第25話 魔法の鍵
早朝に村を出、眠気眼を擦りながら街道を北東に向かう。
次の町はどうやら湖畔の近くにあるようだ。規模的にはウェンネルソンくらいだそうだが。
そう聞いて期待してしまうのはカジノの存在。あの魔法使いの女子に初めて出会ったのがカジノであるため、どうしても浮ついた気持ちは抑えられない。
それというのも。
村を出る前に、村人に魔法使いが来なかったかを聞いたのだが、誰に会ったのかあまり覚えていないそうなのだ。
村に寄ったかもしれないが、人々があの調子であれば次の町を目指してもおかしくはない。
一人旅であるし、金は入用だろう。だからまたカジノで出会えればいいなあ、と思ってしまうのは仕方ないこと。
まあ、ボクシールの町長から貰った報酬も渡したいしな。カジノのバニーがいくら貰えるのかは知らんが、それでも少しの足しにはなるだろう。
Gの入った小袋を大事にしまい、わしはしっかりと大地を踏みしめ先を行く。
道中、徐々にだが強さを増してくる魔物たちと戦いながらも、なんとか川にかかる橋を渡り丘を下って、日中に湖畔の町オルファムへ到着した。
町は湖へと続く一本道を基点に、円状に広がりを見せている。
大通りに軒を連ねるのは装備や道具でお馴染みの店。それと魚やそれらの加工食品などを売る店が立ち並んでいる。魚は特産品だと看板にあるな。
ざっと見る限りでは、ド派手なカジノの看板は見当たらない。もちろんそうなってくると風俗も……。
どう見ても田舎だし、そんな都合よくはいかないか。
落胆にため息がこぼれる。
「おっさん、疲れたのか?」
「すぐに宿を取りますか?」
「いや、ゴンザスから歩いてきたとはいえ、そこまで疲れてはなかったがな。がっかりしたおかげで、ドッと疲れが圧し掛かってきた感じだ」
「がっかり? ――あぁ」
ライアは何か納得したようにポンと手を叩く。
「また風俗か。あたしはそのことに今がっかりだよ」
「それだけではないがな。……聞くが、ここにカジノはあるのか?」
二人は顔を見合わせると――互いにわずかに顎を引いて頷いたように見えた。
これはあるのか! と期待値が高まったところへ、
「残念だがないぜ、ここにはない。諦めるんだな」
「ええ、ありませんわ。決してカジノなどという娯楽設備は存在しませんので」
なんていう無慈悲な言葉が耳朶を叩いた。
一瞬期待させてこの仕打ちはないだろう。わしの肩はますます下がる一方だ。これ以上下がっては、ほふく前進して歩かねばならなくなる。
そのくらいの傷心。魔法使いへは焦心。
「そんなことより、鍵を加工してもらいに行こうぜ。どこでやってくれるんだろうな、鍵屋か?」
「この町に鍵屋なんてなかったと思うけど」
「そもそもここは、主に湖で漁をして生計を立ててんだろ? 魔法の鍵を作ってくれそうな職人がいるようには見えないんだけどな」
「村人が嘘を吐いてるとは考えにくいから、探せばきっといるんじゃないかしら?」
ならさっそく探そう、ということになりわしらは聞き込みを開始。
とりあえず目についた老若男女に片っ端から声をかけてみた。
「魔法の鍵職人を探しとるんだが、どこにいるのか知らんか?」
「いや、僕は知らないよ」
「そこな女子、魔法の鍵の職人はいずこに?」
「わたしが知るわけないでしょ。おじさん、それ天パ? シャンプーできんの?」
「そこのご老人、魔法の鍵の職人――」
「わしゃー昔は名のある踊り子でなぁ、男を手玉に取ってヒーヒー言わしとったんよ。文字通り玉を手に取ってなぁ、ヒッヒヒヒ」
まるで話にならんではないか。
最後の老婆はなんなのだ。聞きたくもない話をしおって。
あんな婆さんに金玉触られた日には、日どころか週をまたいで不全になってしまう。考えただけでおぞましい。
しかし身震いしながらも歩みは止めない。
ライアとソフィアも聞き回っているのだから、わしだけ根を上げるわけにはいかん。
結局、情報なら酒場だろうということになり向かうと。
案の定、そこの店主から話を聞くことが出来た。こんなことなら初めから向かっておけばよかったな。
話では、湖のほとりにある小屋に、元魔法使いの男がいるらしい。そこで盗賊の鍵と手に入れたイムダス鉱石を渡すと作ってくれるのだそうだ。
というわけでさっそく向かう。
長く伸びる大通りを北へ歩くと広大な湖が目の前に広がった。
見渡してみるが、漁で使用する網や、小舟なんかの保管庫しか見当たらない。
仕方なくぐるりと浜を回ってみると、それらしき木の小屋を見つけた。
「おっ、あれじゃないか?」
「まさか通りの真反対にあるとは思わないわよね」
「わし、昨日から歩かされっぱなしなのだが……」
砂浜に足を取られて余計に疲れる。これならまだ街道の方がマシだ。
「ダイエットになっていいだろ?」
「この年にもなってくると、なかなか痩せにくくなってくるのだ」
軽口を叩き合いながら小屋の前へ。そして扉を叩いた。
「たのもー」
「どうぞー」
若い男の声が返ってくる。どうぞと促されたので扉に手をかけた。
しかし建て付けが悪いのか、押しても引いても扉が開かない。
「あ、左下を蹴ってから押してください」
言われた通りにすると、ガガガギィイと気持ちの悪い音を発しながらも開けることが出来た。
狭い室内の棚には、フラスコや試験管が所狭しと並べられている。ボロいカウンターには眼鏡の青年が座り、わしらをちょいちょいと手招きしていた。
「いらっしゃい、ここは魔法道具屋になる予定の鍵屋だよ」
「なんだ、まだ魔法道具屋ではないのか?」
「もう少しで鍵屋を畳むつもりなんだ。お客さん、運がいいね」
「そうか、それはいい時に来た。ではさっそくなのだが、盗賊の鍵を魔法の鍵にしてほしいのだが」
言いながら、ソフィアから預かった盗賊の鍵と、酒場で聞いたイムダス鉱石をカウンターへ置いた。
年季の入った鈍色の鍵と、キラキラ光る白濁した鉱石を手に取ると、青年は「はいよ」と返事し頷く。
奥に設置された小さな溶鉱炉に鉱石を放り込み、しばらくすると、赤熱しどろどろに溶けた液体が流れてきた。それを受け止めた皿を手にすると、鍵をはめ込んだ型の中へ静かに注ぐ。
「魔法の鍵だ~よ~~~~ハイッ!」
小枝を振りながら奇妙な掛け声を発すると、にわかに型全体が輝きだす。ややあって青年が型を外すと、盗賊の鍵は形状を変え青い物へと変化していた。
「これが魔法の鍵か?」
「ええそうです。ロクサリウムでは必須ですよ」
「けどさ、盗賊の鍵は使えなくなっちまったんじゃないのか?」
「とんでもない。鍵は進化、グレードアップしていくんです! もちろん盗賊の宝箱も開けることが出来ますよ」
「それは便利ですわね」
わしは出来上がったばかりの鍵を受け取る。
そして値段を尋ねると――
「あ、しめて8000Gとなります」
高い。
わしは自身の懐事情をよく理解している。だから、
「ったく、仕方ねえな。こいつはあたしらも必要なもんだからってことで、出してやるよ」
「だからそんな捨てられた子犬みたいな目をしないでください」
「ありがとう、ありがとう。今度わしもお前さんたちになにか御馳走しよう」
「期待しないで待ってるよ」
そうして無事、わしらは『魔法の鍵』を入手することが出来た。
これでこの大陸にある鍵はすべて開けることが出来るようだが。いまだに見ていないため、使う時がくるのかどうかは微妙なところだが……。
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