるほど。とわしは一人で納得してしまった。

 それは何故か。店の表看板には、シスター服に身を包んだ女子のシルエットが描かれていたからだ。もしかしてと思い向かいに目をやると、


「こっちは女戦士か」


 看板にはけしからんビキニアーマーを着た女が描かれている。

 ライアは剣士だが、大方、気の強そうな女子が相手をしてくれる店というところだろう。

 つまり何が言いたいかというとだ、あの門衛二人は風俗店の常連ということになる。だから挙動がおかしかったのだ。わしを散々馬鹿にしおって、同じ穴のムジナではないか。

 不愉快だが、気を取り直して見物する。

 この隣は魔法使い、その向かいは、


「バニー……」


 黒いレオタードに白いうさ耳のシルエット。

 思わずため息がこぼれてしまった。

 あの夜に見た、銀髪青眼の女子を思い出す。


「あの娘御、この街にはおらんのかな……」


 普通に考えれば、ウェンネルソンのカジノでバニーをしていたんだ。この街にいるはずがないのだが……。

 どうやら、風俗の店はこの一角で終わりらしい。わしはゆっくりと踵を返す。

 見てきた店舗の料金はどれも高いものだ。最低が耳かきで15000G~最高は洗体の50000Gときた。

 お財布を開き中を覗く。


「あきらかに足らんな」


 毎度のことだ、そこまで落胆はしない。所持金1500G。

 ゴブリンの巣に落ちていたGを村人に届け、その中からお礼として受け取ったものを皆で分け合った。キングを倒したからといってわしに多めにくれたのと、ウェンネルソンで盾を買ったそのおつり。そして道中にわしが倒した魔物から手に入れたGを合わせた金額だ。

 けっこう頑張ったが、安い店ですらほど遠い。

 しかし、


「ウェンネルソンの時の十倍はあるぞ……」


 500G使うくらいなら文句も言われんのではないか?

 そこでふと、わしは戦利品を得ていたことを思い出した。とげとげの棍棒とゴブリンの王冠。そして魔物の毛皮やら角に牙。


「売れば多少金になるだろうか」


 さっそく、わしは風俗街を後にした。

 大通りに戻り、道具屋へと向かう。

 所狭しと道具が並べられた店の前に立つと、店主の男が「いらっしゃい!」と威勢のいい声を上げた。


「いろいろ売りに来たのだが」


 わしは袋をカウンターへ置く。

 店主は「どれどれ」と言って品定めを始めた。


「えーと、ゴブリンの釘棍棒に王冠、魔物の牙に角、そして皮か」

「いくらになるだろうか?」


 そう問うと、店主は王冠を手にし特に念入りに精査を始める。


「こいつはゴブリンを倒して手に入れたのかい?」

「いや、ゴブリンキングだが」

「でもこれ、小さいしペラペラだからキングのじゃないね。本物はもっと大きくて重量があるものだよ」

「しかしキングと名乗っておったぞ?」

「魔物にも見栄っ張りってのはいるもんでさ」


 なんだと。それではわしは、キングを倒したと思ってただぬか喜びをしていたわけか。その事実は悔しいが、それでも初めてボスをやっつけたのだ。

 ここで負けたら勇者の名折れだろう。


「それでいくらになるのだ?」

「この王冠は150Gだね、他のは合わせて200Gかな」

「安い! もう一声!」

「無理だよ、これが相場だからね。文句があるなら帰ってくれるかい?」

「ぐぬぬ……」


 多少とは思ったが、思いのほか少なかったではないか。

 相場とまで言われたら、納得するしかないだろう。

 わしはしぶしぶ戦利品を売り、落胆に肩を落としながら道具屋に背を向けた。

 いろんな意味で残念だ。

 とぼとぼと歩き、気づけば歓楽街に来ていた。

 大きなカジノの店舗が見える。

 だが350Gにはなった。予定の500Gと合わせて850Gもあれば、もしかしたらビギナーズラックにまた湧くかもしれん!

 それに風俗もそうだが、金がなければ装備も買えんだろうし。……まあ、それは二の次だが。

 わしは夜への期待を胸に抱きながら、一人宿へ戻った。


 五階建ての宿へ入ると、すでにライアとソフィアの姿があった。

 わしを見つけ、備え付けの円形テーブルから手を振っている。見ると卓上には、買い物袋が置かれていた。きっとソフィアの買い物だろう。

 落胆も一気に吹き飛び、わしは二人の元へ早足で向かう。二人の間へ腰を下ろすと、それとなく離れられてしまった。結局、正三角形の配置に落ち着く。


「おっさん、ずいぶん遅かったじゃないか。何してたんだ?」

「街をしばし散策したあと、道具屋でな、戦利品を売ってきたのだが……」

「いくらになったのですか?」

「350Gだ」


 握りしめた金をテーブルに広げる。ジャラジャラと小さく鳴り、コインが転がった。


「あの王冠、そんなに高く売れなかったのか」

「ゴブリンキングではないと言われたぞ」

「まあ、そんな気はしてたけどな。小っちゃかったし」


 ライアは頭の後ろで手を組み、さらっとそんなことを嘯いた。


「どうして教えてくれなかったのだ……喜んだわしが惨めではないか」


 するとソフィアが傍へ寄り、背中に手を置き慈愛に満ちた表情をして告げた。


「でも、自信になったのではないですか?」

「えっ?」

「初めて魔物らしい魔物をまともに倒して、その上戦利品も得られたのです。それも勇者様がお一人で戦って、勝ったのですよ。役立たずでも頑張れば役に立つということを証明したのですから」

「お前、ひと言余計じゃないか?」


 渋面を浮かべて、横からライアが同情を口にした。

 ソフィアは首を左右に振り、


「そんなことはないわ。小さな一歩だけれど、これがやがて大きなことを成し遂げる始まりなのだから。それも全てを誇るべきよ」

「まあ、そうして強く大きくなってくんだろうけどさ」


 そうだ、そうだな。二人の言う通りだ。

 役に立たなかったわしが、初めてまともな戦闘をしたのだ。相手がキングでなかったのは残念ではあるが、それでも勝ち得たのだ。あの温室育ちのわしがだ。

 そのことは、誇りに思うべきだな。


「お前さんたちのおかげで目が覚めたぞ。戦利品の値段だけが全てじゃないということだな!」


 わしは勢い立ち上がり、鋼の剣を抜いて天井に掲げた。

 ひどく気分が高揚している。やる気に満ちている感じだ。いまなら素手で不良ラビットを倒せそうな気がする。


「わしはこれから男として頑張るぞ!」

「おっ、張り切ってるじゃないか」

「空回りでなければいいんですけど……」


 そうと決まれば、今夜さっそく夜の街に繰り出そう。

 850Gで、わしは勝負をかけるのだ! いまなら勝てる! このやる気さえあれば!


「うはははははっ!」


 大きな笑い声が宿中に響き渡る。

 ……宿の主人に怒られたことは、言うまでもない。

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