第127話 勇者の剣――輝聖剣アールヴェルク

 ゴルディールとリディル、そしてハイエルフたちが地下工房へこもってから、およそ五日が経った。

 アダマンタイトを鍛えた時よりも製作時間を要している。オリハルコンとはそれほどまでの難しい鉱物なのだろう。

 今まさに剣の製作が行われている中、わしらはというと。

 暇を持て余すということで、警備隊を手伝いに森へと出ていた。

 というのも。わしはアルティアの様子を見に行きたかったのだが、『――ただでさえ気を張り続けなければならない状況なのに、そんな使い古したモップみたいな頭がチラついてもみろ。気が散って仕方がないだろう』と天パを指差されながらエステルに叱責されたからだ。

 まがりなりにも勇者なのにこの扱いはどうかと思うが……。

 まあそんなこんなで森へと出たわけなのだが。


「やはり魔物どもは入って来られんようだな」

「ああ。侵入されても即蒸発してるところを見ると、ちゃんと第三魔法障壁ってやつは発動してるみたいだ」


 ライアの視線の先で竜頭の魔物がボシュンと消える。瘴気の発生は見られない。

 第三魔法障壁の効果は覿面なようだ。常にMPを吸われ続けるというから、永続するものではもちろんないが……。

 襲撃を警戒する緊張と剣を待つ焦り。五日も張り続けている障壁がいつまで持つのかと不安に思う心を感じていた。そんな時、似たような考えでいたのだろうソフィアがエステルへ訊ねた。


「そういえば、障壁はアルティアのMPが尽きたら自然に消滅するのよね? 五日って相当保っているようだけど、王族ってそれだけ凄いということ?」

「いや、聖域の守護者である姫騎士のアルティア様も、もちろんそれなりに凄いは凄いのだが。MPの総量としては正直そこまでだ」

「ならどうして五日も張り続けていられるの?」


 クロエの問いに、エステルは懐から小袋を取り出して、中から一つ赤い実を摘まみ上げて見せた。

 楓が興味深そうに凝視する。


「エステル、これってなんの実?」

「これは世界樹の実だ。百年に一度実る希少なもので、食べるとMPを半分回復することが出来る。姫様は適宜摂りながら障壁を展開していたから、まだ余裕はあったはず。ただ歴史的にも温存しておけるような状況になかったし、過去にも第三魔法障壁が幾度か発動されたことがある故、如何せん数が足りないんだ。少なくとも四日目までで既に尽きているはず。今は言葉通り精神と体力、そして根性と気合でどうにかしているはずだ」


 言いながらエステルは袋を逆さにし、中身をすべて手のひらへ出す。


「今ここに五つある。とりあえずお前たちが一つずつ持っていろ」

「それはありがたい申し出ではあるが……いまも頑張っているアルティアに持って行ったほうが良いのではないか?」


 わしが遠慮がちに訊ねると、エステルは小さく首を横に振った。


「第三魔法障壁の存在を告げた時、アルティア様は私に覚悟を示した。私はその気持ちを、想いの力を信じたい。それに、これは姫様からの餞別だからな。返しに行ったら私が怒られる」


 エステルはくすりと鼻を鳴らすと、赤い実をそれぞれに手渡していく。

 そういうことであるならば、皆まで言うまい。

 わしもありがたく頂戴し、道具袋へ納めた。

 そこでふと、「――ん?」エステルの耳がピクッと反応を示す。


「どうしたのだ?」

「呼び笛が鳴った。どうやら剣が完成したようだな」

「わしにはなんにも聞こえんかったが、本当か?」

「私たちの耳は数十キロ先でもその音を聞き分けられる。それに妖精族の耳にしか聞こえない音だから、お前たちが聞き取れなくても仕方がない」

「なるほど。そういうことならば急ごうか」


 頷きをもって返事したエステルの転移魔法で、わしらは聖都エーデルクルスへ戻った。

 聖域の広場では、レブルゼーレが退屈そうに丸まり寝息を立てていた。

 五日もすれば奇異の目も恐れですら薄れるのだろう。遠巻きに眺める者たちがいないどころか、当たり前のように竜のすぐ傍を歩くハイエルフたちの姿がある。

 レブルゼーレ自身もすでに慣れきってしまっているのも頷ける話だ。

 眠り竜を横目に、緊張しながら広場でその時を待ち侘びていると――地下へと続く大階段からゴルディールが姿を現した。リディル、そして百余名のハイエルフたちがそれに続く。

 彼女らを背に、真っ白い長袋を携えたゴルディールがわしの元までやってきた。その表情は晴れ晴れとし、達成感と自信がありありと窺える。


「待たせたな、ワルド」

「いや、焦りはしたがそれ以上の楽しみもあった。待つにやぶさかでない状況を、ある意味愉しんでもいたよ。それにしても、お前さんにしてはずいぶんと手こずったようだが、それほどの鉱物だったのか?」

「ああ、とんだじゃじゃ馬だ。さすが伝説と謳われるだけある。まともに鎚で叩けるようになるまでに丸一日かかったからな」


 ハイエルフのウォーロック百余名分の魔力を倍加させた洗練された炎で、鍛えられるまでに丸一日……。痺れを切らして何度も試すゴルディールの姿が目に浮かぶようだ。それを宥めるリディルの姿もな。


「……お前さんたちには本当に感謝している。きっと誰一人として欠けていたならば、その剣はでき――」

「ワルド、礼ならまず剣を見てから言え」


 わしの言葉を遮ったゴルディールは、ニッと笑いながら袋に包まれたそれを差し出す。

 一つ頷いて、わしは賜り物を両手で頂戴し軽く掲げてから縛り紐を解いた。

 二つ折りにされていた袋の口を起こして下げていくと、金色の柄頭が現れた。

 三拍、心臓がドクンと大きく拍動したのを機に、一息に袋を取り払う。


「――こ、これは……」


 思わず息を飲み、目を瞠る。

 現れたのは、美しすぎる装いの柄と鞘だったからだ。

 どうやら金属で出来ているらしい鞘は金で縁取りされ、全体的に青と白を基調に描かれた模様は宝石で象嵌が施されているようだ。鍔も同様の技巧が見て取れ、翼を広げた聖竜の紋章が模られている。

 ごくりと生唾を飲み込み、わしはゴルディールとリディルを見た。

 二人の自信ありげな頷きが返ってくる。

 わしは震えながら黒い革の巻かれたグリップを握り、ストッパーを外してスラっと剣を抜く。

 まず驚いたのは鞘走りの滑らかさ。驚愕するほどに軽くて速い。

 そしてなによりもその剣身の美しさだ。艶めく両刃の白銀は神々しく、鍔元から剣先にかけて鋭利になっていく少し幅広の長剣。盾と同じく古代女神文字が刻まれている。

 長らく愛用していたわしの愛剣ブランフェイム。グリップの手に馴染む感覚はそれ以上で、同時に携わってくれた者たちの温かさを心より感じた。

 不意に視界が揺らぎ目尻から涙がこぼれる。


「おいおい、まだ使ってもねえのに感動してるんじゃねえよ」

「……す、すまん。これがわしの剣だと思うと、信じられなくてな」

「がはは! そこまで喜んでくれるとは、苦労して鍛え上げた甲斐があるってもんだな。まあそんなワルドにさらならプレゼントだ。説明してやれリディル」

「はいよオジジ!」


 ずずいと進み出たリディルがわしを見上げる。

 わしの情けない泣き顔を見て、なぜか嬉しそうに頬を緩めて話し始めた。


「勇者くんのために、剣に他の機能も持たせてあげましたよ。まあまあ苦戦したんですけどね、ハイエルフのみんなの協力を得てなんとか完成させられたんだ」

「してその機能とは……?」

「秘密はその鞘と柄にあるんだけど。鞘の外装は見てわかる通り、ちょっと余ったオリハルコンを薄く伸ばした物に、研いだ青藍石と白楼石で象嵌を施した物。鞘に合わせて大きな一枚に削り出すのがこれがまた大変だったんですよ! それと内装に使ってある木は聖樹ユグドラシルの古木で、外装の宝石と合わせることで魔力を増幅させられるんだ」


 胸躍るワードの連続に、わしは涙を拭って続きを訊ねる。


「それで柄にはどんな効果があるのだ?」

「柄も基本素材はオリハルコンと宝石なんですけど、聖竜の紋章に妖精族の至宝『レクセリオン』という宝玉を使っていて。これは剣に付与した魔法を鞘と共により強力な魔法へと引き上げる効果があるんですよ」

「とどのつまりは、魔法剣をさらに威力を引き上げて使えるということか?」

「そうですそうです、まあ一度鞘の中に納めなければいけない手間がかかりますけどね」


 そこはどうしようもなかったとお道化るリディル。

 そんな彼女をよそに、わしの脳裏には妙案が浮かんでいた。


「とすればだ。ギガルデインの威力をもう一段階上げられるということにならんかっ!?」


 わしのテンション爆上がり。そうなれば恐ろしい火力を出せるだろう。

 むふふと一人噛み殺せん笑いを浮かべていると、スッとライアが一言。


「おっさん、利点はそれだけじゃねえだろ」

「どういうことだ?」

「魔法を一段階引き上げられるってことは、ワルデインのMP分でギガルデインの威力が出せるってことだろ?」


 そう告げたライアに、感心した風に頷きながらソフィアが言った。


「ライアも意外なところに気が付くのね」

「おい馬鹿にしてんのかっ」

「珍しく褒めてあげてるのよ」

「なら素直に褒めろよな! ……いや、やっぱ褒めなくていい!」

「どっちよ」


 軽い口喧嘩を懐かしく思いながらも、わしはふむと一つ頷いた。


「ギガルデインを纏わせただけでも、普通に斬るよりは遥かにダメージは出せるだろうな……。そこにワルドストラッシュやブレイク、クロスなんかかまそうものなら……威力は想像がつかん!」


 胸どころか腹も躍るな!

 わしは興奮を隠しきれず、鼻息を荒く吐き出す。

 すると隣で剣をまじまじと見つめていたクロエが、刻まれた文字を指さして言った。


「ねぇ。もしかして、これもまた女神様の祝福を受けないと真価が発揮されなかったりする?」

「その通りだ。魔法剣は使えるが、肝心な威力の段階を引き上げる機能は現在使えない」

「わしの楽しい妄想を返してほしい……」


 落胆を禁じえず肩を落とす。

「まあまあ」と肩を叩いて励ましてくれた楓が、突然「あっ」と気づいたように声を上げる。


「ところでこの剣ってさ、名前はあるの?」

「もちろんある――」


 とても重要で肝心なことを聞いてくれた。

 わしはゴルディールの顔を見る。すると王はセヴェルグの盾を一瞥し、ふっと小さく笑みをこぼす。


「盾の時はヴェルゲを超えるものとして俺が名付けた。だが今回はハイエルフとの共作だ。歴史的に見ても前代未聞。種族間の軋轢を乗り越えて同盟を結び、いまここでこうして一つの目的のために手を取り合い、そして剣を完成させた。この事実は両種族にとって、とても大切な一歩だろう」


 場にいるハイエルフたちもその言葉に大きく頷いた。


「そのきっかけをお前がくれた。そんなワルドに、俺たち妖精族からの贈り物として、皆で相談し決めたんだ。……その剣の名は――輝聖剣アールヴェルク」

「アールヴェルク……。美しさの中に力強さも感じる、実に良い名だ。……――ん? ちょいと待て、お前さんも妖精族だったのか?」

「なんだ悪いのか?」

「いや、そうは言っとらんが……まあ怪しい感じではあるか」

「どっちのあやしいだ?」

「わはは! まあ良いではないか細かいことはどうでも、な!」


 訝るゴルディールを、「まあまあ」とリディルが肩を叩いて宥める。

 ひとしきり笑った後、わしは改めて皆を見渡した。

 ゴルディール、リディル、ハイエルフたち、この場には居ないがアルティアと女王、エステルにレブルゼーレ、そして仲間たち。

 わしは、皆に支えられてこの場所に立っている。それを強く実感する。


「……皆に改めて心から感謝を伝えたい。ありがとう」

「だから、礼ならベルファールをどうにかしてから言え」

「そうですよ勇者くん、それからでも遅くないです」

「む、それもそうだな」


 なんだか急に気恥ずかしくなって頬を掻く。

 場の空気が緩み和んだ。

 ほんのひと時。気を張っていた緊張を忘れ、そんな憩いがあってもいいだろう。

 わしも頬が緩みかけた、その時――。

 眠っていたはずのレブルゼーレが急に上体を起こして空を睨み上げた。ほぼ同時、エステルの持つ杖の青い宝玉も赤く発光し始める。


「これはッ?!」

「グルルゥウウ……来るぞ!」


 その言葉の直後、急に空に暗雲が立ち込め、幾筋もの稲妻が雲を走る。

 刹那、稲光と轟音を伴いながら極大の黒い雷が地上に落ちた。

 場所は聖域の外、森の方だ。コントロールが出来ないのか、雷は聖域には降ってこない。

 それから何度も落雷が続く中で、エステルが気づいたように声を上げた。


「拙い、奴の狙いは第一魔法障壁だ!」

「第一というと、森に設置してあるあの石柱のものか? しかし第三が発動している今、それほど心配することもないのではないか?」

「石柱は単なる結界の目的だけじゃない。第二第三の魔法障壁の強化もその役目の一つだ。第三に至っては、守護者の負担軽減の役割も第一が担っている」

「とすると、破壊されたらアルティアの負荷は……」

「倍以上になるッ」


 驚愕に目を剥いたのは、その事実を耳にしたからだけではない。

 ドォオン! となにか巨大なものが空から降ってきたような物音が、聖域のすぐ外から複数回に渡り聞こえてきたからだ。


「くっ、侵入を許したか!」


 忌々しく吐き捨てたエステル。彼女の影に、翼を広げた大きなシルエットが重なった。

 見上げた先で浮揚する存在に、いつか見た漆黒の装いに……ついにその時が来たのだと、各々が武器を手に取り身構えたのだ――。

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