第23話 通せんぼする鉄ゴーレム
街道を北へ歩き、およそ二時間。
ようやくロクサリウム最初の町ボクシールが見えてきた。石壁に囲まれた町だが、それほど大きくはないように思える。
しかし、町の門の前に黒い巨大な岩が置かれていて、中へ入れない旅人たちが遠くから眺め右往左往していた。目算でも三メートルほどはあろうか、大きな岩だ。
「誰だ、あんなところに石ころを置いていったのは。あれでは町に入れんではないか」
「ありゃゴーレムだな、ただの石ころじゃない」
「ゴーレム? あの岩でできた人型の魔物のことか」
座っているためただの岩にしか見えなかった。
たしか図鑑にも載っていたな。主にガーディアンとして存在することが多いそうだが、野良が荒野や草原なんかを闊歩していたりもするらしい。
ゴーレムのパンチは一〇トンだとか書かれていたが、そんなものをくらったらひとたまりもない。
「けどあの色、どうやらあいつは鉄ゴーレムみたいだぜ」
「鉄……」
どおりで黒いわけだな。黒鉄のガーディアンか。響きだけならかっちょいいが。旅人、行商からしたらいい迷惑だ。
なにかこの町に重要なものでもあるのだろうか?
「いまの私たちには手に負えませんね」
「お前さんたちでも倒せんのか?」
「ただの石ゴーレムなら問題ないが、あいつは物理抵抗が高いからな。まだ殴ったり斬ったりでどうにか出来る相手じゃない。さすがにこの程度の刀じゃ斬鉄は無理だ」
「あのサイズだしね。魔法使いでもいれば話は違うのだろうけど」
魔法使いか。
あの銀髪紫瞳の女子を追いかけて(わしの中ではだが)ここまで来たはいいが。
わしを助けてくれたあの魔法使いは、こやつをどうにかしようとは思わなかったのだろうか? 優しい娘だと思ったのだが……。
いや、三叉路の西を目指したのかもしれんし、勝手に思い決めつけるのは尚早だな。
旅人のたまり場までくると、彼らの会話が聞こえてきた。
「なんでこんなとこに鉄屑野郎がいるんだよ」「誰だこんなとこに置いた奴は!」「これじゃ町に入れないわね」「諦めて戻るか……」「くそ! ここの武器が欲しかったのによ」
言い分は様々である。
わしらは顔を見合わせ、どうせ入れないのならと示し合わせて体を西へ向けた。
すると、
「あの、そこの旅の人」
歩き出そうとしていた背中に声がかかったので、立ち止まり振り返る。
そこには、馬車の手綱を握る行商の若い男がいた。あまり大きくはない荷台の幌から覗くのは、青々として艶めく野菜や綺麗な植物たちだ。
「わしらに何か用か?」
尋ねると、男は御者台から飛び降り、馬を引きながらこちらへ歩いてくる。
「あなたたちは強そうに見える。勝手だとは思いますが、どうか僕のお願いを聞いてくれませんか?」
「わはは! 強そうにわしを含めるとは、お前さん、なかなか見る目があるではないか!」
男の肩を叩きながら久しぶりに気持ちよく笑っていたら、「はぁ……」とライアのため息が聞こえた。
「おっさん、よく見ろ。あんたのことなんか最初から眼中にないみたいだぞ」
弾かれたように改めて男を見てみると、わしから視線を外してライアとソフィアに目を向けていた。
……ぬか喜びして笑った自分が、だんだん恥ずかしくなってくる。
そっと男から離れ、わしは咳ばらいをし体裁を繕う。
「それで、わしらに頼みたいこととは?」
「はい、僕は見ての通り行商をしているのですが。このゴーレムが三日前に現れてから町へ入れなくなったんです。なのでこいつをどうにかして欲しいんです」
「って言ってもなー。こいつは斬鉄出来なきゃ倒せないし、」
「素手が得意といえど今はクレリックの身。鋼鉄の爪が着用出来ないので、鉄ゴーレムは倒せません」
二人してうーんと唸り、どうにも出来ないと男に説明する。
すると男は急に懐へ手を入れると、紙切れを取り出してスッとこちらへ寄越す。
どうやら地図のようで、この町と街道、そして東側に森の絵と、そこに小屋と書かれ×が印されていた。
「これは?」
「イルダワの森のその×印のところに、こいつを置いていった怪しい男が入っていくのを見たんです」
「鉄ゴーレムを置く? ずいぶんと怪力の持ち主なのだな」
「違います。おそらく錬金術師でしょう」
「理由は分からねえが、あれじゃあ町の人間も外へ出られないしな。いっちょぶん殴りに行ってみるか?」
いまの言動から察すると、この町の出入口はこの正門一カ所しかないようだ。
そしてその森とやらには、ゴーレムを使役する錬金術師がいると。
一見すると特になにもなさそうな町で、旅人の会話からしても風俗すらないように思われるが。
行商が入れないのであれば、町人は食料にも困るだろう。
困っている人を助けるのも、勇者の役目か。
「分かった。お前さんの頼みを聞こう」
「本当ですか! 助かります」感謝を述べるなり、男は鞍に跨って「よかったら乗ってください、送ります――」
そうして、男の厚意により森まで送ってもらったわしら。
しかし御者台の定員が三名なため、なぜかわしだけあぶれ、小走りすることに……。
「痩せなきゃだから丁度いいだろ」「頑張ってくださいね」などと二人に励まされながら、なんとか森まで走り切った。
森に着いたはいいが息切れが激しく、少し休ませてもらいたかったが。
「日が暮れたら厄介だからはやく終わらすぞ」「勇者様、ファイトですわ」と、二人に腕を抱えられ、半ば無理やり森へ入らされた――。
「不気味な森だな」
昼間だというのに木漏れ日がほとんど漏れていない。高い位置にある樹葉がかなり茂っているのだろう。これならウェンネルソン近郊のヴィルニの森の方がぜんぜん明るい。
それに薄紫の瘴気が視界を覆い、進行方向が非常に分かりにくい。地図も絶妙な適当さで、いまいち×がどこなのか分からなかった。
「おっさん、こんなところではぐれたらシャレになんないぞ」
「勇者様、私につかまっていて下さい」
「――では」
そう言ってわしは先頭のソフィアの腰を掴んだ。その際、わずかに親指を下へ伸ばしてさり気なく尻を触ってみる。
お、おおっ! 胸とはまた違ったやわらかさ。骨盤が近いため、あまり尻らしい触感ではないだろうが、それでも! 女子の尻にこうも堂々と触れるとは。やはり役得というやつだろう。
「後で10000G頂きますね」
「うむ、ないからこれ以上はやめておこう」
「相変わらずスケベなおっさんだ」
本当に請求されない内に腰を掴みなおすと、ライアの手がわしの肩に添えられた。
そうしてわしらは縦列で、足並みそろえて森を奥へと進む。
魔物の一つや二ついてもいいと思うのだが。先ほどから一向に出くわさない。こんな薄気味の悪い森なのにだ。
すれ違うのは骨と化した動物の死骸だけ。まさかこの瘴気にやられたのではないだろうな?
途端にこの靄に触れているのが怖くなり、ソフィアの腰を掴む手に力がこもる。
「勇者様、これは錬金術師が材料として採取したものですわ。この靄事態になにかしらの効能があるわけではないですから、あんまり強く掴まないでください」
そんなわしの機微を読んだように、ソフィアが言った。
心配すんな、とライアも肩を叩いてくれた。二人がいてくれて本当に良かった。もしもわし一人だったら、とっくに逃げ帰っていただろう。
そうして右に左に、森の中を歩くことおよそ半時。
「見えてきましたわ」
ソフィアの肩口から前を覗く。ライアも同じようにずれ、結局縦列の行進を止めてわしらは横並ぶ。
視線の先。一階建ての小さな小屋があった。木こりの住んでいるような木組みの小屋だ。
「さあて、あんな厄介な置き土産しやがった野郎を殴る準備は出来てるか?」
「私はいつでもOKよ」
ソフィアは拳を固く握る。
わしも鋼の剣の柄を強く握った。
「わしも頑張るぞ!」
「よし、ならいくか!」
三人一斉に飛び出したのだが、やはりわしだけ置いてけぼりだ。
まず先行したのはソフィア。小屋の扉を突き破らん勢いで乱暴に押し開け――なぜか急に立ち止まった。
「おい、なにしてんだよ魁だろ。攻撃しねえでどうすんだ」
続いてライアが小屋に入り、やはり気の抜けたように動きを止める。
どういうわけか気になり急いでわしも小屋へ入ると。そこには、半べそをかきながら作業に没頭する怪しい男の姿があった。
ボサボサの髪に緑の服を着た痩せ男。机に向かい、一心になにかを掘っているようだ。
「なんでこんなことになったのかなぁ……まさか操玉が壊れるなんて……」
「おいてめえ!」
「ヒィイイイイ! な、なんですかあなたたちは!」
ライアの怒声に振り返った男は、ひどく恐怖心を露わにしながら涙目で聞いてきた。
「それはこっちのセリフだ! 町の外にあんなデカブツ放置しやがって。てめえがやったことは知ってんだ、どうにかしろ!」
「どど、どうにかするためにいま掘ってるんですよ」
「掘ってるだ?」
「この操玉ですよ、これで動かしてたんですけど壊れちゃって。ぼぼ、ぼくだってあの町の人に迷惑なんてかけたくなかったんです――ってああ!」
手元からつるんとすべり、男が持っていた球が床に落ちてガシャンと割れた。
見事なまでに粉々で、見ていて気の毒になるくらいだ。
「少しは落ち着きなさい。それで、いつになったらその操玉は出来上がるのです?」
「……これが最後の一個ですよ」
「「「えっ?」」」
わしらは見事に口を揃えてハモった。
そう口にせざるを得ないだろう、最後だなんて言われたら。
「ということは、あいつはもうあの場から動かんのか?」
男はボサボサの髪を掻きながら「はい」と力なく頷いた。
行商の男になんとかすると言った手前、これで終いにするわけにはいかん。
「なにか方法はないのか?」
「強力な火炎魔法を使う魔物でも呼んでこれば、勝手に戦って負けて元の鉄くずに戻りますけど。それか魔法使いにでも頼んでください! あんたたちが来なけりゃ、今ごろ完成して……う、うわぁああああああ!」
おどおどしていた様子から一変、とうとう男は切れ出した。
机の上にある物という物を払い落とし、球を削っていたナイフをぶん投げる。
それはわしの目の前を過ぎり、ビィイン! と壁に突き立った。
あらぬとばっちりを受けぬ前に、わしらは慌てて小屋を出る。そして一気に森を突っ切った。
「あ、お帰りなさい。どうでした、収穫はありましたか?」
「失敗した。だが、安心するがよい。きっとなんとかしてやるからな」
行商にそう報告をし、わしらはまた来た道を戻った。
やはり、わしだけが走らされた。
まあ、女子を労わるのは紳士の務めだから、これでいいのだが。
ボクシールの町に戻ると、ずいぶんと人の数が減っていた。
諦めて別の町や村に行ったらしい。賢明な判断だろう。この二人でも手に負えないのだから。
「さて、どうする? やっぱあたしらで殴ってみるか?」
「無謀なことを無闇やたらにやるものじゃないわ。上位にクラスチェンジしてるならまだしもいまは無理よ。これだから脳筋は」
「じゃあどうすんだよ。指くわえて見てんのか?」
「指はくわえないけど、見てるしかないわね」
ああ、女子が口論をしている。わしが仲裁に入ってやれれば良いのだが。緩衝材になるにはまだ経験値が足らんだろう。色々な、な。
狼狽えることしか出来ず見ていると、周囲の人々のざわめきが耳朶を打った。
声のする方に目をやると、あの銀髪紫瞳の魔法使いがこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「…………」
女子は歩きながら宙を二本の指でなぞる。描かれた真っ赤な魔法陣から放たれた火球がゴーレムを直撃し、巨大な火柱となってその巨体を飲み込んだ。
ゴーレムを燃焼し終えた炎は、ぼしゅん! と弾け、門の前にいた黒鉄は、ただの黒い鉄塊へと変わり果てていた。
それを見届けると、女子はローブを翻し、元来た道を戻ろうとした。
「待て、待つのだ!」
呼び止めるが女子は足を止めず、町の西の方へと歩き去った。
「あいつはいったい、なんなんだ」
「また助けてくれたわね」
「もしかして、仲間になりたいとかではないか?」
「そんな酔狂な奴がそういるわけないだろ」
それだと、ライアとソフィアはおかしな人になってしまうが、分かって言っているのだろうか?
「なにか事情がありそうだけどね」
黒いマントを遠く眺めながら、ソフィアはそんなことを口にする。
そりゃあ女子が一人旅なぞ、事情がなければしないだろう。
ソフィアはなにかを気づいているのだろうか?
視線を投げると、なんでもないという風に首をすくめた。
街道の西、か。行けばまた、会えるだろうか……。
ゴーレムが消えたことを喜ぶ人々の声を聞きながら、わしは無口な魔法使いの背が見えなくなるまで、ただずっと静かに見送った。
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